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導師サイの受難  作者: 大秋
第一部
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7





 サイは十人以上の人間が軽く入れる程の広さを持つ大部屋に通される。そこはアリーシ商会の会議室のようで、大きな部屋の中央に楕円形のテーブルが用意されていた。座る場所は中央の前後に一つずつ。横に四つ、その対面にも四つの、合わせて十脚の椅子が配置されている。


 常日頃であればその場所で様々な会議を行っているのであろう。クエルは部屋に入ると、席に着く前に壁際に配置されているランプに慣れた手つきで次々と火を灯してゆく。美しく見事な造形のランプは値打ち品であるように見える。クエルが火を入れた瞬間、薄暗かった空間は彩りを与えられ、見る者を魅了する炎の揺らぎと壁面に影を生み出してゆく。


「どこでもいい、掛けてくれ」

「あぁ。失礼する」

 最奥に座したクエルの正面に座るのは躊躇われて、サイは横に流れて座る。少しだけ硬く見えるクエルの表情は、何を話すべきか思案しているようにも見えた。


 二人だけの時間が少しだけ流れた後、閉められていた扉が開く。部屋に入ってきたのは足音のしない不思議な男、アリーシ商会の用心棒、ワルターであった。闇に生きる人間が持つ特有の暗い瞳は、掴み所のない意思を内包したままに、サイを一瞥したあとクエルへと向けられる。


「大旦那。坊ちゃんはとりあえず宥めときやしたぜ」

「いつもすまんな。あれももう少し落ち着いてもいい年頃であるというのに、育て方を間違えたのか手のかかる事よ」

 クエルの言葉を受けて、ワルターは苦笑気味にサイへと視線を向ける。クエルはワルターの反応を見た後、改めてサイに向き直る。


「待たせたな……。まずはこちらの質問に答えてもらってもよいかな? 導師殿は、イズールに招かれてこの街に来たのだろう?」

「隠しても無駄だろうから小細工は交えず話させてもらおう。黄金の瞳の子供の確認、もしくは状況によって保護をする為に来た」


「グアラドラの導師というのは、相変わらずそういった行動規範なのだな。私も以前世話になった事がある。恩がある以上決して無下には扱わん。その点だけは警戒せんでくれ」

「ほう。その導師の名を聞いても?」

「何年も前の話だが、確かグレン・マクドールといったか。とても大きな男であったよ」

「……なるほど」

 サイはグアラドラで一度だけ聞いた事のある名を聞いて記憶を探る。グレンと言う名はグアラドラで魔導の業を学んだ後、国を出て他国に流れていった男の名であった。


「知り合いかね?」

「名前だけは知っている。その人物はグアラドラを去って久しいが」

「去る? 珍しい、導師にもそういう事があるのだな」

「俺も名前を知っているだけでな。詳しい事情は知らない」

「そうか。いや、話の腰を折って済まない」

「構わない。それで、アルマという子供がここに居ないというのは確かか?」


「天に誓おう。世界には黄金の瞳を持つものを集めているという物好きもいるようだが、うちはそういった事には関わってはいない。それこそ、黄金の瞳を神聖視している帝国の人間の耳にでも入ったら命が幾つあっても足りん。割に合わんよ。そんな事をやっているのは、危機感の足りない木っ端商人だけだ」

 クエルの表情は憂いを帯びてはいるが、特段それ以上の変化は見えない。心の底からそう思っているようであった。


「ふむ……。だが、イズール達はそうは思っていないようだが?」

「商売敵というだけで変に敵対心を持たれているのだろう。私自身はそこまであれに嫌悪もない。だが、うちも大きくなりすぎて目が届かない所も多くなった。それらが独断で動いている可能性も否定はできん」

「異物が紛れ込んでいる、か」


「それも、内側から利権だけを貪ろうとする愚か者だ」

「それがわかっていて追放しないのか?」

「商売とは常に他者との競争よ。清濁併せ呑んでこそ見える世界もある。そこで消えるならば、元より才が無かっただけの話だ。私の上に立てる者がいるのであれば喜んでこの椅子も渡すさ。まぁ、簡単に渡す気もないがね」


「ふむ、思っていたよりも印象が変わった」

「だからといって善人というわけでもない。何もかも必要によりけりだ」

「そうか。では、もう少し聞いてもいいか? アルマという子供がどこに行ったか本当に知らないのか?」


「……ワルター」

「恩を売れるのに、無償でいいんですかい?」

「構わん。騒ぎに巻き込まれるよりも解決してもらった方が面倒がない」

 サイは二人の反応を見て、二人が何か知り得てるという確信を得る。ワルターは頭を掻いてから、ゆっくりと口を開く。


「実は、黄金の瞳の子供がリーウの街に入るという第一報が入った時からずっと、俺は部下にイズールの店を見張らせていた」

「見張らせていた?」


「あぁ。黄金の瞳を持つ子供を得て、イズール商会が一体何をやろうとしているのか、アリーシ商会としてもその動きは気になるわけさ。実際問題、黄金の瞳は王国ではそう価値もないが、帝国ではまた違った意味を持つからな。それに問題はもう一つある」

「問題?」

 ワルターの瞳が一瞬の揺らぎを見せた後も、紡がれる言葉は止まらない。


「──そうだ、それも大問題だ。その子供がいなくなったという話はこちらにも届いてはいた。情報だけが独り歩きをするように、各方面からも話だけが入ってくる。だが、問題の本質はそこにはない」

 一度言葉を区切ると、ワルターの眼がじっとサイの眼を見る。


「ゲトがイズール商会へと子供を連れ入ってから、その子供とやらが外に出る姿を今日の今日まで誰も見てはいないのさ」





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