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導師サイの受難  作者: 大秋
第一部
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5





 サイがニーナに案内されて辿り着いた先は、街の大通りに面しこれでもかというくらいに自己主張をしている店構えの商店であった。近隣に並ぶ店舗よりも目を引くように造り込まれた外観。他の色の混じり気が一切無い真っ白な壁は、それだけでも周囲を圧倒する存在感を放っている。


 大きく開かれた入り口には屈強な警備が数名配置されていることからも、商店を利用する者が一定の階級以上であることを示している。


 イズールを目の敵にしているというアリーシ商会。店の規模だけでいえば、中身は別にしてその大きさと立地からイズールの店を圧倒しているようにも見える。それでもアリーシがイズールを目の敵にするのには、何か理由があるのかもしれない。


「なんとも威圧するような門構えだな」

 サイの口から出た感想は、至極簡潔なものであった。外観だけを見るのであれば、見栄えのいいアリーシ商会に足を運ぶ者は多いのだろう。実際に人の流れを見ても繁盛しているのがよく分かる。イズールという人間と接していなければ、サイ自身もこの街で一番の商家がアリーシと言われれば納得していたことだろう。


 しかし、実際にイズールの店を訪れた後であればその評価も変わる。そこに働く人間達もそうであるが、何よりもイズール自身の存在が計り知れない。とっつきにくさもあるにはあるが、彼の魅力を知れば縁を持ちたいと思う人間も少なくはないだろう。アリーシにそういった傑物がいないとは言い切れないが、あれほどの人間がそうゴロゴロいるわけもない。


「イズール商会と違い、アリーシは事業を手広くやっているので物や人の流れが多いですね」

「街の中心部にあって街の血流としての機能を果たしているのか。そのような商家がアルマを狙う理由、か」

 サイにはアリーシ商会がアルマを狙う理由がいまいちよくわからなかった。ゲトから貰った情報によれば、アルマが行方不明になる直前にアリーシ商会の人間がイズールの店の近辺をうろついていたというが、それだけでは決定打にはなり得ない。


「しかし、この街には奴隷を扱う店が二つも存在するのだな」

 奴隷商は全ての街に存在するものではない。決して大きいとは言い難いリーウの街に、そのようなものが二つも存在することをサイは意外に思った。


「いえ、正確には三つですね。この街には国内で生まれた奴隷の約半数が一堂に集まってきます。中には犯罪奴隷もいますが、ほとんどが身売りされたものたちですね」

「三つも……」

「はい。リーウには奴隷を専門に扱っているイズール様と、兼業で奴隷商を行っているアリーシ商会。そして、一昔前まで隆盛を極めていたレダ商会があります」


「レダ商会? イズールとの話では出てこなかったな」

「レダ商会は今より十年程前に大きな問題を起こしまして、街での商いを禁じられていたのです。イズール様は今の体力のないレダ商会が今回の件に関与するのは難しいと思っているのでしょう」

「なるほどな。そのような状況であればイズールと事を構える事は避けるか」

 ニーナと会話を続けていたサイは、アリーシの店に見知った顔が入ってゆくのを見つける。


「……ふむ。ニーナ、少し待っていてもらえるか。場合によっては先に戻っておいてもらって構わん」

「導師様?」

「丁度いい人間を見つけた」

 戸惑うニーナを置いて、サイは一人で人波を掻き分けてゆく。足の行く先は今しがたアリーシ商店入った人物を捉えていた。





 * * *





 ズカズカと我が物顔でアリーシ商店の店内に入っていったのは、成熟しきれていない危うさを瞳に宿している男であった。その足は奇麗に手入れのされた板張りの床を強く踏み鳴らし、憤懣ふんまんやる方ない表情のまま、目の前で道を邪魔をする人間を力づくで押し退ける。


 あまりにも突飛な行動であったが、男の傍若無人な振る舞いを止めるものはその場にはいなかった。客の入り自体も少ないようで店内は使用人の姿の方が多い。警備の男達も若者の顔を見て、動かそうとした足を止める。


「ちっ、親父は奥にいるか」

 刺々しい声が低く響き渡る。

「ウェン様。旦那様は会議の最中ですので……」

 使用人の女性が青年の質問に答える。


「俺が来たと親父に伝えろ」

「本日は誰も通すなとの仰せですので……」

 使用人の言葉に苛立ったのか、ウェンと呼ばれた若者は舌打ちをしながら腰に備えた剣の柄に手を掛ける。自分よりも遥かに下の人間である使用人に口答えをされた。その事実だけがウェンの思考をドス黒く染める。


「おいお前、俺の名前を言ってみろ」

 アリーシ商会を束ねる会長の子息、ウェン・アリーシは剣を抜こうとして、違和感に気付く。いくら腕に力を入れようとしても剣が抜けない。それどころか力を込めているというのに腕が微動だにしない。ウェンが目線を落とした先にあったのは、背後から伸びる一本の腕が己の手首を抑えている様であった。


 いくらウェンが力を入れようとも、その腕はがっちりとウェンの腕を押し留めて揺るがない。


「これも何かの縁というやつか」

 声を聞いてウェンは腕の先を見る。白い道衣と鈍色の鎧を着た男。腰に提げた剣はかつてウェンが手に入れようとして逃した獲物であった。


「てめぇは!」

「少し話が聞きたい。頼まれてくれるか?」

 ウェンの睨みを飄々と受け流す男。サイ・ヒューレの瞳がたのしげに踊る。





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