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22:父の遺産


ヴァンルート邸の隠された地下室に広がる光景は、ユウマ・カサギとクラリス・ヴァンルートの心を揺さぶった。埃とカビの匂いが充満する中、中央に鎮座する複雑な装置と、壁一面に並んだ古びた書類の山。そして、クラリスの父が遺した「リズのために」と書かれた手帳。これら全てが、金融大崩壊の真実と、この査定社会の歪みを解き明かす鍵となるはずだった。

ユウマは、手帳を手に取り、その中身を改めて精査した。彼の専門知識をもってしても理解不能な数式や暗号。しかし、カイから得たマリナ・フロセミドと投資ファンドに関する情報、そしてクラリスの父が「金融システムの秘密」を握っていたという話が、彼の脳内で高速に連結されていく。

「この装置は……」

ユウマは、机の上の機械を指差した。その機械は、複数のレバー、ダイヤル、そして複雑な配線が絡み合った、異様な形状をしていた。彼の瞳が、その機械の構造を解析しようと努める。

クラリスは、ユウマのそばに寄り添い、不安げにその機械を見つめた。

「父は、これを『リズの未来を守るためのものだ』と言っていました。でも、私には、一体何をするものなのか……」

クラリスの声は、微かに震えていた。彼女は、この機械が、父の遺志と深く結びついていることを感じていた。

ユウマは、機械の表面に刻まれた、微かな文字の羅列に気づいた。それは、銀行内部で使われる、特殊な暗号化されたシステムコードだった。彼の脳内で、そのコードが瞬時に解読されていく。

「これは……信用スコアの不正操作装置です」

ユウマの言葉に、クラリスは息を呑んだ。彼女の瞳が、大きく見開かれる。信用スコアの不正操作。それは、この査定社会において、最も忌み嫌われる「犯罪」だった。

「この機械は、特定の個人の信用スコアを、意図的に変動させるためのものです。おそらく、金融機関のデータベースに直接アクセスし、数値を書き換えることができる」

ユウマの声は、冷静だったが、その心には、激しい衝撃が走っていた。彼が信じてきた「信用スコア」という絶対的な基準が、こんなにも簡単に操作できるものだったとは。

クラリスは、その事実を受け入れられないかのように、頭を抱えた。

「父が……そんなものを作っていたなんて……」

彼女の声には、父への失望と、そして深い困惑が混じっていた。彼女は、父が正義のために戦っていたと信じていたのだ。

しかし、ユウマは、クラリスの言葉を遮った。彼の瞳は、機械の奥に隠された、さらに深い真実を見据えていた。

「いいえ。これは、単なる不正操作装置ではありません。クラリス・ヴァンルート。貴女の父は、この装置を、この社会の歪みを暴き出すために作ったのです」

ユウマは、そう言って、手帳に書かれた数式と、機械の構造を照らし合わせた。彼の脳内で、複雑なパズルのピースが、次々と埋まっていく。

「この数式は、特定の金融取引を隠蔽し、その痕跡を消すためのものだ。そして、この機械は、その取引が行われた時間と場所を、特定することができる」

ユウマは、興奮を抑えきれないかのように、早口で説明した。彼の表情は、真実を突き止める探求者のそれだった。

「つまり……金融大崩壊の際に、誰かが意図的に、この装置を使って特定の取引を隠蔽し、その責任を他者に擦り付けた。そして、その結果が、この『信用査定社会』の始まりとなった」

クラリスは、ユウマの言葉に、全身が震えた。彼女の脳裏に、マリナ・フロセミドと投資ファンドの会合記録が蘇る。そして、ヴァンルート家が、その「犠牲者」の一人だったのではないかという疑念が、確信へと変わっていく。

「父は……この装置を使って、その隠蔽された取引を追跡し、真犯人を突き止めようとしていたのね……!」

クラリスの声は、涙で震えていた。彼女は、父の真の目的を理解し、その遺志の重さに打ち震えていた。

ユウマは、静かに頷いた。

「この手帳に書かれた暗号は、隠蔽された取引の『鍵』だ。そして、この機械は、その鍵を解析し、真の取引記録を復元することができる」

彼の言葉は、まるで希望の光を灯すかのように、地下室の暗闇を照らした。

「つまり、この装置を使えば、金融大崩壊の際に、誰が、何を、どのように隠蔽したのか、その全てを暴き出すことができる」

ユウマは、機械に手を置いた。冷たい金属の感触が、彼の掌に伝わる。彼の瞳には、この社会の闇を切り裂くための、確かな「武器」を見つけたという、強い決意が宿っていた。

クラリスは、ユウマの顔を見上げた。彼女の瞳には、希望と、そして彼への揺るぎない信頼が満ちていた。

「父は、この秘密を、リズの未来を守るために、私に託したのね」

彼女は、そう言って、リズのために書かれた手帳をそっと撫でた。父が、どれほどの覚悟を持ってこの秘密を隠し、娘に託したのかを、彼女は今、深く理解していた。

「この装置を使えば、貴女の『悪女』としての悪評も、全てが『演技』であったと証明できる。そして、貴女の『信用』を、正当なものへと回復させることができる」

ユウマの言葉に、クラリスの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。それは、長年背負ってきた重荷が、ようやく解放されることへの、深い安堵の涙だった。彼女は、ユウマが、自分の「感情担保」の価値を、本当に理解し、そしてそれに応えようとしていることに、心からの感謝を感じていた。

「査定官さん……」

クラリスは、ユウマの手を強く握りしめた。その手の温かさは、彼の心を包み込み、新たな「力」を与えてくれた。

ユウマは、クラリスの顔を見つめた。彼の腹部の痛みは、もう気にならなかった。彼の心は、クラリスと、そしてこの地下室に隠された「父の遺産」によって、満たされていた。

彼らの目の前には、この査定社会の深い闇が広がっていた。しかし、彼らは、この「信用スコアの不正操作装置」という武器を手に、そして互いの「感情」を担保に、共にその闇に立ち向かうことを決意した。この地下室は、彼らにとって、単なる隠し場所ではなかった。それは、この社会の「信用」という概念を、根底から変革していくための、新たな「戦いの始まり」の場所となったのだ。



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