表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第三章:完璧な氷の魔法使い
32/71

第11話 抱きしめて離さない


 ――突然、意識が戻った。


(……ん……あたし……どうしたの……?)


 何も見えない。


(ここどこ……?)


 動けない。


(……え、ちょ、……何これ……?)


 ベッドみたいなところに寝かせられ、両手は縄みたいなもので縛られているようで、動かすことができない。そして……震え上がるほどの寒気。悪寒。……これ、あたしが好きで目を閉じてるわけじゃない。目隠しされてるんだ。あたしはしゃがれた声を出す。


「……拘束されし……我が身を、かいほう、せよ……」


 あ、解放のアクセント間違えた。解放は中高……いや、音が下がらないから……平板だ。


「……拘束されし我が身を、解放、せよ……」


 途端に体に痛みが走った。電気魔法!?


「痛いっ!」


 悲鳴を上げると――冷たい手があたしの頬にとても――軽く触れた。ぎょっとして体を強張らせると――耳に不気味なほど優しい声が吹きかけられた。


「……ルーチェ……」

「……ちょっとまじでなにっ、な、何し、てんの。……お姉ちゃん……」

「……こうしないと……ルーチェが逃げるから……」

「いや、これは、まじで、やばいって」

「やばい? ……別に何もやばくないよ?」


 冷たい手があたしの頬を撫でる。


「ルーチェがこれから住むお部屋に来てもらっただけだもん」

 ……あの使い魔、お姉ちゃんの?

「うん」

 なんかすごい深いところ殴られたんだけど。

「ごめんね? でも、そうしないとルーチェ、わたくしと話してくれないじゃない」

 昨日話したばっかじゃん。

「ルーチェ、ここに住もう? ね? 同じベッドで一緒に寝て、一緒に起きて、一緒にご飯食べて、一緒に……」

 気持ち悪い!

「……ルーチェ……」

 あたし言ったよね!? 一緒に住まない! お姉ちゃんに干渉されたくないって!

「……」

 ねえ、彼氏作ったら? ほら、俳優の、誰だっけ? あの、ドラマやった人と、仲良しなんでしょ。ドラマの記者会見で、二人の仲について聞かれてさ、僕はパルフェクトさん好きですよ! って言われてたじゃん!

「あいつマジでウザかったから病院送った」

 ……は?

「ルーチェは何も心配しなくていいよ」

 何したの?

「ルーチェは知らなくていいよ」

 何したの!?

「……ちょっと……お店でお酒飲ませて……突き飛ばしてやっただけだよ」

 ……。

「大丈夫! 風の魔法で突き飛ばしたからあれは事故なの! 自然のせいなの!」

 いい加減にして!

「っ」


 ……お姉ちゃんが急に黙った。


 良くないって、まじで、こういうの!

「……」

 早く解いて!

「……やだ」

 お姉ちゃん!

「やだ」

 通報するよ!

「ルーチェのあのクソみたいなスマホ、スペック低いから解約しよう? わたくし名義でもっと良いの買ってあげる」

 いらないって言っ……、

「ルーチェは今日からここに住んで、わたくしがルーチェを養うの。もう。何度も言わせないで」

 あたし住まない! もう帰る!

「どこに?」

 どっ、……しゅ、宿泊先に!

「うん。夜になったらルーチェの気配が消える時がするの。……どこにいるの?」

 もう帰る!

「答えて。ルーチェ」

 かえっ……!


 ――稲妻よ、愛しき体を引き裂きたまえ。


 あたしの体に電気が走り、痛みに脳がパニックになる。


 痛い! 痛い!! 痛い!!!

「そうだよね。痛いよね。ごめんね、ルーチェ。でもルーチェが答えてくれたら痛い思いもしなくていいんだよ」

 だからお前なんて嫌いなんだよ! ろくな事がない!!

「そんなこと……言わないで? お姉ちゃん、本当に……悲しくなるから……」

 あたしがどこで何してたっていいだろ! ふざけんな!! 早く離せって言っ……!


 電気が走る。


 ひいいっ! いやああ! 痛い! 痛いってばぁ!!

「良くないよ。ルーチェのやること為すこと見てないと心配になって不安になる。ね、わかってる? ルーチェは発達障害持ってるんだよ? 誰かに頼らないと生きていけないの。ね? お姉ちゃんが全部面倒見てあげるから。ルーチェにもそっちの方が絶対良いよ」

 あたしは自分で好き勝手生きるからいい! お姉ちゃんには絶対頼らない!!

「ルーチェ、このお部屋、ルーチェが住んでた寮よりもずっと広くて、ずっと快適なんだよ? ね? お姉ちゃんと暮らそう?」

 嫌だって言ってんだろ!! くたばれよ!!


 電気が走る。


 あああああ! いやだあああ! あああ!! 痛い!! 痛い!! 痛い、やめて! 痛い!!

「人にくたばれとか言わない」

 いやぁああ! 痛い! ひいいっ! 痛いっ! 痛い!!

「やめてほしいならどうするの?」

 ……っ!

「やめてほしいなら、なんて答えるの?」

 ……。

「もっと痛くする?」

 ……っ……。

「稲妻よ」

 やっ……!

「なーに? ルーチェ」


(やばい、まじでやばい。これはやばい。どうしよう。やばい。怖い。やばい。痛いのもう嫌だ。どうしよう。怖い。痛い。痛い……!)


「ルーチェ?」


 やばい。

 あたしはとにかく、言葉を出そうと、口を開いた。


 こ、

「こ?」

 怖い。

「……」

 ……その……何も見えなくて……怖い……です……。

「……」

 ……お姉ちゃんの、顔が……見たい……。

「……ルーチェ……!」


 冷たい手が離れ、あたしの目隠しが外された。涙で濡れた瞼を上げると――ナビリティお姉ちゃんが月の光で照らされてようやく明かりが見える暗い部屋の中で――ずっとあたしを見つめていた。


「……何も怖くないよ……?」


 恍惚と微笑む顔が恨めしい。


「ルーチェ、お姉ちゃんの顔見て……安心した? ほっとした?」

 ……目隠しさせられて、電気魔法使われたら……そりゃ……パニックになるよ……。

「ああ、ごめんね。ルーチェ。もう怖くないからね?」


 お姉ちゃんが優しく、だけど暴力に近い強さであたしを抱きしめた。


「ルーチェ、大好き」


 耳に囁かれる。


「ルーチェ、愛してる」


 鼓膜に吹かれるように囁かれる。


「ルーチェは昔から小さくて可愛いね。柔らかくて温かくて、猫みたいな髪の毛してて、だと思ったらお姉ちゃん、お姉ちゃんって、犬みたいに尻尾を振り回して。ルーチェ、お姉ちゃんが全部守ってあげるからね。生活も、人生も、ルーチェが不安になるようなこと、怖いものから、全部、お姉ちゃんが守ってあげる」


 だから、ルーチェ。


「ね?」


 お姉ちゃんがあたしの服の中に手を入れてきた。


 ……?


 お腹の下部を撫でられる。


 何?

「ここに子宮があるんだよ」

 だから?

「お姉ちゃんにもあるの」

 ……だから、どうしたの?

「子宮に近いところに入れるとね、気持ちよくなるんだって」

 ……何を入れるの?

「ルーチェはしたことある? わたくしは無いの。初めては絶対にルーチェとするって決めてたから」

 ……何の話?

「枕に誘ってきた人達は皆行方不明」

 お姉ちゃん?

「ルーチェ、何も怖くないよ。ただ、お姉ちゃんと気持ちよくなれば、きっと気分も変わって気持ちも変わると思うの」


 お腹を指で撫でられる。


「一人でしたことある?」

 お姉ちゃん、まじで言ってることわかんないってば。

「じゃあ、お互いに初めてだから、探り探りしていこう? ね、大丈夫。お姉ちゃんが全部やってあげるから」

 ちょっ、何……。

「ルーチェ♡」

 ちょっ!

「大丈夫」

 どこが大丈夫……ひいっ! 何すんだよ!

「ルーチェ……♡ はあ……。……大丈夫……。ルーチェの胸も……お姉ちゃんが育ててあげる……」

 気色悪いから離せってうわぁーーーーー! やめろーーーー!!


 あたしは暴れ始める。


「ルーチェ、また痛い思いするよ?」

 お前に触られる方が気色悪いわ!

「ルーチェ……またそんなこと言うの?」

 一回冷静になれって! まじで! 本気で! おかしいって! 本当に! まじで!!

「何もおかしくないよ」


 ルーチェがいなければイナビリティ。

 ルーチェがいれば、

 わたくしはパーフェクトのパルフェクト。


「ルーチェがいれば……」


 手が、


「わたくしは」


 指が、


「幸せに」


 うわああああ! ミランダ様ぁああああ! どうかお助けをををををを!!!!! 今夜のご飯はハンバーグにしますからぁあああ――!!




「そうかい。じゃあデミグラスソースのを頼むよ。ルーチェ」




 お姉ちゃんが壁に吹っ飛んだ。


(ひっ!?)


 鈴の音が聞こえて、はっと気がつく。闇夜の影から光が輝く。その光を一目見たら、あたしはこんな状況でも魅入られてしまう。暗闇が濃い分光が目立つ。……なんて美しい光だろう。


「ルーチェ! 大丈夫か!」

「セーレム!」


 あたしの顔がにやけてしまう。


「ミランダ様!!」


 杖を下ろしたミランダ様がヒールを鳴らして歩いてくる。


「こいつは厄介な呪いをかけられてるね」


 でも、ミランダ様であれば、


「ま、私であれば?」


 ミランダ様が片足で地面を叩くと、ベッドを囲んでいた電気魔法の結界にヒビが入り、どんどん切れ目が濃くなり、氷の欠片となって地面に崩れ落ちた。あたしはその隙を逃さない。


「拘束されし我が身を解放せよ!」


 きつく縛られていた縄が両手首から解かれ、あたしは自由の身となった。急いで起き上がり――上にずらされた服を下ろして、丸見えだった胸を隠す。ふう。一安心。……待て。……ブラジャーはどこ行った!?


「俺思うんだ。のんびりする事も大事だけど時には急ぐことも大事なんだって。これを組み合わせて、俺、のんびり急ぐ同盟を作ろうと思うんだ。いい名案だと思わないか? ルーチェ」

 素晴らしいと思う!


 あたしはベッドから抜け出し、ミランダ様の足にすがりついた。


 ああ、ミランダ様! やっぱりミランダ様はあたしの救世主です!!

「セーレムが呼んでくれたんだよ。誘拐されたんだって? 貴重な体験だね。訊いておこう。どんな気持ちだい?」

 命の危険を感じました!

「そんな時に守ってくれるのは?」

 魔法です!

「でもお前は?」

 ……複雑な電気魔法がかけられてたんです。今のあたしじゃ解けないです。

「わかってるじゃないか。そう。訓練しておけば解けたものだ。12年、お前は何をしていた?」

 ……。

「これでまたやるべきことがわかったね。さあ、早く帰るよ」

 ……はい。こんな薄気味悪い所、長居するべきじゃありません。早く行きま……。


 ――あたしは目を見開いた。ミランダ様の背後に立ってぎらつく氷の瞳を見て。


「ミランダさっ……!!」


 今度はミランダ様が壁に飛ばされた。あたしは悲鳴を上げる。


 いやああああ!! ミランダ様!! ミランダ様ぁああ!!


 駆け寄ろうとすると、強い手で手首を掴まれ、思わず息を呑んだ。


「どこ行くの。ルーチェ……?」


 氷のように冷たい目がぎらぎら光り、雪のように冷たい手があたしを掴み、部屋が一気に温度を下げる。


「なんでミランダ・ドロレスがここにいるの……? ねえ、ルーチェ、教えて……? なんで……そんな声で……ミランダ・ドロレスの名前を呼ぶの……?」

 ……お前……よくも……。

「なんでミランダ・ドロレスが……わたくしのルーチェの名前を知ってるの? どうして……そんな親しげに名前を呼び合ってるの……?」


 あたしの瞳がパルフェクトを睨んだ。


「親しげに名前を呼ばれて良いのは……わたくしだけなのに!!」


 ――うるさい。


「……ルーチェ?」

 よくもミランダ様を傷付けたな。

「どうしたの? ルーチェ?」

 ミランダ様はお前とは違う。あたしに鞭も飴も両方教えてくれた。しつけも愛も、どっちも与えてくれた。

「ルーチェ、わたくしの知らない女の話をしないで」

 自分の愛ばかり押し付けてくるお前とは違う。ミランダ様はすごい人だ。偉大だ。素晴らしい光魔法使いであるミランダ様に、お前、よくも……!

「ルーチェ」


 ――あたしはパルフェクトに杖を構えた。


「……ルーチェ……」


 あたしの目がパルフェクトを睨む。


「あの女がルーチェをそそのかしたの?」


 パルフェクトが眉を下げた。


「可哀想に……! ルーチェは純粋で、何でも信じちゃうから……!」


 パルフェクトが杖を握った。


「わたくしがルーチェの目を覚まさせてあげなきゃ」


 パルフェクトが杖を構えるあたしを見つめて……氷の笑みを浮かべた。


「おいで。ルーチェ。……お姉ちゃんが正しいって、身を持ってわからせてあげる」


 ――突然、部屋が凍りついた。壁も地面も凍りつき、唯一凍ってないベッドにセーレムが避難した。


「やばいよ! 俺寒がりなのに! 冬はこたつがないと死んじゃう!」


 あたしは冷たい空気を吸い込み、白い息を吐いて集中した。深呼吸。腹式呼吸。意識して。目の前には敵。敵が現れたらどうする。魔法使いは何をする。あたしの口が開いた。パルフェクトの口が開いた。


「炎よ」

「雪よ」

「「踊り狂え!!」」


 雪が吹雪となって踊り狂う。そんな吹雪を怒りの炎が包み込む。しかし吹雪はあざ笑うように炎を覆う。だからあたしは唱える。


「アマテラスよ、太陽の焔を解き放て!」


 閉じ込められたクローゼットから可愛らしい火で出来たアマテラスの影がそそくさと出てきて、吹雪に向かって吠えた。天井に張り付くと眩しい太陽が現れて雪に熱を照らすが、パルフェクトの魔法は無能じゃない。だったらとパルフェクトが唱えた。


「どうしたこうした、狼が来る。わんわん鳴いた狼が来る」


 雪の部屋に雪の狼が走る。狼が天井に高く跳ぶと、アマテラスに噛み付いた。あたしが作った如きのアマテラスは肩をすくませて、そのまま消えた。実力を思い知らされ、しかし後ろにも下がれず、あたしは杖を構えるしかなくて、あらゆる魔法を頭にイメージして唱えた。


「雪が溶ければ春となる。春になったら夏が来る!」


 パルフェクトが否定する。


「秋となって冬が来る」


 部屋は寒いまま。セーレムがくしゃみをした。


「炎に包まれし雪よ、水となりて土となれ!」

「水が冷たきゃ凍る土。月が冷えれば凍る月」

「灼熱砂漠だ、水をよこせ。オアシスなどはどこにもない!」

「夜の冷えるは、砂漠の夜。水があれば凍りつく」


 セーレムが布団の中に隠れたが、布団の中に雪が溜まっていて、悲鳴を上げて出てきた。


「爆竹花火だ、吹っ飛びやがれ!」

「つららの壁だ、まあ綺麗」

「地獄の業火に燃やされ溶けろ!」

「地獄で遊ぼう、雪合戦」

「ともしっ……」


 噛んだ!


「し……し……び……!」

「雪が凍ればスケート遊び」


 あたしの足が滑った。


(しまった!)


 尻餅をつく。


(クソ!)


 あたしが杖を構えると――目の前にパルフェクトが立っていて――あたしの杖を叩き払った。


(あっ……)


 杖が手から離れ、部屋の奥に転がる。


(杖がっ……!)


 慌てて走り出そうとすると、……動き出す前に、喉元に杖を向けられた。


「はい。わたくしの勝ち」


 パーフェクトな勝利にパルフェクトが優しく微笑む。


「やっぱり、ルーチェにこの道は向いてないよ」


 あたしはパルフェクトを睨みつける。


「魔法使いなんてやめて、ずっとこのお部屋にいたらいいんだよ」

「そしたらルーチェはもう傷付くことなんて無い」

「苦しむことだって無い」

「だって、ルーチェはわたくしが守るのだから」

「わたくしの腕の中にいたらいいの」

「お姉ちゃんに抱きしめられてたらいいの」

「ルーチェはずっと笑顔で居てくれたらそれでいいの」

「それが、わたくしの一番の幸せ」


 ルーチェ。


「もう絶対離さない」


 ――部屋にあった雪が一気に溶けた。パルフェクトがはっと息を呑んだ。あたしははっと口を閉じた。溶けた雪が水となり、水がぐるぐるとその場に回り始め、どんどん龍の形と変化した。水の龍はパルフェクトを見下ろすと――炎の息吹を思い切りパルフェクトに向けて吹き出した。突然の魔法にパルフェクトが悲鳴を上げて、慌てて呪文を唱えた。


「二つの火だって冷えれば氷」


 炎の息吹の先から凍り始めた。しかし、水の龍は息吹を捨て、また吸い込み、もっと大きな炎の息吹を吹いた。あまりの威力にパルフェクトがふっ飛ばされた。しかしパルフェクトは無能ではない。杖を絶対に離さない。どんなに地獄の炎に包まれてもパルフェクトはそれら全てを凍らせる。


「凍りつけ。雪よ触れ。身も心も凍ってしまえ」


 炎が凍る。冷たい世界に残される。パルフェクトは魔法を使う。そんな彼女に魔女は笑う。


「まあ、若手にしちゃ頑張ったね。良い子偉い子優秀者」


 パルフェクトが顔を上げた。


「だけどそれだけじゃ、この世界は難しい」


 ――光が――破裂した。


 氷も、水も、炎も、風も、闇も、全てを明るく照らす。巨大な光に、パルフェクトが包まれ、その眩しさに、瞼を閉じた――。


「はい、お前の負け」


 ミランダ様がいやらしい笑みを浮かべる顔で、パルフェクトの手を思い切り蹴飛ばした。パルフェクトの手から杖が離れた。あたしの前に転がってくる。


「やっぱり腕がいいな。ルーチェの血縁者とは思えない」


 パルフェクトは俯いて黙りこくる。


「説明しておくよ。お嬢さん。貴女の妹は、今現在、私の元で魔法の訓練をしていてね。正直貴女よりも腕は無いしセンスもない。サボり癖があるししなければいけないことを後回しにする癖もある。優先順位もつけられないし、台本がないと電話番すら出来ない。そして何より、魔法使いには向かない脳の発達障害を持ってる。……だけどね、私がそんな弟子を唯一認めてる部分があるんだ」


 パルフェクトの目が動いた。


「馬鹿みたいに光が好きなんだよ。私のようにね。だから私はあの子を連れて帰るよ」


 ミランダ様が杖を下ろした。


「この部屋は、ルーチェには贅沢すぎる」


 パルフェクトがミランダ様に飛びかかった。あたしは慌てて手をのばす。


「ミラッ……!」


 ミランダ様がパルフェクトに首を締め付けられ、押し倒された。パルフェクトが息を吸い込み――思い切り怒鳴った。


「お前に何がわかる!!!!!」


 ミランダ様は冷静な顔でパルフェクトを眺める。


「お前に、ルーチェの、わたくしの、何がわかる!! 他人のくせに!! 家族でもないくせに!! 血も繋がってないくせに!!」

「本人が嫌がってるんだ。そんなことしたら余計嫌われるよ」

「黙れ!! よくもルーチェを騙しやがって!!」

「騙してるのはどっちだい」

「お前がルーチェをそそのかしたんだ! ルーチェが純粋で良い子だから!!」

「自分よりも弱い立場の人間を守ることで自己肯定感を高めようとする。ルーチェを側に置きたいのはそれが理由だろう?」

「ああ!?」

「ルーチェが発達障害を患っていて、自分よりも立場の弱い人間でなおかつ、側に置けば自分の存在価値が上がるから」


 パルフェクトが目を見開いた。


「だから妹に依存してるんだろう? お前」


 ミランダ様は淡々と、冷静に、パルフェクトを崩していく。


「自分の存在価値を上げて、安心したいから」








「え? 発達障害? ルーチェ♡が?」


 診断された翌日、偶然お姉ちゃんと遊びに行く日だった。あたしは診断書を持って、真剣にお姉ちゃんに説明した。注意欠陥多動性障害と、軽度の吃音症を患っていた事実。吃り癖が治らない原因。ずっと変だと思っていた違和感。パパとママに言った所でもうどうしようもないから、でも、誰かに言わないと自分では抱えられない事実なわけで、障害を持ってたんだ。よかったっていう気持ちと、障害なんて持っていたんだ。なんてことだ。というショックだった気持ちが混ぜこぜで、誰かにすがりたかった。


 あたしはすがる相手を間違えた。


「ルーチェ♡、落ち込まないで」


 お姉ちゃんはあたしの手を握りしめた。


「そんなにショックなら」


 お姉ちゃんが言った。


「魔法使いなんて、辞めちゃえば良いんだよ」


 あたしはお姉ちゃんを見た。


「ルーチェ♡は脳に障害を持ってるんだよ? ね? 出来なくたって当然なんだよ。大丈夫。そんなことできなくてもルーチェ♡にはわたくしがいるんだから。ルーチェ♡はね、何もせず、ずっと好きなことをすればいいんだよ。魔法以外でね」


 そんな言葉を求めていたわけじゃなかった。


「それがいいよ。ルーチェ♡」


 お姉ちゃんは笑う。


「魔法なんか使えなくても、ルーチェ♡にはお姉ちゃんがいるから大丈夫!」


 その瞬間を以って、目の前にいる女がお姉ちゃんとは思えなくなった。


「ルーチェ♡、そうだ。あのね、近い内に、お姉ちゃんマンション買うんだ。今度会う時までには審査通ってると思うから」


 パルフェクトが嬉しそうに微笑んだ。


「引っ越したら……ルーチェを迎えに行くからね」




 実家に戻った時に、障害のことを言おうとした。

 ママは、アビリィが一番頑張ってると言った。

 お姉ちゃんは、魔法なんて辞めろと言った。


 だから、あたしは寮を出た。

 誰にも頼らないように。

 頼らず生きていくために。


 仕事はできなかったけど。

 よく叱られたけど。

 体質だから仕方ないって。

 言い訳じゃなくて、これは障害。

 れっきとした精神障害。

 完治は出来ない。

 交換は出来ない。


 一生あたしを抱きしめて離さない。


 あたしは、それを人に言いたくなくて、言い訳にもしたくなくて、都合のいい時に言い訳にしているんだけど、でも、それでも自分を奮い立たせて、なるべく人に頼りたくなくて、あたしは家族を避けて、お姉ちゃんを避けて、一人で歩いて、光を追いかけて、


 そしたら、――ミランダ様に出会った。


 あたしのことを障害者だと理解した上で、それでも容赦なく、魔法使いを目指す人間として見てくれるミランダ様に、お会い出来た。


 だから、あたしは――。





「わたくしは本気でルーチェを愛してるの!!」


 あたしは過去から現実に戻ってきた。


「存在価値を高める? はあ!? 知ったかぶったこと抜かしてんじゃねえよ!!!!!!」


 あたしは走り出した。パルフェクトが拳を握ってミランダ様に振り下ろそうとしたその腕を、あたしが強く抱く。


「やめて!!」

「っ! ルーチェ!」

「ミ、ミ、ミランダ様を、離せよ!」

「すぐ終わるから離しなさい!!」

「ミランダ様にて、て、手を出したら、今度こそ、絶対許さないから!!」

「ルーチェ!! 離すの!!」

「絶対嫌だ!!」

「ルーチェ!!」

「嫌だぁ!!」

「あのねぇ、言い争いも良いけどそろそろ本当に退いてくれないかい? お前、見た目によらず重たいんだよ」

「こっ……この女ぁああああ!!!!」

「ミランダ様ーーーー! 逃げてくださいーーー! あたしがお、お、押さえてる間にぃーーーー!!」

「いや、押し倒されて姉妹喧嘩の修羅場を見るなんて、こんな機会はなかなかないからね。良い経験だと思ってここから眺めることにするよ」

「殺すぅうううううううう!!」

「ミランダ様ぁああああああ! 逃げてぇーーーーー!!」

「うわあ。なんだこれ、すごいなあ。動物のショーを見てる気分だ」

「セーレム!! こ、こ、こんな時に、何言って……」

「すげーフクロウの数。なんだあれ。随分と大きなフクロウだなあ」


 ……その一言に、あたし達三人が窓を見た。フクロウが飛んでいる。そのフクロウはどこに向かっているんだろう。窓から街を見下ろして……あたしはぞっと血の気を引かせた。


 大量のフクロウが街を覆い尽くし、人々を襲っていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ