ドラゴンと戦う魔法使い
魔法で明かりを灯しているウォータールーさんの後ろについて、僕とサニーちゃんは洞窟の中を歩き進んでいく。
ここは森の中じゃない。ウォータールーさんが家の庭からこの場所までワープしたんだ。ここがどこかを尋ねると、
「どこか遠い場所」
と、笑いながらはぐらかされてしまった。
とはいえ、ウォータールーさんはともかく、サニーちゃんがついてきていて、しかも特に怖がっていないので、多分そんなに危険な場所ではないのだろうとは思えた。
「……そういえばメードレってさ」
「ん?」
サニーちゃんに話しかけられた僕は、彼女の方を見た。
彼女が尋ねてきたのは、勇者になるまでに何をしてきたかについての質問だった。結構入り込んだ所まで聞いてきて驚いた。
「──勇者希望だったりする?」
ある質問に答えた後、僕はサニーちゃんに尋ねた。
「そうだね~。まぁちょっと迷ってる。悪くないかなって思わなくもないし。でも柄にもない気がしなくもないし」
サニーちゃんは肩を竦めながら、相変わらず淡々と、少しダウナーな感じで答えた。
「勇者になるのに、柄がどうこうなんて気にすることもないさ」ウォータールーさんが答えた。「俺は、サニーは勇者として十分やっていける素質があると思うがな」
「柄っていうか気持ちの問題だよ」サニーちゃんが答えた。「別に自信はあるよ」
サニーちゃんは肩を竦めてそう答えた。自信満々だったり、あるいは居丈高になったりしないところが、逆に自信たっぷりなんだろうなって思わせるところがあった。ウォータールーさんは笑っていた。
──僕達三人は、かなり広々とした場所に出た。本当に広い場所で、左右ともにかなりの距離離れた所でゆったり弧を描いており、天井は見えない。
見上げると、壁にいくつか、かなり大きな穴が穿ってある。見る限り、かなり奥までありそうだ。こういう場所には覚えがある。
「ここは、巨大な何かのモンスターのいる場所ではないですか?」
「ああ、そうだ」
僕の質問に、ウォータールーさんがそう答えた。
「……かなり大きい生き物ですよね?」
僕は、壁の上の方に空いた巨大な穴を見上げながら言った。
「ふふ。まぁな」
ウォータールーさんが軽く笑って答えた。
「……!」
その時、突如地響きがした。足下も軽く揺れている。僕は思わず下を見てキョロキョロして、また上を見上げた。
「キョロキョロしない」
サニーちゃんが、窘める様にそう言った。まるでこんなこと当たり前だと言わんばかりの態度だ。
え? いや、ほんとに何があるんだろう……? そんなことを思っていると、奥の方から何か音が聞こえてきた。
何だろう……何か羽ばたいているような……音がより明確に聞こえ来ると、おおよその位置も把握できるようになった。僕は前方の、巨大な穴の穿っている所を見た。
「……!!」
な、ななな……ドラゴン!!?
その姿を目に移した時、僕は思わず仰け反ってしまった。その巨体、全身の固そうな皮膚、大きな翼、長い首に、開いた口から覗くギザギザの歯。お尻の所には太い尻尾まである。間違いなく、それはドラゴンだった。
ドラゴンは今も昔もかなり希少な生き物で、目撃情報もかなり少ない。僕の周りで見たという人はいないし、僕も今回初めて見た。
その巨体に見合ったどう猛さと強い力を有し、更に動物、モンスター含め、全生物の中でもかなりの知性を有していると言われている。
ドラゴンは僕達の方に近付いてきて、そこそこの距離の所で止まった。翼の羽ばたきによる風の勢いに煽られながら、
「うぉ、ウォータールーさん!!?」
僕は思わずウォータールーさんに声をかけた。
両腕を組んで、風に髪や服をなびかせながらドラゴンの方を見ていたウォータールーは僕の方を向いて、
「さ、頑張って来い」
そう言ってお尻を叩かれたその直後、一瞬視界が消えたかと思うと、すぐ目の前に、ドラゴンの姿が映った。
「なっ!!?」
僕はあまりの事にかなり焦った。焦り過ぎて、逆に思考が急回転して、お尻を叩かれたあの瞬間、僕はウォータールーさんにワープさせられたことに気付いた。
慌てる僕に、ドラゴンは一つ大きな叫び声を上げて、僕に向かって翼をはためかせた。発生した風に、僕は身体を後ろに飛ばされた。
「うっ……くっ……!!」
かなりの勢いで飛ばされた僕は、なんとか風の魔法を発生させて、空中で身体を安定させようとした。
風の魔法を使う魔法使いは、空を飛ぶことを学校で教わる。必須ではないけど、覚えれば便利なので皆覚える。
僕も覚えた。ただかなりバランスをとるのが難しく、上手く飛べるようになるのに、かなり時間が掛かる技である。
ようやく安定させて真っ直ぐドラゴンの方を向くと、いつの間にかその巨大な口を開けて僕に近付いてきていた!!
「いいぃぃぃッ!!?」
僕は急いで風を起こして左手側に飛んで行き、ドラゴンの突進を避けた。あ、危ない危ない危ない!!!
僕は避けた方向に飛びつつ、ドラゴンの方を向いた。どうやら僕が避けた後、そのまま壁に突進したようで、頭を壁から引っこ抜いていた。
頭を一振りして、石や岩を振り払うと、僕の方を向いた。僕は身構えた。ドラゴンはすぐ向かってくることこそなかったけど、当然、油断できる相手じゃあない。
呼吸を整える。気持ちを落ち着けよう。試験なんだから、大きな怪我や命が危なくなることは無い……はず! とはいえ、やはりクエストを受けるような心がけで臨まなきゃいけない。
ドラゴンは鋭い目つきで僕を真っ直ぐ見ている。睨んでる……んだろうか。平静に見えるけど、威圧感も感じさせる目付きだ。今からでも僕を食い殺さんばかりの迫力に満ちている。
何とか冷静になれているからこそ分かるけど、ひりつくほどに緊張しているのが分かる。正直、息もつまりそうだった。汗がこめかみから頬を伝っていくのを感じる。
「……!」
遂にドラゴンが身体を動かした。翼を一つはためかせ、僕の方に頭を向けて身体を寝かせる様な姿勢をとった。
そう思う間に、ドラゴンは、僕がまるで予想もしない速度で一気に近付いてきた。
「……」
僕は一瞬、何が起きたのか把握できずにいた。そんな間に、僕の目の前で身体を立てたドラゴンは、大きく上に掲げた右手を僕の方に振り落とした。
「くっ!!!」
両手を突き出して僕は、魔力全開の風を発生させた。右手の勢いを防ぐためでもあるけど、むしろまた後ろに下がることが目的だ。とてもじゃないけど、受け止められる自信は無い。
攻撃が空振り、僕が後ろに逃れたと思ったドラゴンは、即座に僕を追ってきた。またすぐに距離を詰められる!! 僕はそう思った。
でも、ドラゴンはさっきみたいに僕の目の前に迫るのではなかった。こちらにあと少しで辿り着くというところで、上に掲げた尻尾を振り下ろし、その勢いで身体をバク転の要領で回転させながら、その尻尾で攻撃を仕掛けてきたのだ。
「うわッ!!」
予想外の攻撃に、僕は尻尾で攻撃された。当たったのは先端部分だったし、当たる直前風でガードもした。それでも、衝撃も痛みも尋常じゃアなかった。
……こ、これはヤバい!!