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すれ違う運命の中で  作者: 甘衣 一語
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花見

「おにいちゃーん。はやく、はやく。」

 子どもたちにに引っ張られながら屋敷を出て庭を眺める。

 庭一面に植えられた桜の下で親戚一同は楽しそうに笑い、親戚の子たちはいつもと変わらず走り回っている。そんな庭の景色が見える屋敷の一室では、宴会の準備が進められている。

 今日は毎年決まった日に行われている親戚での花見の席。桜を見ながら旬の食材を使った食事を楽しむこの行事も俺はこれで20回目だ。

「今日は晴れたね。」

 俺の後ろから小春も屋敷を出る。明るく光る太陽を見て眩しそうに目を細めている。

 確かに。昨日までは小雨で心配だったが見事に晴れた。

「あら、一樹君に小春ちゃん。」

 親戚の1人が俺たちを見つけて話しかける。

「もう食事の準備は終わったの。」

 俺が外に出ているので呼びに来たと勘違いしたようだ。

「いえ、子供達に見つかってしまって。」

 俺を引っ張っていた子たちは俺なしで楽しそうに走り回っている。

「そう、早く終わらせてね。」

 そこで興味が尽きた親戚の人はまた桜の元に向かっている。もうこんな扱いにも慣れた。

 いつからだったか、俺も一族の中で異端者として扱われている。表向きに俺は社長秘書だが、家の中での立ち位置は雑用係だ。小春は元々雑用的な意味も含めて養子として迎え入れられたが、今は俺の方が扱いは下だ。

 外への用事も無くなったので屋敷に戻る。料理の数を確認し、それぞれの食事の位置を確認する。俺と小春は既に毒味も兼ねて食事を終えている。

 長机に並ぶ料理が予定通り並んでいることを確認し、小春と手分けして人を呼びに行く。

 子どもたちも合わせて全員が席についたことを確認し、俺の仕事は終わる。この後の料理の説明や酒類の提供は厨房の人たちがやってくれる。

「じゃ、一樹行こう。」

 小春の囁きに頷きだけで返し、2人揃って部屋を出る。

 もう外には誰もいない。小さな鳥の声だけが庭へ綺麗に響いている。

「せっかくのこんないい天気だって言うのにあいかわらずだね。」

 誰もいないことを確認してから小春はそう憤る。俺が敬遠されていると感じたのは小学の卒業を迎えた頃だった。まだ俺が幼かっただけで、その雰囲気はずっと前からあったのだろう。原因は、多分慶人関係だ。

 この家では、番を見つけた人間に対する扱いは冷たい。大抵はその相手と共に出て行き絶縁となるけれど、そんな選択もないできない俺はここで今の立場を甘受するしかない。

「サクラきれいだね。」

 そんな俺の心中を察しているのか、いないのか呑気な小春につられて桜を見る。

 毎年変わらずきれいに咲き誇る桜が俺は好きだ。桜の元の芝生に腰を下ろす。こんなことをしても誰も、母も父も注意はしてくれない。

「咲ちゃんげんきかな。」

「そうだな。」

 側から見ればあまりにも唐突な問いかけだが、俺らにとっては自然な流れだ。

 どうせみんな忘れているが、今日は慶人の誕生日だ。毎年花見の日は慶人の日。この日を以前は心待ちにしていたのに、今あるのは虚しく散る桜だけだ。


「お兄ちゃん。」

 慶人俺の元から消えるまでの5年間は本当に幸せだった。その幸せがずっと続くと思っていた。

 桜を指差し俺を振り返る慶人が本当に可愛かった。その頃は俺たちを呼びに来る小春も俺にとってただの秘書だった。

 その一年後俺の隣にもうケイトはいなくなった。

 咲の名前は俺の後悔からきている。慶人の1番好きだった桜。春のなると一斉に咲き、人に笑顔の花を咲かせる木と、慶人は桜のことをそう評価していた。

 慶人の妹が生まれた時1番真っ先に思い浮かんだのは慶人のことで、妹の存在も知らされずにいる慶人に対して少しずつ記憶が薄れつつある自分が嫌だった。何もできない自分への戒めとして候補に挙げた名前が選ばれるとは思っていなかった。

「一樹、後悔してる?」

 数分の沈黙を経て小春はそう口にする。いつのことを言っているのだろう。俺の人生はいつも後悔ばかりだ。

「慶人君、よかったの響君に渡して。」

 躊躇いもなくそう口にする。小春は『渡す』と表現してくれているが、慶人にとってはきっともう俺なんてどうだっていいだろう。

「後悔は、まぁ。」

 俺には後悔する権利はないだろう。それに、あまり後悔してはいない。どちらかと言おうと少し心が軽くなった。

 俺との運命を勝手に決めつけられていることがずっと申し訳なかった。だから慶人が自分で好きな人を見つけて、その相手もちゃんと慶人のことを思ってくれていると、そうわかったから安心した。少し残念ではあったけれど、これが1番お互いのベストだと、思っている。

「まぁ、咲ちゃんも学校に行ってるだろうし、なんかあったら連絡くるよ。」

 俺の沈黙から何かを感じたのかそうコメントする。小春の小学校は、順調に手続きができていれば先週入学式だ。咲と同級のはずの甥っ子たちは元気に学校に通っている。

「あぁ、呼ばれた。」

 屋敷の入り口で厨房の見習いの人がこちらに手を振っている。小春は面倒そうに立ち上がる。

 桜舞う季節はもう直ぐ終わる。けれどどうせ来年も再来年も桜は咲く。

 願わくば咲の成長を俺も見守りたいなどと僅かな願望を抱いて俺も小春の後を追う。

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