009-出会い
「お前ら....ほんとに遠慮ねーのな」
「別に高いメニューでもないだろう、二階じゃないんだから」
「まあな」
三十分後。
僕らは本校舎にある食堂に来ていた。
流石に多くの学生を収容できるだけあって、食堂はドームのような広さを誇っていた。
「二階は俺しか入れないしなー」
「一階で食う貴族もいるとは聞いていたが」
「意外ですね、世俗の者と食卓を囲むことは無いと思っていました」
クライムはハンバーガーを購入し、それを手で掴んで口に放り込んでいた。
あまり貴族らしいとは言えないが.....
「俺は一代限りの騎士爵だからな、底辺だぜ」
「となると....本物の貴族ってのは」
僕は食べていたラーメンから視線を上げ、左斜め前を見る。
そこでは、階段の途中で誰かと喋っている女性がいた。
何を隠そう、ミユキ・カナタだ。
「ああいうのだな」
「お? ナユタはミユキのファンか?」
「ファンなんて....そんな大層なものじゃない」
少し目を引く相手というだけだ。
いわば、ポスターでよく見るスターが目の前に現れたら....というやつだな。
「ああも目立つと目を引くものですよ、分かります」
ナスカが同調してくれる。
彼の手にはサンドイッチが握られている。
「...ところで、それだけで足りるのか?」
「遅めとはいえ昼ご飯ですからね、エネルギーが補給できれば満腹になる必要はないでしょう?」
「そうだな」
僕はラーメンを完食し、どんぶりを両手で持ってスープを飲み干した。
どんぶりを降ろすと、クライムがこちらを信じられないものを見るかのように見ていた。
「驚いた...そういう食い方もあるのか」
「真似するなよ」
「あ、ああ!」
いくら一代限りでも、この学院において貴族は否応なしにそれなりの振る舞いが求められる。
それを知っているだろうと、僕は釘を刺した。
「貴族が一階で飯を食う事自体がヤバイ事だってのは分かってるぜ」
「分かってるなら、なんで奢るなんて言ったんだ?」
「他に友達が出来そうにないからな!」
「そうか.....」
つまり、このあまり積極的でないメンツ三人で、これからの学院生活を送る事になりそうだ。
「そこ! 何故一階にいるのですか!」
その時。
厳しい声が飛んだ。
僕がそちらを見ると、ミユキ・カナタがこちらを指差していた。
誰を指しているかは想像に難く無い。
「やっべぇ! 逃げるぞ!」
「わかった! ナスカ、行くぞ」
「はい、付き合いましょう」
名残惜しげに食べかけのサンドイッチを見ていたナスカだったが、僕たちに続いて食堂から出るのだった。
食堂から出た僕たちは、一旦正面の庭園で休むことにする。
食休みである。
「そういえば、自己紹介はしたけどよ、なんで入って来たかは聞いてなかったぜ」
「面接じゃないんだぞ」
とはいえ、せっかく振られた話題だ。
僕はクライムの眼を見る。
「言い出しっぺから話せよ」
「俺か? 俺は騎士爵だから、だな。特に理由とかはないぜ」
「そうか...ナスカは?」
「食べていくためですね、騎士学科ではありますが、パイロット訓練を受けながら他の教科も学ぶ予定です」
そうか...皆立派なんだな。
クライムが僕の方を見てくる。
話せって言うんだろう、わかっている。
「ナスカと同じようなものだよ、ただ僕は...飯を食いに来てると言っても過言じゃないが」
「どういうことだ?」
「古いステーションの生まれでな、未開拓の地上に降りて芋を育てて食う生活をしてたから、三食しっかり食えるここに来た...って所か」
僕は奨学金制度を利用している。
その割に優秀ではないのはそうだが、なんとかパイロットとしての期待は得られているようだ。
「そんな所...いや、開拓惑星ならあるのか」
「企業が開拓に失敗して、途中で撤退したのですね」
「...そうだ、僕は後から来たんだが」
記憶もないような状態で拾われた。
当時はまだ五歳だったから、家族も僕によくしてくれた。
そのうち、自活力を身につけなければならなくなり、僕は次第に外へ出ることを決意して、勉強していた。
「なんだか、暗い話になったな」
「ええ...折角ですが、今日はこの辺で解散にしませんか?」
「いいと思う」
これ以上話を続けられる自信がない。
くそ、だから僕は話が下手なんだ。
クライムが去っていく中、ナスカが僕の方を見た。
「また明日、会いましょう」
「ああ」
彼もまた、去っていく。
僕も帰るか....
そう思っていた時、反対側の椅子の所に、何か落ちているのを見つけた。
立ち上がって、拾い上げてみる。
「ハンカチか.....」
「あの...」
後ろから声がかかる。
僕は、ゆっくりと振り向いた。
「そのハンカチ、私のです」
背後に、女の人が立っていた。
凪の前の風が、その人の桜色の髪を優しく揺らすのが見えた。
↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。