特訓に励む魔法使い
気合は確かに、いっぱし十分な物だったと思う。ただ、じゃあ僕の魔法がそれに見合うだけの力を発揮できるかどうかは別問題だ。
「はっ!!」
僕は一声大きな声を張り上げながら、出し得る限りの風を、十数メートル先の鉄球に向けて放った。無論、現状で出し得る限りの魔力である。
……全く動く気配がない。一応鉄球の周りの草のなびき方から見て、結構な勢いはそこまで飛んでいるはずだ。心なしか鉄球も僅か、ほんの僅か……
「全く動かないな」
「ハハハ」と笑いながら軽くそう言うウォータールーさんの言葉に、一気に脱力した。動いてないのは間違いない。
……なんだかいつもより魔力の消費が激しい気もする。起きてそんなに時間が経っていないからかもしれない。
思い切り両手を真上に、背筋もぐっと伸ばし、「はぁ~」と息を一気に吐きながら力を抜いた。
よし、もう一度!! また鉄球に向けて風を起こした。今度はしばらく、長く、ほんの僅かでも動かす気持ちで……
「──ぷはぁ!」
僕は勢い良く息を吸った。気合を入れ過ぎて息を止めてしまっていたのだ。しかも息継ぎの勢いでそのまま尻餅をついてしまった。
「あだ」
う~ん。やっぱりうまくいかないものだ。まず立ち上がって、もう一度……
「メードレ」
三度目に挑戦しようとした時、ウォータールーさんに声をかけられた。ウォータールーさんは僕の前まで来た。
何を言われるんだろう……そう思って少し緊張した。すると、ウォータールーさんは何も言わず、右手の人差し指を僕の額に軽く当てた。
指を当てられた時、ふわっとした感覚があった。僕に魔法がかけられたことが分かった。
「風を軽く起こしてみろ」
「……?」
言われた僕は、右手の掌を上に向けて風を起こした。すると、渦巻く風の所々に、光りの粒々が、振り撒かれでもしたかのように煌めいている。
これが一体何かを聞こうとウォータールーさんに目を向けると、
「これで、自分の起こした風がどこまで、どれくらいまで広がっているか見られるはずだ」
「?」
僕は、いまいち要領を得ないという顔を浮かべる。
「昨日今日と、メードレの風の扱いを見ていて気付いたことだが、メードレは少し無駄に風を広範囲に起こす癖がついている。試しに軽く風を前方に起こしてみろ」
「はい」
僕は言われた通り、鉄球のある方を向いて風を発生させた。一応威力は弱めてある。
「……」
僕の起こした風に、さっき見たキラキラが散りばめられている。そのキラキラを通じて、僕は風がまっすぐ鉄球に向かっているのを確認した。そして、
「……確かに、なんだか妙に広がってますね」
僕はキラキラが左右そこそこ広い範囲で煌めいているのを見てそう言った。
僕は意識して真っ直ぐ飛ばしている。実際、真っ直ぐ放たれている風にあるキラキラは結構多く煌めいている。
そのキラキラが、自分が風を起こそうと意識している範囲よりさらに外側にもあるのだ。
「もう止めて良いぞ」
僕はウォータールーさんに言われて風を止めた。
「魔法使いの多くに見られる傾向だが」ウォータールーさんが言った。「使用者が思った以上に広範囲に魔法を使ってしまっている場合がある。まして風の魔法だ。全く見えないから、どれだけの範囲で風を発射しているかというのが把握しづらいんだ」
ウォータールーさんが言った。確かに、ここまでの範囲の風を起こしているとは思わなかった。
「鉄球を動かす特訓と共に、意識していない範囲にまで広がっている風を、意識的に操れるように努力をするんだ。狭い範囲で発射された風の方が、より強力なものになる。自分の起こしている風がどんな感じで起きているかを視覚で把握しておけば、おのずと見えない状態になっても、どこまでは風を起こしているかを感覚的に把握しやすくもなる。力をつけるためには必要な技術だ」
「はい! 分かりました」
あのキラキラがあれば、風がどこまで起きているか確認できる。しっかりそう言うところも意識しないと。
僕の反応に満足してくれたのか、
「じゃ、頑張れよ」
そう言って、ウォータールーさんは家に戻っていった。とりあえず、現時点で僕に言うべきことが今の位という事だろうか。
たぶん、僕を直接見てないだけで、僕の特訓自体はしっかり把握している気がする。気を抜かずにしっかりやろう。
──それから一時間、僕は鉄球を動かすことと風の操作に神経を集中させた。と言って、両方同時はやはり難しいので、捜査の方を特に重点的に意識した。
やっぱりキラキラがあると良い。自分が無意識にどこに風を起こしているか分かりやすい。
一時間後、ウォータールーさんが現れた。
「とりあえず、これが主なトレーニングプログラムだ。確認してくれ」
僕はウォータールーから差し出された紙を受け取った。そこには特訓の内容と時間割が書き込まれてあった。
スケジュール通りに、次は走り込みだった。何周走るかではなく、時間内まで走るという事だった。
ずっと走りっぱなしではなく、ある程度歩いたり、立ち止まって身体をほぐす程度の休憩はとってもいいそうだ。その裁量は僕に委ねられた。
こういうのが意外と難しい。あまり頑張り過ぎるとへとへとで動けなくなるという事も起きかねないし、かといって休み過ぎるのは論外だ。
──魔法使いと言っても、やっぱりそれなりの身体能力や体力が求められる。魔法でどうにかできないことを、自ら動くことで対処できるようにしておく必要があったりするからだ。
特に僕は攻撃魔法の使用者だ。前に出ることもあるし、機敏に動くことも求められる。ある程度身体が動かせた方が、いざという時の危機回避に役立ったりする。
あと、やっぱりクエスト途中、特に戦いの最中にへばってしまっては、下手すると命の危険だ。体力は大切だ。
魔力を失くした時……なんて表現したら良いかな? 身体が妙にぐったりというかジトッとするというか、とにかく決していい状態で無くなる時がある。
そんな時にも体力があれば、身体を奮い立たせることが出来る。体力がないと色々気力がなくなって大変だ。
あと、体力は魔力に変換して利用出来たりもする。いざという時はこの技術を利用して、更なる魔法を行使できる。
ただ、変換できるようになるための技術は習得するのがかなり難しく、講習などで教わることも無いので誰でも出来るわけでは無い。
ただ、やはりできるようになった方が良いという事で、勇者になる人達は個々人で特訓してたりする。もちろん僕も練習して習得した。ちなみに、魔力を体力に変換にも出来る。
……この変換技術の習得自体は、勇者になる上では確かに必要は無い。でも、勇者になる上で、魔力か体力のどちらかをある程度残し、最悪いつでも逃げられるようにしておくことは必須されている。
魔力、体力を利用する試験においても、科目を全部クリアしても、体力、魔力が設定された値まで残っていない場合は不合格となる。これのせいで、試験は最後の最後まで気が気じゃなかった。
そんなこんなで、僕はランニングを続けた。そして、改めて思い知らされた。僕、体力なさすぎ……
最初は結構走れてた。ある程度疲れれば歩いて、時に立ち止まって走り出し……それを繰り返すうちに、思いの他、自分でもびっくりするくらい早く、疲れがたまってきた。
ここまでの走り込みなんてそんなにしないからあまり意識しなかったけど、ここまでとは……クエストで結構動いてるつもりだったんだけど……
「そういえば、学生時代もこんな感じだったかも」
僕はそんな風に口にした。疲れのせいで、思ったことがそのまま漏れ出る。一旦立ち止まろうか。そう思った時、
「お~い、貧弱軟弱唐変木。足が緩やかになってるぞ~。そんなんで体力付くかよ~。もっと気合い入れろ~」
聴こえてきた声はサニーちゃんのだ。声のした方を見ると、学校から帰ってきたサニーちゃんが、僕の方を見て、今みたいな言葉でずっと野次っている。
僕にさっきの言葉を言ってきた時の語調は緩く、檄したり怒ったりという感じの物じゃない。ちょっと皮肉っぽい感じかな?
「……」
なんだか、シニカルな顔つきで気怠そうに立ちつつ、そんな緩い語調でヤジを飛ばしているサニーちゃんの様子が何となく可笑しかった。よく見ると、その顔がにやけてるようにも見えた。
そのおかげか、疲れは残ったままながら、どこか心がそっと晴れるというか、なんとなく気持ちの軽くなるのを感じた。