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導師サイの受難  作者: 大秋
第一部
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 アリーシ商会を出たサイを出迎えたのは、日が沈み薄闇が世界を支配しようとしている、逢魔が時であった。街を包む空気はひんやりと冷たく、サイは肌寒さを感じて身を震わせる。クエルとワルターから得た情報は実に考えさせられる内容であった。解決の糸口がおぼろげにではあるが見えもした。だが、サイが思考の海から逃れる事は未だ不可能であった。


 大通りを歩く人間は日中よりも少なくなっていたが、映る光景に不審な点はない。表に出た時にはニーナの姿も見当たらず、サイの忠告通り先に帰ったのであろう。サイも一度イズール商会に戻ろうと思い、商会がある裏通りを目指して歩き始める。


 店を出る時、誰かに見られているという視線を感じた。それは物珍しさや、サイが店内で暴れた事による畏怖などではなく、観察しているという言葉が似合うものであった。


 だからこそ不気味さが残る。今回の件において、敵対者という者が存在して何らかの目的を持ってアルマを連れ去ったというのであれば、イズールに対する怨恨の線も辿れる。だが、その筆頭であったはずのアリーシの会頭は実に明快に関わりを否定した。


 イズールの店舗兼住居の中で人一人を攫うということは、アルマが幼子という点を除いても容易ではない。いついかなる時にも誰かの目がある以上、イズールが育て上げた人間達の目をかいくぐることも不可能に思える。


 クエルやワルターの言った内部犯という示唆は、サイの考えに蓋をするように重くのしかかるが、それでもサイは迷いを振り切る。前提が全て崩れるのであれば、一からまた積み上げるだけだ。だが、自然に吐き出される憂鬱な溜息は止めようがない。


 息を大きく吐き出すたびに、サイは己が年老いてゆくのを感じて仕方なかった。


 しばらく歩いたのちに、サイは己の耳に入ってくる情報に不審な点がある事に気が付いた。いつもであれば気にも留めない些細な違和感。


 サイの足が地面から離れ、地に下ろすと同時に踏み締めた音が鳴る。上げては、下ろす。通りに落ちた粒子に近い砂を巻き上げ、下ろす。サイがその行為を何度か繰り返し、さらには間隔を変えても、音はぴったりとサイの足音と重なっていた。サイが移動をする歩幅に合わせて、付かず離れずの位置を維持している存在がいる。


 特徴的な足音を捉えた時に、サイはアリーシ商会に居たワルターの事を思い出した。どういう理屈でそうなっているのかは分からないが、ワルターの場合、まるで幽霊であるかのように足音そのものが無かった。それを考えれば今サイを尾行している人間はワルターではない。


 クエルに話を聞かされてからずっと思考し続けていたサイの感覚は、通常では考えられない程に研ぎ澄まされている。そして、気配を絶つ事に長けている者がこの街にもう一人いた事をサイは思い出す。


「ゲト。何かあったのか?」

「驚いたな、今回はこの距離でも気付くんだな」

 人の流れが疎らで、遮蔽物も少ない状況であったのが違和感の発見に功を奏した。遠く離れた建物の後ろからゆっくりと、黒衣に身を包んだゲトが姿を現す。


 一度群衆に紛れてしまえば、特徴をあまり持たないゲトの姿を捉える事は難しいだろう。ゲト自身も見つけられるとは思っていなかったのか、バツが悪そうに頬を掻いている。


「気配を意識して絶てる人間なんぞ、そうそういないからな」

「ふぅ、そういうことか。職業柄仕方ないことだった。サイ導師に敵意はない」

 サイがゲトの顔を見ると、初めて会った時のものへと戻っていた。感情を悟られないような、何を考えているのか分からない表情に。


「アリーシに行って話を聞いてきた」

「みたいだな。まさか初日からそんな大胆な行動に出るとは思っていなかったが」

「あぁ、それでとても悩みが増えた」

 サイの眼は、目を離したら景色に溶けて消えてしまいそうな目の前の男から離れない。


「ふむ……、俺を疑っている眼だな」

「信頼とは、無条件で得られるほど甘いものではないからな」

「言い得て妙だ。俺は隠れはするが逃げはせん、少し話をしようか」

 ゲトの表情は変わらない。それは余裕なのか、予想していたからか。それでもサイは自らが首を突っ込んだ事に対して、退くという考えは生まれなかった。


 たとえそれで、自らが今回の事件に利用されていたという事が分かったとしても。





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