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31:真実の拡散


帝都新聞社の編集部から、けたたましい印刷機の音が響き渡っていた。記者アラン・フォックスの決断は、デスクの承認を得て、帝都新聞の号外として発行されることになったのだ。彼のデスクには、興奮と疲労が入り混じった表情で、最終校正を終えたばかりの新聞のゲラが置かれている。そこには、「金融大崩壊の真実」「帝都第一中央銀行の闇」「信用スコアは欺瞞だった」という衝撃的な見出しが踊っていた。

「アラン! 刷り上がったぞ!」

印刷工場から戻ってきた同僚が、興奮した声で叫んだ。アランは、その言葉に、胸が高鳴るのを感じた。彼の「正義」が、今、帝都の街に解き放たれようとしている。

帝都の街は、未だ信用スコアの異常変動による混乱の渦中にあった。人々の腕に装着された信用デバイスは、狂ったように数字を変動させ続け、街の機能は麻痺状態に陥っている。そんな中、帝都新聞社の印刷工場から、一台のトラックが、けたたましいエンジン音を立てて発進した。荷台には、真実を報じる号外がぎっしりと積まれている。

トラックが街の中心部へと向かうにつれて、沿道に集まっていた人々が、号外の配布に気づき始める。

「号外だ! 帝都新聞の号外が出たぞ!」

「一体何が書いてあるんだ!?」

人々は、我先にと号外を求めて殺到した。信用スコアの異常な変動に、不安と怒りを募らせていた彼らは、この混乱の原因を知りたいと切望していたのだ。

一人の男が、号外を手に取った。彼の腕の信用デバイスは、真っ赤な警告色に染まっている。彼は、震える手で新聞を広げ、その見出しに目を落とした。

「金融大崩壊は、帝都第一中央銀行による意図的な不正操作だった!」

その見出しは、男の脳裏に、激しい衝撃を与えた。彼の目には、信じられないという感情と、そして深い怒りが宿っていた。彼が信じてきた「信用査定社会」が、全て欺瞞だったとしたら。彼の人生が、全て嘘の上で成り立っていたとしたら。

次々と人々が号外を手に取り、その内容を読み始めた。マリナ・フロセミドの名、匿名投資ファンド、ヴァンルート家が仕組まれた「悪女」の真実……。それらの情報は、火薬に火がついたかのように、帝都の街中に、瞬く間に拡散されていった。

街の至る所で、怒号と悲鳴が響き渡る。

「嘘だ! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」

「俺たちの信用スコアは、あいつらに弄ばれていたのか!?」

人々の怒りは、信用スコアの異常な変動から、今、帝都第一中央銀行、そしてマリナ・フロセミドへと向けられ始めていた。

帝都第一中央銀行の中央管制室では、マリナ・フロセミドが、その光景を静かに見つめていた。彼女の側近が、蒼白な顔で、号外を手に駆け込んできた。

「マリナ様! 帝都新聞が、号外を発行しました! 不正操作の真実が……」

側近の声は、震えていた。彼の視線は、マリナの顔に注がれている。

マリナは、その号外を手に取った。彼女の瞳は、一切の動揺を見せることなく、紙面に踊る文字を冷徹に見つめていた。そこには、彼女自身の認証コードと、金融大崩壊の際に仕組んだ不正の全貌が、明確に記されている。

「ユウマ・カサギ……」

マリナは、静かにユウマの名を口にした。その声は、氷のように冷たく、しかし、その奥には、彼女の完璧な「秩序」を乱されたことへの、深い憤怒が宿っていた。

「情報漏洩の発生源を特定しろ! そして、帝都新聞社の全ての印刷機を停止させろ! 記事の回収を命じろ!」

マリナの命令は、迅速だった。彼女は、この情報を即座に隠蔽し、事態を収拾しようと試みた。しかし、帝都の街中に既に号外がばらまかれ、人々は真実を知り始めていた。

「信用監査局! ヴァンルート邸はどうなっている!? ユウマ・カサギとクラリス・ヴァンルートは捕らえたのか!?」

マリナは、通信機を手に、信用監査局に連絡を取った。彼女は、この混乱の源であるユウマとクラリスを捕らえ、口を封じることで、事態の収拾を図ろうとしていた。

信用監査局の指揮官からの報告は、マリナにとって、さらなる怒りを募らせるものだった。

『マリナ様! ヴァンルート邸の地下室で、ユウマ・カサギとクラリス・ヴァンルートを発見しました! しかし……彼らは、拘束を拒み、抵抗しています!』

「何だと!?」

マリナは、思わず声を荒げた。彼女の完璧な計画が、ユウマとクラリスの抵抗によって、少しずつ狂い始めている。

管制室のディスプレイには、帝都全域の信用スコアが、依然として無秩序な変動を続けている。そして、その変動を示すグラフの横には、帝都新聞の号外の写真が大きく表示され、人々がそれに群がる様子が映し出されていた。

マリナの瞳の奥で、冷たい炎が燃え上がった。彼女の地位が、そして彼女が築き上げてきた「信用査定社会」が、今、ユウマ・カサギとクラリス・ヴァンルートによって、根底から揺るがされようとしていた。

ヴァンルート邸の地下室では、ユウマとクラリスが、信用監査局員たちの包囲網の中で、静かに息を潜めていた。彼らの耳には、遠くから聞こえてくる人々のざわめきと、怒号が届いている。そして、微かに、号外を求める人々の声が聞こえたような気がした。

「査定官さん……真実が、伝わっているわ」

クラリスは、ユウマの顔を見上げた。彼女の瞳には、希望の光が宿っていた。

ユウマは、クラリスの手を強く握った。彼の顔には、疲労の色が浮かんでいたが、その瞳には、マリナの反撃に対する、確固たる「勝利」の確信が宿っていた。

「情報戦は、我々の勝利です。マリナ・フロセミドの支配は、これで終わりを告げるでしょう」

彼の言葉は、静かだったが、その中に込められた意味は、とてつもなく重かった。信用監査局の冷徹な包囲網が、ユウマとクラリスに迫る。しかし、彼らの心には、真実を公表し、この社会の歪みを正すという揺るぎない決意が宿っていた。

マリナ・フロセミドの地位は、今、揺らぎ始めていた。帝都の街に真実が拡散され、人々の怒りが沸点に達しようとしていた。そして、その混乱の中心には、一人の冷徹な査定官と、一人の「悪女」がいた。彼らの戦いは、これから、この帝都の歴史を変える、大きなうねりとなっていくことになるだろう。



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