20話:最終決戦⑤
おしまいまで(この話を含めて) 残り2話
次で最終話となります
「なぜじゃ!?なぜ動かん!?」
老婆の叫びが部屋に響く。
マホの後継機:ミホとアルートの戦いは、中断されていた。
時を少し遡る。
ミホの攻撃により、二の腕の真ん中辺りから両腕を失ったアルート。幸い、熱で表皮が焼かれ、血は止まっていた。
「くっ…」
だが、その痛みは想像を絶するものだった。肌が焼けるような、血中に棘が入り常時突き刺してくるような、なんとも形容し難い痛みに、声を漏らす。
しかし、ここで負けを認めるわけにはいかない。自分が死ぬわけにはいかない。ここでこいつを逃せば、前を進む王の妨げになる。
「雷人の腕っ…」
アルートの詠唱とともに、傷口から雷が放電し、無くした二の腕から先へと、白と黄色の雷が伸びていく。雷はどうにかこうにか、腕に似た形を作り出した。
この魔法は本来、存在する腕に雷を纏わせ、普段の物理攻撃に雷属性を付与する魔法だ。故に、今回のような腕を形作る用途で使用されるわけではない。
アルートもそれは分かっていた。だが、自分が持つ雷と風の魔法の中で唯一これだけが、腕となる可能性を秘めていたのだ。
アルートは、普段の数倍の魔力を注ぎ込み、雷の密度を上げ、仮初の両腕を作り出した。走る雷が傷口を開き、少しずつ漏れ出る血が雷の放電に打たれ、細かい血吹雪となって散る。
「貴様はここで…止めるっ!」
痛みで飛びそうな意識を、根性と気力で支える。アルートは、
「雷迅…!!」
更に強化をかける。激しい痛みの激流が身体中を流れる。
相手の戦い方を見る限り、接近戦は好みではないようだ。アルートはそこに一縷の望みをかける。
強化した脚で地面を踏み込み、初速から最大速で距離を詰める。
ミホは相手が突っ込んでくるのに合わせ、振り上げた右腕を下ろす。追尾する炎の腕が天井から地面へと、広範囲にかけて振り下ろされる。
炎の腕が地面に当たるより早く、相手に絡みとられるより迅く―――アルートの走りは、それを駆け抜けた。そして、雷の両腕を前に交差し、目の前の相手へと、照準を合わせる。
横から迫り来る左腕の存在には気付いていた。だが、それを避けるほどの気力も余力も残っていなかった。地を蹴る度、身体が動く度、激痛が身体を襲うからだ。
必死の、決死の一撃を狙うアルートに対し、ミホは内心焦りながら、左腕を横薙ぎに動かしていた。まさか、さっきの右腕の攻撃を避けられるとは思わなかった。確実に捉えたと思っていた。
だがまあそれはそれだ。ミホは心を落ち着かせ、冷静に対処する。なぜなら、この左腕は、確実に相手より早く届くのだから。
ミホの左腕がアルートへと近付く。ミホは、自分でも気付かぬ内に笑みをこぼしていた。勝利を確信したからだ。
生まれてすぐにこんなギリギリの戦いが出来るなんて…最高っ!!この身体が、この血が、この細胞が喜んでる!!…私の中に、戦闘狂の遺伝子でも入ってるのかしら??
ミホは内心そう思いながら、左腕を動かす速度を一切緩めず、確実に相手との間を詰めていた。
相手が近付いてくる。火花と血吹雪を散らしながら、一歩ずつ。その顔は苦痛で歪んでいる。
大丈夫。一瞬で、痛みすら感じないほど刹那的に、殺してあげるからね。
握っていた左手を開く。優しく包み込むように、相手へと向ける。手が、炎が、肌が、もうすぐ相手に触れる。そう…もうちょっと、もうちょっとで触れ―――
トンッ。
左肩に何かが当たる感覚。小さな音とともに、視界の端で、何かが弾けた。それは、光だ。小さな白い光の塊が、肩に当たり、綺麗に弾けた。
ミホは視界の端っこで、その光をただ茫然と見つめる。今、視界に捉えているのは、目の前にいる相手。更に奥に、ピントのズレたその奥に、指をピストル型にした女性が立っているのが見えた。女性は口を開き、何かを言っている。この距離では聞こえないそれを、なまじ賢いミホの頭が、口の動きからその文章を導き出した。
「ガラ空きだね」
一瞬、その言葉の意味が、理解できなかった。真っ白になった頭の中に、その言葉は墨汁の様に浸透する。
ようやく理解した。奥にいる女性は、私の攻撃をほんの一瞬遅らせるために、殺傷力のない攻撃をしてきたのだと。その性で体勢を少し崩した私が、それを元に戻すことによるロスで、味方の攻撃を先に通そうとしているんだと。
―――ふっっっざけるなよぉ!!!
そんなクソみたいな攻撃でぇ!!!この私の!!至高の最高の人類最高到達点である上位魔法を扱う私をぉ!!!殺せるとおもっ
「助かった、パルム」
アルートの雷の両腕が、ミホの身体に当たる。全裸のミホに触れた瞬間、雷は瞬く間にミホの全身を駆け巡る。服などを着ていればそれが絶縁体になるのだが、全裸で感電すれば、十中八九助からない。
その後、実体のない腕をすり抜け、勢いそのまま、アルートの胸が衝突に近い形でぶち当たる。両者共に無事では済まないであろう音ともに吹き飛び、どちらも地面に倒れ込んだ。
パルムは光魔法の初期の初期、魔法を覚えたての子どもたちが遊びで学ぶ光弾を使った。
この魔法は、攻撃受けた後の効果は大きいものの、実際に受けるダメージはなく、その代わり、当たった際に衝撃が来る、見掛け倒しの魔法だ。子どもであれば、のけぞって倒れてしまうほどの衝撃ではあるが、傷を負わず、遊びながら実戦を学べるため、重宝されている。そしてなにより、光魔法による銃弾のため、その速度は光と同じ。
パルムはアルートの腕がやられたことをとてつもなく、気にしていた。だからこそ、相手がアルートだけに意識が向いたあの瞬間を見逃さず、相手の肩を、雷迅の速度より早い光の速度で撃ち抜いたのだ。
「あっはは!ざまぁみろ!」
パルムは、満面の笑みで、悪態をつく。
そして、今に至る。
「なぜじゃ!?なぜ動かん!?」
地面に倒れ込んだミホを見ながら、老婆は声を荒げる。
「その程度の魔法で動かんように作っとらんじゃろぉが!!?動け!!動けぃ!!!」
杖を地面に叩きつけ、叱咤するが、ミホはぴくりとも動かない。老婆の腕が、怒りのあまり戦慄いている。
「…無駄だよ。兄さまの雷をくらったんだ。立てるわけがない」
後方にいたパルムは、隊員に指示を出し、アルートの元へと向かわせ、自分は老婆の前に歩き着いた。
「で?まだ何か奥の手隠してる?あるんだったら早くしてくれないかな?もし、ないんだったら…もう殺すしかなくなるけど??」
パルムは内心ブチギレていた。
敬愛する兄がその身を犠牲にしてまで繋いでくれたことに心から感謝しつつ、そうしなければいけなかった相手への怒りが、沸点を優に超えていた。
腰にぶら下がった鞘からレイピアを抜き、ぺちぺちと空いた手をレイピアで叩く。すぐさま突き刺して殺しても良かったが、この老婆が敵にとって、何かしら重要な立ち位置である事は分かっていた。だから、すぐには殺さずに待つことにした。
「きいいいいいぃぃぃ!!!!!!くそ!!くそぉ!!!くそがぁぁぁ!!!!!まだじゃ!!まだ負けとらんわぁ!!」
老婆は、癇癪を起こしながらも、首からぶら下がっているネックレスを強く握りしめる。
「開眼せよぉ!!魔法使いの目ぇい!!」
老婆の発言に呼応し、ネックレスが輝き、動き出す。丸い球体の外側を覆う金属の蓋が動き出し、幾重にも折り重なった蓋が開く。
そこから現れたのは、人の目。
茶色く、光が入ると少し赤みがかって見える瞳だ。
「これはなぁ?俺の可愛い可愛い孫の、マホの目なんじゃよ?こんな姿になっても愛おしいじゃろぉ??」
老婆は優しい口調と目つきで、ネックレスを撫でる。
「は?ただの悪趣味なネックレスでしょ」
そんな老婆の発言を、パルムは一蹴する。
「悪趣味じゃとぉー!!!うるっさいわぁ!!ボケカスがぁー!!!死にさらせぇい!!」
老婆は持っていた杖を地面に叩きつける形で放り投げ、曲がった腰を少し伸ばし、両手をパルムの方へと向ける。
「集中…火球!―――」
魔法の威力を向上させる心魔法をかけ、火の球を打ち出す初級の魔法を唱える。この老婆が持つ2種は心と火。パルムはそう判断したが、老婆は続け様に唱える。
「氷柱!風刃!木根!土塊!水砲!雷落!光弾!闇薔棘!音爆!!」
打ち出された火と光の球は交差するように捻れながら前へと進み、その前を我先にと風の刃が通る。風がともに、大音量の音を中に宿した水の砲弾を運ぶ。床材を貫通しながら蠢く木の根に、漆黒の蔓が巻きつきながら後を追い、その横を滑るように並走する氷の柱群。パルムの頭上に雷雲が発生し、杭のように鋭く尖った土の塊が周囲を囲むように展開する。
「えぇ!?なんで11種類も魔法が使えるのよ!?」
驚きの余り、疑問がついつい口から出てしまった。
「かっかっかっ!この魔法使いの目のおかげじゃよ!ワシが造った孫の目を用いることで、これに触れるだけで、11種の魔法を使えるようになる秘術じゃ!どうだぁ〜?凄いじゃろぉ〜??」
老婆は憎たらしくニヤニヤと笑う。
そして、ほぼ同時に11種の魔法がパルムへと向かう。
「あっ、ははっ…」
パルムは、老婆の発言に苦笑いで答えた―――わけではなかった。この状況に、あまりの凄さに、思わず笑ってしまっただけだった。
「ここまで予想されてるなんて…流石は皇女様ね。マクルス様が選ばれただけのことはある、か…でもなんかムカつくッ!!」
パルムは悪態を吐きながら、手首に巻かれたリストバンド:もといヴァールバンドに手をかけ、強引に腕からそれを外した。そして、後方に飛び退きながら、地面へとおもいっきり投げ付けた。
ヴァールバンドの発動条件は、装着者が死ぬ可能性のあるほどの攻撃を受けた際、発動する。パルムはそれを理解した上で、全力で地面へと叩きつけた。死を錯覚するほど強く。
パルムの叩きつけにより、ヴァールバンドは、即座に発動する。バンドは、パルムをまるっと飲み込めるほど大きく、風船のように膨れ上がり、そこに吸い込まれるように、老婆の攻撃が直撃。その全てを飲み込んだ。
ヴァールバンドは小型のヴァールだ。人と魔法の区別も当然出来る。飲み込んだ魔法が、病室に現れるわけもなく、ただただ、ヴァールの中で消化される。
「光の隠れんぼ」
パルムは得意とする魔法で姿を眩まし、足音を消す独特の歩行で、老婆へと近付く。
「くそぉ!!どこに行ったんじゃ!?こらぁ!!」
手当たり次第、魔法を唱えては攻撃するが、そんな攻撃がパルムに当たるはずもなく、
「ああ面倒じゃ!!全方位に食らわせてやるわぃ!!音大爆!!
――あれ?なぜじゃ?なぜ発動せん??」
老婆が唱えた音魔法は不発で終わる。それもそのはず。老婆の首にかかるネックレスを見ると、その瞳に穴が空いている。先端の細い何かで突かれたような穴だ。
「…ん〜?あ、え、はっ!なにぃぃ!!?」
老婆がようやくそれに気付いた瞬間、パルムは魔法を解いた。
老婆の真正面に立ち、体を斜めに。手にはレイピアを構え、何千何万と繰り返した動作で、レイピアを振り抜く。
両手、両腕、両脚、喉元に連続してレイピアを突き刺す。流麗で美しいほどの動作で、老婆の身体に、ネックレスの目と同じ穴を開けた。
「死んでなきゃ、どうせ皇女様が治してくれるでしょ。あっ!そうだったそうだった!兄さま、大丈夫ー!?」
開けられた穴から血が噴き出し、倒れ込む老婆。パルムはガン無視で、倒れているアルートの元へ駆けつける。先に着いた他の隊員が治療し、両腕からの出血は止まっていた。意識もどうにかあるようだ。
「…パルム、頼む。私をマクルス様の元へ」
「うん、任せて!」
アルートの言葉に、パルムは二つ返事で答える。他の隊員がおろおろと心配する中、兄を背中に担ぎ上げる。
「そこで血を出して倒れてるお婆ちゃんと、あそこの裸族の女の子も拘束して連れてきて。残りは、先に行くよ」
隊員たちに指示を飛ばし、兄の願いを叶えるため、パルムは兄を背に担ぎながら、足早に、敬愛する王の元へ急いだ。




