第12話 レストランの中で
「えーーー! 上空からお送りしております! ただいま中央区域街の西商店街にて凶暴化した狸の群れが人々を襲っているとのことです! あー! 噛まれてる! あー! 痛そう! あれは痛そう! えー! ただいま魔法使い達が駆けつけております!」
気前の良い先輩が箒を商店街に近付けさせるが、狸が高く飛んできたのを見て慌てて空へ逃げた。
「えーー! 駄目です! 近付けません! 私も取材したい気持ちは山々なのですが、こいつは無理です! ちょー睨んでくるじゃん!」
「きゃーーー!」
「助けてーー!」
「ただいま、魔法使い達に通報が入ってます! 討伐得意な魔法使いはどうぞお助けください! ひい! ああ! 畜生! こんなことなら飛行魔法だけじゃなくて、ガード魔法の資格も取っておくんだった!」
「あ、もしもし?」
ジュリアがスマートフォンを耳に当てた。
「私です。今プライベートで現場のど真ん中にいるようでして。ええ。至急応援を。五分です。来なければ私が魔法使います。じゃ」
(ひいいいい! めっちゃ窓に飛びついてくるー!)
唸りながら窓ガラスを体当りしてくる狸に、レストランの客達が怯え始める。
ジュリアさん、何とかできませんか!?
「いやーそれが困りましたねー。私が魔法を使うとここにいる全員が精神病院行きになってしまうんですよー」
……え。
「軽いものだったら平気なんですけど、この騒動を収めるとなるとねー。くひひひひ! 私の魔力はそれくらい影響力があるんですー。オーマイゴッド! うふふふ! 困ったなー!」
というわけで、間抜けちゃん。
「時間を稼いでもらっていいですか?」
時間ですか?
「五分です。五分して一人も魔法調査隊が来なければ、私が動くしかないので」
でも、ジュリアさんが魔法を使ったら……皆、気が触れるんですよね……?
「そうなんです。だから魔法調査隊には頑張っていただかないと」
さもなくば、
「狸も人もとんでもないことになってしまいます」
窓ガラスが割れた。目のおかしい狸がレストランに侵入してくる。
「ひいいい!」
「誰かぁあ!」
あたしは鞄から杖を出して構える。他にもレストランにいた数人が鞄から杖を取り出した。プロか? 趣味か? プロなら有り難いな。
(とにかく、時間を稼ぐ。魔法調査隊が来るまでの五分!)
あたしは狸を睨んだ。
(大丈夫。今のあたしならやれる。落ち着いて、ゆっくり唱えるんだ)
魔法を使えるあたしが時間を稼ぐんだ!
「風の波、突風起こせ。侵入者を追い出したまえ!」
あたしの杖から突風が吹かれる。狸がぐっと堪えながらあたしを睨んだ瞬間、杖を持った客が横から呪文を唱えた。
「風よ吹け。かさ増しだ。併せて台風速報だ!」
「炎よ燃えろ! 店を囲え!」
レストランの周りに炎の囲いが現れた。外にいる狸達はこれで入ってこれないだろう。この一匹さえどうにかできればレストランだけは守れる。しかし、この一匹がなかなか外に出ていかない。風に飛ばされない。飛ばされるどころか、狸は体を風に耐え、爪で床に張り付き、踏ん張ってから……思い切り飛び込んできた。
(うわっ!)
あたし達はバラける。着地した狸が唸った。子供が泣いた。狸がもっと唸った。あたしは外を見た。炎の囲いを気にせず、狸が一匹飛び込んできた。客達がそれを見て慌てて後ずさる。
「うわあっ! 何なんだよ!」
「きゃあ!」
火だるまになった狸が走ってきて、杖を持つ人が呪文を唱えた。風で壁を作り、他の客達を守る。火だるまの狸がじっとして動かない狸にぶつかった。火が移った。狸達が燃えている。それでも、それがいいと言うように炎にまみれた状態であたし達を睨み、唸って、走ってきた。
あたしの横から杖を持った人が呪文を唱えた。
「姿を変えたら泳げるお前。おいでおいで。水の魚。その子達の火を消してあげて」
レストランの水道から水が流れ出し、魚の姿に形を変えて、頭上から狸を飲み込んだ。しかし、狸の火は消えない。魚の魔法を出した人が顔の表情を険しくさせた。
「どうなってるの……!?」
水の中で狸達が呻く。すごい顔してくると思っていたら、急に水を華麗に泳ぎ始めた。
(なっ!)
魚の体に激突してくる。
「……っ!!」
魚の魔法を出した人の魔力がブレる。また狸が泳いで激突してくる。
「んぐ、ぐっ……! ぐっ!!」
(まずい。このまま行ったら、絶対に魔法が破られる)
魚の魔法にヒビが入る。それを見た他の人が杖を振った。
「水のかさ増しはいかが!?」
再び水道の水が宙に浮かび、魚を覆う形で重なってきた。が、狸がものすごい勢いで泳ぎだし、体全体でぶつかってくる。魔法を出す人達が悲鳴を上げた。魔力がヨレる。
(どうする。ミランダ様ならどうする)
――ルーチェ、お前の悪い癖だ。
――考えすぎて答えを引き出そうとする。
――とっさの判断で、好きに、自由にやってごらん。
(集中しろ。思い出すことに集中しろ)
魔法は使えば使うほど磨かれる。
魔法は研究すれば研究するほど磨かれる。
数が物を言う。
実践が物を言う。
ミランダ様にはいくつもの実践が存在する。
いくつもの経験が存在する。
あたしはどうだ。
あたしには経験がない。
(いや、ある!!)
学校の授業。魔法の発表。外郎売りの練習。繰り返してやってきた発声練習。気前の良い先輩から見せてもらった魔法使いの動画。記事。あたしの記憶だけが頼りだ。こういう時、他の人ならどうする。ミランダ様ならどうする。ジュリアさんに魔法を使わせないためにどうやってこの騒動を収める。頭を使え。頭を使って見てきたこと、やってきたことを記憶を思い出せ。この忘れん坊の脳には一つだけいいことがある。
どうでもいいことは鮮明に覚えてる。
――優しい手で俺のお腹撫でてよ!
ジュリアさんがあたしを見た。あたしは瞼を閉じて――深呼吸して――瞼を上げた。
さあ――魔法を始めよう。
「げ……んかい……! これ以上は……!」
狸が泳いで体当りした瞬間、魚の魔法が一気に崩れた。レストラン内は水浸しになり、炎に燃やされる狸達は水の中から出てきて、それはそれは恐ろしい顔で威嚇してきた。
「ひい!」
「ママー!」
「うわあああん!」
客達が怯える。杖を持つ人達が後ずさる。ジュリアは眺める。あたしは杖を構え――唱えた。
「愛に飢えた獣が歩く」
レストラン内のシャッターが閉じられた。
「愛を求める獣が走る」
電気が消えた。全員が息を呑んだ。
「闇夜を走り、光を求める」
暗い店内。狸の目が光る。燃える火の音が聞こえる。
「夜が来る。真っ暗ぞ。真夜中深夜の暗闇よ。月が照らして明るくなりて」
一筋の光が刺さる。燃える狸達は唸って光にめがけて走り出した。
「シャドウよ、哀れな獣に救済を」
光の下にいるあたしを狙って飛び込んできた狸達の体の下に、影が生まれる。
「愛に溢れた闇の手いかが?」
一筋の光の中に巨大な左右の影の手が現れ、恐怖のあまり人々が悲鳴を上げた。しかしその影の手は燃え盛る狸達を地面に抑え込み、狸達の動きを封じた。狸達が叫び声を上げる。凄まじい力で暴れ、自分達の影から逃れようとしている。しかし無駄だ。逃れはしない。だって闇魔法はあたしの得意分野だもん。逃しはしない。ここで仕留める。
(ここで終わらせる)
二匹が悲鳴を上げる。
(あたしの魔法はどうだ)
闇の手は狸達を捕まえて離さない。
(どうだ)
あたしの口角が上がっていく。
あ た し の 闇 は ど う だ 。
「ふわあああああん!」
――その泣き声が急に耳に入ってきて、はっとした。
「ママぁぁぁあ! 怖いよぉおお!」
子供の泣き声が、あたしの脳に届いた。
「大丈夫。大丈夫だから!」
「うわあああん!」
「よしよし、大丈夫よ!」
母親が子供を抱きしめて、子供の目からあたしを隠す。闇魔法は怖い。だっておばけみたいなんだもん。不気味で、闇の中を蠢いて、本当に気味が悪い。
(あたしは闇魔法使いになりたいと思ったことはない)
――ルーチェ、やるしかないんだよ。
(やるって何を?)
――繰り返すしかないんだよ。
ミランダ様はそう仰った。
――人よりも何倍も何倍も繰り返して練習して、それでやっと光は輝く。
――天才が10回なら私は100回。
――私よりも不器用なお前は1000回やりな。
そこまでしてようやく自分の理想に近付ける。
(あたしの理想は何だ)
思い出せ。
(なりたいあたしの姿とはなんだ)
子供を怖がらせる闇魔法使いか?
否。
あたしは光を求める。光は暗闇を照らす。暗闇が深ければ深いほど光は輝く。――あたしは右足のかかとを可愛く鳴らし、杖を振った。
「くすぐれ」
闇の手が狸達を優しくくすぐった。狸達が仰向けになって起き上がれなくなる。体は燃え続ける。どうして火が消えないんだろう。あたしは杖を持つ人を見て、顎を動かした。それに気づいた人が杖を振った。
「水よ! 体を包め! 消化せよ!」
二匹の狸に水が降った。でも狸の火は燃えない。他に杖を持った人が動いた。
「水よ! 消化器となりて、消化せよ!」
二匹の狸に水が降った。でも狸の火は燃えない。魔法で火の囲いを作った人が杖を振った。
「解除!」
レストランを囲む火が消えた。けれど狸達は燃え続ける。
「おいおい、このままじゃ……!」
狸達の体が燃えていく。尊い動物の命が失われる。どうする。ミランダ様ならどうする。お姉ちゃんならどうする。アーニーちゃんならどうする。
「五分です」
はっと息を呑んだ。ジュリアがあたしの肩を掴んだ。
「間抜けちゃん。結構。君にしては頑張りました」
ま、待ってください……!
「どうやら数が多いようです。外の獲物に気を取られて建物の中まで注意を張れないなんて……。訓練内容の変更を考えなければ」
ジュリアさん!
「その火はどうやったって消えませんよ。魔法石の影響で呪われた状態になってます」
そんなっ……。
「まあ? ……私の闇であれば、消すことは容易いです」
火を消したら闇が人々の精神を覆う。
ジュリア・ディクステラの闇は底知れない。
(駄目だ。このままじゃいけない!)
ミランダ様ならどうする。犠牲を出さないために、守るために、あの方なら何をする――!?
「……」
いや、
(……ちょっと待って)
息を吸うと――その直後――過集中が起きたのを感じた。
(きた!)
一気に集中する。一瞬にしてあたしの脳内に提案とひらめきとそれを行うことによってどんなメリットがあるのかが駆け巡った。脳が集中している。やりすぎなくらい脳が活発に動く。それはあたしが経験したからこそ引き出した提案。発想。ひらめき。ナイスタイミング! あたしの脳!
「さて、健康な皆様、さようなら。こんな事になって非常に胸が苦しいです」
ジュリアさん!
「間抜けちゃん、そのまま影を使って狸達を押さえていてください。あとは私が……」
ジュリアさん! あの!
「間抜けちゃん、お喋りしている暇は……」
あたしは大声で言った。
「あたしと一つになりませんか!!!!!」
――客が、杖を持つ人が、狸が、影の手が、ジュリアが――あたしを見た。
「あ、じゃなくて! えーーーーーーーーーっと! あた、あたしの魔法と、ジュリアさんの魔法を、一つ、あの、同調させませんか!」
「……間抜けちゃん、闇同士がぶつかりあったら爆発して、もっと酷いことになりますよ」
「闇じゃありません!」
闇が濃ければ輝かせれば良い。
「あたしの作る光とです!」
ジュリアがきょとんと口の形をへの字に変えた。
「闇が濃い分、ひ、ひ、光は輝きます! あたしはミランダ様の弟子です。光魔法であなたの魔力を薄めます!」
「……んー。ミランダならともかく……間抜けちゃんに出来ますか?」
「出来るとか出来ないとかじゃないんです!」
あたしは喚いた。
「やるんです!!!!!」
「……あははは! なんですか! それ! トレビアン! ……面白い。素晴らしい発想です」
ジュリアの前髪から紫の瞳が少しだけ姿を見せた。
「まあ、何事も経験です」
「仰る通りです!!」
「間抜けちゃん、魔法に関しては私、容赦しませんよ」
「なんとかしてついていきます!」
「杖を構えて」
杖を構えて狙いを定める。
「チャンスは一度です。準備はいいですか?」
「……数えてもらっていいですか」
「うふふう! それこでこそ間抜けちゃんです! ではいきますよー! いーち!」
(にーい!)
ジュリアとあたしが口を揃えた。
「「さー」」
あたしは闇魔法を解除し、違う色の魔力を杖に込めた。
「「ーん!」
解放された狸達が起き上がった。襲いかかってきた。それを二人で避ける。狸達が振り返り、ジュリアとあたしが振り返り、息を吸い込み、呪文を謡う。
「寂しき孤立の暗黒世界」
「月の光を灯して謡う!」
「闇夜が怖いか憂鬱か」
「星がキラキラ笑いだし!」
「暗闇暗がり闇がり闇中」
「夜空に綺麗な流れ星!」
さあ――魔法を始めよう。
「闇よ」
「光よ」
「「意識を飛ばせ」」
ジュリアとあたしの魔力が協調され同調していく。相反する闇と光が重なり合い、手を握り合い、闇が率先して、光はなんとかしがみついて、二匹の狸を覆った。あまりの眩しさに人々が目を瞑った。さっきまで泣いていた子供がきょとんとした顔で見た。魔力が強い。重たい。潰されてしまいそうだ。だけど、この程度なら平気だ。だって闇はあたしの得意科目だから!
(絶対に離さない!)
巨大な闇にしがみつく。
(離してなるものか!)
あたしの鼻から血が垂れた。
(あたしはルーチェ・ストピド! 偉大なる光魔法使いミランダ様の弟子であり、光に生涯を捧げると決めた光魔法使い!)
この程度の闇、ミランダ様の日頃の理不尽さに比べたら大したこと無い!
(優しい手で抱きしめ潰してくれるわ!!)
闇が世界を覆う。闇が濃ければ濃いほど光が輝く。光が輝けば闇が出来上がる。闇が出来上がれば光は輝く。絶対に交わらない二つ。火と水のような二つ。相反する二つだからこそ、輝きは一層増す。光が世界を覆う。
子供が目を潤ませた。
母親がはっとして、子供を見た。
「どうしたの?」
「……きれー……」
深い闇の中に、星が煌く。底知れない闇の中に、光が灯る。夜には蛍。夜中には蝋燭。墓場の夜には人魂。闇があって光がある。レストランの明かりがついた。シャッターが開かれた。太陽の光が店内に入ってきた。二匹の狸は酷い火傷を負ったまま気絶していた。




