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001 目が覚めると見知らぬ天井

まだ修正中です……

「――はっ!? ……ここ、どこだ?」


目の覚めた僕が最初に見たのは、全く知らない天井だった。

確かにさっきまでバスの中に居たはずなのに、目を覚ましたら違う場所に居た。

僕が寝ている間に何が起こったのだろうか。


まず辺りを見回す。

白を基調とした部屋、茶色のチェスト、分厚い本の置かれた机。

生活感のあるこの部屋は、誰かが暮らしているようだった。

ここが自分の家でもホテルでもないことぐらいしか分からない。


思考は冴えてきたし今得ている感覚も現実の、ましてや起床時のそれに限りなく近い。

だが自分の置かれている状況は夢の中のようだ。

とてもリアルな夢といえばそれまでだが、何か悪い予感がする。

体の機能に異常があるわけではないが、自分の体じゃないような違和感がある。

とりあえず、自分が今どんな格好をしているのか確認する。


恐る恐る下を向くとまず目に入ってきたのは淡いピンクだった。また少しずつ視線を落としていく。少し胸が膨らんでいる。僕は男だ、それに胸ができるほど太った覚えはない。そんな胸の内がざわつくが、自分の着ているものを確認する。なんて悪夢か、今自分が着ているのはピンクの無地のパジャマだった。男の尊厳を破壊するものを俺は着ている。なんて恐ろしいんだ。


自分が今まで寝ていた白いベッドを見つめる。

これは夢だと自分に言い聞かせる。今も夢の中にいるんだ、と思い込む。

頬をつねってみる。普通に痛かった。感覚もおかしくない、それでも夢だ。

だって僕の頬はこんなに柔らかくない。もちもちしている。


一度ベッドから立ち上がってみる。

ふらついたりはしなかったが、いつもより視点が低い。

現実的にいうなら大体頭一個分くらいだろうか。

……やはりなにかがおかしい。


視界の隅でプラチナブロンドの髪が揺れる。

僕はこんなに髪は長くないし、髪色は黒だったはずだ。

これが夢の中じゃないなら何なんだ。


「なにこれ……!」


独り言を呟いて気づいた。声もおかしい。

いつもの僕の声とは全く違う、まるで女の子のような声。

僕の元の声は高めで好きではなかったが、こうして失ってみると恋しくなるものなんだと、ハルは初めて知った。


「あ―。あー?」


何度も発声しながら喉を触り、自分の声帯の状態を確認する。

案の定肌はいつもよりすべすべで弾力があった。

この声もどこかで聞いたことがある気がする。

いつもの自分の体と全く別物のこの体。まるで女子になったみたいだ。

この夢、悪趣味ではないか。


ずっとここで嘆いていても仕方ないので、とりあえずこの部屋の探索から始めることにした。ボーっとしていてもいつ夢から覚めるか分からない状態だ、せっかくだから色々見ても問題ないだろう。


まずカーテンを開けて外を確認することにした。カーテンを開けると明るい光が射しこむ。眩しくて思わず目を瞑ってしまった。恐る恐る目を開けるとそこは街だった。レンガの敷かれた街道には商店が並び、人が沢山いて活気がある。ファンタジーに出てくるような武器や防具を身に着けた人々が歩いていくその街並みは、様々な髪色のおかげでカラフルだった。さっきの夢の続きなのかもしれない。


窓を開けて身を乗り出す。すると涼しい風が優しくハルを迎える。地面からの高さを見るにここは二階だろう。景色がより鮮明に飛び込んできた。人々の声も聞こえてきて、よりこの街が活気に満ち溢れているのを感じた。


次はチェストを確認する。引き出しを開けると、そこには服が畳まれていた。だが見る限り男物はない。一枚引っ張り出して広げてみたが、やはり女物だった。次の引き出しを開けると下着が入っていたのですぐに閉めた。俺は変態じゃないので罪悪感がすごい。やってしまった。


見なかったことにして机周りを物色する。積まれた本は後回しにして書類を優先的に見ていく。見たところここの住人は勉強熱心のようだ。机の上に置かれたものの中でも一際スマホ?のような黒い板が目立っていたので手に取る。何か記号のような物が浮かびあがって来たが、何を示すものなのか分からなかった。


最近最新型のスマホを見たことがあるがこんなに薄いものはなかった。大きさは大体縦十センチ×横五センチ×厚さ二ミリくらいだろうか。ボタンは見当たらない。どこを触っても何も起きないので机に置くと画面の光が消えた。


他に興味を引くようなものはなかったので遂にこの部屋の外に繰り出すことにした。ドアノブを掴み、ゆっくりと捻る。そのまま音をできる限り立てないようにして扉を開ける。そこは廊下だった。右左を確認して一歩踏み出す。そっと歩くがおかしなことは起きない。夢特有の理不尽な仕打ちを受けることはなかった。


見たところ小さな一軒家という感じで、特別大きな部屋があるとか廊下が長いなんてことはない。少し急な階段を下りた先はリビングだった。周りをチラチラ見ながら歩みを進めるが、


「あっ、おはよう、レイン。」

「ぴゃっ!!」


真後ろから声を掛けられ、変な声が出てしまった。

まあこれでようやく第一夢人発見、って所なのかな。

薄い水色の髪で、短めのツインテール。雰囲気と身長から推測するに自分と同年代。何故かフードのついた白衣を着ている。今の僕よりちょっと身長が高く、身長が低めの僕でも流石に女子に上から見下げられることはなかったので威圧感を感じた。今の身長、ついさっき夢の中に出てきた子と同じくらいな気がする。……待て、レイン?


「どうした、レイン? 朝食用意出来てるよ。」

「えっと、あの、レインって誰ですか?」


そう僕が言うと彼女は怪訝な顔をして、すぐに呆れた顔になった。

ため息をつきそうに顔を手で覆うと、


「あー、まだ着替えてなかった? まあいいや、とりあえず朝食食べて顔洗ってきなさい。それで少しは目が覚めるでしょ。ほら、早く! 今日確か用事あるんじゃなかったの? ギルドのお迎え!」

「え、ちょ、ちょっと!」


と強引に椅子に座らせられ、目の前に食事を並べられる。

サンドイッチとコーヒー。雰囲気の良いカフェに出てくるような見事なものだ。

サンドイッチは色鮮やかで食欲をそそるものだ。具はハム、チーズ、レタス、……っぽいもの。

カップに満たされたコーヒーの香ばしい香りが鼻をつく。

今の体でも食欲に逆らうことが出来ず、腹が鳴る。


「はい、食べて。」


そういうと彼女はテーブルの向かい側に座る。

お腹が空いて耐えられなかったのでサンドイッチを手に取った。

勢いよくかぶりついて咀嚼する。


とても美味しい。見た目に負けない味だ。

食材一つ一つが自己を主張しつつもまとまった味になっている。

ハムの凝縮された旨味を、クリーミーなチーズが滑らかに包み込み、それをレタスの瑞々しさが口いっぱいに広げる。


しっかりと飲み込んでからコーヒーを手に取る。

一口飲むとほろ苦くほんのりと甘い、コーヒー特有の風味が口の中に広がる。

口の中がコーヒーの味に染められ、リセットされる。

そうしてまたサンドイッチを手に取り、噛みつく。


そう食事を楽しんでいると、無意識に顔がほころぶ。

正直な事を言うと、これを夢だと思うことが出来ない。

状況は夢のようにおかしいけど、感覚はまさに現実だ。

まあ、夢だと思ってたことすら忘れそうになってたけど。

そんな僕を彼女は嬉しそうにニコニコしながら見つめる。


「どう、美味しい?」

「美味しいです。」


こんな美味しくて綺麗な料理を食べたのは初めてかもしれない。

でも毎日これだと贅沢すぎるなと思った。

彼女はそれを聞くともっと嬉しそうにして、るんるんと擬音が聞こえそうなほどに気分を良くしてどこかへ行こうとする。

だが、僕はそれを呼び止める。


「ちょっと待って!」

「……? どうした?」


急に呼び止められ、驚いた顔をして振り向く彼女。

ここでも僕は聞かなきゃいけない。


「僕って、なんでこんなところにいるんですか?」

「……何言ってんの? 寝ぼけてんじゃない? 一人称僕に変えたの? まあいいや、顔洗ってきなさい。」

「寝ぼけてるとかそんなんじゃ、」

「いいの、洗ってきて。話はそれからだ。」

「洗面所ってどこにありますか?」

「そんな高いものうちにはない、外に井戸がある。ほら、そこの扉を出て右! もう、なんて寝ぼけ方なんだ……。はい、タオル!」


そう言って僕のことを急かすのでタオルを受け取り逃げるようにして外へ出る。

彼女の言っていた通りに井戸があったので、桶を引き上げて地面に置く。

中世風の街並みに井戸。世界観が統一されている。これじゃまるで現実じゃないか。精巧な夢だ。

顔を洗おうとその場に座り込んで桶の水面を覗く。


すると、そこに女の子が映った。


今の自分の体だ。状況は飲み込めた。

だが水面に映った自分は夢の中の彼女、レインにそっくりだった。

俺がレインになってしまった。そういう夢なのか。もう訳が分からない。一続きの夢だとしても馬鹿にすることが出来なくなってきた。


両手で水を掬って顔を洗う。冷たい井戸の水が、ここが夢ではないのではないかという疑心を燻らせる。

これで元の自分の顔に戻るなんてことはなく、変わらない彼女の顔が変わらず水面に映っていた。

白い顎から水が滴り、水面に落ちる。ポチャっという水音が僕を現状に引き戻す。

状況は変わらないが、少しだけ「今」を飲み込めた。


預かっていたタオルで顔を拭く。タオルは柔らかく、肌触りが良くてもふもふだ。気持ちよく顔を洗っただけになってしまったが、桶を井戸の中に下ろし目覚めた家の中へ向かう。

玄関先で彼女が待ち構えていた。


「どう、目は覚めた?」

「いや、起きたらこうなってたことしか……。」

「流石に質の悪い冗談にしか思えないな。私を馬鹿にしてるんじゃないの?」


そう言って彼女は僕を睨む。

かといって僕は本当のことしか言っていない。

弁解とか言い訳とかそういう問題じゃない。


「僕は起こったことしか言っていません。」

「はあ、何が起こっているんだ。」


彼女は頭を抱えるが、ハルに出来ることは何もなかった。

正直何が起こっているのかと言いたいのはこっちだ。

知らない場所に何も分からない状況で放り込まれている僕のことも分かってほしい。

情報0、理解度0、挙句の果てには夢の中かもしれないだと。

ふざけてやがる。

謎の行き場のない怒りが沸々と湧き上がってきた。


「もう、レインはそんなこと言わないし一人称は私だ。君が何か嘘をついているようにも見えないし、君は何かに巻き込まれたと考えるしかないか。はあ、私の癒しのレインはどこよ……。」


そんな彼女を見ていると、レインという人物がどれだけ

彼女はいきなり顔を上げ、


「あっ! 忘れてた、あれなら確認できるじゃん! ちょっと待ってて。」


と階段を駆け上がって行った。

すぐに大きな足音と物が落ちるような音が聞こえ、あの黒いスマホのような板を持って戻って来た。

戻ってきた彼女は息切れしていた。


「はぁ、はぁ、はい。ちょっとこれ触ってみて。」


そして、それを俺に握らせると、画面にまた記号が浮かびあがった。

この記号は規則性のある何かの暗号なのだろうか、はたまた何かの文字なのか。

その記号を読んで彼女は驚いた顔をする。


「嘘だ……! こんなことあるのか。 ……えっと、あんたカスガミハルって名前なの? 」

「そうですが、これはなんて書かれているんですか?」

「読めないの? うーん、記憶喪失みたいなものか。それなら前例はあるけど、名前も固有能力すら違うのよね。」


予想通り何かの文字のようだ。

だが固有能力という言葉のことや名前がバレたことなど、雲行きが怪しくなってきた。


「ハル、あなたはここについての記憶何か覚えてる?」


ここについての記憶なんて持ち合わせている訳がない。

起きたら知らない場所に違う体で居た、ただそれだけの非常事態だ。


「何も知らないです。」

「えーと、年齢は?」

「僕は17です。」

「君同い年か、じゃあ敬語外して。 ちなみにレインは15。見た目がほぼ同じ別人というのは考えにくいし、レイン本人が居ないことからして中身が入れ替わったと考える方が妥当か。」


彼女が考えを巡らす中、僕も頭を回す。

能力なんて発言から考えるなら、ここが巷で噂の異世界、なんてこともありうる。

そう考えれば髪色の違う人たちが居るのも当然だし、武器や防具を身に着けていたことにも納得がいく。

だが、まだ夢だと思う気持ちも捨てきれない。

信じたいだけかもしれない。ここが夢の中で、いずれ起きたら忘れることだと。


なんて考え、そろそろ彼女に話しかけようとした時に重大な問題に気付く。

そういえば僕、彼女の名前知らないじゃん。


「あっ、君の名前を教えてくれないか?」

「言ってなかったけ? 私はリーク。まあリークって呼んでよ。」

「分かった、リーク。えーと、僕は何をすればいいかな?」

「取り敢えず着替えて。服は選んでおくから。ついてきて。」


廊下を進んでいく。さっきは気が付かなかったが廊下は雑貨や花瓶などが置かれていて、家主のこだわりが感じられた。

家の中も外も、今まで自分の見たことのないような、それでも現実感のある世界だった。


そうして僕が起きた部屋にたどり着くと、チェストを物色し、シャツとスカートを取り出す。


「はい、これ着て。」

「あの、できればズボンがいいんですけど……。」

「だめ。」

「なんで?」

「ちょっと外に出る用事が出来たから、せめていつも通りの格好をして欲しい。あとは私の趣味。かわいい子にはかわいい服を着せよ。これ私のモットー。」


リークは引っ張り出した服を僕に押し付ける。

強引に僕に持たせると、


「じゃ、着といてね。私も着替えて来るから。」


と部屋から出ていってしまった。


しょうがないと諦め、服を広げ、パジャマを脱ぐ。

出来るだけ今の自分の体を直視しないように目を細めながら着替える。

服が少しある胸に引っかかった時は死ぬかと思ったが、どうにか堪えてシャツを着終えた。

次は鬼門のスカートだ。目を瞑って脱ぎ、穿く。

留め具に少々苦戦したが、見事に着終える。


そんな大きな問題を、今の状況を鑑みればとてもちゃちな問題を片づけたことに安堵した。

今僕が置かれている環境は異常だ。夢か異世界か、それともなにか。

ここがもし異世界だとするなら、ここに来たきっかけは何か。

起きる前までは修学旅行のバスの中だ、死んだ覚えなど毛頭ない。

そんな突飛に来てしまうものなのか?


思考はまとまらない。

山積みになった問題をすぐに一人で片づけられるほど要領は良くない。

つまり地道に、少しづつ考えていくしかない。


まずは情報収集から――


「着替え終わったかー?」

「あばっ!?」

「ははっ、そんな声レインですら出さなかったぞ、着替えたなら出てこい。」


言われた通りに部屋から出る。

リークは着替えたはずなのに白衣のままだ。

僕を着せ替えて置いて自分は着替えないのかとは思ったが、そこを問い詰めてもはぐらかされそうだと思ったのでやめた。


「これでいいか、よし。行こうか。」


リークが颯爽と家から出て行ったのでそれについて行く。

だが扉を開けた玄関先でリークが足を止める。

その足を止めたのはフードを被った誰かだった。


「ああ、ライ副団長ですか。不測の事態が起こりました。入団は後にしてくれませんか?」

「不測の事態とはなんだ? ……レインのことか。それほど心配するようなことがあるならお前も一緒に来ると良い。だがいくら何でも過保護すぎないか?」

「そんな段階の話じゃないんです。こんなことが――、」

「――そんなことが。ははっ、そりゃそうなるな。じゃあ一旦こちらで引き取ろう。俺が連れていく。お前も来るなら来い。」

「まああなたが連れていくなら安心です。私はちょっと資料を探しに書庫へ行きますね。」


そういうとリークは走って何処かへ行ってしまった。

追いかけるのは無理だ。見失えば知らない町で一人、リスクが高すぎる。

そうやって扉から顔を出して見ていたら来客と目が合う。


「あっ……。」

「おい、そこに居るんだろ。出てこい、別に悪いことはしねぇから。」


なんて釘を刺されたら逃げられる訳もなく、覚悟して前へ出ていく。

その声は女性らしくも低音の含まれた凛とした声だった。

ライ副団長と呼ばれたその人はパーカーのフードで顔を隠しているが、なぜかその中から光が漏れ出ている。

漏れだした光の粒子が周りに霧散していく。


その人がフードを脱いだ。

フードから金色の長い髪が流れるように現れ、光が溢れ出す。

フードを脱ぐ、たったそれだけの行動で辺り一面に光が漂った。


「取り敢えず挨拶からだな。俺はライだ。よろしく。」

「よろしくお願いします。」


固く握手を交わす。ここでも握手はするみたいだ。

光を纏う金色の髪、整った顔。

ガラス玉のように綺麗な、輝きを内包した眼が僕を見つめる。


「話は聞いている。カスガミハルだな。ハルでいいか?」

「はい、僕はあなたをどう呼べば?」

「ライって呼んでくれ。団長は副団長って呼ばせろってうるさいんだがな。じゃ、ついてきてくれ。」


会話を交わしながら歩みを進める。

ライが親しみやすい性格だというのがこの中ですぐに分かった。

この街の中で、ライは相当な人気者のようだった。


「おーい、ライ! 試作品の果物の味見してくれないかい?」

「了解、トーバ婆ちゃん。 甘酸っぱいね、前より美味しくなってるな。売り出せば人気出るレベルになったと思うぞ!」

「そうかい? じゃあ早速売りに出そうかね。それじゃあ元気でね!」


「ライ! 今日は肉安いぞ!」

「すまん、今日は用事あるんだ、また今度な!」

「分かった! また安くしとくからな!」


「あっ! ライねえちゃん、どこいくの?」

「ウチの団に新人が入るんだ。今ソイツを連れて行ってるとこ。」

「へえ、いいなあ! ぼくもはいりたい!」

「ほう、じゃあ強くなれ! 頑張れよー、わしゃわしゃわしゃー!」

「もう、あたまなでないで! ふん、つよくなってやるんだからね!」

「そうかそうか、頑張れよ。じゃあな!」


年齢も性別も多様な人達が彼女に話しかける。

ライと話し笑顔になって分かれていく彼らを見れば、頼られる理由も分かるものだ。


そんな時、女性の悲鳴が聞こえた。

黒い服を着た男が走っていく。

小物のバッグを見るに大方ひったくりだろう。

追いかけようとするが、ライの方が速かった。


「行くぞ。」


そう言い残すとライは即座に駆け出す。

男は挙動不審で周りを気にしながらも、中々のスピードで道を駆け抜ける。

追われていることに気付いたのか、舌打ちが聞こえた。

最高速度を保ったまま体を捻らせターンし、半ば強引に路地裏に入り込む。


それを追い、前を走る男を捉えた時、男は呟く。

「『浮疾走(うきばしり)』」

そして飛び上がった。

だが男は着地することなくそのまま空中を走っていく。


思わず口が開く。

男が浮き、まるでそこに足場があるかのように空を駆けていく。

魔法か、異能か。そうとしか考えられない事象が目の前で起こっている。

追いかけられない、このままでは逃げられる、そう思った。


しかし、ライの対応は速い。手を横に翳すと、ライの右の手元に剣が現れる。

柄の両側に刃が付いている両剣だ。

ライはそれを男に向け放り投げる。

そして左手に片手剣を出現させ、手から離す。

だが、地面に落ちるはずの剣は紫電を振りまきながら地面から浮く。


その浮く剣の腹に両足で飛び乗り、男に向かって真っ直ぐ飛翔する。

光を放ちながら空を飛ぶ姿は、まるで流星のようだった。

放り投げた両剣は紫の光を放ちながらその軌道を曲げ、男へと旋回する。


男もそれに気づき、腰に身に着けていたナイフを抜く。

空中戦なら有利と踏んだのか足を止め、翔んでくるライに向かって急襲する。

ナイフの刃がライに向け振るわれる。


刃が振るわれると同時にライは()()()

軌道からずれ、ナイフは空を切る。

剣が落ちる彼女を掬い、ライはその上に立ち上がる。


ナイフを空振った男は踵を返して逃げようとしたが、飛ぶ両剣が妨害する。

変則的な両剣の動きに対応するだけで精一杯。逃げることなど出来る訳もない。

その隙を狙い、男へ一直線に移動し、盗まれたバッグを奪取する。

手元からバッグがなくなったことに気付き、男はあたふたしだした。


「ふう、バッグ取り返したし、そろそろやっちゃうか。」


と言うと同時に両剣が回転速度を上げ男を襲う。

光が強くなり、風を切る音まで聞こえてくるようだ。

両剣の斬撃を手に持っていたナイフで受け止めるが、耐えられずに吹き飛ぶ。

その先にはライが待ち構えていた。


「ほい、せーのっ! どーん!」


掛け声と共に彼女の全体重の込められた拳が突き出され、男の鳩尾にめり込む。

二度目の衝撃、男は地面へ真っ逆さまに落ちた。

背中から落ちたようで痛そうだった。きっとこれで懲りたことだろう。


男の身柄を衛兵に引き渡し、バッグを女性に返して礼を言われるとライは気を付けろとだけ言ってその場を去る。この戦闘で彼女の実力と魔法の実在が判明した。

かっこいい。それがこの一連の戦いの感想だ。

……語彙力ねぇな。


これでここが異世界だという可能性が高まってきた。

確実にここは現実ではない。まだ情報が足りない、集めなければ。


「おい、早く来いよー!」


考え込み突っ立っていたら、ライにそう急かされたので小走りをして追い付いた。

《TIPS》固有能力『浮疾走』

    発動すれば空中でも足場があるように走れる。

    自分の思った場所に足場が出来るので足を引っかけることもない安心設計。

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