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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第二章:光の魔法使いの弟子
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第9話 最後のチャンス


 試験日当日、……ここでの生活が最終日となるかもしれない日。


 有り難いことに、ミランダはあたしをそっとしてくれた。家事は朝ごはんだけ作ってくれたらそれでいいと言った。掃除も、洗濯もしなくていい。荷物だけはまとめて、いつでも部屋から出れる準備をしておきなさい。それと、納得のいくまで魔法の練習しておくようにあたしに伝えた。


 あたしはスマートフォンの電源を切り、腕時計だけ手首にして庭で繰り返し練習した。


(もうお昼だ……。お腹すいた……)


 ランチを食べてる時間を練習に費やさなかったせいで、試験に落ちたら?


(……っ)


 あたしは集中しようと思って、……でもお腹が空いて……集中しようとして……やっぱりお腹が空いて……頭が痛くなってきて……体がぞわぞし始めて……集中力が……。


(……あーもう!)


 あたしは杖を振った。


「おむすびころり。お一つあたしにくださいな」


 あたしの杖から魔力が放たれ、キッチンに飛んでいく。ご飯に塩を降って丸めていると、セーレムがやってきた。


「いいな。俺にもご飯くれよ。ミランダが出かけててさ。お腹すいたよ」


 あたしはおにぎりが来るのが遅くて舌打ちし、さらに魔力を強めた。セーレムの言葉に困ってた魔力が、助っ人に来た魔力仲間に喜んで、セーレムの事情を話し、セーレムのご飯の用意を始めた。


「ありがとう。助かるよ。お礼に肉球触らせてあげる」


 おにぎりがやっとあたしの手の中にやってきた。ちょっと遅すぎない?


(イメージが足りなかったのかな?)


 あたしはおにぎりを一気に口に含ませて、水筒に入ってた水で胃の中に押し込んだ。胃も脳も、これで満足でしょ。


(集中!)


 あたしは最後の最後まで同じことを繰り返す。誰に見せても緊張しないように。絶対理想と現実を重ねられるように。それ以上は求めない。これ以上やろうとしたら余計緊張する。絶対失敗する。ほんの少しの背伸びならいいかもしれない。でもそれが原因で足を引っ張られるならやらない方がいい。数だ。数をこなせ。最後まで数をこなせ。繰り返せ。100回なんて軽々しく口に出すけれど、100回やるだけでこんなにも時間がかかる。500回なんて無理。一日ではとても間に合わない。まだ時間がある。やれ。数をこなせ。繰り返せ。やれ。あたしにはやることしか出来ない。繰り返すしか出来ない。体に叩きつけて、舌に覚えさせて、絶対にどもらないように。繰り返して、繰り返して、何度も繰り返して。まだ足りない。もっと。もっと。もっと。ああ、寝た時間が惜しい。どうして四時間も寝ちゃったんだろう。もっと早く起きていれば、もっと練習できたのに。後悔している暇はない。やれ。繰り返せ。やれ。やれ。やれ――!


「時間だよ」


 ――日はとっくに落ちて、辺りは暗くなり、森には闇が訪れる。あたしは箒で空を飛ぶミランダを見上げた。


「屋敷の前においで」

 はい。


 ミランダが先に箒で移動する。あたしは息を吐き、水筒の水を飲もうとして……空っぽになってることに気がついた。


「……水よ、溢れろ」


 水筒の水が満タンになった。あたしはそれを飲んで、もう一度深呼吸をした。


(やれる)


 あたしはこの時のために練習してきた。


(あたしは絶対にここに残る)


 自分の足で屋敷の前に移動すると、ミランダとセーレムが待ってた。森の木が風に揺られて葉っぱが不気味な音色を奏でる。


「課題は三つあったな。一つずつ見せてもらおうか。前にも説明したが、一つに付き10点満点。25点で合格。24点以下は」

 不合格ですね。

「順番はどれからでもいい。どれからいく?」


(……自信のないものから行こう)


「課題2からお願いします」

「わかった」


 課題2.暖炉は使わないが暖炉で使った木の板は片付けたい。火で片すこと。


 ミランダが指をぱっちん、と鳴らすと、あたしはひゅっと息を呑んだ。景色がログハウスに変わった。目の前には暖炉がある。燃えて暖炉が熱くならないように、この家全体が暖かくならないように木の板を燃やして片付ける。


 あたしは集中する。今までやってきた練習の中で、これが一番こなした数が少ないかもしれない。だから少し、緊張する。でも、やってきた自分を認めてあげなければいけない。本当に、今までの中で一番良く練習したと思う。だから、それを見せるだけ。


 集中して。あたし。落ち着いて。大丈夫。


 さあ――魔法を始めよう。


「木の板よ。役目は終えた。お前はもう眠りなさい。火はお前の味方だよ。今年の冬にまた会おう」


 優しく囁くと、あたしの杖から優しい火が木の板についた。蛍のような淡い炎が木の板を包む。そっとそっと燃やしていく。……煙が出てきた。大丈夫。換気なんて必要ない。それをも火が吸収する。さあ、作業を続けろ。木を燃やして煙は吸収する淡い炎。いいぞ。いい調子だ。少し火が揺れた。手に飛んできた。げっ。やっぱり飛んできた。熱い! でも、落ち着いて。冷静を装って。イメージを崩さず。熱くない。この火は熱くない。木がどんどん小さくなっていき、ゆっくりと時間をかけて……なくなっていった。暖炉から熱は出ていない。温度を上げることなく木の片付けが出来た。


 ミランダに振り返ると、ミランダが頷いた。


「よろしい。評価は最後に言うからね。さ、次だ。どれにする?」


(自信があるのを最後に回したいから……)


「課題3をお願いします」

「わかった」


 課題3.誘拐犯が子供を人質に立てこもっている。風を使って子供を助け出すこと。


(この課題、犯人が魔法使えるのかどうかミランダさんに訊いたら使える前提にしようって言われたんだよな。訊いておいて良かった。というか、気づいて良かった。本当に。……次あのホームレスに会ったらお礼言おう)


 ミランダが指をぱっちん、と鳴らすと、あたしは背筋を伸ばして、ゆっくりと瞬きした。景色が事件現場に変わった。警察が犯人の説得を試みているが、犯人は魔法が使えるから一般人の警察は動けない。でも説得している間の隙はある。この隙にあたしは子供を助けないといけない。杖を構え、顎を引き、足を一歩前に出す。さあ、集中して。


「北と南、風が合わさり竜巻が。さあくるぞ。竜巻来るぞ。お逃げよ。お逃げ。東の魔女をやっつけろ」


『オズの魔法使い』の東の魔女が現れた。きししと笑って魔法をかけると北と南の風が重なり合って、大きな竜巻が現れた。竜巻は家を飲み込み、犯人と子供の逃げ道を無くした。家の窓がぱかぱか開いてその動作をする度に風がちょっとずつ中へ入り、空気の換気を行った。空気の換気の動きを知ってる? くるくる回るの。外から中へ、中から外へ。やがて風は波になる。その波に子供が乗った。犯人は自分のことでいっぱいいっぱい。いくら魔法が使えても竜巻の風には敵わない。自分を守ることで精一杯。子供は泣くけれど大丈夫。風は貴女の味方だよ。ふわふわ雲が飛んできた。雲は子供を乗せて、そよ風に吹かされながら地面に戻った。東の魔女がぽかんとした。上を見上げると、家が降ってきた。ぼろぼろになった扉が開くと、目を回した犯人が家から出てきて、その場に倒れた。


(よし、上出来!)


 ミランダに振り返ると、ミランダが頷いた。


「よろしい。じゃ、最後だ」

 お願いします。


 課題1.思い出の品を落としてしまった人の依頼。光で見つけること。


(これが一番悩んだ)


 だからこそ一番数をこなした。


(繰り返して練習したからこそ自信がある)


 ミランダが指をぱっちん、と鳴らすと、あたしは杖を構えて止まる。――闇に包まれた。


(ミランダさんに場所の指定はあるかと訊いた。そしたら帰ってきた答えは)


 ――闇の中。


 まるで異空間のような闇の世界。何もない暗闇の世界。しかし、ここに依頼人が思い出の品を落としてしまった。闇は思い出を隠してしまった。あたしはそれを見つけないといけない。


 大丈夫。

 あたしには光がある。


 大きく息を吸い込み、お腹から一気に声を出して、舌を動かして、数をこなした言葉を――謡う。


「森のシカよ。跳ねて飛んでる森の民。好奇心は旺盛だ。お前に見つけられるか。珍しかな、落とし物」


 あたしは魔力を膨らませた。杖から輝く光が現れる。光の中から光のシカの影が出てきた。好奇心旺盛なシカは闇の中を飛んで跳ねて走り回る。きらきら光るシカははっと何かに気がつく。あれはなんだろう? そう思ったようにシカは足を軽やかに動かしていく。シカの踏んだ道から光の花が咲いて、光の道が出来、シカは一直線に進んでいく。一定距離まで走ると、踏ん張り高くジャンプしてミランダの上を飛んでいった。またその先を走り、シカがぴょんぴょん飛んでその場で回り始めると、回った中心から光の筋が現れた。シカは小首をかしげて鼻を押し付ける。すると、暗闇が鼻の摩擦で退けられ、中から手鏡が出てきた。ミランダがシカを撫でた。「ありがとう。探していたんだよ」それを聞いたシカは満足そうにふわりと浮かび、くるくるとミランダの回りを回って、輝きながら消えていった。


(……っ)


 魔力の限界を感じて、めまいが起きる。足がふらついた。額からは大量の汗が流れ、それを手で拭った。


(どうだ)


 これがあたしのやってきた結果だ。


(すごいでしょ。あたしがここまで出来るようになるなんて思わなかったでしょ)


 これを見せるためだけに、どれだけ練習したことか。どれだけ睡眠時間を削ったことか。どれだけ魔法使いの動画を見たことか。どれだけ魔法使いのテレビを見たことか。どれだけ魔法使いの記事を読んだことか。学校の課題も、家事も、アルバイトも、全部こなして、ここまで仕上げた。


(どうだ……!)


「よろしい。総評を伝えよう。ルーチェ・ストピド、今回の試験の総評点数は」


 ミランダが言った。





「15点」






「……」


 あたしは呆然とした。


「……。……。……」


 言葉が出ない。


「……。……。……。……。……。……」


 15点。

 今……15点って……言ったの? この人。


(25点の聞き間違い?)

(いや、15点って言った)

(15点)

(30点満点中15点)

(は?)

(なんで?)

(あれだけやったのに?)

(15……)

(は、なんで?)

(嘘。だって、は? そんなわけ……)


「お前にはここまでが限界だったね」


 あたしは膝から崩れた。


「ストピド、15点。不合格だよ」


(……終わり?)


 これで、もう、終わり?


(終わりだ)

(次はない)

(ミランダがそう言ってた)

(おしまいだ)

(終わってしまったんだ)

(何が悪かった)

(あたしの魔法は、確かに完璧ではなかったかもしれないけど)

(でもあれだけやった)

(あんなにやったのに)


 でも、あたし、


(失敗したんだ)


「発想自体は悪くなかったが、光魔法ばかりになってしまったんじゃないのかい? 火の魔法のあれはなんだい? あんなの小学生でも出来るよ。それとやっぱり滑舌だね。明瞭さが足りない。だから伝わる魔力も不安定になる。数をこなせばいいってもんじゃないよ。正確な音で、正しい発音で練習しないと意味がないじゃないか」

「……」

「……お疲れ様」


(おつか……)


 終わった。

 だって、これは、終わりの挨拶だ。


(終わったんだ)


 あたしのチャンスは、輝くことなく闇に飲まれた。


「……」

「ルーチェ、落ち込むこと無いって」


 セーレムがあたしに近付いた。


「誰でも最初はこんなもんだよ」


 あたしの目玉が動き、セーレムを見た。


「ルーチェ、俺の肉球で癒やされな。ほら。ぎゅっとね」


 セーレムがあたしの太ももに、肉球を押し付けてきた――直後、あたしの口が動いた。


「闇夜のカゴがお前を愛する」

「え?」

「っ」


 ミランダが目を見開いたと同時に、セーレムが闇色のカゴの中に閉じ込められた。


「わっ。なんだ?」

「おい、お前何して……」

「東の魔女からガラスの靴。とんとん鳴らせば台風だ」


 その瞬間、凄まじい台風が吹いた。ミランダがマントで体を隠し、身を守った。その隙にあたしはカゴを抱えて、全力で走り出した。


「どこ行くの? ルーチェ。俺、夜の散歩はあんまり好きじゃないよ。おばけが出るかもしれないじゃん」


 あたしはカゴを抱えて、森の奥へと走る。


「あーあ。どうするの。こんなところまで来て。迷子になったって俺知らないよ」

「うぐ……ひぐっ、ぐす……!」


 あたしは鼻をすすり、揺らぐ視界に逆らって足を大きく動かす。


「ぐすんっ……ずびっ、ひぐっ、んぐっ……!」

「ルーチェ、このカゴ安定性が悪いよ。絶叫系乗ってるみたいで楽しいけどさ、今、思い出したんだ……。……俺、絶叫系駄目だったんだ。無理。酔って吐きそう」

「ふぅうう! ぐすっ! ぐすっ! ずびびっ、ぐすん!」

「待って。本当に吐くかもしれない。どうしよう。こんなことならさっきおやつを盗み食いするんじゃなかった。でもしょうがないと思うんだ。猫だってお腹が空くんだからさ」

「あっ!」


 ぬかるんだ地面に足を滑らせて、あたしと一緒にカゴも転んだ。


「っ!」

「あだぁっ! ちょっと、ルーチェ、安全運転で頼むよ。猫はびっくりすること嫌いなんだから」

「……うううううう……!」

「ルーチェ? おーい。聞いてるー?」


 あたしはその場でうずくまって、ひびが割れていたダムが決壊したように泣き始める。涙が止まらない。鼻水も止まらない。悔しくて仕方ない。あれだけやってたのに、あたしの総評はたったの15点。あれだけ頑張ったのに。眠たいのも我慢して、沢山悩んで、作り上げて、それでも不安で、嫌いな自分の声を録音して、恥ずかしかったけどアーニーちゃんに録音を聞いてもらって、おかしなホームレスにまで相談して、あたしなりにやった。よく頑張った。ここまでやったことなかった。それくらい頑張った! あたしは頑張った!! すごく頑張った!! なのに結果は15点の不合格!!!!!!


「ぢぐじょう!!」


 あたしは地面を叩いた。


「ぢぐじょう!! ぢぐじょう!! ぢぐじょう!!」

「わあ、こいつは荒れてる。まるでゴキブリに遭遇したミランダみたいだ」

「なんで上手くいかないんだよ!!」


 あたしは悔しくて、悔しくて悔しくて地面を叩く。


「なんでだよ!! あたしが、何したっていうんだよ!!」


 ADHDの脳を持った上で、ハンデがある中で健常者に紛れて、物事をこなしていった。この一週間、本当に苦しかった。辛かった。漫画も読まずに、小説も書かずに、絵も描かずに、動画の内容をひらめいても、メモに残すだけで絶対に手を出さなかった。この一週間、課題のことだけを考えて、練習してきた。


「正しい音とか、知らねえよ! かつでつ(滑舌)なんて、知らねえよ!!」


 地面を叩いても試験は終わってしまった。


「なんで、なんで……、なんでっ、なんで……!!」


 町を歩けば、みんなすらすら喋ってる。どもるのは稀にだけ。あたしが口を開けば必ずどもる。言葉を噛む。聞き返される。なんで? 他の人は喋れるのに、どうしてあたしは同じ言葉を繰り返すの? つまづくの? 噛むの? 緊張したら喉に蓋をされたみたいに声が出てこなくなる。舌が動かなくなって言葉が出てこなくなる。声は出るのに。息は出るのに。呪われてるみたいに言葉が出てこなくなる。滑舌。滑舌。滑舌。これだけやっても足りないのか。こ      れだけやったのに、まだ足りないの……!?


(なんで上手く喋れないの! なんで綺麗に喋れないの!)


 滑舌が明瞭だったら、試験だって合格出来たのに!


(なんで吃音症なんて持ってるの! なんでADHDなんて持ってるの!)


 漫画も、小説も、こういう時は、大体主人公の力が目覚めて、努力が認められて、次のステップにいけるじゃん。漫画も小説もそうじゃん。主人公は天才じゃん。そう見えなくても実はすごい力を持ってたり、最年少で魔法使いになれたりするじゃん。


 物語だったら、魔法使いになってからストーリーがスタートするのに、


(なんであたしはいつまで経ってもスタート時点にすら立てないの!!)


「もう嫌だぁぁあああああああ!!!!」


 あたしは大泣きする。


「うわああああああああああああ!!!!!」

「ルーチェ、家に帰ろうよ。ミランダにココアでも作ってもらってさ、俺と飲もうよ。夜はこれからだぜ。ぱちん。どうよ。これ。練習したウインク。素敵だろ?」

「うわああああああああああああああ! うわああああああああ!!」

「ああ、こいつは駄目だ。俺の魅惑のウインクにも気付かない。結構上手くなってると思うんだよな。ぱちん」


 ――木の葉が揺れる音を聞いて、セーレムがはっと顔を上げた。


「おっとびっくり栗之助。森の動物は気性が荒くて苦手なんだ。おい、やめろ。近付くな。今ルーチェが土と泥と愛し合ってるんだ。邪魔するなよ」


 ――ふーーー。ふーーー。


「おー。これはあまり喋らないほうが良いか? なあ、ルーチェ」

「ぐすっ、ぐすん! ふうぅ! ずびび!」

「泣くのは良いけど後にしてくれない? こいつ、なんかやべーよ」

「……え……?」


 あたしは顔を上げた。

 目があった瞬間、はっと体が硬直し、涙と鼻水が止まった。風があたしに当たる。風じゃない。鼻息だ。暗闇でもそのぎらついた瞳はよく見えた。



 巨大なモグラが、フゴフゴ鳴きながらあたし達を獲物のごとく睨んでいた。


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