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化物皇女と勇者?と魔王?  作者: 北田シヲン
第2章 世界の始まり
57/57

21話(最終話):儚い夢は子と共に

最終話です

「ああ…胸糞悪いとは、このことを言うのだな」


 勇人の首にあるネックレスの中身が、マホの目であることを直感した皇女。横にいるマクルスは聞こえただろうが、怒り溢れる呟きだった。


 短い付き合いだったとはいえ、皇女はマホのことが好きだった。いや、実は言うと、ソウマを除く勇者パーティの面々は、みんな好きだった。


 だからこそ余計に思い出す。

マホは勇人が好きだった。いつか一緒になりたいと願っていた。


「…こんな形で一緒になっても、嬉しいわけないよね?マホさん」


 目を閉じ、呟き、語りかける。どこからか、マホの声が聞こえたような気がした。


「これはある秘術が組み込まれた魔道具の一種です。これを付ければ、誰しもが11種の魔法を扱うことが出来る!そして、もちろん、これだけでは終わりませんよ?

―――勇者よ。宝剣を掲げ、発しろ」


「「無慈悲の強奪(ルーツレスラブリー) (フル)スロット解放!」」


 王と勇人がハモリながら同じ言葉を発する。鞘から抜き出した宝剣を両手で握る勇人。握りの部分に嵌め込まれた、3つの水晶全てが光り輝く。


 ひとしきり強い光を放ち終わると、水晶の光はみるみる弱くなり、消えた。変わりに、勇者の宝剣の試練で戦った人造キマイラ人間が数十人と煌の盾の試練で戦った蒼い狼が、皇女とマクルスの前に現れた。


 勇者の宝剣から現れたモノは、勇人の所有物であり、勇人の魔法の効果を受けつけない。


「どうです!?あなた方が強いのは重々承知の上。だが、この人数差では流石にどうすることも出来ないでしょう!??」


「はぁ…さっきのお婆様との戦いを見てそう思うんなら、貴様の頭はお花畑じゃな?」


「ふふっ。流石です、流石ですよ!この絶望的な状況でも、虚勢を張れる豪胆さ!しかし、おわかりになっていないのは其方(そちら)ですよ。今召喚したこの人間たちは、かつて貴方が宝剣の試練で戦った者より、より強い個体を選別し、造り上げた。いわば、上位互換品ですよ?そして、なんといってもこの狼!最果ての蛇様であればすでにお気付きかと思いますが、そう…古の三柱の一柱〝領治めの狼アセナ〟の最初の子たち…ファーストチルドレンなのです!」


「(ああ、なるほどな。あの時感じたのは、やっぱりアセナの血だったのか)」


「(流石はヴァールじゃの。んでも、だいぶ弱そうじゃが、実際はどうなの?)」


「(すまねぇな、嬢ちゃん。わからねぇんだ。ただ、アセナほど強くはないのは確かだぜ。今目の前にいても、何の圧も感じねぇ)」


「驚いて言葉も出ませんか!更に追加でお教えしましょう。この狼はですね?アセナの最初の子どもたちの中でも、最も母の遺伝子を継いだ個体なのです!アイダ・ウェドと同じ場にいた長兄は、どうにか人の形を保っていましたが、この個体は違う!人の遺伝子は微量!

―――どうです?これだけの説明を聞いてなお、先ほどと同じことが言えますかな?」


 深夜に放送されている通販番組のコメンテーターのように、どこかいやらしさを感じる話し方と卑猥な笑顔を、皇女へと向ける。


 当の本人は、そんなこと知ったこっちゃなかった。だから、縮地でキマイラ人間との距離を一瞬で詰め、頭部に跳び膝蹴りをくらわせた。


「あっ!ごっめーんっ!話長すぎて聞いてなかったっ!てへぺろっ♡」


 皇女の飛び膝蹴りをモロにくらったキマイラ人間の首が、飛んだ。綺麗に宙を舞い、カルパス王の足元に落ちる。


「旦那様!戦闘準備じゃ!さっき見せてくれたカッコいい完全獣化で、一気に勝負をかける!」


「御意のままにっ!」


 途中から蚊帳の外になっていたマクルスだが、何もしていなかったわけではない。皇女に見惚れながら…もとい、皇女に視線を合わせながら、その行動を観察し、動きがあった際、すぐに合わせられるように準備していた。


 体内の魔力は十分。いやむしろ、万全の状態よりも万全だ。身体を包むヴァールが、その体内から空気とともに魔力も循環しているため、魔力切れを起こす心配もない。


 皇女の飛び膝蹴りを皮切りに、マクルスは先ほどの戦いで見せた人型へと適応進化した完全獣化を行う。人の身体から狼の身体へと変化するが、四足歩行になることはなく、二足歩行のまま、狼人間が出来上がる。


 ヴァールに包まれている以上、身体を強化する系の魔法が最適だ。その点で言えば、マクルスの完全獣化は理に適っている。今の状態でのヴァールとの相性は抜群だ。


 適応進化した完全獣化状態のマクルスの強さは、皇女とほぼ並ぶほどに成長していた。更に、始祖であるアセナの血が濃い者の炎を得たことにより、全細胞が活性化。薄まっていた血が一気に濃くなり、今のマクルスは、最初の子どもたち(ファーストチルドレン)と遜色ないほどになっていた。


 そんな2人が揃ったのだ。負けるはずがなかった。


 数十人いた人造キマイラ人間は全滅。

末弟の狼もマクルスに踏みつけられ、クゥーンと情けなく泣いている。最後まで応戦しているのは、勇人だけだ。だが、それもじきに終わる。


「私の姿を見ても反応がないとは、な。死んだはずの私を見て、何かしら反応があるかと思ったが…杞憂じゃったか。アンタも、楽にしてやるよ」


 皇女が直々に相手をし、勇人の攻撃の全てを見事に粉砕していく。これほどの至近距離だというのに、勇人と目が合うことはなく、皇女と気付いた様子もない。


 皇女が止めをさす機会を伺っていると、その後ろで腕を組むカルパス王が口を開く。


「ここまでとは……さっきのはハッタリではなかったのですね。仕方ない。隠し球を使うとしましょう。勇者装備シリーズの最後の一つ、癒輝(ゆき)(よろい)。その試練に関しては、私の命令で会場ごとぶっ壊したのですが、そこで試験相手として使おうとしていたモノを」


「もしかして、これのこと…ですか?」


 カルパス王の発言に割り込み、マクルスが両手に持っている血みどろの〝これ〟を見せる。


「ば、バカな…っ!それは、目では見えない様に造っていたはず」


「え?あー確かに目では見えませんでしたが、こう見えて僕、鼻が効くので。それで」


「くぅ〜!!旦那様かっこぅいいぃ〜!!」


「えっへへ…そうかなぁ?褒められると嬉しいなぁ…!」


 皇女の褒めに、照れるマクルス。

その間も攻撃してくる勇人をあしらいながら。


「だが、みょーじゃのぉ??これだけ劣勢の状況だと言うのに、貴様の焦ったそれが、演技にしか見えんのだが?――よいしょっと」


 勇人の隙をつき、右手でネックレスを掴む。そして、腰を捻り、勇人の腹部に強烈な前蹴りをくらわせた。その衝撃でネックレスの鎖が千切れ、勇人は王座の横まで吹っ飛んだ。どうやら当たりどころが悪かったらしく、意識を失っている。


「なーにを仰います!ワタクシ、びっくり仰天しておりますとも、はい。天塩にかけた道具(カス)人造物(ゴミ)がこうも簡単にやられてしまって、もうほんっとに困っております。なぜなら、もう打つ手がないのですから」


 カルパス王は、やれやれと言わんばかりに手を開き、肩をすくめる。


「そう本当に打つ手がなくなったのです。なーんにも残ってる手がありませーん。どうか、この愚かな私めを殺してください」


 冗談なのか本当なのか、カルパス王はふざけた様子で頭を軽く下げた。


「お望み通り殺してやりたいところじゃが…やはり何か隠しておるな。ヴァール、周囲に何か異変は?」


「範囲内には特にないもないぜ、嬢ちゃん」


「そうか。旦那様の鼻はどう?」


「こっちも特には何も感じないよ」


「そうか、ありがとう。うーん…どうにも怪しいんじゃが、まあいっか!殺そ」


「―――――今日は、美しい満月の夜。雲一つない快晴の夜空は、まるで月を祝福しているかのようだ。あぁ…なんて美しい」


 皇女が決心し、視線をカルパス王へと向ける中、王は空に浮かぶ月をうっとりと見つめながら、まるで恋人に話しかけるように浮ついた声で言葉を漏らした。


「ところで、貴方たちは知っていますか?この世界…いや、この惑星の陸地と海の面積割合を」


 カルパスは月を見たまま、皇女たちに問いかける。皇女たちはその問いかけに、無言で返す。


「…この惑星の海と陸の比率は、およそ、8:2。なんと8割が海なのです。陸地としてあるのは、この大陸とまばらにある島だけ。我々が住む陸地は、海と比べ、はるかに少ないのです。

 そんな陸地を、限られた陸地を、私は支配した。バラバラだった国をまとめ、東の大国を勇者を使って滅ぼし、残った敵対勢力を片っ端から潰し、ようやく、大陸全土を支配したのです。そう、たった2割の…ちっぽけな大地をね。

 …私は、この程度では満足できないんですよ。もっと、もっともっと欲しいんですよ。陸も海もその全てが欲しい!だけど、海には、我々のような知的生命体はいなかった。いるのは、単細胞な単純生物だけ。それを支配しようと、支配されたと理解できるほどの脳がなければ、支配されていないのと同じなのです。実質私は、この惑星を、この世界を全て、余すことなく、支配してしまったのです。全ての技を極め、全アイテムを集め、裏ボスまで倒してしまったゲームの様に。

 はぁ…つまらない。クリアしたゲームほど、探究する余地のない物ほど、無価値なものはない。だから私は願った。

〝別の世界に行きたい〟と」


 カルパス王が、狂気じみた目で皇女を捉えた直後、皇女の耳に、音魔法による通信が届いた。


「た、大変です!!皇女様が(おわ)す場所よりはるか前方より、お、おお―――〝大津波〟が迫ってきています!!!」


「なんだって!?」


 最初に驚き、声を発したのはマクルスだった。音魔法による通信は、皇女だけが対象ではなかった。緊急用に設けられた全員への通信だった。


「…くそっ!やられた!!そういうことかっ!!ここでの戦いは全て〝時間稼ぎ〟じゃったのか!!」


 珍しく皇女も猛る。焦った様子で、カルパス王から視線を外さずに、問いかける。


「じゃが!それだと、貴様も一緒に死ぬことになる!心中(しんじゅう)じゃぞ!?いいのか!?」


「あっはは!いいに決まってるじゃないですか!!それと、ここでの戦い云々はそもそも関係ないのですよ。貴方たちが攻めてこようがこよまいが、今日が最後の日だったのですから」


 カルパス王は、皇女たちが生存していることを、知らせがあるまで、本当に知らなかった。


 今言ったように、最初から、今日という満月の夜に大津波を起こし、陸地にいる全ての生物を滅殺する計画だったのだ。


 皇女たちは運悪く、たまたま、その日に攻め込んだだけに過ぎない。皇女たちが攻め込んでから、この計画を立てていたのであれば、まだ止められたかもしれない。だが、既に発動された月魔法は、取り返しのつかない状態にまで進んでいた。


 発動まで半日以上の時間を費やすそれは、惑星の8割を占める水を月の引力によって強引に集め、瞬間的に動かすことで、超災害級の大津波を引き起こす。

名を、惑星喰らいの大津波(ダイダル・ウェーブ)


 それはもう―――ヴァールの容量(キャパ)を優に超えていた。無尽蔵だと思われたヴァールでも、惑星全ての水を飲み込めるほどの容量はなかった。

 

「一点の欠けもない満月に見送られながら、最後を迎える。これほどに乙なことも、なかなかないでしょう?それと、あと1点、修正させていただくと、私は死にますが、この存在は無くなりません。

私は―――〝異世界に転生〟するのが約束されていますから」


 カルパス王は、狂気じみた顔で笑う。


「どうせもう終わるんです。最後に、誰にも明かさなかった話を聞いてください。本当は誰かにずっと話したかった…そうあれは、東の大国を蹂躙した後のこと―――」


@@@@@@@


 勇者が東の大国の魔王を倒してから2週間後。

カルパス王は、お供も連れず、1人で東の大国の跡地に来ていた。


 城や街は、自らの命令した取り壊しが既に執り行われた後のようで、残っているのは廃墟のみ。


「パルムートさん。この辺で強い気配を感じないですか?」


 身体のないパルムート(皇女の祖母)の思念に問いかける。まだこの時は、量産型マホシリーズが完成していないため、自国に住む適当な住人に思念を取り憑かせて行動していたが、パルムートの影に住むヴァールの強すぎる力が、毒の様に身体の蝕み、取り憑いた人間がすぐに壊れてしまっていた。


 東の大国に行く数日前に身体が壊れてしまったため、しょうがなく、思念体での同伴となった。


「ちょっと待ってねん…あっ!お城があった辺り?かしらね?凄く強いわけではないけど、何かあるわ」


「ありがとうございます。さっそくそこに向かいましょうか」


 一応、敵がいることを想定し、カルパス王は必要最低限の装備で来ていた。ただ一点、背中に担いでいる大剣だけが、異質感を醸し出していた。


 他の軽装に対して、豪華絢爛・美麗荘厳・絢爛華麗な両手剣。そうそれはまさに、勇人だけが持つことを許された勇者の宝剣だった。建前上、勇人しか持てないようにしてあるが、作製者の一人であるカルパス王は裏技を知っており、特に制限なく、持つことが出来る。


 カルパス王は、城があった付近に着いた。

特に怪しい物がないため、地面をよく観察していると、地下へと続く階段が、巧みに隠されていることに気付く。


 物理的+魔術的に隠された扉を開けると、地下に続く階段が現れた。扉を開けたことで陽光が差し込むが、奥の方はまだ暗く、何も見えない。


「パルムートさん。常にヴァール様に警戒するよう促してください。下に向かいます」


 外套(マント)の内側に挿してある発光筒を一本抜き取り、魔力を込める。筒の先端に淡い光の玉が現れ、辺りを照らす。


 カルパス王は一歩ずつ、階段を降りていく。

長年放置されているようで、階段には苔が生い茂っている。地下ということもあり、湿気が溜まりやすいのだろう。苔はほんのりとしけっていて、踏むとよく滑る。


 どうにか滑り落ちることなく、階段を降りた。

そこには、大きな空間が広がっていた。降りてきた階段が部屋の端の中央にあるようだ。


「―――ダれダ…」


 突如、暗闇の先から声が聞こえてくる。

ひしゃげた、ガラガラの声だというのに、とてつもない威圧感を感じる。


「私は、西の大国の王カルパス・バルト・ガルステンという者です。あなた様に謁見するため、この地へと馳せ参じました」


 カルパス王は片膝をつき、最高位の礼を持って、名を名乗る。王は、その先にいる相手が誰か分かっていた。


「はっ!懐かしい気配がすると思ったらよぉ?」


 重苦しい空気の中、誰よりも先に、空気を読まずに、パルムートについているヴァールが笑った。


「アセナじゃねぇーか!久しぶりだなぁ!」


「ソノ声は…マサか、ヴァールかい?」


 ヴァールの挨拶に、アセナが答える。

真っ暗だった空間に、突如として光が宿り、全てを照らす。


 カルパス王の前に、古の三柱〝領治めの狼 アセナ〟がその姿を現した。


 背中から快晴の空を思わせる青色、腹からは雲が霞む春の空のような薄く淡い青緑色の毛が生え、身体の真ん中付近で混ざり合っている。とても綺麗で、幻想的な毛色。


 口元にあったであろう牙は年と共にすり減ったのだろう…その姿は見えず、太い木の幹のようであったはずの四本の足も、骨と皮だけを残す。


 石の台座の上に、様々な動物の毛皮が敷かれ、更にその上に、中を羽毛で満たされた枕やクッションが所狭しと置かれ、アセナは、一際大きなクッションに身を預けている。


 この中で全盛期を知っているのは、ヴァールだけだが、誰の目から見ても、弱っていることは明らかだった。だが、その身から放つ存在感はとてつもなく、射殺すような眼差しに力強さを感じる。


「随分と痩せかけたじゃあーねぇか…」


幾年(いくとし)経っタと思っていル…はハッ。誰かと話スノも久々だヨ。声ガがらガラだ。少し待ッテおくれ」


 アセナはそう言うと、おもむろに魔法を使い、体内に水を生成。普段は冬眠に近い状態で眠っているため、身体の水分をわざと抜いていた。


「よぉし。これで幾分か聞き取りやすくなっただろ?それで、カルパスとやら。何用でここに来た?いや…そもそもなぜここを知っている?」


 アセナは、旧友との久しぶりの会話を中断し、カルパス王へと問いかける。


「…不思議な話ではございますが、〝声〟に誘われ、ここへと導かれました」


「〝声〟…とな?誰の声だい?」


 カルパス王はこうべを垂れたまま、答える。


「〝月〟の声でございます」


 その答えにアセナは―――


「ふっ。あはは!そういうことか…其方は〝月〟に愛された者か」


「左様で」


「ならば、仕方ない。事を済ませようか」


「有り難き御言葉」


 言葉数少なめに、2人の間で会話が完結する。

何も理解していない様子のパルムートとヴァールは、ほってけぼり。


 だが、王にとって、そんな事をどうでも良い。使い捨ての道具に説明など不要。アセナの許可が取れたのであれば、行動を起こすのみ。


 カルパス王は、おもむろに背中に携えていた宝剣を鞘から抜き出し、柄を両手で握る。


無慈悲の強奪(ルーツレスラブリー) 第三スロット解放」


 握りの部分に嵌め込まれた、3つ目の水晶が光り輝き、一際強い光を放ち、消える。


 そこに現れたのは、〝境渡りの竜 アイダ・ウェド〟。狂乱状態ではあるが。


「今ここに古の三柱、集まれり。天にまします我等が神よ。今この地への現界を乞い願う」


 王は片膝を地面につき、両手の指を合わせ、天へと願う。アセナのいるこの空間は地下だというのに、何処からともなく、天から虹彩が降り注いだ。


 古の三柱は意識を失い、目を閉じる。身体の周りに光の膜が現れ、ふわりと浮き上がると、それぞれが近付き、触れ、混ざり合う。


 そして、荘厳で厳かな空気が、空間へと充満する。


 王は、自分の目を疑った。先ほどまで殺風景な地下にいたというのに、今の目の前に広がっている景色は、天界と言うに相応しかった。


 目の前には純白の階段があり、どこまでも、天高く伸びている。階段の終わりが見えないほどに。


 自分は、その階段の一番下に立っている。周りを見渡せば、快晴の空に美しい形の綿雲が浮かび、所々、雲と雲の間に虹がかかっている。


 不思議なのは、快晴の空が頭上にあるのではなく、この空間全てがそうなっていることだ。まるで、空に浮かんでいるよう。そして、時折差し込む日光が光彩を放ち、幻想的な風景を創り出している。


 周りの風景に驚いていると、はるか上空まで伸びている階段の先から、凄まじい存在感を醸し出しながら、何かが降りてきた。


 姿形はまだ見えない。だというのに、身体が勝手に動き出し、片膝が地面につく。直角に曲がった片腕を前に出し、執事が主人にかしづくようにこうべを垂れる。


 視線は足元に固定され、上を向くことが出来ない。かつんかつんと小気味良い足音だけが響く。


 そうして何分経っただろうか。気の遠くなるような長い時間だったにも関わらず、嫌ではなかった。むしろ、足音が近付く度、嬉しさと興奮が込み上げてくる。


 王は、自身の感情に驚いていた。

そして、御声をかけられる。


「顔をあげなさい」


 鈴が鳴ったような凛とした声色の中に、慈愛が含まれた優しい声。王は、顔を上げる。


 そこには、女神がいた。

女神というに値するほどの美貌と神々しい風格。

腰から背にかけ、透き通った桃色の羽衣が宙を揺蕩い、背中には6枚の純白の羽。

背後から後光が差し込み、その御尊顔を直接見ることは叶わない。

だがそれでも、美しいと分かる。


「よくぞ、古の三柱を集めました。其方に、褒美を与えましょう。其方が望むもの―――心から欲するものを、言葉にしなさい」


 発言の許可を受け、王は言葉を紡ぐ。


「わ、私の死後、異世界への転生を乞い願います」


「良いでしょう。其方の願い、しかと受け止めました。それではまた、其方の死後―――ここで会いましょう」


 後光が差し込む中、女神は手を振りながら、笑った。


 王はその笑顔に釘付けになるが、また身体が勝手に動き出す。無意識に瞼が閉じていく。必死に抵抗するが、まるで歯が立たない。そうして、瞼が閉じるとともに、意識が途切れた。


 ―――目が覚めた時そこは、殺風景な地下だった。自分が立つ位置も、アセナやアイダ・ウェドの位置も変わっていない。先ほどの出来事が夢だと思うほどだが、なぜか、女神との約束は絶対的なものだと心の奥底から感じている。


「戻ったか…その顔、無事に会えたようだな」


「ええ。あぁ…まだ覚えている。言葉では言い表せないあの美しさ…また会うのが待ち遠しい…」


 恋焦がれる少年のように、頬を染め、いつもより強く脈打つ胸に手を置く。


「アセナ様、この度はありがとうございました。あなた様の協力なくしては、あのお方に会うことは叶いませんでした。最大限の感謝を」


 こうして、王は神との約束を取り付け、異世界への片道切符を手に入れた。


@@@@@@@


 そして、現代に戻る。

カルパス王は、あの時のことを思い出しながら話し、おもむろに両腕を上げる。


「あぁ…もうすぐ逢えるのです。あのお方に…ふふっ、異世界転生〝万歳!〟ですね」


 頬を赤く染めながら、少し照れ臭そうに笑う。

カルパス王は、もうすでにこの世界に未練はない。自分一人で死ぬことも出来たが、最後に、使ったことのない最大級の魔法を使ってみたいという、悉く、自分勝手な理由で大津波を引き起こした。


 攻略(クリア)した世界をどうしようが自分の勝手だが、自分がいなくなったこの世界を、別の誰かに攻略されるのも癪。だから、一緒に。


 カルパス王が今の行動に走った理由はこのぐらいだ。


 大津波が、夜空に煌々と浮かぶ満月の光を浴び、力強く、迫る。皇女たちのいる屋上から視認できる距離まで、近付いていた。


 そんな絶望的な状況に、皇女とマクルスは、少しだけ諦めかけていた。だがそこに


「マクルス様!」


 パルムが現れた。

アルートを背負い、汗だくになりながらも、ようやく、皇女たちのいる場所へと辿り着いた。


「兄さま!マクルス様のとこについたよ!」


 アルートはパルムの背中で眠っていたようで、目を覚ます。


「…あ、ありがとう、パルム。こんな汗だくになって…すまなかった」


「いいよいいよ!全然気にしないで!それより、ほら」


 パルムの視線の先にマクルスがいた。

重症のアルートを見るやいなや、マクルスは駆け寄っていた。


 マクルスは、パルムの背中からアルートを受け取り、地面に座らせる。肩に手を回し、支えながら。


「大丈夫かい?アルート」


「どうにか大丈夫です。両腕は失いましたが…それよりも、今の状況は!?先ほどの通信、大津波というのは本当に」


「うん、本当だよ。ここから、もう見える位置まで来てる」


 マクルスが空いている手の指で、大津波の方を指差す。


「――あぁぁ…まさか本当に」


 その状況に、アルートは絶望した。

未だかつて見たことがないほどの大津波は、今、アルートたちがいる城の屋上よりもはるか高く、絶望するには十分だった。


 アルートが絶句する中、マクルスはパルムにアルートのことを任せ、皇女の隣へ。


「絶望してる場合じゃ…なくなったよ」


「ああ…そうじゃな」


 お互いが手を取り合い、手を繋ぎ、そんな絶望的な状況を打破するため、考える。押し黙り、静かに、頭を回す。


 ぺちゃくちゃと話す相手のことなど二の次だ。今は、この状況をどう乗り切るか、それだけに脳の思考(リソース)を費やす。


①この場から逃げる

――大陸全土を飲み込む大津波からは逃げられない


②ヴァールで大津波を飲み込み

――容量(キャパ)を超えている


③ヴァールの中に一時避難する

――皇女だけは喰えない。そういう契約だから


④大津波より上空まで空翔で逃げる

――津波が去った後、何も残らない。だが、ヴァールの中に収納している島を出せば…可能性はある


⑤魔法で迎撃する

――圧倒的質量の津波に対し、仮に全員が氷魔法を使ったとしても、分が悪い。全方位からのそれに対応できず、物量で押される可能性が高い


⑥―――――

 

 そして、見つける。突破口を。

皇女の視線が、先ほど蹴り飛ばし、今もなお玉座の横に倒れている勇人へと。


「あぁ…〝それ〟。対策済みですよ」


 皇女の視線からその考えを悟り、王は、歪に口角を曲げながら答える。


「いやはや、最初は焦りましたとも。これの魔法であれば、私の津波も操れるのでは、とね。だけど、そうはならなかった」


 両手をあげ、しつこく、やれやれと身体で表現する。


「この津波はただの水ではなく、月魔法と認識されるようで。恐らくですが、海の水を月の引力によって動かした時点で、水の中に月魔法の因子が混ざり、水ではないという判断になるのでしょう。だから〝それ〟も対策済みです」


 皇女はすぐさまヴァールを動かし、勇人を飲み込む。王は再度、やれやれと仕草をするが、止めはしない。


 王の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。

皇女は勇人を吐き出し、まだ眠っている勇者の頬を叩く。


「――ん…?あ、れ?ここは」


「久しいの、勇人。寝起きで全く何も分からんと思うが、早急に、〝あれ〟どうにかならんかのぉ?」


 皇女は勇人の顔を両手で持って、大津波の方へと向ける。寝起きの勇人は懐かしい声とともに、完全に目覚める。


「その声…まさか…!ファムちゃん…?ファムちゃんだよね!?」


「ああ、そうじゃ。だが今はそれ所じゃない。あの大津波、どうにか出来るか?」


 振り向こうとする勇人だったが、皇女の圧倒的な力の前に、振り向くことは許されず、言葉少なめに質問を投げかけられる。


「まさか…生きてたなんて。良かった…うん、今はそれが分かっただけ良いよ。よし!出来るか分からないけど、やってみるよ!」


 勇人は立ち上がった。

後ろを振り向くことをせず、両手を前に出し、大津波へと意識を、魔力を集中する。


 絶望の淵にいる皇女たちにとって、その姿はまさしく、勇者そのものだった。


 だが、王の言う通り、


「…駄目だ。効かない。効かないよ、ファムちゃん!」


勇人の魔法でも太刀打ちできなかった。


「ほぉら、私が言った通りだろうぉ?」


 王は、ニヤニヤと笑顔を浮かべる。

この絶望的な状況に、マクルスは膝を落とし、皇女も下を向いた。


「くっ…もう駄目なのか」


 まだ望みがあるとしたら、④大津波より上空まで空翔で逃げる、だけだ。だが、この王がそれを黙って見過ごすだろうか?いや、きっとそうはならない。何かしらの妨害をするか、そもそもこの案自体の意味がないか…


 果たして、この大津波より上の空があるのだろうか?あったとして、大津波が収まるまでの間、その場所に居づけることが出来るのか…実行に移すには、懸念点が多すぎる。博打を打つわけにはいかない。


 先ほど思いついた大案×6以外に、実現できるかどうかは置いておいて、様々な案を出していた。


 だが、そのどれもが実現不可であり、マクルスたちが思案できる案は、完全に無くなっていた。


 迫り来る大津波を前に、片や膝をつき絶望する王。片や両手を広げ、異世界転生!万歳!と喜ぶ王。


 最後の頼みであった勇人は汗をかきながらも、腕を前に出し続け、自分ができる精一杯に努力していた。


 そして、残る皇女は―――悲しげに笑った。


「ここぞと言わんばかり…かな。運命さま」


 誰にも聞こえないように呟く。口元には微笑を浮かべ、前へと向き直す。


 皇女はまず、この場にいるアルートとパルム、そして勇人をヴァールで飲み込んだ。何も言わずに。そして、城内に残る全ての味方も飲み込んだ。


 絶望し、地面へと視線が落ちているマクルスはそれに気付かなかった。


 皇女はマクルスに近付き、腰を下ろすと、優しく声をかけた。


「旦那様…こっちを向いて」


 ふいに声をかけられ、マクルスは顔を上げる。

――皇女の唇が、自分の唇と重なる。

今まで何度も触れてきたそれは、とても柔らかく、温かく、情熱的で…なぜかこれが〝最後〟だと感じた。


 皇女が唇を離し、目を合わせる。

慈愛に満ちたその表情から、どことなく寂しさを感じる。何か話そうとするが、マクルスの口は動かない。


 皇女はとても穏やかな声で


「旦那様、愛してる…後はお願いね――パパ」


そう言うと、マクルスの言葉が返ってくるより早く、ヴァールで飲み込んだ。


「ふふっ、愛してるって言ったの初めてかも。

あーあ、2人でこれからもずっと一緒にいたかったなー…いや、2人じゃないか。お腹の子も一緒に…あなたと育てたかった」


「嬢ちゃん…」


 意識を共有しているヴァールは、皇女が何をやろうとしているのか、その全てを理解していた。


 本当は止めたかった。

やっと手に入れた幸せを、手放して欲しくなかった。だけどそれは、皇女が一番感じていることだと分かっていた。理解していた。だから、何も言わず、全員を飲み込んだ。


「中の管理は、ヴァールに全て任す。念の為言っておくが、誰も外に出さないでね」


「ああ…分かってるよ、嬢ちゃん」


「ありがとな、ヴァール…今までも、ずっと、ありがとう」


 皇女はヴァールに感謝を述べると、一人、カルパス王の前へと。


 一連の流れを傍観していたカルパス王。

自分へと突き刺さる視線を放つ皇女に、真っ向から立ち向かう。


「どうされましたかな?何かとっておきの秘策でも思い付きましたかな??」


「ああ…やっと決心がついてのぉ。出来ることなら使いたくなかったんじゃがな…だが、これで、全部終わる。貴様の野望も含めて、全てな」


「あっはは!絶望の中でついにおかしくなってしまいましたか!!この状況で一体何が出来るのです!?」


「――貴様が知らんことが一つだけある。それは、私が生まれた時から持つ〝たった一つの魔法〟」


 皇女は生まれた時、その魔法だけを持って生まれた。ヴァールを継承するまでの間、たった一度だけその魔法を使ったことがある。


 過去に例のない魔法

 誰も使い方を知り得ない魔法

 本や伝承にて伝説とされてきた魔法

 使われようと誰も認知できない魔法


 それが―――――


「〝時魔法〟。自らの寿命を代償に、自分以外の全ての時を止める魔法」


 幼い皇女が、そんな特別な魔法に心惹かれないはずもなく、使用した。使ってしまった。


 ほんの一瞬。ほんの数秒。正確には3秒ほど。

風は止み、降り注いでいた雨が空中で静止。

今まさに羽を広げ空へと飛び立とうとしていた鳥もピタッと動きを止める。


 皇女は興奮した。

すぐ側にいた母にその喜びを伝えようとするが、完全に静止した母を前に、恐怖を感じた皇女は、魔法を解いた。


 その瞬間、反動が襲いかかる。

抗いようのない睡魔と脱力感に襲われ、その場に倒れ込んだ。


 結果、皇女の寿命が――3年消し飛んだ。


「魔法を解かん限り、反動が来ることはない」


「ま、ままさか…あ、ありえない!!そんなことをすれば、貴様は!未来永劫、時の檻に閉じ込められるんだぞぉ!!?それでいいのか!!!??」


「うむ、構わん。私の大切な人は、私の中で生き続ける。では、さらばじゃ。

―――時間停止(タイム・ストップ)


 皇女が指を鳴らす。

世界はただ一人、皇女を置き去りにして、その歩みを止める。大津波もカルパス王も、夜空に浮かぶ満月さえも、その営みを否定され、ただ沈黙の闇へと沈む。


 静止した世界で皇女は一人…涙を流した。

愛を知った化け物の哀惜(あいせき)の涙であった。


―――おしまい―――

初掲載からちょうど4年半…

長い間お待たせしましたが、化物皇女、完結しました!いぇーい!

初めて、自分一人の手で一つの物語を書き切ることが出来ました。


もし、この作品のことを愛してる方が一人でもいるなら、どんなことでも良いです。♡だけでも良いです。

何かコメントいただけますと幸いです。


初掲載  2020年5月31日

完結   2024年11月22日

延べ   1,637日

総文字数 237,199字


次回作につきましては、今日の12時

11/23(土)00:00〜 以下2作品投稿します。

人気が出た方を連載していきます!

・ンザンビ

・魔法狩りの世界へ

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