ドラゴンとなんとか渡り合う魔法使い
一瞬飛んでしまいそうになった意識は一応すぐに戻ってきた。それでも、全身に走る鈍い痛みの為に、集中するのはなかなか難しかった。
尻尾に叩きつけられた僕は、風を起こして落下速度を落として、何とか地面に着地することが出来た。
僕は上を見上げる。すると、既に僕の方に落ちてきていたドラゴンの足や尾がすぐそこまで迫っていた。
「!!」
僕はすぐにそこから離れたが、ドラゴンの着地時に起きた風圧に押されて吹き飛ばされてしまった。
「いだッ……」
僕は地面に叩きつけられて、そのまま少しだけ転がった。その隙をつかんばかりに、僕の方を向いたドラゴンは、僕に向かって炎を吐き出した。
「……!」
何かしら攻撃が来るとは思っていた。でも、このまま逃げてばかりじゃいられない。僕は足下に風を発生させて大きくジャンプしてそれを避けた。
僕は更に宙に浮いたまま両手を掲げ、そこに風を発生させて、
「はっ!!」
と叫んで、その風をドラゴンの頭を上に吹き落とした。自分でも結構強い勢いの風だった。僕の風を受けて、ドラゴンは頭を一瞬揺らしながらたじろぐ様子を見せた。
「……」
そんなドラゴンの様子を見て、充分には喜べなかった。これでもかなり、他の大型モンスターなら一発で吹き飛ばせるほどの勢いの風を起こしたつもりだ。
ドラゴンの強さや頑丈さを侮っていたわけじゃない。でも、僕の予想以上であることは認めないわけにはいかなかった。
「ぐっ……うぅ……」
身体を風で宙に浮かせたまま、更に強力な風をドラゴンに浴びせ続けるのはかなりきつい。しかも、特に効き目があるように見えないのも、心に来るものがあった。
しばらく僕の風に翻弄されていたドラゴンも、やがて一鳴きしながら頭を上げると、僕の風を受けたまま空を飛んで僕に突進してきた。
頭を上げた時点で次の行動を予想していた僕は、この突進は無理せず避けることが出来た。空中停止したドラゴンが、僕の方を見下ろす。
次はどうすべきか。得意とする風の魔法がそこまで効かないとなると、炎や氷の魔法はなお一層効果を発揮しないだろう。
……その時、
「よ」
肩を叩かれた僕は振り返る。ウォータールーさんが、やっぱり勇ましそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「やはり苦戦しているようだな」
「……はい」
ウォータールーさんに言われ、僕は答えた。そう素直に答えざるを得なかった。
「今の戦いを見る限り、君は充分に力を発揮していない。出来ないでいると言った方が正しいか。緊張やら焦りやら恐怖やら、色々ごちゃごちゃなんだろう」
「うっ」
図星を突かれた。
「一つ提案があるんだ」ウォータールーは右手の人差し指を立てて、「もし君が望むなら、現時点での君の最大限の力を発揮できるよう調整することも出来る。緊張感やら諸々の感情も緩和できる。一時的だがな。どうだ? やってみないか?」
「……」
ウォータールーさんの提案は、魅力的に見えた。僕は間違いなく、緊張しているし、焦っているし、恐怖している。
そのせいとばかりは言わないけど、やっぱり身体を動かしにくいのは事実だ。僕の実力を見てもらう為だったら、ウォータールーさんの提案は受けた方が良いはずだ。
……でも、本当にそれで良いんだろうか。
勇者に大切なのは、冷静に、平静に、そして堂々と事に当たることだ。ドラゴンと戦っている今の僕は、勇者としてまるで正しくない状態にある。
それを、ウォータールーさんの手でなんとかしてもらうことが正しいことだろうか。
僕は魔法使いとして、もっともっと力を付けたい。しかしそれは、何よりも勇者として、これから活躍していくためだ。僕は魔法使いである前に、勇者なんだ。
「……ありがとうございます。ウォータールーさん」僕は答えた。「でも大丈夫です。自分で頑張ります」
そう答えると、ウォータールーさんの笑顔に、どこか嬉しそうな感じが加わった。
「そうか」ウォータールーは軽く上を見上げ、「なら、頑張ることだ」
「え?」
僕はウォータールーさんと同じように上を見上げた。ドラゴンの足が僕の方に迫っていた。
「うわあああああああ」
僕はなんとか必死に避けた。必死過ぎて着地を想定していなかったため、頭から地面に落ちてしまった。
「いてて……」
僕は顔を撫でながら起き上がって振り返る。ドラゴンは僕達のいた場所に力強く立ったまま再度咆哮した。
僕は立ち上がる。また息を大きく吸って吐き出す。ウォータールーさんと話せたおかげで、さっきよりも気持ちが落ち着いている。
……まぁ少しだけ、身体がピり付いてるけど。でも、もっとよく戦えるはずだ。
ドラゴンが僕の方目掛けて飛び出してきた。僕はあえてその場を動かない。すると、ドラゴンが目の前に止まると同時に大きく右手を振りかぶり、僕に振り下ろしてきた。
今だ!!
僕は両手を突き出して、ドラゴンに向かって風を発生させた。胸と腹の辺りに風を受けたドラゴンは、その右手を止めた。
「……」
風を振り払えそうだったさっきの時と違い、今は明らかに、僕の出す風に翻弄されているようだった。近付きたくても近付けない、そんな感じだ。
本当にありがたい。これは、僕が今出せる最大級に最も近い力だ。僕はもっと気合を入れる。軽く右足を上げると、
「はッ!」
僕は叫びながらその足を勢いよく地面に下ろし、更に強い風を発生させた。すると、遂にドラゴンが一、二歩、後ろに下がったのだ。よし!! 更に強い風を……
そう思った時、ドラゴンは背中を向けて、風の吹いている方に向かって飛び出した。風の勢いを受けて、先ほど以上に早く飛んだまま、上向いて上昇し、風の流れから脱した。
に、逃げられた……! でも、ドラゴンを後退させることが出来ただけでも十分だ。
ドラゴンは更に攻撃を仕掛ける。頭を振って上を向く瞬間、口の隙間から火の漏れ出るのが見えた。
僕はドラゴンがこっちを向いて火を吐く瞬間、僕は口に向かって氷の魔法を発射した。
白と水色の混じったような魔法を丁度ドラゴンの口に集中させると、僕はそこを一気に氷に変化させ、その口を氷で開かぬ様に塞いだ。
吐き出されるはずだった炎は口の中で暴発か何かしたのだろうか、ドラゴンの口はもちろん、頭も一瞬膨れたように見えた。その衝撃で身体もびくつかせた。
ドラゴンは苦しそうに頭を上げて何度か勢いよく左右に振った後、口を覆っていた氷を下して、その口を大きく開けた。
苦しそうな呻き声を上げながら開いた口からは黒い煙が立ち上る。
僕はその隙をついてドラゴンの頭に向かって風を放った。それは勢いこそある物の、決して強いものではない。
風を受けて一瞬気合を入れたドラゴンも、その事を感じたのだろう、拍子抜けというか、どう反応して良いか分からぬ様子だった。
僕はある程度風をドラゴンの後ろに流した後、今度は、さっきドラゴンを押した時以上の風を僕の方に吹かせた。
風に引っ張られたドラゴンは、そのまま前に倒れそうになった。ドラゴンはそれを、右足を前に出して地面を力強く踏み込むことで耐えた。
これでも強い風で僕の方に引き寄せている。ドラゴンも結構な力で抵抗してくれているはずだ。
あるタイミングを見て、僕は風を一瞬止める。すると、急に風がなくなったためにバランスを崩して後ろに倒れそうになったドラゴンに向かって、渾身の風を真っ直ぐ吹かせた。
風を受けたドラゴンは数メートルほど飛ばされて、そのまま地面に仰向けに倒れた!
「よし……よし……!!」
凄い。策を練った上でとはいえ、僕はドラゴンを倒れさせることが出来た。もちろんこれでドラゴンが負けたとは思わない。
というより、そもそも風を浴びせているだけだから、特にダメージは無いはずだ。実際、ドラゴンはすぐに、その巨体に見合わぬ俊敏さで立ち上がって、僕の方を睨み付ける。
「……」
次はどう来るだろうか。もしかしたら、それなりに警戒してくれているかもしれない。ただでさえ最強の生物の一種だ。さっき以上に気合と覚悟を……
「はい! そこまで!」
そんな声と共に、そこそこの強さで、僕の肩が叩かれた。
振り抜くと、ウォータールーさんがまたいつの間にか立っており、僕に向かって笑いかける。