第7話 闇が笑う
あたしは眼鏡を上げて黒板を見た。
(眼鏡慣れない……いづい……)
「では、クラスの出し物を決めまーす!」
12才のクラス代表の女の子が声を張り上げる。よーし、頑張れ頑張れ。こういうのは若い子達に任せるよー。
「何やりたいですか!」
「うーん、うーん」
「メイドカフェ!」
「食べ物系やったら担当回すからあまり歩けなくなるよ?」
「え、ほんとー!?」
「どーしよー!」
「お化け屋敷やりたい!」
「迷路とか!」
「あれやりたい! あれ……あの……射的!」
「輪投げー!」
「とりあえず、提案だけ書いていって多数決で決めようよー! 皆挙手してぇー!」
おー、そうだ。そうだ。意見を出し合うんだ。年上組は見守るよー。頑張れ頑張れー。
「何がいいかねー」
「普通に食べ物系でもいいんじゃない? 一時間ずつ担当交代すればあの子達も回れるでしょ」
「夜どうする? 帰る?」
「いやー、今年はどうしようかなー。去年とかはハメ外しちゃったけど楽しかったからさー」
「あ、ってことは今年もダンスの授業ある感じ?」
「私今年18歳だから初めてなんだよね! どんな感じ?」
「ダンスはきついよー!」
「ルーチェ、何かある?」
「……んー……。……プラネタリウムとか?」
クラスの皆があたしを見た。クラス代表の女の子が小首を傾げた。
「ルーチェママー、今なんて言ったのー?」
あー、ほら、黒い画用紙で教室全体黒くして、カーテンとか閉めて、電気も消して、風船とかに魔力入れたりとか、受付担当の人とかが好きな魔法で星の形作っておいたりとか出来るんじゃない?
(まさか採用になるとは思いませんでした)
あたしは買い物かごに肉じゃがの材料を入れていく。
(カレーやシチューと材料同じって書かれてるけど全然違うじゃん。白滝とか入れるじゃん。調味料だって違うしさ。全然違うじゃん。一つ、二つ違うだけで全然分かんない。これ皆分かるもの? あたし、本当に分かんないんだけど。お肉は何? 豚? 鳥? なんで牛肉なんて置いてるの? 白滝の隣に置いてある糸こんにゃくって何? は? どれ? 味違うの? 何が違うの? レシピアプリ……え? どっちでもいい? はあ!? 意味分かんないんだけど! どっちが正しいの!?)
レシピアプリを見ながら、買い物かごを見ながら確認する。ケアレスミスはありませんか? 大丈夫と思っても貴女の脳は信用出来ませんよ。本当に大丈夫? ねえ、大丈夫? 上から見ていこう? 一個ずつ見ていって……。
(うわ、ほら、出たよ。人参入ってない。ミランダ様が苦手だからいつも買ってないから、ほら……もう……癖が出たよ……だりい……)
人参を入れたら大丈夫かな。……大丈夫そう。このレシピ通りに作れば大丈夫。間違いはないはず。例え不味くても、あたしを家政婦として雇うほうが悪い。そう思うことにしよう。でないとやってらんない。ADHDに一喜一憂は無駄な時間だ。悲しいけど仕方ない。発達障害なんだから。
(よし、材料は揃った。あとは駅に行って……)
17時。改札口で待つ。
(チャット入れておこう。着きました、と)
あ、スタンプがついた。なんだこれ。ミックスマックスシリーズ? 変なキャラクターだな。初めて見た。こんな変なキャラクター人気あるのかな? こんなのグッズになったら絶対売れないと思うけど、好きな人は好きなのかな。あ、鳥が飛んでる。あ、風が吹いてきた。あ、あの人カツラっぽい。……あ、ジュリアさん……だと思ったらただのホームレスだった。何か良いことありますように。
(一応鞄に今日の授業の教材入ってるし、空き時間出来たら発声練習とかも出来るかも。外郎売りを細かく見るチャンスだと思えば……)
「マーンス! 今日は眼鏡間抜けちゃんじゃないですか!」
スマホを見てたらひょこりと顔を覗かれて、驚いて一歩下がる。
(わっ!)
「来てくださって嬉しいですー! すっぽかされたら寂しくて泣いてしまうところでした!」
(……わー……)
今日はいつものホームレスのような格好ではなく、女性らしい服とジャケット、ジーンズパンツにヒールの靴と、……いつものジュリアとは思えない姿だった。
(OLのお姉さんみたい……。相変わらず前髪で顔が見えないけど……)
……普段はコンタクトなので……泊まるとなると眼鏡じゃないと……。
「あ、そうなんですね! どれくらい見えないんですか?」
……この距離でジュリアさんが歪んでます。
「オ・ララ? 本当に? あらまあ。結構お悪いのね。飛行魔法の練習をする時があれば気をつけてくださいね。顔から突っ込んで転ぶことも多いので」
……そうなんですか……。
「最初のうちは慣れるので大変ですからね。何せ飛行機じゃなく箒で空飛ぶんですから。まじで考えた人自殺でもしようとしてたんですかね! ひひっ! 男の魔法使いなんて慣れるまで本当に大変そう。最初のうちはね、内になるんですよ。ほら、股がね? ひひっ! あ! 食材買ってきてくださったんですね! 立て替えてくださりありがとうございます! レシートある? 家帰ったらお支払いしますよ!」
(……普通だ……)
いつものジュリアさんだ。
紫の目をギラギラ光らせて、闇に包まれた怖い人じゃなくて。
(……いや、でも油断は禁物だ。なるべくお姉ちゃんの話題は避けよう)
「では行きましょうか! 我が家へ! レッツゴー! フィーチュー・ア・ゴォー!」
よくわからない言葉を使ってジュリアがあたしの手首を持ってルンルン歌いながら家まで歩いていく。ジュリアのことだからホームレスのような住まいかと想像していると……。
(えーーーーーーー)
ちょっとお高めの普通のマンションに住んでいた。
(えーーーーーー。なんかよく見かけるレンガのマンション。えーーーー)
しかも最上階。
(えーーーー。広いバルコニー付き。えーーーー)
「お荷物置いてくださいな。重かったでしょう!」
……最上階なんですね……。
「箒で帰る時に楽なんですよねー。あ、防音対策もバッチリなんですよ!」
あ、防音はいいな……。
「お腹空きましたー! 間抜けちゃん、お風呂入ってくるのでご飯お願い出来ますか?」
あ、はい。やっておきます。
「あ、あとこれですね!」
ジュリアがエプロンを差し出した。
「家政婦と言ったら、エプロン!」
クマちゃんエプロン。かーわいーい!
(……保育士みたい……)
「じゃ! お願いします! わーい! ちょー楽しみー!」
ジュリアがルンルン歌いながら脱衣所へ消えていく。
(……よし、こうなったらやるしかない! これもアルバイトだ! 稼ぐぞ!)
あたしは袖を捲り、レシピ通りの肉じゃがに挑戦してみる。思い出せ。パパが作ってた甘い肉じゃが。思い出せ。料理担当だったパパがよく作ってくれてた肉じゃがの味。パパの味。そうだ。じゃがいもがめちゃくちゃ柔らかかった。煮込もう。とにかく煮込めば柔らかくなる。あ、眼鏡曇った。最悪。眼鏡死ね。
(……暇だな)
ジュリアさんもいないし、発声練習でもしようかな。
(えーと、外郎売りを母音でやる……)
「えーあおあああお、おーうあ、おあいあいおういい、おおんいおおああおおあいあおーあ」
(あ、連母音いくつか発見)
「せっしゃ、おやかたと、もーすは……」
(あー、アンジェちゃんが言ってたやつだ。親と方で分けて考える。2音目を意識)
「お、あ、あ、あ、お、おーうあ……」
(2音目だから……『か』の音か)
「せっしゃおやかたと、も、もーすは、……あ、こ、こ、ここもか」
(2音目だから……、申す、のもを強くする)
「せっす……」
(ゆっくりやる)
「せっしゃ、おや《《か》》たと《《も》》ーすは……あ、いけたー」
(やったー)
「えーあ、おああおおーうあ、おあいあいおういい、おおんいおおああをおあいあおーあ」
(えーと、次がー)
「お立ち会いのうち、ち、に……」
(あー)
「おあいあいおういいー」
(これで……)
「お立ち会いのうちにっ!」
(あれ? なんか訛った。……あ、アクセントも意識するんだっけ……?)
「おあいあいおういい」
(うち、って尾高だっけ? 『に』が下がらないと訛る。アクセントを意識したら『ち』が強くなる?)
「お立ち会いのうちっ! に」
(ん?)
「お立ち会いのうちにっ!」
(あ、なるほど。『に』の音が上がってたんだ。『に』の音を下げて強く言う)
「お立ち会いのうちにっ!」
(あ、やっぱりこっちの方が言いやすい)
「お立ち会いのうちに、ご存知のお方もござりましょうが」
(うわ、鼻濁音忘れた)
「ご存知のおかかかかっ、もござりましょうか゜」
(あー、出たよ出たよ。吃音症。連母音。馬鹿かよ。ふざけんな)
「おおんいおおああおおあいあおーあ」
(どんだけ出んだよ。馬鹿かよ)
「お、おっ、んいお、おっ、あ、あっ、お、おっ、あいあおーあ」
(ゆっくり)
「おおんいおおああおおあいあおーあ」
(もう一回)
「おおんいおおああおおあいあおーあ」
(これで)
「ご存知のおかかかか」
(死ね。ビックバン起きろ。ばーん)
「ご存知のお方も……ござりましょーが」
(ゆっくり)
「ご存知のお方もござりましょー……」
蓋が音を鳴らした。
「うわっ!!」
やっべ! 忘れてた!
あたしは慌てて火を止めて、じゃがいもに串を刺してみる。わっ。……やわらかー。
(今度ミランダ様にも作ろーっと。んー。良い匂い)
(……)
(あれ、何やってたっけ? ……何しようとしてたんだっけ? ……あ、そうだそうだ。じゃがいも刺す……のはもうやって……あれ……? 何しようとしてたんだっけ……?)
(……っていうかここまで来たら完成じゃない?)
(……アプリ確認しよう……)
(……あ、大丈夫そう。これで完成)
(……眼鏡曇るな……)
(あ、そうだ。蓋しようとしたんだ)
(蓋閉じて、お皿確認して……あ、外郎売りやらなきゃ……あ、外郎売りやってたんじゃん。……あ、違う。もう完成したからパンを出して……)
(あ、待って。ささくれじゃん。違和感あると思った。えい)
(あ、爪長くなってる。帰ったら切らなきゃ)
(あ、この爪の形良い)
(いつかミランダ様みたいな綺麗な爪にしたいなー)
(……頭痒い)
(あ、歌いたい)
「はーあ。通らねえよ帰るつっつてんだろかーえーる。おー帰りたい。あたし帰りたい。帰りたいから帰るんだっ……」
振り返ると真横にジュリアがいて、あたしは思わず腰を抜かした。
「あばばばばば!」
「あははは! 間抜けちゃんは見ていて面白いですねぇ! あれが終わったらこっちをやってこれが終わる前にそっちをやる。うふふふ! 動画でも撮ってれば良かった」
「す、すみません……」
「いつ気付くのかとわくわくしてましたが、全然気づきませんでしたね。ひょっとして? もしかして? オーマイゴッド。私に忍者の才能があったりして……」
「いつ、つ、いつからそこに……」
「えー? 外郎売りの練習の途中からですかねー?」
(……クソ音痴な歌聴かれた……)
「わー! 美味しそー!」
温かい食事がテーブルに並んだ。
「きゃあー! いただきまーす! あ、間抜けちゃんも遠慮せずどうぞどうぞ!」
(あたしが作ったんですけど……)
「えっ! すっげ! うっま! 最高! 間抜けちゃん! 超美味いです! ほんと美味しい!」
……それは良かったです。
あたしもいただきます。ぱく。あー、これこれ。この味だー。すげー。あたしパパの味再現しちゃったよー。アビリィに自慢しよー。
「さて、間抜けちゃん。せっかくです。食べながら私と世間話でもしましょう」
……世間話ですか。
「オ・ララ。何ですか? その顔は。ノン。そんな肩の力を入れずにリラックスしてくださいな。警戒されたら悲しいです」
……。
「そうですねぇ。警戒を解く必要がありますね。なぜ私が君を脅してまで我が家に呼んだのか。もちろん、理由があります」
理由?
「私と初めて会った時のこと、覚えてますか?」
そうですね。君は今19歳、ということは……17歳の時だ。今より髪の毛が短かったですね。見た目は男の子みたいでした。
「覚えてますよ。ええ。私は覚えてますとも。最初見た時の君は理想だけを抱いていた。努力する者を妬み、成功者を憎しみ、自分は頑張って精一杯生きてるだけでも偉いんだと高を括っていた。それが今ではどうです? 時間をかけ、費やし、惜しまず努力をする。喋るのが苦手であれば喋りの特訓を、練習を、繰り返し、繰り返し、繰り返して、どうですか。二年前の呪文の唱え方とまるで違いますよ。私はね、少しばかり君に可能性を感じました。ゼロではないのであれば挑戦するべきだ。君が努力を惜しまないのであれば、ほんの少し、協力してあげようと思ったわけです」
……すみません。えっと、どういうことですか?
「間抜けちゃん。……ルーチェ・ストピドさん。自分の力を試してみたくありませんか?」
……試す?
「とあるテストを試してほしいんです。君がどこまで出来るのか見てみたい」
……テストですか?
「どう? やってみる?」
どんなテストですか?
「若い子達が魔法調査隊に入る前に行う最初のテストです。内容は……やればわかります」
ジュリアが不敵に笑った。
「このテストを通過して、魔法使い達は初めて魔法調査隊に入れる。ほら、私こう見えても、ね? 指揮官であり、長官であり、隊長であり、いっぱいグループがいる中の……一番強いグループである、第一魔法調査団のリーダーですから」
……それ、あたしが出来るものですか?
「ね? そうなるでしょー? ちょっと考えて、やっぱり怖いです、は非常にもったいないです。ミランダなんかに話したら、『ルーチェがそんなことする必要ない。お前は消えろ。ホームレス』とかなんたらかんたらほざきやがるに決まってるんです。だからこうして呼ぶしかありませんでした。私が悪役になるしかなかった。仕方なかったんです」
……。……。え? ……ちょっと待って下さい。じゃあ……あの……ってことは……その……パル……お姉ちゃんは……。
「嫌ですねえ! 逮捕なんかするはずないじゃないですか! あんな素晴らしい逸材を逮捕するなんて頭おかしいですよ!」
あたしが唖然とする中、ジュリアが大笑いした。
「ミランダは潰すとかほざいてやがってましたけど、私は彼女、本当に素晴らしいと思いますよ。あの年齢であんな魔法を使うなんて、うちの隊員達も見習ってもらいたいものです」
……。
「警戒解けました?」
……。
「もーーー! ストピドちゃーん! 私が障害者の君如きを脅して怖がらせて怯えさせて心に深い傷なんて、負わせるわけないじゃないですかー! きゃはははは!」
眉をぴくりと痙攣させたあたしは両手でテーブルを強く叩いた。ジュリアが驚いて悲鳴を上げる。
「ふぎゃっ!」
びっくりしました!!
「あらやだ。怖い! ノン! そんな鬼の形相で怒鳴らないで!」
だって、ジュリアさんがすごい顔で脅してくるから……! あたし、本当に……すごく悩んで……!
「騙すにはまず味方から。ね? 私の顔すごいでしょう? 色々変わるでしょう? でないと魔法調査隊の隊長なんて出来ないですって!」
……。
「で! テスト試してみませんか? ぜひ挑戦してほしいんです!」
……やらせていただきます。
「アーハ! その答えを待ってました! 今の君にはきっと成長に繋がることでしょう!」
……難しいんですか?
「これがですね、答えるのが難しいところ」
ジュリアがじゃがいもを口に含み、もぐもぐ噛んで、飲み込んだ。
「人によって変わってきます。ある人は簡単。ある人は難しい。人によって様々です」
ジュリアさんも受けたんですか?
「私の時代はありませんでした。あったところで私には関係ありません。どうせ私はこうなる運命だったのですから」
(……すごい自信)
「大丈夫ですよ。テストとは言え、君の場合は『お試しモード』。魔法調査隊に入りたいと思ったことは?」
ありません。
「でしょう? ほら、結婚式に綺麗なウエディングドレスを着たくて陸軍の訓練をする花嫁達が多くいるでしょう? あーんな感じだと思っていただければ」
……。
「あ、大丈夫です。走ったりしませんから!」
……少し不安なんですけど。
「だからお泊りなんですよ。疲れたらすぐ休めるように」
……なるほど。
「杖は持ってきてますよね?」
はい。
「なら大丈夫。ご飯を食べて体力つけて、お風呂に入って頂いて、今日一日の疲れを癒やしていただいてから……やりましょう」
ジュリアがにやりとした。
「間抜けちゃんにとって、きっといい機会になるはずです」
(……ちょっと怖いけど)
お試しなら、やってみてもいいよね。
(学校祭のオーディションのこともあるし、何か参考になるかもしれない)
(やってみよう)
(これは、今の実力を知れるチャンスなのかもしれない)
「あ、何これ! ハートみたい! あら、形がそっくり! あらやだ可愛い! 写真撮っておこう! まあ! 素敵! 人参さん! いかしてるぅ!」
ジュリアが自分の皿に入ってた人参を見て、はしゃいだ声を出し、
あたしを見て、にっこりと笑った。




