チームをクビになった勇者
それは、クエストを終えた後、メンバーの皆と一緒に飲食店『コントラ』昼食を終えてゆっくりしている時だった。
「──メードレ、お前はクビだ」
僕『メードレ』は、メンバーのリーダー格に当たる『エルス』に、突然そう宣告された。
あまりに唐突に言われたので、僕は一瞬、彼に何を言われたのかよく分からなかった。言葉が詰まり、何を問うべきかに迷った。他のメンバーも初耳だったらしく、水に打たれたように黙っていた。
「な、なんで……」
ショックのあまり僕は、質問なのかボヤキなのかも分からない程の声の大きさで、ようやくそんな言葉を漏らした。すると、
「なんでメードレがクビなの?」
僕の代わりになってくれるかのように、メンバーの一人『ロージー』が、やはり動揺こそしているが、それでもハキハキした声で聞いてくれた。
「俺の友人で、メードレよりも強力な攻撃魔法を使う奴がいる。そいつを入れようと思うんだ」
エルスはあまりにあっけらかんとそう言った。正直、理由としてはあんまりである。この返答にロージーもカッとなったらしく、
「何それ! 友達だから仲間に加えたいなんて自分勝手な理由でメードレをクビにすんの!? どんだけ滅茶苦茶なひどいこと言ってるか分かってる!?」
「人の話はしっかり聞けよ。『強力な』って部分を勝手に抜かすな」エルスは少しうんざりした様子で言った。「メードレが別に駄目だの弱いだの言いたいわけじゃない。俺だって別に考えなかったり迷わなかったりしなかったわけじゃない。しばらくいくつかクエストをこなして検討して、俺はそう判断を下したんだ」
「あのさぁ……」
ロージーはため息をつく様にそう声を漏らした。呆れた様子で皺をよせた眉間の辺りを人差し指でを抑えつつ、何か言おうと思いあぐねている様子だった。
すると先に、このチーム最年少、十歳の『グッドタイムス』が、
「正直、僕もエルスの判断には疑問だよ。強い弱いとか以前に、メードレは僕達とずっと一緒にいたんだ。クエストも彼の尽力あってクリアできたものだって少なくないじゃないか。それを急に、新しい人を入れたいからって……」
「そうだな。まぁそれなりの歳月を一緒には過ごしてきたよ」エルスは言った。「でもな、はっきり言うが、こいつの活躍は他の誰かにも十分期待できる活躍のものばかりさ。俺が今回仲間に入れる奴だって、その辺りしっかりこなしてくれるよ」
このエルスの物言いに、僕もさることながら、ロージーのボルテージが一気に上がった。
「あんた、いい加減に……」
「お前だってメードレに色々ダメ出ししてきたじゃないか」
エルスはロージーに人差し指を向けてそう言った。
「なっ……!」
「ロージーだけじゃない。グッドタイムスも言ってたし、俺も何度かこいつのクエスト中の行動を注意した。こいつのせいでピンチに陥ることだって少なくなかったんだ」
それを指摘されて、僕のカッとなっていた気持ちは徐々に冷めていく。言い返そうとして何も言えなかった。事実だから。
確かに、クエストでは魔力の利用や自分自身の行動で、危なっかしい状況になることもしばしばあった事は自覚している。
それでチームメイト全滅みたいな危機的状況に陥ることはなかったが、正直、それは他のメンバーが優秀だったからに過ぎない。あ、なんだか一気に自信がなくなってきた。
「た、確かにメードレには色々言ったよ」ロージーが言った。「でも活躍だっていっぱいしてきたし、私たちだって色々助けられることだってあったじゃん!!」
エルスからの指摘に、少しばかりしどろもどろしたロージーは、しかしまた気を取り戻してそう言い返した。
「……それに、メードレを手放すのはもったいないと思うよ」グッドタイムスも口を開いた。「元より決して低くない魔法力はもちろんだけど、メードレは何よりも、大きなポテンシャルを秘めてるんだ。クエストをこなしてどんどん成長していけば、秘められたポテンシャルが開花して、歴史的にも稀にしか存在しない、強大な魔法使いになれる可能性だってあるのに」
……今の状況下でいざ改めて指摘されるとかなり恥ずかしいんだけど、実際、僕は魔法使いとしての素質がかなりあるらしい。というか、数値だけで見るなら、ある。
僕達の力は、攻撃力、防御力、スピード、魔力、耐久力、持久力、そしてポテンシャルの項目で計測できるようになっている。
攻撃力は相手にどれ程ダメージを与えられるか、防御力は相手の攻撃をどれだけ防げるか、スピードは動作や移動がどれ程か、耐久力は攻撃や熱や寒さなんかにどれほど耐えられるか、持久力はあらゆる力をどれほど長い時間利用できるか、そう言ったものを計測できるのだ。
グッドタイムスが挙げたポテンシャルは、どれだけの成長の可能性を秘めているかを計測する項目である。
ポテンシャルが高いということは、今現時点の状態がどうであれ、今後より強くなり得る事を示している。
こうした特性上、攻撃力やスピードなんかの数値どんどん上がっていくと、ポテンシャルはその分数値が低くなっていく。
ほとんど多くの人達のポテンシャルを数値化すると、だいたいが五十台を前後するほどであり、稀に六十や七十を超える人がいるくらいだそうだ。
そんな中、僕はどういうわけか、ポテンシャルの数値はなんと百になったのだ。
いずれの能力値であれ、数値が百を指すことはほとんどない。まして、ポテンシャルが百を示したことは前例がないらしく、歴史上では九十超え数人いる程度だそうだ。
大きなポテンシャルがあるという事は、それだけその人の能力の高まる可能性があるという事だ。まして数値百。それだけあれば、力の覚醒によって、伝説の存在になれると言われた。
事実、ポテンシャル九十越えの数人の方々は、伝説の存在として語り継がれていたりする。だから、僕も結構な勇者になると期待されたわけだけど……
「それで? そのポテンシャルはいつ開花するんだ?」
「うぐ……」
思わず声が漏れた。そう、僕は魔法使いとしては、まだまだとんでもなく半人前なのだ。
勇者として働く場合、能力値の平均は最低三十五を超える必要がある。そこからクエストをこなしていけば能力値は上がっていき、だいたい五十台後半辺りで数値があまり動かなくなる。
もちろん、努力や才能によって六十台になる人は結構もいる。最大で九十台まで行く場合もある。当然、数値をそこまで上げることが出来る人は稀にしかいないけど。
ちなみに、その時の体調や調子によって、その数値は多少変わったりする。
僕の能力値は、平均で五十五を前後するくらいで、魔力に関しては六十まで数値が上がる。
決して悪いわけでは無い。一応周りの人達からは、十分凄い魔法使いだと言ってもらえたりはする。
しかし、如何せん期待された割に……という感じなのである。当然、僕なんかよりずっと強力な魔法使いはいくらでもいる。
それこそ、同じチームメイトで、回復や補助専門の魔法使い『ウェイティング』の魔力も、僕より上である。
真面目で大人しい性質の彼女は、一気にギスギスした雰囲気の中で、緊張した面持ちを浮かべたまま、借りてきた猫みたいにじっとしている。
「宝箱の中にどれほど財宝があった所で、まず開けなけりゃあ意味がない。良いか? 宝箱に価値があるわけじゃない。中の財宝に価値があるんだ。当然宝箱が開けられなきゃ、どれだけの財宝があろうとお話にもならない。今のメードレはその状態だ。お前にありったけの才能があろうと、それが開かれて外に出ない限りは、あってないようなもんだ。まぁ宝箱なら、最悪箱を壊せば良いんだがな」
最後の方は明確な皮肉を込めてそう言った。そんなエルスの言葉に、僕も、誰も言い返せない。
言いたいことはたくさんある。でも、彼は決して間違ったことを言っているわけでは無い。
「俺のその友人の魔力は六十五を超えてるし、ポテンシャルを見てもまだまだ成長の余地がある。しかも多くのクエストを今までずっと一人こなしてきた。敵対したモンスターの数もかなりの数で、肝も据わっている。他からもメンバーにとオファーが来ているにも拘らず、俺との約束で、今の今までずっと断って来てる」
「……な、なんでその友人、あんたのチームのメンバーになろうとしてんの?」
「そいつとは昔からの友達なんだが……」
エルスは背もたれに寄り掛かり、足を組みながら、昔の事を手繰り寄せるような、ゆったりとした物言いで言った。
彼曰く、勇者稼業を営むに際してその友人から、魔法使いとして強くなったら、メンバーに加えてくれないかと言われたそうだ。
エルスの友達はその頃かなりの弱小魔法使いで、エルスはそこそこ実力のある勇者だった。
出来ることなら釣り合いが取れる様になってから一緒にチームを組みたいと、エルスに行って来たそうだ。
エルスはその言葉に対し、自分が組んでいるメンバーによっては、その約束は叶えられないかもしれないと伝えた。
しかしエルスの友達は、それでも構わない、チャンスが欲しいと言ってきたので、とりあえず了承したらしい。
そして実際、その友達は、今聞いた通りの凄まじい実力を身に着け、更により強力な勇者からのメンバー加入の誘いすらも蹴って、エルスに再度加入の希望を伝えてきたらしい。
……エルスはともかく、その友達のあまりの熱心さを聞かされると、とてもじゃないが無理にも留まりたいとは言えない。その友人、凄まじすぎない? 友情に掛ける思いが熱すぎない?
他のメンバーも同じ事を考えているらしく、先ほどからずっと食い掛っていたロージーさえ、表情こそ不満で怒り爆発寸前ながら、何も言い返そうともしなかった。ウェイティングは元より、ずっとおどおどしている。
「ちなみに性格はかなり良い。周りへの気配りも最高だ」
「あんたの友人ってくらいだから、そりゃあ慈悲深いだろうな」
ロージーはありったけの嫌味を籠めて言った。しかし、エルスは気にする体も見せない。
「ま、というわけでメードレ」
エルスは両手を机に置いて、そこに乗り上げようとするように身体を少し前のめりに突き出して、僕に顔を近付けてきた。
「そういう理由だ。悪いが、お前にはこのメンバーから出てってもらう。理由は完全に俺の都合だし、正直にそう報告する。お前の勇者としてのランクには特に影響はないはずだし、俺よりも腕も性格も良い剣士なんて割といる。お前もそんな奴を見つけて、またパーティを組めばいい」
言葉だけ聞けばそこそこ気を使ってるんだろうが、語調が先ほどからと同じ、朴訥とした物言いだった。
とんでもなく事務的というか、心に思ってもいないことを言っているというか。何となく、「割といる」っていう妙な謙遜の仕方が頭に残る。
「……分かったよ」
そう呟いて、僕は立ち上がった。悔しいというより、とんでもなく惨めな気分である。傍目で見れば、とんでもなく情けなく映ってるんじゃないだろうか。
とはいえ、正直自分を奮い立たせようという気持ちにはとてもなれない。下を向いて項垂れたまま、席を離れていく。
その時、たまたま店に入ってきたお客さんとぶつかってしまった。
「あいたっ……」
ショックで下を向いていたため、背の高いその人の胸辺りに当たり、僕は少し上向いた。
金髪、エメラルド色の瞳と高く先の尖った鼻と小さな口から構成される、知性溢れる整った顔立ちにすらっとした細身の、僕より少し年上の男が僕の方を見ていた。
多分僕の浮かべている悲壮な表情の為でもあろうが、明らかに困惑した顔を浮かべた。
そして、視線を上向けて、僕の後ろのエルス達のいる席の方をそしてまた僕の方を見た。その表情は困惑しつつも、何かを悟ったような様子が見て取れた。同時に、僕もすべてを悟った。ああ……この人が……
「も、申し訳ない!」
男の人……エルスの友達が、突如僕に向かって頭を下げた。
「俺の我儘のせいで……その様子だと、君は今回の事には納得……」
「ああ大丈夫だぞ、『レイニー』」
後ろからエルスの声がして、僕は振り返った。彼もこちらの方を向いていた。表情と相まって冷たい印象を与える三白眼が、こちらにじっと据えられていた。
「話は既についてる。メードレは納得してくれてるよ」
「エルス……しかし、彼の様子はどう見ても納得してるようには見えないぞ……もし、俺のせいで彼が無理に……」
この人、レイニーさんって言うのか。レイニーさんは明らかに焦ってるというか、申し訳なさそうというか、そんな感じの様子だった。
うわ~……レイニーさんめっちゃ良い人じゃん……すごく僕の事心配してくれてる……っていうか、めっちゃ責任感じてるっぽいよ……
「あぁ大丈夫ですよ」レイニーさんが何かを言ってくれるのを止めるため、僕は言った。「エルスが言ったように、僕も納得はしてます。」
「し、しかし、君……」
「ハハハ」僕はそう愛想笑いをして、「それじゃあ、失礼します」
僕は頭を軽く下げると、彼の横を通って、そのまま歩いていく。
先ほどから僕達の方を見ていたお客さんの視線を感じる。まぁ、ただ事でないことが起こってはいたのだから、当然の注目だろう。
とはいえ、見られているのがとてつもなく恥ずかしい……その視線に、僕は思わず少し早歩きになって店を出た。