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21:隠された地下室


カイ・シュナイダーとの再会と、彼からもたらされたマリナ・フロセミドに関する新たな情報は、ユウマ・カサギの心をさらに奮い立たせた。彼の腹部の傷はまだ癒えていないが、この社会の歪みを暴き出すという決意が、彼を突き動かしていた。彼は、足早にヴァンルート邸へと戻った。クラリス・ヴァンルートが見つけたという「鍵」と、カイから得た情報を照合すれば、父が隠したという「秘密」の扉を開くことができるはずだった。

ヴァンルート邸の客間に戻ると、クラリスは、古びた羊皮紙に包まれた小さな鍵を手に、ユウマの帰りを待っていた。彼女の顔には、期待と緊張が入り混じった表情が浮かんでいる。リズの秘密、そして金融大崩壊の真実。それら全てが、この鍵と、ユウマが持ち帰った情報に繋がっていることを、彼女は直感していた。

「査定官さん! 貴方から何か情報は得られましたか?」

クラリスは、ユウマの姿を認めると、駆け寄るように尋ねた。彼女の瞳は、まるで探求の光を宿しているかのようだった。

ユウマは、静かに頷き、カイから得た情報を簡潔にクラリスに伝えた。信用監査局が金融大崩壊以前のヴァンルート家の資料を漁っていること。マリナ・フロセミドがその直前に、ヴァンルート家と繋がりのあった投資ファンドと接触していたこと。そして、その投資ファンドが、金融大崩壊後に莫大な利益を得ていたこと。

クラリスは、ユウマの言葉を聞くにつれて、瞳を大きく見開いていった。彼女の脳裏で、父の言葉と、父の残した遺品、そして彼女自身の記憶が、次々と繋がっていく。

「マリナ・フロセミド……やはり、彼女が関わっていたのね。父の死も、ヴァンルート家の没落も、全ては……」

クラリスの声は、怒りと、そして深い悲しみに満ちていた。彼女が背負ってきた「悪女」という仮面は、この腐敗したシステムによって、無理やり被せられたものだったのだ。

「貴女が見つけた鍵は?」ユウマは、クラリスに尋ねた。彼の視線は、彼女の手にある小さな鍵に注がれている。

クラリスは、震える手で、その鍵をユウマに差し出した。

「父の書斎の地球儀の中に隠されていました。父は、これを『ヴァンルート家の最も大切な秘密を守る鍵だ』と言っていました」

ユウマは、鍵を受け取ると、その形状をじっと見つめた。古びた金属製の鍵は、細工が施されており、どこか特別な意味を持つかのように見えた。彼の脳内で、鍵の形状と、書斎の配置、そしてクラリスの父が残したとされる「秘密」の証拠の場所に関する情報が、高速で照合されていく。

「書斎へ行きましょう」ユウマは、そう言って、クラリスと共に書斎へと向かった。彼の足取りは、わずかな痛みを感じさせながらも、確かな決意を帯びていた。

書斎は、依然として埃とカビの匂いが充満していた。ユウマは、まっすぐに地球儀の元へと向かう。彼は、鍵の形状と地球儀の台座を慎重に照合した。

「ここだ」

ユウマは、地球儀の台座の側面にある、見慣れない装飾部分に、鍵を差し込んだ。カチリ、という微かな音が響き、装飾部分がゆっくりと回転を始めた。そして、それに連動するように、地球儀の後ろの壁が、ゆっくりと横にスライドしていく。

ゴゴゴゴ……という鈍い音と共に、壁の向こう側から、冷たい空気が流れ込んできた。暗闇の中に、狭い階段が続いていた。

「地下室……」クラリスは、息を呑んだ。彼女は、この邸宅に、このような隠し地下室があるとは知らなかった。

ユウマは、懐から小型の電灯を取り出し、地下室の奥を照らした。電灯の光が、地下室の内部を淡く照らし出す。そこは、広大な空間ではなかったが、壁にはびっしりと棚が設けられ、古い書類の山が積み上げられていた。その中央には、一台の大きな机と、それに備え付けられた、見たことのない機械が置かれていた。

「これが……父の隠した『秘密』の場所」

クラリスは、その地下室の光景に、感極まったように呟いた。彼女の瞳には、父の遺志を継ぐことへの、強い決意が宿っていた。

ユウマは、地下室の内部を慎重に確認した。壁の棚には、確かに古い資料がぎっしりと収められている。その中には、ヴァンルート家の古い帳簿や、帝都の金融機関との契約書、そして、見慣れない暗号のような文字が羅列された羊皮紙もあった。

彼の視線が、机の上に置かれた「見たことのない機械」に止まった。それは、複雑な歯車とレバーが組み合わさった、精密な装置だった。その機械の脇には、古びた手帳が置かれていた。

ユウマは、その手帳を手に取った。表紙には、見覚えのある筆跡で「リズのために」と書かれていた。それは、クラリスの父の筆跡だった。ユウマは、手帳を開いた。そこには、彼の専門知識をもってしても理解不能な、複雑な数式や、図形、そして、不可解な言葉がびっしりと書き込まれていた。

「これは……金融に関する、高度な計算式と、それに付随する、何かを隠蔽するための暗号システムか」

ユウマは、そう呟いた。彼の脳内は、目の前の情報を高速で処理し、その意味を解読しようと努めていた。

クラリスは、ユウマのそばに歩み寄り、机の上の書類の山を覗き込んだ。彼女の視線が、一枚の古びた地図に止まった。それは、帝都の地下に張り巡らされた、複雑な水路の地図だった。その地図の一部には、見慣れない赤線が引かれており、特定の地点が強調されていた。

「この地図は……父が、夜な夜なこの地下室で調べていたものですわ」

クラリスの言葉に、ユウマは、地図と机の上の機械、そして手帳の情報を照合した。彼の脳裏に、一つの仮説が閃光のように駆け巡る。

(この機械は、金融大崩壊の際に、特定の取引を隠蔽するためのもの。そして、この地図は、その隠蔽された『経路』を示しているのではないか?)

ユウマの心臓が、激しく高鳴った。彼は、この地下室が、金融大崩壊の真実、そしてこの査定社会の歪みを暴き出すための、重要な「証拠」を隠していることを確信した。

「査定官さん。この部屋から、一体何が見つかるというのですか?」

クラリスは、不安と期待が混じった声で尋ねた。彼女の瞳は、ユウマの顔に注がれている。

ユウマは、クラリスの顔を見上げた。彼の瞳には、真実を暴き出すことへの、強い決意が宿っていた。

「この部屋から、この社会の『信用』という概念を、根底から覆す『真実』が見つかるでしょう」

彼の言葉は、静かだったが、その中に込められた意味は、とてつもなく重かった。ユウマの腹部の痛みは、もはや彼の意識にはなかった。彼の心は、この地下室に隠された「秘密」を解き明かすことだけに集中していた。

クラリスは、ユウマの言葉に、深く頷いた。彼女の瞳には、ユウマへの揺るぎない信頼と、そして、父が命をかけて守ろうとした「真実」への、強い期待が宿っていた。二人は、地下室の奥へと足を踏み入れた。彼らの前には、この査定社会の深い闇が広がっていたが、彼らは互いの存在を信じ、共にその闇に立ち向かおうとしていた。



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