第5章:雪の中の影
この章では、ユヴラジとマッドサイエンティストがマンハッタンからロシアの極寒地・カムチャツカ半島へ転移し、彼らの“拠点”とも言える隠されたラボへと帰還します。
世界が静まり返る雪の中、過去の傷と未来の決意が交差する――静寂の中に潜む感情と、機械の冷たさに宿る温もりを描きました。
今回の鍵となるのは「沈黙の中に響く音楽」。
感情を抑え込んできたユヴラジが、ヴァイオリンという“心の鍵”を通してほんの少しだけ、心の奥を見せる場面がこの章の核になっています。
また、マルチバース・トラベル・マシンの登場により、次なる旅の始まりも予感させる構成です。
第5章:雪の中の影
場所:ロシア・カムチャツカ半島 —— マッドサイエンティストの隠された研究所
雪が容赦なく二人のコートに叩きつける中、ユヴラジとマッドサイエンティストは凍てついた大地の端に転移ポータルと共に姿を現した。
背後でポータルが光の粒となって消える。山々は沈黙の番人のようにそびえ立ち、風は悲しげな叫びを荒野に響かせていた。
「やれやれ…『帰ってきた』って感じだな。低体温症の歓迎付きでよ。」
マッドサイエンティストがぼやき、錆びたコートが風にあおられた。
ポケットに手を突っ込むと――
「鍵がねぇ。クソ、鍵どこだよ!?」
「お前、超極秘のラボの鍵を……失くしたのか?」
ユヴラジが眉を上げる。
「カーペットの下だよ。定番だろ? ……のはずだったが……」
彼はしゃがみこみ、狂ったアライグマのように雪を掘り始めた。
1分ほどの沈黙と狂気の掘削の末、彼は勝ち誇ったように叫んだ。
「ふははっ! 勝ったぞ!科学の勝利だ!」
「今のは科学じゃない。ただの運とバカさだ。」
ユヴラジは冷たく言い放つ。
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中に入ると、そこは“マッド”の名を冠する者にふさわしい実験室だった。
金属の足場、ぶら下がるケーブル、焦げ跡。
中央には埃をかぶった端末と古びたモニターが、低く唸りながら起動を始めていた。
「旅に出る必要がある。」
ユヴラジの声は低く、だが確かな意志を帯びていた。
「必要な物はすべて詰めろ。これは……長くなる。」
科学者は混沌とした機材の山をかき分けながら、プラズマコイル、古びたノート、奇妙なガジェットを次々と詰め込んでいく。
ユヴラジは一人、奥へ進んだ。
そこだけ空気が静かで、重かった。
そこにあったのは、未完成のまま輝く装置。
光の輪に囲まれた、それはマルチバース・トラベル・マシンだった。
そして、部屋の隅には――
黒い台座の上に、一本のヴァイオリンが静かに置かれていた。
それはただの楽器ではない。正気との繋がり。思い出への架け橋。もう戻れない過去への鎖。
ユヴラジは静かに目を閉じ、弓を持ち上げ、奏で始めた。
ヴィヴァルディ『冬』——エモーショナル・スローバージョン
(指定楽曲:https://youtu.be/byii_k4cvm8)
音色はまるで幽霊のように研究所を満たしていく。
静けさを切り裂き、哀しみを塗り込める。
マッドサイエンティストは手を止め、しばし音の方を見たが……何も言わずに荷造りに戻った。
それはただの音楽ではなかった。
哀しみ。決意。そして、優雅さに隠された怒り。
その瞬間だけは、ミッションも、アークも、ユニバースさえも存在しなかった。
ただそこにいたのは――ユヴラジ。
そして、彼が失ったすべて。取り戻すために破壊しようとしているすべて。
最後の音が冷たい空気に消えたとき、彼はヴァイオリンを静かにケースに戻した。
「……仕上げよう。」
科学者はニヤリと笑った。
「お前ってほんと……悲しき最強だよな。」
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第5章・完
アーク名:ユニバース9033KT
------つづく------
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✉️ あとがき(Postcard) – 第5章「雪の中の影」
ここまで読んでくれて、本当にありがとう!
この第5章は、僕自身にとってもとても特別な章でした。ユヴラジの内面の“静かな爆発”を描きたくて、何度も推敲を重ねました。
「悲しみは、力になる」
このテーマは今後の展開にも大きく関わってくると思います。
ヴァイオリンの場面は、読者の心にも響くように――それが願いです。
次の章から、物語はついに「本格的な旅」へと突入します。
ユヴラジとマッドサイエンティストの関係性もさらに深まり、仲間も、敵も、そして別のユニバースたちも登場してきます。
お楽しみに!