不器用な愛
この世界には男女の他に第二の性がある。発情期があり、男女共に妊娠が可能なω(オメガ)。身体能力や知能が優れたエリート階級のα(アルファ)。人口の9割を占めるβ(べーた)。
オメガの発情期は数ヶ月に一度、数日続き、アルファを惑わすフェロモンを体にまとう。発情期中にアルファがオメガの項を噛むと運命の番となり、番以外へのフェロモンの効果は無くなる。さらに、オメガは番以外に対して拒絶反応を示すようになる。事故で番になることがないように、オメガの中には項を保護するチョーカーを着けることもある。
そんな、生まれながらの運命が定められている。
「おはよう、和田。何か僕に謝ることないか。」
いつも通り出勤時間10分前に扉を開けると、机に座る俺の上司は怒り心頭の面持ちでこちらを見ていた。
「なんのことでしょうか。」
適当にはぐらかしながら自分の席に荷物を置く。
「はぐらかすな。昨日の視察。色々な指示を出したのはお前だろ。」
そういいながら昨日のことを思い出して微妙な表情をしている。その隙にタイムカードを押し、仕事を始める。上司も一瞬不服そうな表情を見せたが、気持ちを切り替え作業を始めている。
上司、こと平宮和貴はまだ大学に在籍していながら次期社長候補として現在引き継ぎに努めている勝ち組人間だ。父親、現社長譲りの真面目な性格。才色兼備な上に交渉力もある絵に描いたようなアルファだ。
ただ、1つだけ欠点があるとすれば、
「それでどうでしたか、久しぶりの響さんは。」
昼食が始まる頃そう投げかけると、明らかに動揺した表情をする。
「あ、いや。えっと。まぁ。」
しどろもどろの返答をしながら足早に部屋を出て行く彼を見送り、1人ほくそ笑む。
響とは彼の弟のことだ。正確には現社長とだけ血のつながった義弟で、5年ほど前に家を出て行ったきりだ。そんな弟のことが彼は大好きなのだ。
そんな上司に気を利かせ、視察先の1つで働いている弟に視察の案内をしてもらえるように手配したのだが、サプライズにはなったようだ。
まぁ、後で怒られるかも知れないがこれくらい職権乱用には入らないだろう。
1時間して帰ってきた上司は、表面上は真顔だが時々それが崩れている。
完璧な人間はいないというが、彼の不完全な部分と言えば重度のブラコンという点だ。
ブラコン、と表現するには少し歪んだ愛を弟に向けている。
自分は現社長と友人で、そのコネで入社してからの30年の間2人の成長を見てきた。だが、その擦れ違い様には頭を痛めるしかない。
あまりにも拗れたこの糸を元に戻すことはもうできないだろう。
義弟、平宮響。その頃の氏は筑波だったが、と彼が初めて会ったのは5歳の頃だった。初めての弟に彼は喜び溺愛していた。ただ、不器用な父親と子に興味を示さない母親の元で育った彼の愛し方は少し歪んでいた。
自分以外の人間が弟に触れないように孤立させたり、他人の目に触れないように閉じ込めたり。その頃2人を育てていた家政婦から聞いた話ではそんな感じだ。
更に不運なことに彼はアルファで、弟はオメガだったのだ。それが分かってから彼は弟に毎日発情促進剤を飲ませ続けたらしい。その理由は分からないが、それでめでたく弟は彼の元から去って行った。
まぁそれ以降の行動を調べることはそう難しくはないのだが、さすがに反省したようで彼がそれ以上何かすることはなくなった。
小さい頃から彼の成長を見守ってきた自分は、彼の真面目な性格も少し不器用な部分も知っている。もう少し、上手くなれないのだろうか。その不器用な性格で誰とも一線を引いている彼の理解者となるのが秘書である自分の仕事だ。
今後は自分に彼を支える役目が与えられたのだから、少しは正しい愛というモノを教えられたらと思う。