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一緒に夕食を取る魔法使い

 ──僕は言われた通り、宿を出ることを宿主さんに伝えてお金を支払い、部屋に戻って荷物をまとめた。


 魔力を籠めてドルゴックを握り潰す。すると、またすぐ目の前の情景が切り替わった。


 ベッドとタンスと机の置かれた、少し殺風景な部屋。ウォータールーさんの家の、僕に宛がわれた部屋であることはすぐに分かった。


 僕は服やら本やら、持ってきた物を一つ一つ相応の場所に置いていく。片付けが終わった頃は、もう夕方だった。


 ふと、アナベラさんと戦い終わった時点で、昼も結構過ぎていた時間だったなと、ぼんやり思い出した。


 下に降りると、ウォータールーさんが夕食の準備をしていた。スープでも作っているようだ。サニーちゃんも手伝っているのを見て、


「何か自分も手伝えませんか?」


 と尋ねると、


「特にこれというのは……」ウォータールーさんは少し考えて、「もし手伝ってほしくなったら声をかける。席で待っていてくれ」


「分かりました」


 言われた通り、僕は席についた。自分だけ何もしていないというのも、そわそわさせるものがある。

とはいえ、流石に今日会ったばかりの人間に、信頼して何か頼んだりは出来ないだろうとも思われた。


 サニーちゃんは手伝い慣れているようで、あまり指示されることなくあれこれ取り出したり手渡したりしている。


 ……ふと、サニーちゃんのご両親はどうしているんだろう。一応この家の中で、少ないながら入らないよう言われた部屋があるので、そこがご両親の部屋なのだろうか。


 不吉な想像が出来なくもないけど、それを示唆する物も見当たらないあたり、単に家にいないだけかもしれない。


 まぁ流石にそのことを尋ねるのは、失礼というか野暮というか。あまり踏み込んで良いことでもないだろう。


 ……あぁ。何だか凄く美味しそうな匂いがしてくる。


 料理の終盤あたり、出来上がった料理を盛り付けながら、


「メードレ。運んでくれないか?」


 ウォータールーさんが頼んできた。サニーちゃんと一緒に、僕は皿を運んで行く。


 パン三個にトマトのシチュー、ポテトサラダにソースのかかった肉。どれもこれも美味しそうだし、実際凄く美味しい。


 パンはちぎってシチューに付けると、染み込んだところがそれなりの弾力を持って食べることが出来る。


 もちろんシチュー単体も充分に美味しく、玉ねぎも鶏肉もキャベツなんかも柔らかな食感をしていて、味もマイルドだ。


 ポテトサラダでしっとりとしたポテトや歯ごたえのあるきゅうり、千切りにされたニンジンを味わう。


 お肉は一噛みすれば溢れる肉汁が口の中に広がって、それがしつこ過ぎないソースと相まって食べることを喜ばせてくれる。


 そんな食事を続けながら、ウォータールーさんやサニーちゃんと軽い会話を行った。


 ウォータールーさんの家にある調度の一つ一つが綺麗で豪華な感じがすると話題にしたら、そのままどうやってお金を稼いでいるかの話になった。


 収入源は色々あるそうだが、一番大きいなの、やはりウォータールーさんの書いた自伝による印税だという。


 ウォータールーさんはもともと、魔法使いとしてのその目覚ましい活躍ぶりから、かなり色んな人から注目を浴びていた。


 そんな人が勇者を引退してさして時を経ないうちに出された自伝本は、一気に世間の注目を浴び、今でもトップレベルの売り上げを誇った。


「僕も持ってます。凄く良かったです!」


 僕がそう言うと、


「ミーハーっぽい」


 サニーちゃんにツッコミをもらってしまった。ウォータールーさんは笑っている。


 ただ、良い本というのは本当だ。ウォータールーさんの勇者になるまで、なってからの活躍を中心に、どういう活躍をしてきたか、どういう物に接してきたか、そうしたことが平易かつ堅実な表現で書かれていた。


 実際、著名な小説家や著述家、評論家から、その文章の表現力を絶賛されている。


 その書かれた内容は、勇者達にとってはもちろん、一般に方々にも面白く読めた。あと、クエストで出向いた場所や出会った生物達について書かれていることが、そう言った方面の専門家の方からかなり興味深いと評されたのを見たことがある。


 そんな本だから、当然海外でも大きな注目の的となり、いくつかの国で翻訳されて出版された。

その結果本は今でも売れ続け、ウォータールーさんの元には、今でも結構な収入が入るとのこと。


「──じゃあ今はもうほとんどお仕事とかはしてないんですか?」


「いや、ちょこちょこ仕事はしてるよ。表立って派手にはしてないがね」ウォータールーさんはパンを食べた後、「魔力や魔術について研究したり、その為の色んな森や洞窟なんかに出向いて調査をしたりして、報告書や論文なんかを提出している。たまに雑誌に載っていたりするよ」


「!! 本当ですか!!?」


 し、知らなかった!


「まぁかなりマニアックというか、専門色が強すぎて、発行の少ないタイプの雑誌にしか載らないからな。まず一般人が読んだりするような物じゃない」ウォータールーさんはそう言った後、「しかし、少しぐらい話題になっていてほしいもんだがな。あんなに自伝が売れたのに」


 背もたれに思い切りもたれながら、冗談半分な口調でそう言った。


「ヒットしたのは本であって作者じゃないんだから当たり前の事だと思うよ」


 サニーちゃんなんかめっちゃ辛辣なこと言ってる! いや、ウォータールーさんはそもそも色々凄い人なんだけど……


 色々思う僕を尻目に、ウォータールーさんはお孫さんの言葉に吹き出して大笑いしている。


 ……ふと、僕は一つの事に思い至った。


「研究や調査をしてるって言いましたよね」僕はウォータールーさんに言った。「アナベラさんとも、そんな時に出会ったんですか?」


「ほぉ。察しが良いな」ウォータールーさんはポテサラを食べて、「あの洞窟はいくつかある貴重なドラゴンの生息地なんだ。俺はたまたまその洞窟のある山を調査していてな。その時に出会ったんだ……」


 ──ウォータールーさん曰く、本来ドラゴンは、食用に動物やモンスターを食す時や、明確に敵意を持って襲撃に受けた時を除いては、相手に攻撃に出ることは無いという。


 これにはドラゴン特有の、かつ特異なプライドに由来するという。つまり、この世界における最強の種族、生物として、容易く弱者に手を出すことは恥だという感覚である。


 時には、他の生物の守衛役を買って出るドラゴンもいるそうだ。


 そのため、実はドラゴンは、意外と危険な生き物ではないという。分類は一応モンスターだけど、それは飽くまで強さに由来するもので、他のモンスターに比べて危険度は圧倒的に低い。


 確かに、ドラゴン関連のクエストを僕は見たことないし、来ること自体かなり稀だとと聞いたことがある。無論、来た場合は、『ひまわりさん』の称号を持っているチームにしか受けることは出来ない。


 ウォータールーさんは最初、ドラゴンの住まう山も洞窟を、あまり気兼ねなく調査していたそうだ。時折空を飛んで行くドラゴンを見かけることがあっても、向こうは歯牙にもかけていないという様子だったらしい。


 その時出会ったのがアナベラさんだ。


 ウォータールーさんは、あまりに堂々と自分の前に立つドラゴンに興味を持った。そのドラゴン──つまりアナベラさんだけど──の、どこか脱力した様な立ち姿から、敵意みたいなものは感じなかった。


 ただ、それでも何か独特の緊張感みたいなものはあったそうで、ウォータールーさんも目が離せなかったという。


 ……結果から言えば、アナベラさんはウォータールーさんに襲い掛かった。しかし、それはウォータールーさんを追い出そうとか、打ち倒してやろうというより、何か試しているような感じだったという。


 実際、何度か魔術を使って応戦した後、アナベラさんは攻撃をやめ、満足したようにその場から立ち去った。


 アナベラさんに興味を持ったウォータールーさんは、会えるかどうか、半ば興味半分にその洞窟に出向いた。そして出向く度に、アナベラさんは彼に会いに来た。


 ウォータールーさんとアナベラさんの本格的な交流はここから始まった。


「──ドラゴンとのやり取りって、どうやったんですか?」


「俺から話しかけたんだ」


「……?」


 答えを聞いてよく分からないという反応を見せた僕を見て、ウォータールーさんは笑った後、


「動物と意志疎通できる魔術があるだろ? あれを使ったのさ」


「あ~なるほど」


 確かに魔術はそんなことが出来る。人間が、生物と意志疎通が出来るようになる魔法だ。探索用に分類される魔術だ。


 基本使える人はほとんどいない程に高度な魔法だ。仮に使えるとしても、大抵の人は、なんとなくこんなことを言ってるかも……みたいなことが伝わる程度でしか使えない。


 ただ、ある程度使い慣れるというか、技術が熟してくると、より具体的に動物やモンスターと意思相通が出来るという。


とはいえ、やはりかなり高度な魔術だ。スムーズにやり取りできる程使える人はほとんどいない。


 ドラゴンとの意思疎通……ウォータールーさんはさらりと言っているが、交流を深める程にそんな魔法を使えるというのはとんでもないことでもある。改めて、僕の目の前の人は伝説の人なんだと思われた。


 ウォータールーさんが人語を介さず意思疎通をしてくることに興味を持ったのは僕だけでなく、ドラゴンも同じだったみたいだ。


 その時のアナベラさんもウォータールーさんから魔法の事を聞くにつれ、自らも人の言葉を話したいと言ってきた。


 人間以外の生物が人語を発するための魔法……実はその時点で、ウォータールーさんはそんな魔法を作り出していた。人間が生物と意志疎通するための魔法を応用して編み出したそうだ。


 しかも、かなり本格的に出来上がってそうで、後は何かの生物で試すだけだった。ウォータールーさんはさっそく、アナベラさんとの交流をしかるべきいくつかの機関に伝え、魔法の利用の許可を得て、アナベラさんに実験してみた。


 結果は言うまでもない。人語を話すようになったウォータールーさんはこれを大いに喜んだ。


 ただ、やはり日数を置いてみない事と、そのまま人語を使い続けられるかどうかは分からない。ウォータールーさんはアナベラさんに言語を教えつつ、その体調、精神的な問題がないかを確認して、今日まで至っている。


「──話した時は本当に人と話してるみたいでした」


「だろう?」ウォータールーさんも嬉しそうに、「今の所アナベラの様子におかしなところもない。実用化という点ではまだ色々検討すべき点があるが、今後もしかしたら、勇者の間でも常用するときが来るかもしれないな」


 ウォータールーさんはそう言って、食後のワインを飲んだ。


……………


 ……夕食の片づけを手伝い、お風呂にも入ってスッキリした後、僕は歯を磨いて自分の部屋に戻った。


 明日から特訓が始まる。期待と不安で胸がドキドキする。それに妙に疲れがたまってる感じがする。


 アナベラさんとの対決は、確かに自分でもかなり本気でやった方だった。ただ、その時からそれなりに時間も経ってるし、疲れも癒えてるはずだ。なのに、何となく体がだるい。


 いくつか魔法関連の本を持ってきてたから、軽い復習でもしよう。そう思って一冊取り出して読みだした。


 ……う~ん。やっぱり内容が頭に入らない。何度も同じ行を読み直してしまう。仕方がない。僕は本を閉じてすぐそばの棚の上に置いた。


 とりあえず、明日から訓練開始だ、今日の疲れを残さないように早く寝よう。そう思って、僕は掛け布団を掴んで首元まで持ち上げて……

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