表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すれ違う運命の中で  作者: 甘衣 一語
1/5

それぞれの道

 扉が閉まり、部屋の中が静かになる。元々椅子が数脚あるだけの部屋はいつ見ても寂しい。

「小春。」

 部屋を出て扉の横に視線を向けると予想通り彼女がいた。

「どうしたの、一樹。」

 いつものようにいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

「余計なことしてないよな。」

 少し目を泳がせてはぐらかすような笑みが返ってくる。

「まぁいい。帰るぞ。」

 問い詰めても意味はない。エントランスで支店長に伝言だけ残して建物から出る。

「ほらほら、早く行くよ。」

 車を取りに行った小春の方が先に着いていた。会社のロゴが入った軽に乗り込む。

「それで、次はどこ行く。このまま帰っていいの。」

 上機嫌に車を運転しながら小春はそう口を開く。ここに俺を連れてきたのは小春だ。問答無用で連れてきて着いてから用件を伝えられ、いつの間にかきた弟の、慶人の恋人と話して、何がしたいのかと問いただす気力もない。

「それでいい。着いたら起こしてくれ。」

 それだけ言って俺は目を瞑る。小春の意外に優しい運転が眠気を誘う。


「一樹、着いたよ。」

 エンジンが止まり小春の間延びした音が響く。時計を見ると2時間経っている。

「車直しに行くけど、降りる?このまま行っていい?」

 それでも心地よくて目を瞑っていると車はまた動き出す。

 正門から正反対の位置に車庫がある。敷地の塀に沿って車を走らせ2分もかけて車庫に着く。

「はい。これ以上はダメ。降りて。」

 男の俺でも小春に力では勝てない。問答無用で車から降ろされ、大小5台の車が止まる車庫を出る。

「そっか。」

 車庫の直ぐ隣に建てられた小さな建物が目に入る。

 この車庫はつい2年ほど前に建てられたモノで、その建物はそれよりもっと前からある。

「小春。ちょっといいか。」

 小春は狙い通りというように笑っている。

 人の手が入らず荒れ放題の生け垣の間にある小さな通り道を抜け、入り口に立つ。数年人が住んでいないことが、外からでも分かる。

「小春。鍵持ってるだろ。」

 確信はないがそんな気がして、俺の様子を伺う小春の方を向く。いつも小春が使っている車の鍵と一緒にキーチェーンへ仕舞われていたようだ。いつも小春が車のエンジンをかける様子は見ているのに気付かなかった。

 鍵を開け慎重に扉を開ける。僅かにホコリが舞う。

「相変わらず小さいねー。」

 俺の後ろから入ってくる小春はそんなことをいう。

 確かに狭い。一目で全体が見渡せる。中央にある大きな窓から日が差し部屋を照らしている。

 玄関の直ぐ横には小さい台所。その隣には5畳ほどの畳。小さな押し入れに小さな風呂場。

「でも綺麗にされてる。偉いねー。」

 ホコリまみれの部屋を小春は靴下で歩き回っている。子供用の布団が一式だけ押し入れに入っている。畳には教科書が一冊広げられる程度の机が1つ。台所の棚には食器が一式だけ仕舞われている。

「懐かしー。」

 流しの隣で干された食器にホコリが積もっている。玄関から動けず呆然と立ち尽くしていると、小春の間抜けな声が耳に入る。

「ちょっと、一樹。ほら。」

 いつものいたずらっ子のような表情で俺を呼ぶ。ほとんど何もない押し入れに唯一置かれていた箱。その中に入った真っ白な封筒を手にしている。

「他にもあるよ。ほら。」

 全部で30枚ほどの封筒は全部封がされたままだ。

「読んでないね。残念。」

 小春は本当にそう思っているか分からない反応をする。

「そうだな。」

 これは俺が慶人のために書いた手紙で、その頃慶人の監視役をしていた小春にこっそり頼んで運んでもらった手紙だ。小春も慶人との接触は禁止されていて、実際はポストに入れるだけだったが読んでくれていると思っていた。

 けれどやっぱり、それは自分勝手な願いだったようだ。

 立場を守るために最愛の人を汚す俺が許されるはずもない。敵しかいないこの家で、差出人も分からない手紙が読んでもらえるはずもない。

「これで、よかったんだよな。」

 これで、俺の手から手放すのが正解、だったんだよな。俺がいるより、あの恋人といる方が幸せになれるよな。俺と番なんて知っても、きっと苦しいだけだ。

 慶人のことを考えて、慶人と咲のために俺の元を訪れたあの青年の方が、きっと慶人を大切にできる。

 小春が珍しく空気を読んで静かにしている。

 時間が止まったような空間で、俺の声だけが静かに響く。


 小春と2人で簡単に掃いて外に出る。

 冷たい空気が木々を揺らす。学校から帰ってきた子どもたちの声がここまで届く。咲がいなくなっても、なんだかんだとこの家は回っている。敵なのか味方なのかもよく分からない家族と俺はこれからも生きていかないといけない。

 感傷に浸っている俺を小春が心配げに見ている。少し考えナシで俺の気持ちとは裏腹な行動も多いが、こういうときにそばにいてくれるのは小春だ。小さい頃からずっと、慶人を失って悲しんでいた俺に手紙のことを提案してくれたのも、今色々と実家で難しい立場にいる俺をかばってくれるのも小春だ。

 俺にも、少なくとも1人は信頼できる相手がいる。

 だから大丈夫だろう。慶人も前を向き始めた。俺も、慶人にしたことがなくなる訳ではないけれど、精一杯の償いをしながら前に踏みだそう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ