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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第二章:光の魔法使いの弟子
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第4話 悔しさをバネに変えて


 間抜けちゃんには無理!


(あんな言い方することないじゃん!)


 畜生。何なんだよ。あのホームレス! 見返してやる。……絶対見返してやる!

 ミランダの屋敷に帰るなり、あたしは冷蔵庫を開く。


(……食材が切れそう)


「はあ。目が覚めちゃった。俺夜型だから夜になるとやる気に満ち溢れるんだよ。あ、ルーチェだ。お帰り。帰ってきたなら俺におやつちょうだい。ミランダには内緒にしてね」

「セーレム。ミランダさんが食べられないものってある?」

「ミランダ? あいつピーマン嫌いだよ。あと人参も嫌い」

「アレルギー?」

「アレルギーじゃないよ。嫌いなだけ。子供みたいだよな。俺だってカリカリのピーマン味と人参味食べれるのに」


(把握しておこう。ミランダさんはピーマンと人参苦手……)


 100均で買ってきたノートにミランダの苦手なものを書く。


(ミランダさんの一日のルーティーンを改めて確認しよう。何曜日の朝は何時に起きるのか、それに合わせてあたしが動く)


 スマホの待ち受け画面にタスクメモアプリを貼り付ける。やらなきゃいけないことはここに入れて絶対終わったかどうか確認する。終わったらチェック入れて、終わってないのは優先順位ごとに片付ける。掃除をするならミランダが一階にいる間は二階と屋根裏の掃除。二階にいる間は一階と庭の掃除。ミランダはお風呂好きみたいだから、お風呂場の掃除はとにかく細かくやろう。そうだ。点検チェックリスト作っておこう。それを慣れるまでやる。ルーチェ。近道なんてない。あたしはADHDの脳で生まれてしまった。だからこの馬鹿な脳が覚えるまでやるの。やり続けるしかないの。言い訳なんてしてる暇ない。そんな時間があったら……。


(……イライラしたら外郎売りやるようにしてみよう……アクセントとかは……とりあえずは余裕ある時で……)


 今やらなきゃいけないことをタスクメモに入れていく。タブレットとキーボードでアプリのシートを使ってチェックリストを作って、コンビニのネットプリントに予約しておく。印刷は明日だ。それもタスクに入れておく。レシピアプリをインストールして献立も見ておく。


「うう。飯テロ!」

「セーレム。ミランダさんは何が好きなの?」

「あいつハンバーグ好きだよ。丸いものが好きなんだ。お子様みたいだよな。でも俺も丸いもの好き。カリカリも丸い形のものは最後に食べたいから取っておくんだ」

(また手のかかる料理を……)


 それもメモしておく。レシピ検索で、簡単かつ基本的なハンバーグの作り方を調べておく。あたし、何やってるんだろう。本当に家政婦になりそう。


(違う。これも勉強だ。これを全部魔法でやるんだ)


「俺眠くなってきた。ふわあ……。ルーチェ、まだやるのか?」

「……」

「ねえ、だったら膝で寝ていい? ルーチェの膝の形気に入ったよ。最高のクッションだ。よいしょ。ふう。すやぁ」


(明日の課題も確認しなきゃ。確かタブレットにデータが入ってたはず。……あった。これだ。フィリップ先生のテスト。パターンで使い分ける魔法を覚えなきゃいけない。ああ、時間あったのにどうして思い出したのが今夜だったんだろう。とりあえずこれ覚えてから寝よう。……まだ1時だ。練習してる人には絶対敵わないけど、せめて出来る限り見せれるもの作っておかなきゃ)


 あたしは小さな声で呪文を唱える。


「火よ……踊れ……ただし燃え盛るのは……枝の上のみ……」




 ――急に意識が戻った。


(……あ……体痛い……)


 あたしは顔を上げた。げっ。座ったまま寝ちゃった。


(うわ、腰痛……。……今何時……?)


 セーレムがあたしの膝の上でいびきをかいて寝ている。時計を見て、あたしはため息を吐いた。


「太陽なんて……くたばりやがれ……」

「わっ! なんだ!? 俺よりもおっさんの声が聞こえたぞ! ふわあ……。……あ、ルーチェ。おはよう」

「おはよう……。セーレム……。朝ごはん作るから……ちょっとごめんね……」

「早起きだな。まだのんびりしてていいんじゃないか?」

「今寝たら……絶対遅刻する……。今日は……フィリップ先生の……テストがあるから……」


 さあ、体、脳、起きて起きて。やることはたんまりある。忘れないようにメモしたでしょ。スマートフォンの電源をつけようとボタンを押す。――充電してください。


(充電し忘れた……)


 タブレットの電源をつける。――充電してください。


(畜生……!)


 あたしは苦肉の策で杖をスマートフォンに向ける。


「稲妻よこいつを叩き起こせ今すぐに……!」


 スマートフォンと杖の間で一瞬バチッ! と静電気が走り、あたしの手が痛みで揺れると同時にスマートフォンの電源がついた。5%。もう少しで電源が落ちます。充電してください。


(この痛いのがあるから電気魔法嫌いなんだよなぁ……)


 あたしは手を擦りながらメモを見た。


(朝は朝食が必須。よし)


 あたしは眠たいのを無視して集中する。

 さあ、魔法を始めよう。


「パンとパン。今日は誰と恋をする。玉子がいいか。ハムがいいか」


 パンが袋から出てきて相談し合う。今日は情熱的な恋がしたいらしい彼らは、自らの茶色の耳でトースターに入っていく。そこに片思いの玉子が現れ彼らと一緒になりたいのという目をして、油を刺したフライパンに殻を破って乗り込んだ。透明だった思いは白く定まっていき、玉子の君は意思を固めていく。そんな彼女を応援したい幼馴染のベーコンがやってきて、隣に座ってこんがり焼かれた想いを抱いて彼女の恋の応援をする。トースターが音を鳴らした。まるで恋が始まる破裂音。玉子とベーコンが灼熱の太陽で日焼けしたパンを抱きしめた。これから俺達の熱い三角関係物語が始まるぜ!

 東京パンラブストーリー。絶対見てくれよな!


(いつもこうだったらいいのに……)


 ふわあ、と欠伸をすると階段から足音が聞こえた。


(うわ。下りてきた)


 あたしは辺りを見回し、はっとして、洗面器周りを布巾で拭き、見た目だけなんとか綺麗に見繕って、はっとして、服の皺を伸ばして、乱れた髪の毛を手で押さえて、ミランダがリビングに入ってきたのを見て、両手を握って動くのをやめる。


 おはようございます。ミランダさん。

「ああ。おはよう」


 ミランダが人差し指を動かし、ナプキンを膝の上に呼んだ。ナプキンがミランダの膝に失礼しますと言って座ると、ミランダの食事が始まる。ミランダがナイフとフォークでパンを切り、一口食べたのを見てからセーレムにご飯をあげた。


「セーレム、お手」

「なんだよ。俺はお手はしねーぞ。……あれ、なんだろう。ルーチェの手を見てると、なんだか手を合わせたくなってきた……! でもこれはお手じゃないと思うんだ……! お手じゃないなら合わせてもいいよな……! いいか。俺はルーチェが手を差し出してるから手を合わせてやるだけだからな……! 手を合わせてや……」

「お手」

「にゃー!」

「よしよし。良い子」

「おほ! 気持ちいい! ナデナデ気持ちいいよぉお! おほ! おほぉ!」


 さて、あたしもご飯食べよう……。ああ……。……低血圧で食欲ない……。ミランダの向かいの席に座ると、ミランダが玉子を食べようとして――フォークを置いた。


「ストピド」

「はい」

「ちょっと」

「はい?」


 ミランダに人差し指で手招きされて、あたしはぽかんとして食事を後にして歩み寄る。


「なんでしょう」


 ミランダの人差し指があたしの鼻をつんと押した。その瞬間、口の端、瞼、腫れた頬の痛みが消えた。


「今日はマリア先生の授業があっただろ」

「……」

「よろしく伝えてくれ」

「……はい」

「戻ってよし」

「……はい」


 あたしは再び自分の椅子に座り、フォークを握りしめ、……ちらっと反射で映った自分の顔を見た。階段から落ちてできた怪我は綺麗に治っていた。



(*'ω'*)



(ああ、眠い……寝ちゃうかもしれない……)


 教室に入ろうとすると、ドアを開ける前に内側からドアが開いた。


(あ)


 ベリーと鉢合わせた。


「「っ」」


 お互いの間に気まずい稲妻が流れ、あたしはすぐさま道を譲り、ベリーも何も言わず譲られた道を進んで廊下に出た。


(……なんていうか、お互いに披露会が終わってからもう関わらないっていう壁が出来ちゃったんだよな)


 ペア組む時もお互いに目を合わせないようにしてるし。


(ノノも学校辞めちゃったし。……はあ、気まず……)


 もう大人だから気にしないふりをしてるけど、気にしないふりも結構辛いんだよな。


(さて、いつもなら席についたら寝てるところだけど、今日は寝る暇がない。やることがある)


 あたしは外郎売りが載った紙を広げた。


(テストでは滑舌も見られるから、時間があるうちに舌を慣らしておかないと。えーと)


「拙者ういりょ……」


 ああ、早速噛んだ! もう嫌だ! 家に帰って引きこもりたい! 最悪! 今日のテストも最悪だし! テストなんかしたくないし! 楽しもうなんて思えないし! あーあ! 突然ビックバンが起きて人類滅亡すればいいのに!


(……あたし、なんで楽しくないんだろう)


 光魔法を発動してる時はあんなに楽しいのに。


(外郎も楽しくない。なんでだろう。長いから?)


 声優が外郎売りをやってる動画を見てみる。パターンを変えてみたらどうかしら。子供になったり、ギャルになったり。


(別にお芝居がしたいわけじゃないからな……)


「ねえ、メルル! 今日のヤホーニュース見た?」

「パルフェクト様だったらもう見てる!!!!」

「もうちょー可愛いの!!」

「美しいの!!」


(あ、水筒出すの忘れてた)


 あたしは叩きつけるように水筒を机に置き、音に驚いて振り向いたクラスメイト達を見て、ごめんね、強く置いちゃったーと笑いながら、改めて外郎売りの文章を見てみる。よくわからない早口言葉ばかり。


(……このアクセントって頭高かな……)


 ふと、言葉の音が引っかかった。


(いや、下がらないから平板。じゃあこれは? あ、これは中高かも……)

(これはどうだろう。あ、わかんない。これなんだろう。辞典は鞄の中……ああ、中高だ。最後の音で下がるんだ)

(これも……これも……中高多いな……これは……)

(……えっと)

(……今のを踏まえた上で言うと……)


 拙者親方と申すは、お立ち会いの内に御存知のお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原、一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへお出なさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門。只今は剃髪致して、円斎と名乗りまする。


(……あれ……? すんなり言えた?)


 もう一回やってみる。


(あれ!? なんか、言いやすくなってる!)


 もう一回やってみる。


(何これ! 楽しい! すごくどもるけど、前より言えるようになってる! 楽しい!! 何これ!!)


 言えると超楽しい!!


「はい、みんなー、今日はテストでしたがやってきましたかー」

「外郎はいりゃっしゃりませぬか!!!!!!!」

「……」

「……」

「えー、壊れたオルゴール君が売ってくれるなら、そうだね。買おうかな。いくらかな?」


 フィリップ先生の言葉にクラスの人が笑いだす。あたしは顔を真っ赤にさせて静かに俯いた。


(……消えて失くなりたい……)


 あたしが小さくなったところで、授業が始まった。



(*'ω'*)



「ルーチェ」


 廊下でマリア先生に呼び止められ、足を止める。


「ちょっといい?」

 ええ。大丈夫です。

「その、訊きたいんだけど……調子はどう?」

 どうでしょうね。あまり気に入ってはいただけてないようですが。

「そう」

 とりあえずは、一ヶ月見てくださるとのことで、あと何週間か残ってます。その間になんとしてでも結果を出すつもりです。

「アパートは?」

 更新しないで、そのまま出ました。

「あら、じゃあ住み込み?」

 はい。

「そうだったの。……ごめんね。こんなことしか言えないけど、頑張ってね」

 先生の紹介ですから、出来る限りやってみます。……アーニーちゃんは元気ですか?

「ああ、もうひっきりなしに仕事してるわ。やっぱりあの子、腕が良いし、センスもある」

 ええ。よくわかります。

「でもね、ルーチェ、貴女にも貴女の良さがあるんだから、そこを大事にするのよ」

 ありがとうございます。

「何か困ったことがあったら相談して」

 ……あ、ミランダさんがよろしく伝えてくれって。

「ああ、そう。そろそろ特別講師の話を受けてほしいって伝えてちょうだい」

 特別講師ですか?

「ミランダはここの生徒だったから、先輩として後輩達に魔法使いとしての大事なことを教えてほしいって言ってるんだけど」


 ――嫌です。


 あの人、そういうの受けなさそうですよね。

「ミランダに会いたくてこの学校に来る子達もいるくらいなのよ。もー。少しくらいサービスしてくれてもいいと思わない?」

 毎日忙しそうですよ。一日中家にいるところとか見たことありませんので。

「ミランダが来ればみんなの刺激に繋がるわ。なのに、あの子ったら……」


 マリア先生が残念そうに溜め息を吐いた。


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