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駆け出し魔法学生はスタート時点を目指す  作者: 石狩なべ
第二章:光の魔法使いの弟子
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第3話 冷たい風


 ――一週間後。


「おはようございますー! 店長、遅れてすみませーん!」

「ん」

「おはようございまーす! お疲れ様でーす! ……あ、ルーチェちゃん!」


 肩を叩かれた。


「おは……」


 あたしが振り返ると、気前の良い先輩が悲鳴を上げた。


「ぎゃーーーーー!! ルーチェちゃん、その顔どうしたの!?」

「あ……あははは……」


 腫れた頬。青くなった瞼。目の下のクマ。気前の良い先輩が手をあわあわと動かす。


「彼氏だな!? DVされたんだろ! ぎゃはははは! やっちまったな! ルーチェちゃん! 被害届の出し方なら先輩が教えてあげるよ!」

 あの……それが彼氏ではなくて……。

「え?」

 今……ちょっとアパートから出て、お世話になってる所があって……そこで一日中魔法使いの勉強してるんですけど……。一週間いい感じになんとか誤魔化してたんですけど……昨日……とうとうやらかしまして……。



「汚い」


 ミランダ直々に指導が入った。しかもすっげー怖い顔で。


「学校から帰ってきたら掃除する時間くらいあっただろ。何してたんだい」

「あの、それが、その、スマホ見てたら……あの……」

「ふーん。……それは魔法に関係あることなのかい?」

「……漫画……見てました……」

「それで?」

「……気がついたら……時間が……経ってて……」

「夜ご飯は?」

「作ってません……」

「風呂の準備は?」

「できてません……」

「出ていくかい?」

「あっ、あっ、も、申しわけ、わけ、わけ、ございません! すぐにとりかっ、あっ、やります!!」

「俺のご飯もまだだよ。お腹すいたよ」

「セーレム、ごめんね! あっ、そういえば課題が、あっ、えっと、郵便物が、あっ、あの、あっ、すぐに、あっ、やりま……っ」

「「あ」」



 ……テンパりすぎて、階段から転んでこのザマです。

「とりあえず絆創膏貼っておけば? 俺のあげるよ」

 ありがとうございます……。……あ、犬の模様の絆創膏……。可愛いですね……。

「その顔でレジ辛いだろ。今日俺いるし、品出しでいいからちゃちゃっとやって帰って休みな」

 すみません……。

「休憩入る? 俺来たから弁当安くしておくよ」

 ありがとうございます……。あの、……ゴミ出ししてから入ります。

「ん。休憩入る時声かけて」

 ありがとうございます。了解です。


 あたしは燃えるゴミと燃えないゴミのぱんぱんに膨らんだ2つの袋を持って、裏口に出た。


(はあ。やっちゃった。今日は朝から学校あったから朝ご飯だけ作っておいてきたけど……帰りたくない……)


 あたしはゴミ箱を捨てた。


(ああ……嫌だ……消えて失くなりたい……。ミランダ・ドロレス嫌い……。あんな顔して怒ることないじゃん……。あんな言い方することないじゃん……。階段から落ちたのに、大丈夫? の一言もない……。さっさとやれの一点張り。嫌なら出ていけの二点張り。やる気が無いならさっさと辞めて違う道に行けの三点張り。漫画見てただけじゃん……。久しぶりにパッコマ見たら面白かったんだもん……。過集中状態になっちゃったんだもん……。しょうがないじゃん……。セーレムの呼ぶ声すら聞こえなかったんだもん……。ADHDの特質だよ……。……ああ……あたし、また障害を言い訳にしてる……。いや……別に言い訳じゃないし……そういう脳の作りだから仕方ないこと……。そうだよ……。しょうがないじゃん……。ADHDだもん……。発達障害者だもん……。障害者手帳持ってます……。立派な障害者です……。……別に怒ることないじゃん……。ミランダはいいじゃん……。才能もあって天才ですぐに魔法使いになれて仕事もらって、そんなのモチベーションだって上がるに決まってるし努力できる環境にいられたんだからそうなって当然じゃん。強運だったんだよ……。時代が良かったんだよ……。あたしと同じ脳みそ持ってたらまた違ったって……。……あーあ、みんなADHDだったらいいのに。そしたらあたしも困らないのに。……ミランダみたいな人がいるから世の中のADHDが困るんだよ……はあ……)


 憂鬱すぎる。帰りたくない。仕事もしたくない。サボりたい。漫画読みたい。絵描きたい。小説書きたい。日記書きたい。動画作りたい。部屋暗くして光を放って蛍ごっこしたい。


(……家帰ってから……日記くらいなら書けるかも……。……宿題あったかも……そっち優先かな……。はあ……。……あれ、明日フィリップ先生の授業テストだった気がする。……チッ……はあ……。……馬鹿かよ……)


 あたしは溜め息を吐きながら振り返ると――地面に人が倒れていた。


「ぎゃあーーーーーーー!!」


 あたしの声に驚いた近所の犬がワンと鳴いた。

 あたしは急いで倒れてる人に駆け寄った。大丈夫ですか!?


「ノン。駄目です。お腹が空いて動けない。ああ、お腹が空いた。少し休ませてください。ちょっと寝れば大丈夫ですから」

 ……あ”……。

「ああ、お腹すいた。目がくるくるする。世界が回ってる。これは一体どういうこと? 待って。耳鳴りがする。あ、大変。体から何か出そうな予感がする。これは一体何? あ、……出る!」


 その人のお腹から、ぐおおおお、という壮大な音が鳴った。


「はあ。呼吸ができない。私はとうとう酸素にまで嫌われてしまったの? 全国の生麦生米生卵、他、全ての食品のみならず、空気にまで嫌われるなんてオアシス。モナ・リザ。なんてこと。私のお友達はもはや水だけになってしまった。今夜はなんて冷たい風が吹いているんだろうか。まるで世間の風みたい!」


 あたしはインカムを構えた。


 先輩、ゴミ捨て終わったので、休憩入ります。

「オーケー! 弁当決めておいてー! 安くしてあげるー!」


 あたしはしくしく涙を流すホームレスを無視して店内に戻り、150ワドルにしてもらったお弁当を二つ、60ワドルのお茶を二つ買って裏口に戻り、ホームレスの側にお弁当とお茶を置いた。冷たい風がお弁当の匂いを運び、ホームレスの鼻の中へと入っていく。匂いに気づいたホームレスははっと起き上がり、目の前のお弁当を見て、口角を上げた。


「わお! これはいつぞやのお弁当! 前にも似たようなことがあった気がする!」

 それ食べたら速やかに帰ってください。でないと今度こそ通報します。

「わお! 貴女はいつぞやの喋り拙いお嬢さん!」

 その呼び方やめてください。

「怒らせてしまったかな? うひひひ! お弁当また買ってきてくれたんだね! どうもありがとう。美味しく頂きます」


 割り箸をぱきっと折ってホームレスがすごい勢いでお弁当を食べ始めた。


「はあ。美味しい。やっぱりご飯って最高。今回の仕事は本当に長引いてね。ろくなものが食べられなかった。全く。あんな味気のない見た目だけの料理よりも、貴女がくれた150ワドルのお弁当の方が全く美味しい。愛がこもってる」

 それ安くしてもらってるんです。本当はもっとします。

「うひひひ! 感謝しますよ。喋り拙いお嬢さん。また貴女に会えて本当に嬉しい」

 だから……。

「でもまだここで働いていらっしゃったんですね。その後どうですか? 魔法使いの道は諦めて、ここの店舗の社員になりましたか? 貴女はまだお若い。魔法使いの世界では年老いているけれど、世間で見たらまだまだこれからのお若き方。その才能を魔法なんかで潰してはいけません」

 やめてません。あたしは魔法学校の学生です。研究生です。

「あら。これはまたびっくり。まだ諦めてなかったですって? オーマイゴッド。往生際が悪い。才能がない人ほど諦めが悪いんですよね」

 だから努力するんです。あたしは今、すごく頑張ってます。人生で一番と言っても過言じゃありません。本気なんです。何も知らない貴女に何も言われたくありません。

「ウイ。仰る通り。私は貴女の何も知らない。貴女が魔法学生で、喋り方が私と違って異常にどもる癖があることしか知りません。しかし変化のない喋り方と思えば前よりはスムーズに喋れている気がする。まるで歌うような喋り方になりましたね」

 歌うように喋ると喋りやすくなると学んで、口に覚えさせました。

「トレビアン! 素晴らしい努力だ。認めよう。それは本当に素晴らしい」

 ありがとうございます。お弁当食べてさっさと帰ってください。

「オ・ララ♪ お弁当くらいゆっくり食べさせてくださいな。それにせっかく貴女にもお会いできたのだからゆっくり会話がしたい。それで、喋り拙いお嬢さん。おっと失礼。しかしね。私は貴女のお名前も知らないのでね、おっと待った。貴女の胸元に名札がついている。これは気が付かなかった。どれどれ? ……ストピド……。……『間・抜・け』。なるほど。貴女は間抜けちゃんなんですね。名前の通り行動も思考も考え方も確かに間抜けちゃんだ!」


 ――風よ、石を運んで投げつけろ。


 夜のそよ風が吹き、石が一斉にホームレスに向かって投げられた。


「あいたたたた! 酷い! なんてことするの! 魔法で人を痛めつけるなんて才能がない証拠……あいたたたた! ストップ! ごめんなさい! ストップ! ストーーーップ!!」


 あたしは風を操るのをやめた。石が動きを止めて地面に転がる。ホームレスが胸を押さえて、しくしく泣き始めた。


「酷いじゃないですか。か弱き女性を痛めつけるなんて。貴女には慈悲の心がないの? 間抜けちゃん」

 その言葉、そっくり貴女にお返しします。

「うふふふ! ここで再び出会えたのも何かの縁。間抜けちゃん。お弁当をくださったお礼です。貴女の悩みを聞いてあげましょう」

 またそれですか? もういいです。貴女に言ってもどうせろくな答えが返ってきませんので。

「ノン。私は的確なアドバイスをお伝えします。間抜けちゃんがお困りであればいつだってお力になりますとも。そうだとも。さあ、聞こうじゃないか。間抜けちゃん。その可愛らしい頬が腫れてるのと目が青くなっているのと唇が切れてしまって痛々しい理由。一体何が起きたっていうの? お姉さんに教えてごらんなさいな」

 階段から落ちただけです。

「ほうほう。それは運がなかったね。果たしてどうして階段から落ちてしまったの?」

 ……やらなきゃいけないこと忘れてて。怒られて、急いでたら、足を滑らせて落ちました。

「オ・ララ。それは魔法に関係あること?」

 魔法に関係……は……、……そうですね……。……魔法をかけて解決しようと思って、焦った結果です。

「ほらね。間抜けちゃん。やっぱり君には無理だ。魔法使いは向いてないよ」

 そうやって否定から入るのやめてもらっていいですか? あたし、今すごく凹んでるんです。失敗したからこそ取り返さないといけないんです。何なんですか。どいつもこいつも。頑張ってねの一言も言えないんですか。クソ。

「だってね、間抜けちゃん。君が思ってるよりも世間の人々は君よりも頑張ってるよ?」

 知ったようなこと言わないでください。……障害も持ってないくせに。

「障害。おや、障害かあ。ふーむ。障害を理由にされちゃあ、こっちは何も言えない。だったら私はこう言おう。障害者に向いてる仕事はいっっっっっっくらでもございますとも! さあ、言い訳にできない魔法使いの世界は諦めて、君は正当で公平な道を歩んでください!」

 ……。

「あのねえ、だから言ってるでしょう? 障害者に魔法使いは無理。向いてないし合ってない。君は何の障害持ってるの?」

 ……発達障害です。

「名前は?」

 注意欠陥多動性障害。ADHDとも呼ばれてます。……それと、軽度の吃音症を持ってます。

「あははは。ほら、間抜けちゃん。神様が言ってるんだよ。君には他の道がある。発達障害の方でもちゃんと働けるところも生活できるところもあるんだよ? 君は働くことに関して真面目そうだし、とてもいい子だ。だからこそ言ってるんだよ。地獄みたいな道は辞めて、天国に行きなさいって。ね、間抜けちゃん。道はいくらでもあるよ。SNSで良いのでは? 君の場合は、それが妥当でいいと思うんだ」

 ……貴女にあたしの何がわかるんですか。

「少なくとも、私は君みたいな人には沢山会ってきたことがある身なものでね。ADHDはね、障害者でもあり、素晴らしい才能に恵まれている一種の天才でもある。人によって才能が異なるからこれとは言えないけれど、君の才能にあった仕事に就ければたちまち天国! 趣味がお仕事に! わお! これほど嬉しいことはない!」

 だったら、……どうして魔法使いは駄目なの?

「……」

 確かに、あたし好きなものは沢山あります。絵を描くのも好きだし、物語を考えて小説にするのも好き。文章を書くのは全般好きです。キーボード打ってると落ち着くし楽しいから時間忘れる。だから、どちらかと言えば喋る方が苦手で、どもりたくないのにどもるから何度も聞き返されるのとかすごく嫌だし、気を遣うから人付き合いとか苦手。でも、その中でも一番好きなのは魔力を魔法に変えて光を生み出すこと。キラキラ光ってて綺麗な光を生み出すことが好き。それだけじゃ駄目なの? 光の魔法さえ使えたら良い。光に囲まれて生活する。魔法使いになりたい。昔はそうだったじゃないですか。それだけで魔法使いになれたじゃないですか。どうして昔の人達は簡単になれて、あたしは難しくていつまで経ってもなれないの? 滑舌が何なの。アクセントが何なの。昔は良くて、なんで今は駄目なの?

「言ってるでしょう? 才能溢れる方々がこぞって魔法使いを目指し、既に地位を獲得している。基礎はできて当たり前。健康第一。フレッシュ。元気。プラスで個性諸々。時代は変わった。これが今のこの業界なんです。ちょいとそこらの覚悟じゃとても敵わない。だって昔と違って天才がうじゃうじゃいるんだもの。ね? 恐ろしいでしょう? だから、障害者。残念ながら無理なものは無理なのよ。好きだからで通じないのがこの世界。昔は魔法使いなんてと言われていましたし、魔法の魅力を知らなかったからみんな馬鹿にしてましたが、今はどうだ。現在魔法使いを目指す者は数知れない。魔法教室を一つ建てたらあら不思議! こぞって応募してくる子供達! 経営者は儲かりまっせ! うふふふ! 実力こそが正義! 才能がある子達はね、言い訳なんてしません。苦しいことも辛いことも魔法が使えたら楽しくて仕方ないから永遠とやり続けるんです。だから才能があるんです。楽しく魔法を使うから。間抜けちゃんの言い分を聞いてる限り、君はそうじゃない。永遠とやったりしない。だって魔法学校の授業があったら楽しいと思わず舌打ちで馬鹿かよなんて呟いてる。テストなんてあってご覧なさい。よし、実力を見せてやる。絶好のチャンスだ。アピールチャンスだ。楽しんで遊んでやろう。さて、どうやって遊ぼうかな! これを思って当たり前。ああしんどい。もう駄目だ。時間が無い。お金がない。障害者だから仕方ない。こんなこと思ってる時点で君の負けは見えている。だから言ってるの。君には全く才能がない。本気で真面目に学生やってるから」

 ……。

「ここはきっぱり諦めましょう! ね! 間抜けちゃんには無理! 毎日辛いだけで楽しくないでしょう!? じゃあやっぱり無理! あははは! 早めにわかって良かったね!」

 ……。……。……。

「あ……、えっと……」

 ……。……。……。

「……ああ……そうですね……。……そしたら、じゃあ、まあ、……いいでしょう! 家政婦なんてどうですか! 私、家に家政婦が欲しかったんです! お掃除とかご飯とか作ってくれる人! 間抜けちゃん。これお礼です。二回も倒れてた私を助けてくれたからもう本当にサービスのサービス! 大サービス! 私の家に来なさいな! お給料も弾ませますから!」

 馬鹿にしないでください。


 あたしは立ち上がって、ホームレスを睨んだ。


 あたしは光魔法使いになります。絶対に。


 ゴミ箱に指を差す。


 食べ終わったらあそこに捨ててください。

「え、えーと……」

 それと、


 あたしの口が非常に明瞭な滑舌で言った。


「もう二度と来ないでください」


 あたしは裏ドアを開け、店内に戻った。





「……風が冷たい。凌ぐには壁がいる。君は、楽しんでその壁は作れるかい?」


 前髪で目が隠れた女が呟き、お茶を飲んだ。


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