孫と話す伝説の魔法使い
メードレが部屋に戻った後、俺も自分の部屋に戻って机に座り、以前から書き続けていた物を書き始めた。内容は、勇者組合から送られてきた魔力に関する論文をいくつか掲載した小冊子に関する感想や意見だ。
最優秀の研究員による魔法に関するものがほとんどなので質はどれも高い。その上で、いくつかの疑問、懸念、問題点を書いて、決まった期日に送っている。
書き出してさして時間が経っていない時、タブーレに通信が来た。開いてみると、今日の空いた時間に勇者組合に送った、メードレ来訪に関するメッセージに対する返信だった。
メードレがここに来ること自体は、事前に彼が連絡を入れていたという事で知っていたそうだ。やはりメードレは律義な奴だ。
勇者組合からは、メードレに関してはこちらに任せてくれるとのことだ。あと、いくつかの注意事項が掛かれていると共に、メードレの事でレポートも書いてほしいと依頼された。
まぁ予測はしている事だった。俺としては問題ない。あとはメードレから許可を得るだけだ。
──俺がこうやって論文やレポートを書くのは、無論収入の為というのもある。しかし一番の目的は、社会との繋がりの維持にある。
社会との何かしらの繋がり、それも出来れば貢献という形で平穏に参与出来れば、得することも多い。
こんな時間でも忙しい勇者組合が、今日送った俺のメッセージへの返信をこうやってすぐ返してくれるのも、その恩恵の一つだ。
俺の肩書が働いたという者もいるかもしれない。しかし勇者組合という場所は、たとえ過去に偉大な業績がある者にであろうと、現在何をしているのか把握できないのに、そう簡単に所属する人間を預けるような無責任な事はしない。
組合からのこうした返信には、自分のやってきたことがある程度評価されたのだなと実感させるものがある。
ちなみに俺が送ったメッセージには、二十歳未満の勇者を対象にした、月一のメンタル診断の件の要請もしていたが、無事承諾されたようだった。
それも、そのための出費は、勇者組合といくつかの魔法関連の機関が受け持ってくれるという。ありがたい話である。
そんなことを思っていると、ドアがノックされ、
「お爺ちゃん」
わが孫サニーの声が聞こえた。
「ああ、入って良いぞ」
俺の返事を聞いて、孫はドアを開いた。手にしていた本を俺に、
「ありがとう。返すね」
俺は本を受け取る。
「面白かったか?」
「さぁ?」サニーは肩を竦めた。「もしかしたらまた借りるかも」
俺は軽く笑った。正直、この本に書かれている内容は難しいし、分からない部分も多かったはずだ。
本来はそれなりに勉強していることを前提に書かれている本だ。わが孫の知識量はこの歳にしてはなかなかのものだが、如何せんこの本はまだ早過ぎたはずだ。
ただ、分からないなりにまた借りるかもという意欲を見せるのは、我が孫の良いところだ。物言いこそ淡々としているが、実際にまた借りに来るしな。
「いつでも来てくれて構わないよ」
「うん。分かってる……」サニーは、何か聞きたそうな様子を見せた後、「ねぇ、お爺ちゃん」
「ん? あぁ、ちょっと待て」
俺は立ち上がって、サニー専用の椅子を出した。座る孫に、
「何か食いたいものは?」
「良い。太る」
「そうか」
俺が笑っているのに対し、孫は真面目な調子で、
「メードレ、どうやってここまで来れたの?」
「普通に来たのさ」
「あの森を、真っ直ぐここまで?」
「そうだ」
「お爺ちゃんの魔法は効かなかったってこと?」
「まぁ、そういう事になるな」
「……メードレ、何か魔法を使ったの?」
「いや使っていない」俺はサニーが興味を抱き始めたのを見逃さなかった。「メードレに宿る魔力が俺の魔法を感知して、奴を守ったのさ」
「……」
一瞬、サニーは何を言っているのか分かり兼ねる様子を見せた。
「人間の身体は、病気になったら免疫を活性化させるために発熱するだろ? それに少し似た作用が起こるんだ。人間の身体からはな、当人が認識できない程の僅かな魔力を放出しているんだ。本来は特に周りにも自分にも影響を及ぼすことは無いんだが、稀に強い魔力有する者の魔力は、他の魔法からその保持者を守ろうするんだ」
「じゃあメードレには、魔量がそう働いたってこと?」
「そういう事になるな」
「でもメードレって、ポテンシャルはともかく、魔力自体そんなにないよね?」
「攻撃力なり魔力なりでもそうなんだが、タブーレが計測しているのは、飽くまでその時点でどれだけその力を利用できるか、という物なんだ」俺は答えた。「それに対してポテンシャルというのは、その人間に秘められた力を計測して出される数値だ。つまり、ポテンシャルで百の数値を引き出せる程の力が、メードレの中に秘められているという事だ。あとはそれをあいつから引き出すことが必要なんだ」
「なるほど」サニーは答えて、「じゃあ、明日からする特訓は、その魔力を引き出して使えるようにするための物なんだ」
「厳密に言うと、特訓自体はもう既に始まっている」
「?」
「今日メードレに、白い魔力の玉を置かせたのを知ってるか?」
「うん。その時にメードレと初めて会話を交わしたんだもん」
「あれは攻撃魔法の為の俺の魔力を丸めた物でな。あれに反応した魔法使いの魔力はその保持者を守るために常時魔力を発した状態になる。今たぶんメードレは眠っているはずだが、それでも魔力は放出されている」
「魔力の出しっ放しって、結構疲れるんじゃない?」
「あぁ。だから今日一日の時点で、メードレはかなり疲れているはずだ」
「ちなみに、メードレはどれくらいの量の魔力を放出してるの?」
「並の魔法使いなら気絶するだろうな」
「……鬼畜過ぎる」
我が孫がドン引きしている。その反応に笑いながら、
「もちろん、メードレなら問題がないと分かった上でやってることだ」俺は答えた。「魔力は利用すればするほど、使える量が増えて行く。運動した分だけ体力や筋力が増えるようにね。強力な魔法を使うには、何よりもまず大きな魔力が必要なんだ」
「なるほどね」
サニーは、とりあえずという感じで納得したようだった。
「メードレ程のポテンシャルを持った者には、普通の鍛え方では強くならない」俺は少し真面目な調子で言った。「強くなるためには、その為の意思、意欲も大切だが、その人間に見合った環境もまた大切だ」
「環境?」
「そうだ」俺は返事をする。「人間を強くする上で──まぁ、これは育てる上でもそうなんだが──大切なことの一つは、育つための環境を整えてやることだ。相応の環境が整っていなければ、たとえどれ程の才能を秘めようと、あるいはどれほどの努力しようと、充分に開花させることは出来ない。既に開花している才能を、さらに飛躍的に伸ばすことも出来ない」
俺はいったん言葉を区切る。そして、
「環境というのは大切なものだ。夏に咲く花だって、夏と呼ばれる季節が来るから咲くわけじゃない。夏の時期にもたらされる環境……例えば気温や気候、土の状態なんかによって育つんだ。逆を言えば、そうした環境を整えることが出来れば、冬の時期に夏の花を咲かせることだって出来る」
我が孫はじっと、俺の言葉を真剣に聞いている。
「ポテンシャルで百の数値を出した者は、これまでほとんど存在していなかったと言って良い。それ故にそんな人間が出てきた時の為の設備が整っていない。何年、何十年に一度出て来るかどうか分からないんだから、それもある意味では当然だがな。だから、俺の方で相応の、可能な限り彼のポテンシャルが開花できるであろう環境を整えたんだ」
「ふぅん。自信あるんだ」
「結果はどうなるか分からんよ」俺は答えた。「魔力、魔法関連の教育についての研究を進めていてな。一番確実に伸ばせるであろう方法を試しているだけだ。俺としても、良い結果が来る事を祈るばかりだよ」
「良い結果ね……」そう言った後、サニーは思い出した様に、「そういえば、もう一人いた、みたいなことを、メードレが言ってた気がするけど」
「あぁ、そうだな」
「その人は、メードレと違ってお爺ちゃんの魔法で森の外に?」
「残念だがな」
おおよその人物像は把握している。かなり野心的な男だ。魔力も申し分ないし、それなりのポテンシャルも秘めている。野心があることは良いことだ。野心は上昇志向を生む。
「まぁそのもう一人は、俺の助けなしでも良いところに行くと思うよ」
──その後数分話した後、サニーは自分の部屋に戻っていった。俺もある程度書き進めた後、あまり遅くなり過ぎないうちにベッドに入った。
……暗いしじまの中でじっと目をつむっていると、自分の胸の高鳴るのを感じた。俺は、自分が思っている以上に、メードレに対してワクワクしていることに、その時初めて気が付いた。