6話:勇者の宝剣
「みんなお疲れ様。ここだよ。ここに、勇者の宝剣が眠っているはず。ふぃーちょっと疲れたね。久しぶりにこんな歩いた」
「ああ、疲れた。本当に疲れた。なんだよ、結局街から1時間もかかってんじゃねぇか!」
男2人が疲れを見せる中、マホ、マコト、ファムは、汗一つかかず、息も全く切らさず、疲れた様子もなく、男子チームから少し離れたところで、男子たちの休憩が終わるのを待っていた。
「疲れてる勇人も可愛い…ほんっと、好き」
どうやら、マホは勇人のことが好きなようだ。
「それを本人に言えれば、良いのだがな」
「ば、ばっかじゃねぇの!本人に言って嫌われでもしたらどうすんだよぉ!…そんなの耐えらんない」
「大丈夫だと思いますよ。わたし、人を見る目だけはありますから」
「え、そうかな?でもさでもさ、うちって口調荒いし、身長も…その他もろもろ小さいし、ごにょごにょごにょ…」
「それはマホさんの個性であり、良いところじゃありませんか。自信を持ってください」
「ファム君の言う通りだ。マホ、もっと自分に自信を持て。自信のない者に、誰も寄ってはこないぞ」
「そっか…そうだよな!2人ともありがとう!ちょっと自信出てきた!」
「うんうん、マホさんらしい。それより、マホさん。勇人さんのこと好きなんですね」
「う、うん…///」
マホは顔を赤らめる。
「勇人さん、イケメンですもんね。あと、雰囲気もほんわかしてて」
「体力がないのが、欠点だがな。私の好みではない。やはり男は筋肉隆々であればこそだ!」
「あ、マコトさんの好みはそんな感じなんですね」
「そういうファムさんはどうなんだ!?うちらのことばっか聞いてずるいぞっ!」
話はいつの間にかお互いの好みに。
(好みは、顔と繁殖能力の高さかな。本音は。でも)
「顔は整ってないよりかは整ってる方が好きです…けど、やっぱり、私のことを一番に想ってくれる優しい人が好みですね」
「まるで模範回答だな、ファムくん」
「確かに?…でも結局それが一番いいかも。追うより追われた方が幸せになるって聞いたことあるし」
「なるほど…恋の真理だな。ちなみに、このパーティの中だと勇人が一番近かそうだな」
「…え!?ま、まさか!?ファムさんも勇人のこと…」
「あはは…あ、そろそろ男子組動きそう?ですかね?」
「ちょい待ち!!ファムさ〜ん?逃げるのはずるいぜぇ〜?ここまで来たら白状しろ〜!」
マホとマコトは目を煌かせながら、皇女に躙り寄る。
「うっ…わかりましたわかりました!好きって決まったわけじゃないですけど、気にはなってます!」
「ふっ、強力なライバル登場だぞ?マホ」
「ふっふーん!例え、ファムさんがライバルだとしても正々堂々勝負するのみだぜ!!後腐れなく、取り合おうぜ!」
「ふふっ、わかりました。マホさんらしいですね」
「ああ、マホらしい。…ん?そろそろ動きそうだな」
「あ!どうやろ?ちょっと勇人のとこ行って聞いてくるぜ!」
マホから出た無邪気な笑顔。その笑顔を、緊張せず、勇人に見せることが出来たなら、2人は上手くいくかもしれない。
そう思ってしまうほど、マホの笑顔は素敵だった。
男子チームの休憩が終わり、落ち着いたところで、勇者一行は、洞窟の奥、勇者の宝剣がある祠へと入っていく。
中に入るとすぐに、祭壇のような場所が現れ、そこに立つ2人の人物が声をかけてきた。
「勇者さま、よくぞおいで下さいました。ワタクシの名前は、テルム」
「勇者ご一行、よくぞ参った。ワタクシの名前は、ムルテ」
「「宝剣を預かりし妖精でございます。以後、お見知り置きを」」
テルム、ムルテと名乗る妖精。姿形は人のそれと変わらないが、お辞儀をした時に見えた背中の小さな羽が、人間でないことを表していた。
「先に言っておく。勇者ご一行に質問の時間はない。魔王が動き出そうとしている今、時間が惜しい」
「勇者さま、祭壇までお上がりください」
「うん、分かった。ここでいい?」
まずは、勇人が案内され、小さな階段を上った先にある祭壇の上に立った。
「それでは、試験の始まりです。死なないようお気をつけください」
丁寧な口調なテルムが物騒なことを言うと、祭壇の床に描かれている魔法陣が発行。一際光が強くなったかと思えば、上にいたはずの勇人が姿を消していた。
「(ほぉ…転移魔法陣か。珍しいな)」
ファムは目の前で起こった現象をすぐに理解したが、他3人は全く理解できていないようで、「え、は?勇人のやつ、どこいった?」だの、「勇人!?どこ!?返事して!?」だの、「まずいな…これは魔王の罠?」だのとごちゃごちゃ言っていたが、
「うるさい!勇者ご一行に質問の時間はないと言っただろ!次の者、祭壇へ来い!」
丁寧のかけらもないムルテの気迫に押され、全員が押し黙り、命令された通りに、一人また一人と祭壇に登っては、消えていく。
もちろん、皇女であるファムも例外ではない。
皇女が転移した場所は、闘技場のような円形のステージ。
観客はゼロ。自分の対戦相手のみが、対極になるように配置されている。
「皆さま、今から目の前の相手と戦っていただきます。勇者として、そして、勇者の仲間としての力を、ワタクシたちにお示しください。では、試験―――開始です」
突如、校内放送のように声が響く。
合図とともに、黒いローブを被った相手が動き出した。
「(これって恐らくじゃが、全部見られとるよね?)」
「(当たりだぜ、嬢ちゃん。さっきの2人だけじゃねぇな、この数は)」
「(色んなお偉いさん方が見てるってわけか。こりゃ、ヴァール、お前さんの出番はないの)」
「(ま、そうなるよな、しゃーねぇ。気をつけろよ?嬢ちゃん。大丈夫だとは思うけど)」
「(わたしを誰だと思っておる、任せておけい。時には体動かさんとなまってしゃーないわ!)
マルファムル・ファン・バネルパーク!行きます!」
皇女は、気合を入れ、真っ直ぐに相手を捉え、走り出した。
『パンッ!』
走りながら、両方の手を叩き合わせる。
周囲に極彩色の粒が集まり、見る見るうちに、形を成す。
現れたのは、三日月刀、シミター、シャムシールと呼ばれる湾曲した刀だった。
差異があるとすれば、刀身がナタのように太く、長く、マチェットに近い形状になっていることぐらいだ。
装飾は少なく、実用的な形状になっている。
『パンパンッ!』
さらに2度手を叩くと、同じ形状の二本の刀が現れた。
3本となった刀は、走る皇女に追従し、ついていく。
皇女が使用した魔法は、創造魔法。それも、武器特化型の創造魔法を扱う。
頭に欲しい武器を想像し、イメージを固め、現実の物にする魔法。
皇女はイメージしやくするため、両手を叩き合わせれば三日月刀を、右手で指パッチンすれば槍を、という風にそれぞれ、身体の動きに合わせて、武器のイメージを固めている。
そして、武器が宙に浮きながら追従しているのは、ヴァールの力だ。
念動魔法を使い、自在に動かしている。まさにサイコキネシス―――というのは真っ赤な嘘で、実際は、闇影を使い、認知を阻害しながら、ヴァールの複数に分かれた腕で持っているにすぎない。
皇女が欲しいタイミングで、武器を渡し、死角からの攻撃には武器を動かして弾いたり、と姿は見えなくても色々とサポートをしている。
もちろんこれも全て、皇女とヴァールの心が繋がっているからこそ出来る芸当である。
浮いている一つを右手で掴み、向かってくる相手へと狙いを定める。
「あれ…人じゃない?」
広大なステージ。最初の配置だと、黒いローブを着た人のようなものに見えたが、近づけば近づくほど、人のそれとは違うことが、如実に分かってくる。
ローブから漏れ出る蛇の顔。左半身と比べ、異質なほど浮き出ている右半身。
皇女の攻撃を察知した相手は、左手を背中に回し、斧を取り出す。
刹那、皇女の刀と斧が激突。
首筋に向かって、鋭利に食い込もうとする刀を、相手は斧で防ぐ。
激しく火花が散る。
そして、皇女の追撃より早く、バックステップで距離を取りつつ、尻尾のように生えた蛇で追撃を行う。
その攻撃を、ヴァールが刀を動かし妨害し、皇女は一歩前へ踏み込み、真下から刀を振り上げる。
相手の黒ローブは、間一髪のところで避けた―――はずだった。
だが、気付くと自分の胸に一本の線が入り、そこから大量の血が吹き出していた。
皇女は3本の刀を出している。一本を右手で持ち、一本をヴァールが持ち、最後の一本を、ヴァールの腕を使い、自分の腕の下に忍ばせていた。
下から振り上げるモーションに入った瞬間、右手で持っている刀の先に重ね、振り上げる。
そうすることで、攻撃のリーチが刀一つ分伸び、相手は攻撃を避けることが出来なかったわけだ。
皇女の攻撃をモロに受けた相手の胸からは、大量の血が流れ出る。
普通の人間であれば、激痛と流れ出る血の量ですでに意識を保っているのがやっとだというのに、相手は一切そんな素振りをみせず、ただ自分の血を眺めていた。
「貴方にとってその傷は、致命傷のはずです。もう動かないでください。勝負はつきました」
優しく話しかける皇女。相手から返ってくる言葉はない。
その代わり、双子の片割れ、ムルテの声が響いた。
「試験の合格内容は、目の前の相手を殺すこと。以上」
心のこもっていない酷く冷たい声。
皇女は、若干の違和感を感じたが、
「ヴォォおおおおおオォォォォォ!!!」
雄叫びを上げ、飛びかかってきた相手を前に、意識をそちらへ向けるしかなかった。
皇女のさきほどの攻撃により、ローブを止めていたボタンが切れていた。
そして、今、前へ飛びかかってきたことで、身体を隠していたローブが、取れる。
「ぅっガァァあぁぁ!!み、ルナぁ!見るナぁァァァぁああぁぁ!!!」
相手は、攻撃を途中でやめ、自身の左腕で右半身を隠した。
肥大した右半身を、全て隠し切れるはずがなく、露わになったそれは、見るも無残なものだった。
「…その姿は、キマイラ?」
右肩には、山羊の頭。
右拳には、獅子の顔。
尻からは尻尾のように蛇が生え、右足は山羊のそれだ。
右半身のみ、獅子のものである金色の毛が生え、ちょうど身体を二等分するように、左半身は人間のまま。
まさに、キマイラと人間のハイブリット。
「(人の手によってのみ生み出される幻獣、キマイラ。自然界に存在せんそれと、人間を合わせたのか?なんと、きしょくのわるい…)」
「(ああ、見てるこっちが胸糞悪いぜ。まったく)」
皇女は、珍しく演技もせず、目の前の相手へと侮蔑の目を向ける。
「ミるなぁァ、オれを!そんナ目でみるなぁぁぁあアアァア!!」
相手は、その視線の意味に気付いていたし、自分がそういう目で見られることも分かっていた。
自分で望んだ姿じゃない。こんな戦い、今すぐ辞めて、自分の身体を戻す旅に出たい。
相手は、心の中でそう思っていた。
だが、身体が言うことを聞かない。目の前の相手を殺せ、殺せ、と身体が意識を蝕んでいく。
イヤダイヤダイヤダイヤダ。
抵抗するも無残に意識は飲まれ、身体は無意識に動き出す。
右手を動かせば獅子が相手に喰らいつき、近づいて来た相手には、猛毒を持つ蛇が噛みつく。
距離をとろうとすれば、右肩の山羊が舌を伸ばして動きを封じ、その隙に左手で持つ斧を振り下ろす。
襲いかかる猛威を前に、皇女は距離をとりながら防御体制へと移行。
『パンパンパンッ!』
両手を3度叩き合わせ、さらに刀を増やし、相手の攻撃を防ぐ。
「(なぁ、嬢ちゃん。こいつ、苦しんでるんじゃねぇのか?こんな姿にされてよぉ?)」
「(ああ、そうじゃろうな…さっきから、こやつの攻撃からは、悲しみや苦しみといった負の感情しか伝わってこんからのぉ)」
「(――嬢ちゃん、頼みがある。こいつを、楽にしてやってくれないか?)」
「(流石はヴァール。わたしと同じことを考えておるようじゃの。安心せい。)
―――――今、楽にしてやる」
目の前の相手にしか聞こえないほど、小さく小さく呟き、宙に浮いている刀を左手で持つ。
相手は、今まさに、左腕で斧を振り下ろし、右手を伸ばし獅子に喰らいつかせようとし、尻尾の蛇が皇女の脚に噛みつこうとし、右肩の山羊が首を絞めようと舌を伸ばしていた。
回避も防御も不可能な、多方向からの攻撃が、皇女へと襲いかかった――かと思いきや、次の瞬間には、何事もなかったかのように両者すれ違い、相手の後ろに立つ皇女がいた。
すれ違いざま、相手は皇女に対し、「ありがとう」と感謝の言葉を呟くと、首元からずるりと、頭だけが落ちていった。
何が起こったのかまだ理解できていない胴体は、ものの数分突っ立っていたが、やっと頭がないことに気付いたようで、地面に倒れ込んだ。
勝者は、皇女。無傷の勝利である。
「おめでとう。試験は合格。光っている魔法陣の上に乗れ」
すぐ近くに光り輝く魔法陣が現れ、皇女は何も言わずに、乗る。
魔法陣が一際強く光り出し、目を開ければ、双子がいる最初の場所に着いていた。
だが、そこにいるのは、双子と自分のみ。
「あ、れ?他のみなさまは?」
「貴方が最初の合格者です。こちらのモニターを見ながら、他の方が来られるのをお待ち下さい」
テルムの指示に従い、いつの間にか用意されていたソファーに座りながら、他の合格者を待つ。
全員、皇女が戦ったのと同じキマイラと戦い、苦戦していた。とてつもなく、苦戦していた。
どうにかこうにか最初に勝利したのは、勇者である勇人。
続いて、マコト、マホが勝利し、最後の一人であるソウマを待つことに。
普段からチャラついているソウマは、肝心な時に勇人を頼る癖がある。
そのため、今回のように一人の時は、逃げてしまう癖がある。
逃げては弓で攻撃し、相手が近づいて来たらリーチの長い槍で攻撃し、怯ませてからまた逃げる。臆病なヒットアンドウェイ。
その為、勝つまでに最も時間がかかった。
ちなみに、戻ってきたメンバーは、テルム、ムルテから回復魔法を受け、全快の状態で待機している。
ソファーの前には長机が置かれていて、その上にお菓子やジュースが盛り沢山。
ソウマが戻ってくるまで、モニターを見ながら、団らんするメンバーたちであった。
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「勇者ご一行、全員合格!おめでとう!今まさに戦った者は、魔王軍より捕まえし捕虜である。奴らは、非人道的な研究を繰り返し、かの者たちを作り上げた。あれの材料は、人為的に作られた魔獣と人間だ」
ムルテから聞かされた世にも残酷な話に、それぞれの感想を述べる4人。
「なんて、話だ…あれを人が作ったというのか?人をなんだと思っているんだ…魔王軍め」
「あの人にだって人生があっただろうに…可哀想」
「おいおい、嘘だろ?あれが元々人間だっていうのか?あ、ありえないじゃんよ?」
「酷い、酷すぎる…魔獣を、人間をなんだと思ってるんだ。命あるもの、全てに意味がある。俺はそう思う。くそっ、魔王め。俺が必ず倒してみせる。こんなこと許されるわけがない!ファムちゃんもそう思うよね?」
「え?あ、はい。許せませんね、魔王軍」
突然、話題を振られた皇女だったが、思考に耽っていたため、疎かな返しとなったが、勇人も他の3人も特に気にした様子を見せず、魔王軍への怒り、不満だけを沸々と沸かしていた。
全員が落ち着きを取り戻したのを見計らって、テルムが声をかける。
「では、勇者さま、こちらへお越し下さい」
「ああ、わかった」
テルム、ムルテが先行し、転移魔法陣のある場所へ向かうと、勇人を含む3人だけが転移され、ものの数分で帰ってきた。
勇人は、豪華絢爛・美麗荘厳・絢爛華麗な両手剣を持って現れた。
勇人の身長より少し短い、両刃の剣。
刀身の根元はバスケットボールほどの横幅で、先にいくほど細くなり、先端は野球ボールほどの太さになっている。
皇女の実用性抜群の刀とはまるで違い、豪華な装飾で彩られ、宝剣という名が似合っている。
「おい!勇人!それが勇者の宝剣か!?」
「うん、凄いよね。キラキラしてるし、豪華だし、凄い強そう」
男子諸君がきゃっきゃっしている中、対称的に女子たちのテンションは低い。
こんなに頑張ったのに、報酬があるのは勇者である勇人だけで、私たちには何もないのか、と。
「勇者ご一行、ご苦労であった。宝剣の試験は以上で終わる。では、また会う日まで」
こうして、勇者の宝剣を巡る冒険は幕を閉じ、勇者一行は、西の大国ウェルムボストン王国への帰路に着く。
勇者の宝剣 試験合格までの時間
ファム:30分
勇人:1時間30分
マコト:1時間50分
マホ:1時間55分
ソウマ:3時間25分
「やれやれ、こんなんで魔王を倒せるのか?」と、内心思いながら、まだまだ弱々しい勇者一行のこれからの旅に、不安しかない皇女だった。
皇女が、キマイラを倒したあの時、ヴァールの力は使ってはいなかった。
日々の鍛錬により、鍛え上げた身体の伸縮を使い、高速で動く技術―――縮地。
両手に持った刀で、襲いかかる山羊の舌を切り落とし、獅子の牙を砕き、蛇の脳天を縦半分にかち割る。
そして、守るものがいなくなった相手の首を、せめて苦しまないようにと、一思いに切り落とした。
苦しみと悲しみで溢れていた顔は、皇女の優しさに触れ、最後には笑顔となった。
涙を流しながら、やっと解放されることの喜びを噛み締めている、そんな顔だった。
一方、皇女の顔は、険しく、こんなものを作った相手への怒りで満ち溢れていた。
皇女は化け物だ。しかし、心まで化け物ではない。