10話:進軍
時は戻り、現在ーーー
「我々は今から西の大国へと攻め込む。だが、その前に一言言っておきたい。私は、誰も死なせたくない。ここにいる誰も死んでほしくない。だから、危ないと思えば、私の独断と偏見で退避させる。無論、ヴァールの中へだ。それに文句がある奴は今すぐこの作戦から抜けてもらう。文句のある奴は手を挙げろ!」
手を挙げる者は誰もいない。全員が信念に満ちた目で皇女を見つめる。
「目は口ほどに物を言う、か」
呟きながら、微笑を浮かべる。皆の意思を、意気込みを感じ取った皇女は、大きく息を吸い込み、言葉と共に吐き出す。
「皆、私についてこい!進軍開始!!」
「「おぉぉ!!!」」
皇女の言葉に、皆、声をあげて答える。
騎士団総督になって以来、皇女は、各騎士団に頻繁に行き来し、交流を深めていた。自身が持つ体術や剣術といった技術を惜しみなく伝え、時には共に稽古をして鍛え合った。
そうした積み重ねが、今の皇女の、騎士団総督としての信頼を積み上げていた。
皇女は先頭に立ち、空駆を使い、仮の大地から足を離す。空駆が使える者は、使えない者たちを抱えたり、魔法で補助しながら、空を移動する。
事前の作戦会議で、大まかな方針は決まっていた。
まず、空駆を使い、元いた大陸のアセナ狼国付近に降り立つ。
その後、陸路を使い、残存する中立勢力へと呼びかけ、可能であれば、自軍へ吸収。少しでも勢力を増やし、西の大国ウェルムボストン王国との戦争に臨む。
皇女たちは、作戦通り、アセナ狼国跡地に辿り着いた。
「酷い荒れようじゃな…念には念を入れとくか」
あれから半年。元あった大帝国は、見るも無惨に壊されていた。辺りの店や家々は所々燃えて朽ちたような跡が残りながら、その殆どが形を留めていなかった。そして、半年前は荘厳にそびえ立っていた城は、瓦礫の山へと姿を変えていた。
アセナ狼国の大通りについた皇女たちは、その光景に絶句する。中でも、マクルスを包む絶望は計り知れなかった。国が無くとも国民さえいればそこがアセナ狼国だ、と常々そう思っているマクルスだったが、実際に目の前の光景を目の当たりにし、心が大きくざわついた。
マクルスは膝を落とし、地に手を伏せ、泣きたいという衝動を必死に抑え、その場に立っていた。そんな時だった。廃墟から人がひょこりと現れたのは。
それは、見るからに異質だった。全身に鎧を着た兵士らしき男は、口をあんぐりと開け、涎を垂らしながら、充血した目で皇女たちを捉える。そして、目を見開き、
「テキ…!?テキッ!!!」
敵意むき出しで、叫んだ。腰に巻き付けてあるポーチから何かを出そうとしたーーー次に自身の視線に入ってきたのは、首から上がなくなった自分の身体。逆さまに見えるそれを不思議に思いながら、グチャと音を立てながら、切り離された頭部が地面へと落ちる。
兵士の首を落としたのは、マクルスだ。誰よりも早く、魔法を使うことなく、部分獣化した足先で地を蹴り、瞬時に距離を詰め、鋭く伸ばした爪に勢いを乗せ、首元から切り裂き、獣化を解く。
マクルスの普段の性格は温厚で優しいのだが、敵国に対しては全く容赦がない。ただただ冷徹に、まるで作業のように人を殺す。マクルスが一般市民として生まれていれば、人を殺すことなどまずなかっただろう。王の子として生まれ、王になるべき者として育てられたからこそ、今のマクルスたらしめるのだ。
切り落とした相手の、ポーチに入ったままの手の中から、手のひらサイズの小筒を取り出す。それを眺めるマクルスの後ろから皇女が歩み寄る。
「…少しは気が晴れたか?旦那様」
「うん、少しだけどね」
「そうか。ならよかった…それで?持ってるそれはなんじゃ?」
皇女の視線がマクルスが持つ小筒へ向く。
「何かは分からない。でも、僕たちを見つけた時、すぐさま使おうとしてたってことは、連絡用の何かだろうね」
二人で話していると、アルートとパルムが後ろから話に割って入ってくる。
「僭越ながら、私が。これは、緊急連絡用の光玉かと。小筒の横に刻まれた紋様に見覚えがあります。パルム、詳細を頼む」
「はい、兄様。過去の任務で、西の大国に与する国へと侵入した際、これと似たものを見ました。小筒を持ち、魔力を通すことで、内封された光魔法が発動し、筒先端から光の玉が勢いよく発射する構造となります」
「ほぉ…なかなか考えたのぉ。光魔法が使えん者も魔力を通せば使える道具とな?面白い」
この世界に魔道具という概念はまだ確立されていない。西の大国の勇者である勇人が持つ武器や防具は、魔道具ではなく、神器や妖刀と呼ばれ、人ならざる者が作りたもうた物とされている。
「それで、光を空に向かって放てば、遠い西の大国からでも見えると?」
皇女の問いかけに、パルムが頷く。
「狼煙のようなものだと、お考えいただければ分かりやすいかと」
「なるほどの。して、どうする?マクルス。わざと放って敵を誘き寄せるか?」
「…それもありだね。でも、それだとこちらの被害も甚大になる。やっぱり初めに決めた作戦通り、僕たちの存在を悟られる前に終わらせよう」
「うむ、了解した」
「「御意」」
3人がそれぞれ頷き、故郷を後にする。軍隊は、それぞれが魔法を使い、カゴやトロッコのような乗り物を作り、風翔を使って、各国へと進行を始める。
だが、そのほとんどが無人の都市となっていた。東西の大国に属さない中立国でさえ、例外はなく、中には西の大国同様に壊された都市もあった。誰がどう見ても、犯人は明らかだった。
軍隊は、休憩と作戦会議のため、バネルパーク皇国のあった辺りで、キャンプを設立。中央に設置されたテントの中に、皇女夫妻と各部隊の隊長格が集まっていた。
長机の上に広げられた地図。各国がある場所に、赤いバッテンが付けられている。日が暮れ始め、テントの中の灯りをパルムが付ける。
「半年でいったい何があったんだ…?」
マクルスが、ため息まじりに呟く。場の空気は重い。
「東側でこれじゃ。こっから先は余計じゃろな」
皇女の発言に、全員が黙り込む。その空気を変えたのは、
「お姉様!相談があります!」「ますますの!」
マルルとクルルだった。
「どうした?何かいい案でも思いついたか?」
優しく微笑みながら、皇女は問いかける。
「ここから少し北に行ったところにリュース国の宝物庫があって」
「人手は足りないかもだけど、武器や防具は揃えられるよ!」
ニコニコと笑顔でそう答える姉妹。
「おぉ!朗報じゃ!よしよ〜し!いい子じゃな〜!」
「「えへへ〜」」
片方ずつの手でマルルとクルルの頭を撫でる皇女と、頬を赤らめ、嬉しそうに笑う2人。側から見れば、親子に見える。
「よし。そうと決まれば、善は急げじゃ。それで良いな?皆の衆」
全員が頷き、それに答える。人の補充が出来ないのであれば、せめて、武具の補充だけでも。訪れた都市の大半で、武具は壊されており、補充もままならなかった。
ーーー
「会議が終わった模様。テントから人が出てきます。団長、どういたしますか?」
バネルパーク皇国跡地から北西に進んだ場所にある滝の名所。滝の裏側に人為的に作られた洞窟の中に、火筒を構えた3人と清竜騎士団団長と副団長、それに懐かしの心大臣がいた。彷徨いの森で皇女を襲撃して以来の登場である。
副団長の問いかけに、腕組みをした団長が答える。
「前回の失敗は良い経験になった。様子見など不要。最初から全力で仕留めるぞ。対皇女用特攻弾、用意」
三者とも同時に、火筒の上から、先端の尖った円錐状の銃弾を装填。
「放て!!!」
団長の合図とともに、手元にある引き金を引く。火筒から発射された弾丸が、滝を通る間際、水にトンネルのような穴が開き、そこを通り抜け、皇女へと襲いかかる。
壮絶な爆発音が洞窟内に木霊する。
「うるっさいわねぇ〜洞窟ってこんなに音が響くのぉーもぉー」
おねえ言葉の心大臣が愚痴をこぼした。
放たれた弾丸ーーー対皇女用特攻弾とは、皇女を確実に射抜くために作られた専用の銃弾である。先端から後端にかけて螺旋を描くように掘られた溝に、空気が通ることで、驚異的な回転を作り出す。回転は空気を取り込めば取り込むほど、速度を上げ、貫通力を爆発的に飛躍させる。
前回、氷の盾で防がれた際、もっと貫通力があれば届いたかもしれない、という心大臣からの助言を元に作られた特注品である。そのため、数が少ない。鉄の部材から手作業で作るため、6個しか作れなかった。団長はその6個の内、3個を惜しみなく使ってみせた。
回転特化の弾丸に、火筒部隊3人の魔法により、炎が纏わりつき、夕方の空に綺麗な赤の流れ星が流れる。
一方、皇女はーーー
「お疲れ様、ファン。まとめてくれてありがとう」
全員がテントから出たのを確認し、皇女もテントの外に出る。出入り口付近で待っていたマクルスが声をかける。
「うむ!良い良い!私は総督じゃからな!このぐらい屁でもない!」
ねぎらいの言葉を嬉しそうに茶化しながら、二人は歩き出す。
「ははっ、頼もしい限りだよーーーあれ?そういえば、上陸してからヴァール様を見かけないけど…」
「おぉ…流石は私の旦那様じゃな、そこに気付くとは。ヴァールにはちょいと野暮用を頼んで」
突如途切れた言葉。マクルスはそれが気になり、皇女の顔へと視線を移す。
ドキッ、と心臓が高鳴る。初めて会った時、インティグル竜国跡地で出会ったあの時と同じ、真剣な面持ちに。先ほどまでの朗らかな顔と打って変わって、凛としていて、どこかカッコよさすらも感じる。
マクルスが見惚れていると、テントから出て、まだ近くにいたパルムが、気付く。
「なにっ、あれ?」
パルムの目線の先に、小さな、でも眩しく、確実にこちらへと近付いてくる赤い光があった。見る見る大きくなる光が、攻撃だと気付くのにさほど時間はかからなかった。
「て、敵襲ー!!!狙撃よ!!!」
パルムの一際大きな声が、野営地全体に響く。1日の疲れが出始める夕刻、そこを狙っての攻撃。だが、これは予想できた攻撃であった。
皇女が総督に就いて以来、こういった非常時の訓練が多く取り入れられていた。そのため、パルムの声が響いてすぐに、各々が行動を開始。土や水といった防御に向いた魔法を使い、野営地全体に即席の障壁が作り出される。
「良い判断じゃな。マクルス、ここは任せる。私は少し出てくる」
「わかったよ。気をつけていってらっしゃい」
それぞれの咄嗟の判断を褒め、皇女は地を蹴り、直角に空へと飛んでいく。障壁が閉まる前に空駆を使い、高く作られた障壁の上に降り立つ。
爛々と光る赤き弾丸は、見る見るうちに大きくなり、先ほどまで皇女がいた位置へと真っ直ぐに突き進む。だが、それが、皇女もとい障壁にすら当たることはなかった。
赤き弾丸は、皇女を中心としたある一定の距離まで近付くと、弱体化したように段々と光を弱め、最後には跡形もなく消えてしまった。
「あっちか」
皇女は障壁の上から飛び、空を駆ける。弾丸の射線から予測し、狙撃位置へと向かう。
「ヴァール、分かるか?」
「ああ、バッチリだ。いたぜ、あの滝の奥だ!」
「了解!」
ヴァールの索敵範囲内に敵が入ったことを確認し、皇女は速度を上げ、滝へと向かう。
「ま、まずいです!団長!敵にここがバレました!向かってきています!」
「な、何ぃ!?た、退却準備ー!!!」
慌ただしく、退却の準場を始める清竜騎士団員たちの前に
「そう忙がんでも良いぞ?」
滝を突っ切った皇女が、姿を現す。
「まずは褒めてあげよう。今回も見事じゃった。前の反省点を活かし、一撃必殺で来たところなんて高評価を上げたいぐらいだ。だけど、私も馬鹿じゃない。初見でない限り、対策などいくらでも講じられる」
腕を組み、うんうんと頷きながら、相手を褒める。そして、酷く冷たく、残酷に言い放つ。
「で、誰から死にたい?」
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皇女がテントに戻った時、既に日は落ち、各テントの出入口付近にある松明だけが辺りを照らしていた。
帰りを待っていたマクルスを含む数人が出迎え、事の顛末を話す。それぞれが納得し(パルムだけが「王の妃としての自覚が足りないんじゃないの!?」と怒っていたが)、各自テントへと戻り、床に着いた。
次の日の朝、一行はリュース国の宝物庫へと出発。道中、それといった異常もなく、無事に辿り着いた。小さな村の中に隠された宝物庫。その中には、大量の武器や防具が置かれており、一国が保管している量にしては異常なほどだった。
各部隊ごとにそれぞれが補給を済ませ、残り全てをヴァールが飲み込んだ。
宝物庫を隠すための村とはいえ、ここも、誰もいないもぬけの殻となっていた。
「ふむ、ここもか。大丈夫か?マル、クル」
「ん?何がなの?」
姉妹は二人揃って首を傾げる。
「ここは其方らの故郷じゃろ?寂しかったり、ムカついたり、そう言ったもろもろ含めて、大丈夫か?と聞いたんだ」
「あ〜そーゆーことなの!」
「ぜーんぜん大丈夫!」
姉妹はニコニコと笑いながら答える。
「そもそも故郷じゃなくて、行くあてがなかったからこの国で用心棒してただけなの」
「そうなのなの!団長のおじさんだけだと弱すぎたからね〜」
流石は皇女の血縁者である。その性格の残忍さは、血によるものが強いのだろう。姉妹は、ニコニコと笑いながら、特に悲しむ様子を見せなかった。
皇女一行は、他国の援軍を得る事なく、西の大国へと舵を取る。この旅の、この戦争の結末がどうなるのか?それは作者のみぞ知る。




