16話:最終決戦①
近々最終話まで投稿します
この話を含めて、おしまいまで残り6話
豪華絢爛。その言葉通り、左右の壁には所狭しと絵画や壺が置かれ、皇女とマクルスはその間に敷かれた臙脂色のカーペットの上を歩いていた。
道は、緩やかな登り坂。その先には両開きの扉が見える。たどり着いた2人は、ドアノブに手をかける。右側の扉を皇女、左側をマクルス。
2人は、互いに見つめ合い、頷き合い、扉を開ける。開けた先で待っていたのは、満点の星空だった。
雲ひとつない空には、星々が燦々と輝き、まん丸なお月様が夜空を照らす。そして、時折吹く海風が、潮の香りを運ぶ。
2人は、その絶景に息を呑んだ。そして、深呼吸とともに、気持ちを切り替える。
扉の先には少し開けたスペースがあり、その奥には、上へと続く小階段が見える。
2人は揃って歩き、階段へと足をかける。
2メートルほどの小さな階段。下からは上がどうなっているのか見えない、絶妙な高さだ。
1段ずつ、確実に登る。そして、その階段を登った先に待っていたのは―――西の大国ウェルムボストンの王〝カルパス・バルト・ガルステン王〟その人であった。
扉の先にあったスペースよりも、はるかに大きく開けた屋上。落下防止のために設けられた柵と、二つの玉座。あるのはただそれだけ。まるで生活感のない場所だ。
階段を登り終えた皇女たちの目に、まず最初に飛び込んできたのは、二つの玉座だった。向かって左側にカルパス王。そして、右側には、見慣れない女性が座っている。
「ようこそおいでくださいました。こうして顔を合わせるのは初めてですね、東の王マクルス・オウルハイム殿。そして、お久しぶりです。マルファムル・ファン・バネルパーク殿…いや、清廉潔白の乙女、の方が宜しいですかな?」
カルパス王は玉座に座ったまま、微笑を浮かべ、挨拶を交わす。その貼り付けられたような笑顔に、少し、寒気(違和感)を感じる。
「ははっ…初めからバレておったのか」
「勿論ですとも。勇者パーティに見知らぬ美しい女性が入ったとなれば、とことん調べますとも。それに、あの最果ての蛇様を御身に宿したお方ですから。より慎重にもなります。
そして、ここまで来られたということは、あのアイダ・ウェドに勝ったのですね…くっ、くくく!!あっははは!やはり凄いですね!!いったいどうやって、あの鎌鼬を避けたのですか!?お聞きしても!?」
カルパス王は、少年のように目を輝かせ、食いぎみに問いかける。その問いに、皇女が答えようと口を開く前に―――
「はしたないわよ、カルパス」
隣に座る女性が、諌めるように、王の言動を遮る。そして、あろうことか、王をカルパスと呼び捨てにして。
「あの子は私の孫よ?それぐらいやってのけますとも。ね、グィネヴィアの子、マルファムルちゃん」
更に、皇女さえもちゃん付けで呼びかけた。
―――いや待て。ちょっと待て。この女…今、孫と言った?
皇女の隣にいるマクルスは、そう思った。
そして、隣にいる皇女へと視線を移す。
皇女の顔は、微動だにしていなかった。
まるで、最初から知っていたかのように。
「…その顔、間違いない。母様の部屋にあった写真、そこに映るお婆様と同じだ。マルルとクルルが言っていたことは真だったのか」
いやむしろ、どこか納得した顔ぶりに変わっていた。顎に手を置き、ふむふむと頷く。
「お初にお目にかかります、お婆様。幼少の頃より、母様から数々の武勇伝を聞いておりました。まさか、かの有名な〝大陸男子全喰い〟を成し遂げたご本人に会えるとは…嬉しい限りです」
皇女が述べた〝大陸男子全喰い〟とは、読んで字の如く、当時、大陸にいた全男子と交わったことを意味していた。
バネルパーク皇国が誕生する前、祖母であるパルムート・ファンは、自国を作るために最も重要な〝お婿さん探し〟をしていた。
その途中、身に宿すヴァールを使い、男の気配を見つけると、すぐさま飛んでいき、交わった。皇女に勝るとも劣らない美貌で、男たちは魅了され、なんの抵抗もなく、行為を行う。そうして、もっとも相性が良く、連続・短スパンで行える男を選別し、結婚。バネルパーク皇国を樹立させた。
「うふふ、懐かしいわね…そんな時もあったかしら」
どこか遠い目で、宙を見つめるパルムート。
「でも、今はこの方が、私の夫よ。ね、カルパス?これは内緒なんだけど、この人、夜の方も凄いのよ?」
いらぬ情報を、皇女にウィンクとともに伝える。
見た目は、皇女の祖母とは思えないほど美しく、遠目で見ても、肌に20代前半ぐらいの潤いと艶がある。
髪を後ろでまとめている皇女と違い、長い髪を下ろし、時折行う、手で前髪をかきあげたり、耳にかけるしくざも相まって、身に纏う魅力は、皇女を少しばかり超えていた。
だが、勿論、それだけではない。魅力とは別に感じる圧倒的強者のみが放つ絶対の圧。並の精神力では見ただけで即倒するだろう。
「それと、敬語はなしよ!マルファムルちゃん!お婆ちゃんと話すのに、敬語なんて堅苦しいわ。ありのままの貴方のまま、話しなさいな」
「…母様が言っていた通りのお人だ。優しく、穏やかで、誰もが愛する人の良さと可愛さ。流石は、私のお婆様だ…!」
「あら。グィネちゃんそんなことを言ってたの?ふふっ、小っ恥ずかしいわね」
少し頬を赤らめる祖母。皇女もどこか嬉しそうだ。
「そうだ!マルファムルちゃん!あなたが来たら、一つ聞こうと思ってたことがあるの!あなた、私と同じで、戦うことが大好きなんじゃないかしら??
いやね。さっきの戦い、実は観てたのよ、ここで。あ、カルパスには内緒でね」
パルムートの言葉に、驚き、目を見開いたカルパス。気付きながらも無視。言葉を続ける。
「古の三柱であるアイダ・ウェドとの戦い、あんな形で終わって、欲求不満なんじゃないかと思って。
ふふっ。だから、このお婆ちゃんが、ここまで来れたご褒美に、戦ってあげようかと思ってるの!どうかしら??」
突拍子のない祖母からの提案に、皇女は…笑った。それも、心底嬉しそうに。
「え!?いいの!?私、戦うの大好きなんだ!!」
まるで、子どものように。祖母に甘える孫のように。
「じゃー早速いい!?」
そう言うと皇女は手を叩き、使い慣れた武器を生成する。
「いいわよ!おいで!って、あれ??もしかして、マルファムルちゃんが使ってるの私の魔法じゃないかしら??ふふっ、得意魔法が同じだなんて…やっぱり、私たち似てるのかしら??」
祖母も同じように手を叩き、武器を生成する。
周囲に極彩色の粒が集まり、見る見るうちに、形を成す。
現れたのは、皇女が使う三日月刀とは違う、洋刀、サーベルと呼ばれる片手剣。装飾はなく、持ち手に鍔もないシンプルな形。
刀の形こそ違うが、実用性だけを追い求めた理に叶う形状から、2人が似た考えの持ち主であることが分かる。
両者共に、両方の手に一本ずつ武器を握る。口元は笑みで溢れ、祖母が皇女にウィンクしたのを皮切りに、皇女が走り出す。
「(ヴァールは手を出すなよ?)」
「(分かってるよ、嬢ちゃん。だが…驚いたぜ。まさか、あのパルムートにまた逢えるなんてな)」
驚くヴァールへ返答をするより早く、皇女の刀と祖母の刀がぶつかり合う。凄まじい衝撃音と火花が散り、一撃で、双方共に武器が破損。ひびや割れ、刃こぼれが起きた刀を投げ捨て、皇女はもう一振りの刀を力一杯振る。
普段から力を抑制しながら戦っている皇女。初めから全力を出せば、一瞬で終わってしまう。生まれてこの方、本気を出したのは一回か二回だろう。対峙した相手を見れば、おおよその実力が分かってしまうのも悩みの種だった。
だが今皇女は、全力で、本気を出している。
初めて、対峙してなお、目の前にいる相手の実力が分からない。鏡で見た自分よりも大きく、底の見えない相手に、心の底から喜んでいた。
刀を振れば防がれ、蹴りは何もない場所を蹴り、拳は優しく手のひらで受け止められる。今まで、何回も何十回も、何千、何万回も繰り返してきた型が、訓練が、特訓が、ようやく日の目を見る。
―――皇女はそれが、ただ楽しかった。楽しくて、嬉しくて、それを優しく受け止めてくれる祖母の存在がちょっぴり小っ恥ずかしくて。でも、
「あっはは!!楽しい!!楽しいわ!!マルファムルちゃん!貴方やっぱり、最高よ!!
その才能!才覚!歴代の皇女の中でダントツ!!これでまだ全盛期じゃないって言うんだから、末恐ろしい…っ!!もっと…もっとちょうだい!!!」
汗をかき、目を血走らせながら興奮する祖母。全盛期の状態で復活したパルムートと同等かそれ以上。自分が最強だと思っていた。でも違った。アイダ・ウェドとの戦いを見てそう思った。今目の前にいるこの子、私の孫こそが歴代最強だと。
一方、激しく動き回る皇女は、汗ひとつかいておらず、息も全くと言っていいほどに切れていない。ただ笑顔で剣を振る皇女だったが、ふと我に戻ったように、真剣な面持ちで、祖母に問いかける。
「お婆様、一つ質問いい?」
「いいわよ!?何!?」
「―――どうやって復活した?」
先ほどまでの孫と祖母の会話ではなく、ここからは、皇女と敵としての会話だ。皇女から笑顔は消え、攻撃にキレが増す。
そんな皇女の質問に、パルムートは素直に答える。
「カルパス王の魔法――〝月〟魔法よ!死者転生って名前だったかしらぁ!!」
パルムートは力を込めて腕を振り、刀同士が激しくぶつかる。その衝撃を流すため、皇女は後方へと飛ぶ。結果、超接近戦が終わり、両者の間に空間が生まれる。
「〝月〟魔法…やはり実在していたか…」
「ええ。私も初めて見る魔法だったからよく覚えてるわ。過去を遡っても、あの人が初めてじゃないかしら?」
視線をカルパス王へと向ける。そしてすぐに、構えを戻すが、
「あら?はぁー…ダメね、いくら魔法が11種類使えるからって、耐久が全然ダメね。この身体じゃマルファムルちゃんの攻撃に耐えられないわ」
見ると、力を込めて振ったパルムートの腕が、ありえない方向に曲がり、膝の辺りの骨が肌を突き破り、表に出ていた。
死者転生。蘇生ではなく、転生。今のパルムートを見る限り、新しい肉体を得て、それを成し得たのだろう。
「でも大丈夫よ♡こうなると思って、育てておいたの♡おいで、二人とも」
パルムートが皇女に向かってあざとくウィンクすると、その声に応じ、パルムートが座っていた玉座の後ろから少女が二人現れた。煌めきを無くした両眼、無表情で力無く歩く二人は、大きく広げたパルムートの両手に収まる。
「この子た―――」
「マルルとクルルか…」
「マルクル!!?」
パルムートが説明するより早く、皇女は苦虫をすり潰したような顔で名を呼び、マクルスは驚き、二人の名を叫んだ。
「うふふ、よく知ってる二人でしょ?マルファムルちゃんと出逢ったおかげで、ぐんぐん成長してくれて、とーっても助かったわ♡これでよーやっと私の身体になる準備が出来た!」
「…お婆様、また一つ聞いていい?
バネルパークを造った時のこと、覚えてる?」
「ええ、勿論よ」
皇女の質問に、パルムートは笑顔で答える。
「じゃあ、世界中に居た自分の子どもたちを呼んだことも覚えてるよね?」
「ええ…それがどうしたの?」
「…お母様に聞いた話だから違ったらあれなんだけど、当時のお母様は―――」
皇女は、幼い頃に母から聞いた、バネルパーク皇国が出来るまでの話をした。
皇女の母は、パルムートの子どもたちの中で一番最後に生まれた子どもだった。
最初の子との歳の差は10歳以上。身体も小さく、武芸を覚えるのも他の子より遅く、俗に言う落ちこぼれだった。
だが、そんな母にも良いところがあった。それは、みんなに愛される愛嬌の良さだった。
バネルパーク皇国となる前、何もなかった土地に子どもたちを連れたパルムートが現れ、ヴァールを使い、木や岩を一層。その後、全員で手分けして魔法を使い、小さな城と町を築き上げた。
子どもたちはそこで、愛する母とともに過ごし、魔法と武芸を培い、歴史や文化、数字の使い方などを勉強し、知識を増やしていった。
皇女の母グィネヴィアは、直向きに頑張るが、どれも成果が出なかった。でも、兄姉からの寵愛を受けながら、腐ることなく、ぐれることなく、すくすくと育っていった。
才能の芽は、グィネヴィアが20歳を超えた頃、ようやく、芽吹き始め、兄姉を超えるレベルまで成長を遂げる―――予定だった。
グィネヴィアは、戦うことより花や動物を愛でることが好きだった。兄姉が切磋琢磨する中、中庭や公園で遊ぶようになっていた。
母はそれを怒らなかった。それがこの子の個性なのだと思い、平等に、深く愛した。出産までお腹を守り、死を覚悟するほどの痛みとともに産み、ぐずり夜泣きする子を育て、死が安らぎだと錯覚するほど大変な思いをした。だからこそ、愛せる。だからこそ、蔑ろには出来ない。
パルムートは、誰よりも子を愛し、誰よりも子の可能性を推し、誰よりも子の幸せを願った。
そんな祖母が、母に聞いていた優しい祖母が、
「誰よりも大切な我が子を、蔑ろにするとは思えない」
皇女の言葉に、祖母は―――
「あ、あれ?た、確かにそうね…そうよ、そうだわ!なんで自分の子どもを、お腹を痛めてまで産んだかわいい我が子を利用してまで生まれ変わろうなんて…私は何を考えているの…!?いやでも、私はなんで」
目が泳ぎ、額から溢れる脂汗が頬を伝い、地面へと落ちる。息は荒く、謎めく思考と葛藤している。
「お婆様……いや。あんたは、お婆様じゃない。お婆様の記憶があるだけの、ただの偽物だよ―――――最後ぐらい、奇麗に果てな」
皇女はおもむろに右腕をあげ、指を弾く。その合図を皮切りに、夜空に火球が舞った。
流れ星と錯覚するほどの眩い光を放ちながら、超遠距離から到来した3つの砲弾が、パルムートの―――祖母の心臓と頭を撃ち抜いた。




