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紡ぐ記憶

作者: 滝沢洋一

「こんなところに来て何をしている、お前にしては珍しく過去を振り返っているのか」


「・・・・放っておいてください」


「言うようになったな、おい!」


頭を掴んでガシガシと撫でた。


撫でられる方はと言えば、死人と呼ばれる彼を知る者が見たら仰天することに、されるがままだった。


「お前を見つけて随分と立つなぁ・・・あの頃は牙をむいた獣同然だっのに、今では随分と『戻ってきた』なぁ」


「・・・・」


「鏡をみてこい、許可は出してある」


「素戔嗚様・・・どうして」


「うむ?」


「・・・・どうして、生かそうとなさるのですか」


深い悲しみと虚無がその目にはあった。


何者をも寄せ付けない、牙をむいた獣のような気配と共にあるのは、一振りの剣だった。






鋭い棘のような枝が生える木々と、触れた者の血肉を噛みちぎる草が生える場所に少年のような、青年のような存在がなんら躊躇いもなく歩いていく。


木々には頭蓋骨や肋骨、骨盤の骨が刺さっていた。


僅かに残っている肉をついばむ鳥や、血走った目で浅ましく醜い争いを繰り広げている者達がそれらに彩りを添えていた。


「・・・・お待ちしておりました」


「何の用だ、こんなところに」


剣呑な、触れれば斬るとばかりに殺伐とした雰囲気を纏って問い質した。


「姿見の鏡、見たいとは思いませぬか?」


「・・・・見てどうする」


「今一度、心を取り戻して頂きたく・・・・」


「・・・爺殿、心を失っていると?」


「左様にございます」


眼に力を込めて、睨みつける勢いで相手に言い募った。


「御身様のここ最近の在り様はあまりに苛烈すぎます、まるで死を望むかのように」


「だからなんだ、そのようなこと、今更ではないか」


殺伐とした、どこか投げやりな言葉だった。


そこにあるのは深い悲しみと、混沌とした思いだった。


「なればこそ、もう一度お心を取り戻しなされ、素戔嗚様より命を受けてこの老爺がはせ参じたまでのことです」


「・・・・」


無言でそっと一片の曇りのない鏡の前に立ち、そっと触れた。


「・・・・懐かしいな」


冷たい、氷よりもなお冷たい表情がほんの少し綻んだ。


(あの頃には風切がいた、鈴用、偉前、彩の葉、静美奈に御上・・・・みんな、みんな良い者達だった)


(影、死人、奴婢と呼ばれた私だったが、不思議と彼らといると人の心を思い出すことができた)


いつ果てるとも知れない出来事が走馬灯のように流れて行く。


穏やかな顔と共に最後が映し出された。


(あの時はみなまた会える、きっと会えると思うておったが、そうはならなんだな。


散り散りに別れ、二度と会うことは叶わぬ大切な仲間・・・。


その記憶を持つ者はいまや我一人か)


そっと、静かに涙が一滴、頬を伝わって消えた。


(彩乃、彩女・・・もう会うことはないだろうさ・・・だが、忘れることはないぞ・・・・)


(大殿、威厳殿、若殿、随分と長う旅を続けておりますよ、影鷹は)


痛みを堪えるかのように、顔が少し歪んだ。


(熊、鹿、みんな・・・忌み子と呼ばれた我だが、まだ生き恥を晒しているぞ、まだ生きているよ・・・)


そこに映し出されているのはどこともわからぬ村の光景だった。


囲炉裏の前に座り、穏やかな笑みを浮かべて寝ている熊に背中を預けて座っている目つきが鋭い子供を女性がみていた。


(さくや姉、あの時はまさか・・・・いや、もう忘れよう、きっとどこかで会えるだろう)


眼を閉じると、静かに鏡から手を離した。


「如何でしたかな」


にっこりと、穏やかな笑みを浮かべて青年に問いかけた。


「幸せだったぞ、ありがとう・・・・」


「なんのなんの、お役に立ててなによりです」


「では行くかな・・・」


迷いを吹っ切るようにそっと目を閉じて開けると、歩き出そうとした。


「しきな殿、御身はまだ死ぬには早すぎましょうぞ」


「・・・・お前までそうだと」


「はい、長きにおいてお仕えできて幸せでございました・・・・」


身体が少しずつ塵となっていく。


ここ地獄においてそれは死者が許されて輪廻転生へと戻ることを意味していた。


「・・・・逝くのか」


「はい、ようやくお役目を果たしましたな・・・・御子殿」


「・・・誰のことだ」


「未だわからぬことはいずれわかりましょう、かの方がお伝えして頂きましょう、それまでは今しばしその道を歩むことになろうとも、素戔嗚様がきっと見て頂けましょう」


「訳の分からぬことを言うな・・・」


「御身の進む道は血の道、その先にあるものは誰も助けることはできますまい、かの方と出会うまでは・・・そこからが御身にとって、ようやく救いの道となりましょう・・・」


「・・・・終わりにしたいか」


「はい、ようやく罪業が終わりましょう、旅の果てにこのような死に場所を得られたこと、嬉しく思います」


にこりと微笑んで、促した。


「・・・・ご苦労であった」


呟くと、明けの明星を思わせる輝きが一筋、輝いた。

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