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036-砕け散った自尊心を拾って

『ナユタって奴、強くね?』

『ミユキが防戦一方だったのに...』

『パトリック王子も反則行為をしてたんだ、ミユキが勝てなくて当たり前だ』

『それを真っ向から打ち破っちまうナユタ、カッケー! 俺は前からすごい奴だと思ってたんだ』

『嘘おっしゃい、新入生よ』


流れていくのは、学内ネットの自由掲示板であった。

貴族は基本的に下品さを嫌い閲覧しないものの、暗い部屋でそれを眺めている男がいた。

パトリックである。


「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ」


その口からは、声が漏れていた。

彼は今、無期限の謹慎を受けていた。

貴族専用のネットから遮断され、庶民用の掲示板を見るしかないのだ。

昨日まで、自分が無敵だと信じて疑わなかった彼は、人生で初めての挫折に屈したのである。


「何故だ! うわぁあああっ!」


パトリックは、ベッドサイドにあった花瓶を叩き落とす。

宇宙では貴重なセラミックの花瓶は、カーペットに落ちた瞬間に縁が地面に直撃し、音を立ててその場所が欠ける。

それを追いかけたパトリックは、花瓶を両手で持ち上げ、また床に叩き付ける。

生けられていた白い花が散り、花瓶が砕け散った。


「うぇええええん、母上!」


パトリックは泣き喚く。

幼い頃から、そうすれば母親がやってきて、自分の障害を排除してくれたからだ。

だが、誰も救ってくれはしない。


「くそ、くそ、くそ、くそ、ぎゃああああああ!」


床をめちゃくちゃに殴りつけていたパトリックは、花瓶の破片で指を切り叫ぶ。

庶民なら指を舐めるが、パトリックにはどうすれば良いか分からない。

パトリックには継承権第一位という絶対的な地位があり、それに必要な知識以外は何も身につけてはいなかったからだ。


「わ、私、私が何を、何をした!」


パトリックは咆哮する。

自分がやったことが悪行ではないと本気で信じている、純粋な蒼い瞳で。


「こ、この私の! 求婚を断るなど、ご、言語道断だったのではないか!」


血が流れ出るという生命の危機に体が過剰に反応し、パトリックは血まみれになって床を転がり、走馬灯のように流れる自分の行いを俯瞰していた。


「そうだ、ジェインも...ルーカスだって...私に賛同した! あ、あの雌豚が全ていけないのだ!」


正当化を繰り返すパトリック。

彼を慈しむ者も、蔑む者もこの部屋にはいない。


「だいいち...何がズルだというのか! ぐ、軍用のKFAを使う事が!」


明確にはバドックⅢ-Ωは軍用ではあるが、正式採用されず少数のみが生産されたものである。

先代の王のコレクションであったそれを、勝手に持ち出したのはパトリックである。


「そうだ...そもそも私は圧倒していた...ズルなどではなく、私の実力の筈だ」


では何故負けたのか?

そちらの思考に傾いた時、気に食わない虫けらの顔が、パトリックの脳裏に浮かんだ。


「があぁあああああああああああああ!! そうだ、そうだ、そうだそうだそうだ! あのクソガキィだぁ!」


自分を貶めたのは誰か。

圧倒していて、実力だけで優っていた自分をズルして倒したのは誰か。

パトリックの妄想は止まることを知らない。

そして、彼の中で物語が出来上がっていく。


「おお...私は何と哀れなのだ。全てあのナユラ...ナルタだったか...? とにかくあのガキの企てた、王子である私を蹴落とすための罠だったのだ! アハハハハハ!フハハハハハーッ! ククククク、イヒヒヒヒヒ!」


妄想でナユタを悪者にし、精神の均衡を保つ彼だったが...

哀れなことに、彼の頭脳では、虫けら一匹の名前を覚えることにも苦労していた。


「そうと決まれば...」


彼は謹慎が終わるまで大人しくしている事に決めた。

暇を潰す手段はすでに確保している。

ナユタに対して、憎悪を募らせ、ありもしない悪の大王としての経歴を積み上げ、許せぬ怨敵であるナユタを抹殺するための策を練る。

暗い部屋で、ブツブツと呟き続けるパトリックの心境を知る者は誰もいない。

いつしか血は止まり、固まり黒ずんでいた。

それを気に留めるほど、流した者の余裕はないのだが。


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