9話:騎士団総督 その7
準決勝が滞りなく終わり、決勝戦に向けた会場整地が行われ、その間は一時休憩となった。
観客たちは各々に準決勝のことを話し、会話に花を咲かせる。用意された豪華な料理、美酒に舌鼓を打ちながら、高鳴る感情を静かに燻らせている。
そして、整地が終わる頃には、太陽が傾き始め、美しい夕日が辺りを照らしていた。少し薄暗くなる中、会場の街灯にちらほらと光が灯る。
観客たちは全員、静かにその時を待った。コツンコツン、と靴が会場の床と接する音だけが響く。一糸乱れる動きで、マルルとクルルが登壇。合わさった靴の音は、心地良い。
「各国の代表選手が自らの武を信じ、挑み、魂を捧げた此度の戦い」
「それは、観る者を熱くさせ、歓喜させ、時に目を背けながらも、一丸となって結果を見守った挑戦者たちの戦いの軌跡」
「「そして、今日!今から始まる戦いで、此度の覇者が決まる!!みな…準備はいいかー!?!?!?」」
静かなスピーチから始まり、徐々に、徐々にヒートアップする。最高潮のまま、観客へと言葉を投げかける。観客たちは、大音量の歓声でそれを返す。
「「もう説明はいらないよね!?さあ!!登壇だぁぁぁー!!」」
興奮した様子のマルクルの叫びとともに、両端から両者同時に登場する。歓声は更に大きく、地響きとなって二人へと降り注ぐ。両者ともに手を振りながら、壇上の中央へと。服装は準決勝で見せたものと同じだ。
「あっはは!凄い歓声じゃの〜!」
「確かに、凄いですね…!」
周りを見渡しながら、言葉を紡ぐ。
「流石は私の夫。人気者じゃな」
「あっはは…お恥ずかしいかぎりです。しかし、マルファムル様の方が」
「ちっちっちっ、謙遜はせんで良い。あ、それとーー遠慮もするでないぞ?」
少し照れた様子のマクルス。真剣な声色に変わったのを聞き逃すことはなく、今まで逸らしていた目をようやく皇女へと合わせ、
「無論です…!マルファムル様には申し訳ありませんが、私も皆に勝利を願われている身。無様に負けるわけにはいきません…!」
「ふふっ、よく言った。それでこそ、一国の王だ」
これ以上語ることはない。そう言うように、皇女は言葉をぶつりと切った。そして、マルクルへと視線を飛ばす。
マルクルは頷き、線対称になるように片手を上げ、
「「試合開始っ!!!」」
開戦の合図とともに、手を振り下ろした。まるで、レーシングカーがフラッグの降下とともに走り出すように、皇女とマクルスはほぼ同時に、魔法を発動する。
「「雷帝!」」
両者ともに同じ魔法を発動。読んで字のごとく、雷系統の魔法だ。突如、上空に黒雲が立ち込め、天空から雷が降り注ぐ。一際大きな雷が、バリバリと空気を焼き切る音ともに走り、2人へと直撃。
落雷の衝撃で浮き上がった土煙が、静電気とぶつかり合い、バチバチと光が走る。両者ともに姿がはっきりと見えない中、土煙が晴れるまで待っているほど暇ではなかった。いや、どちらとも待ちきれなかった、という方が正しいだろう。
何かとてつもなく速いものが、壇上を走り抜ける。遅れて、舞い上がっている土煙が大きく揺らいだ。揺らぎが一つ、二つと増え、徐々に音が鳴り始める。
何かがぶつかり合う音だ。観客たちは土煙へと目を凝らし、何が起こっているのか、その目で確かめようとした。次の瞬間、壇上の中心から衝撃波が音ともに発生し、舞い上がっていた土煙を全て、吹き飛ばした。
中心には、拳をぶつけ合う皇女とマクルス。両者ともに、どこかしら怪我を負っている様子だ。せめぎ合う拳が、磁石が反発するように弾かれる。両者ともに、反動で後方へと飛び、着地。壇上の両端へと降り立つ。
観客はそこでようやく二人の姿を見た。ドラゴンボールのスーパーサイヤ人2のように、雷が全身を纏う。まさに、スパーキングだ。二人とも同じように見えるが、よく見るとマクルスの方が負っている怪我の具合が多い。
にやりと笑う皇女。手の甲を相手に向け、揃えた指を内側に曲げ、戻す。2・3度それを繰り返し、くいくいと挑発してみせた。
マクルスは分かっていた。皇女が〝本気で来い〟と言っているのが。昨日の夜のことを思い出すーーー
ーーー
昨晩。皇女とマクルスが眠る寝室。
夜空に浮かぶ半月が、美しい光を部屋に届ける。鈴を鳴らすように虫たちがオーケストラを始めた、そんな夜だった。
「旦那様よ。明日の決勝のことだが、至極当然のごとく、私たちが戦うことになるじゃろうな」
皇女はベットに座り、窓の方を見ながら言った。
「…おそらく、そうなるでしょうね」
まだぎこちなく、緊張しているマクルス。チラチラと皇女を見ながら言葉を返す。
「…遠慮は、しないでくれよ」
皇女は儚げに。どこか、寂しそうに呟く。
「旦那様が力を隠してあるのは分かっておる。何か事情があるだろうことも。その力、見られとうないのじゃろ?」
「……流石ですね、マルファムル様。お気付きでしたか」
マクルスは少し目を見開き、驚いた様子を見せる。
「私が持つ力は…余りに強大で、昔、ふとしたきっかけで力を使ってしまい、友だちを傷つけて以来、自ら封じているのです」
マクルスは地面へと視線を落とし、遠い過去を思い起こしながら、言葉を紡ぐ。
「なるほどの。じゃが、私になら遠慮せず使えるじゃろ?私の力は旦那様より遥かに強大じゃからな!」
どこか自信満々に返す皇女。その姿を見たマクルスは、クスッと笑ってしまった。
「ん?なんじゃ?なぜ笑う?」
「ふふっ、いえ。マルファムル様があまりに頼り甲斐がありまして、それで」
「絶対違うじゃろ?それ!」
マクルスは、今までずっと思い悩んでいたことが、頭の中、心の中でモヤとなって溜まっていたものが、すーっと霧が晴れるように消えていくような気がした。
マクルスも皇女同様に、力を持つ者。それ故に、理解し合える部分があったのだろう。
ーーー
マクルスは力一杯地面を蹴り、加速。観客が目で追えない速さまで到達するやいなや、
「部分獣化」
呟いた。全身に纏う雷が筋肉の動きを助け、超人的な動きを見せる中、マクルスの両手両足の形が変わっていく。
腕や脚から生えている薄く黒い毛が伸び、豪毛へと変わる。毛から色素が抜け、黒が灰に、灰が白へと変色。爪が鋭利に、そして太く、丈夫に伸び上がり、人の手の平だったものは、犬や狼に似た肉球へと変貌を遂げる。腕は肘から上、脚は膝から下のみが変化。靴や服は変化とともに、一緒に姿を変えていた。特殊な素材を使っているのだろう。
変化したことにより、より確実に地面を掴むようになった脚。単純な脚力の向上により、マクルスのスピードは更に上がる。そして、凶器となった両手で、皇女へと襲いかかる。
観客はマクルスの残像させ、捉えることはできず、ただ、何かがぶつかり合う音のみを楽しんでいた。アセナ狼国の住民は、マクルスの本気を目の当たりにし、感動。バネルパーク皇国の住民は、当然だ、と言わんばかりの我が物顔で、戦いを見守る。
マクルスが武器を持たないのはこれが理由だ。武器は人が使うようにしか設計されているため、獣の手には馴染まない。それに、今まで、魔法や身体能力だけでどうにか出来ていたのもあり、余計に武器を持たなかった。外交の時は、丸腰で他国を訪れるため、向こう側が勝手に良い解釈をして、上手くいくことも多かった。
皇女は腰の鞘から三日月刀を抜く。そして、一瞬、蜃気楼のように揺らぎ、その姿を消した。先ほどまでの打撃音から、金属同士がぶつかり合う音へと変わる。爪と刀が接触し、あちらこちらで火花を散らす。
側から見れば互角の戦いをしているように見えるが、形勢は皇女の方に傾く。純粋な実力は皇女の方が圧倒的に上だが、戦闘経験と修羅場を潜ってきた数はマクルスの方が多い。実力差を経験で埋める…がしかし、その差はまだまだ埋まりそうになかった。
傷付けば、部分獣化した毛足の雪のように真っ白な毛が、血でうっすらとしたピンク色へと変わっていた。だが、マクルスは諦めない。
「まだだ!まだ諦めない!…っ、完全獣化!!」
マクルスの呟きとともに、全身からふさふさの毛が急速に伸びる。手足と同じ純白の毛が生え揃い、人だった骨格は狼のそれへと変貌を遂げる。服や帽子は取り込まれ、痕跡すら残らない。全長は約2m、人フォルム時の身長より30cmほど大きくなっていた。
二足歩行から四足歩行へと移行し、そのスピードは更に向上。皇女でさえ、目で追えないほどの速度へと。そして、
「ーーーっ!」
マクルスは皇女の左腕を根本から噛みちぎった。鋭く尖った牙で、二の腕に噛みつき、速度を乗せ、勢いを乗せ、噛みちぎった。対応されるより早く。まさに初見殺しだ。
「あっははは!!!」
腕を噛みちぎられた皇女は、笑った。心の底から楽しそうに。
「腕がなくなったのは初めてじゃ!あっはは!こりゃー痛いのぉ!!」
皇女は無くなった左腕の根本に右手を置き、凍らせて止血すると、すぐさま、その場から動き出した。止まっていては的になるだけだと判断したからだ。
「氷の礫」
左腕に置いていた右手を戻しながら横一文字に振り、手の平から大小さまざまな形の氷を放つ。高速で移動するマクルスの動きを少しでも阻害しようと試みた。
実際、異能力者バトル物でよくある高速移動は、雨や雪といった天候に弱い。移動速度が上がれば上がるほど、雨が身体に当たる痛みは比例して増していく。歩きながら雨に打たれるのと、原付で走行中に雨に打たれるのとでは、段違いに痛み方が違う。高速移動はそれをさらに早くした版だ。目に雨が入れば失明レベルだろう。
マクルスもそれは承知の上だった。だから、すぐさま、対抗策を打って出た。
「狼炎」
真っ白な毛並み。暮れ始めた夕日が、毛の中の空洞に入り、橙色に反射する中、内側から徐々に青色が見え始める。青空と夕焼け空が混合する毛並み。マクルスは、口を大きく開け、蒼い炎を吐き出した。毛並みから青が薄れていき、元の色へと戻っていく。
蒼い炎は、意思を持ったように動き出すと、3体の小さな狼へと姿を変えた。そして、宙を蹴り、舞い散る氷へと一目散に走り出すと、まるで子犬がおもちゃを噛むように、遊び出した。皇女の放った氷は、狼たちに噛み砕かれ、炎の熱で溶かされ、更には溶けた水が水蒸気へと変わっていく。蒼い炎は完全燃焼の炎。その温度の高さは計り知れない。
「おぉ!?なんじゃそれ!?」
驚きを隠せない皇女。久方ぶりの胸踊る戦いに、皇女は興奮気味。
皇女が狼に目を取られている隙に、マクルスはその速度で、皇女の後方へと移動。隙だらけの背中、もう片方の腕を噛みちぎれば、もう一歩、勝利へと近付く。マクルスは口を大きく開け、獰猛な顎を皇女の腕へとーーー
「雷帝ー光臨ー」
刹那、皇女が魔法を唱える、何かされる前に攻撃しないと、焦るマクルスは急いで口を閉じた。だが、口の中にあるのは空気だけ。今さっきまで目の前にいたはずの皇女がいない。
「旦那様の本気、よー見せてもらった。私も少し、本気を出そう…人にはちと過ぎる魔法でな」
マクルスの耳元から声が入ってくる。急いで振り向くが誰もいない。首を振り、周りに視線を配るが、やはり誰もいない。マクルスは、すぐさま動き出した。速度を上げ、ステージ上を走り回る。だが、皇女の姿はどこにも見えない。時折、チラチラと陽光が目に差し込む。
「…陽光?今はもう夕暮れのはず」
マクルスは違和感に気付く。そう、チラチラと光って見えるのは太陽の光ではなく、皇女が移動した残滓。雷帝は、雷の膨大なエネルギーを身体に落として取り込むことで、爆発的な力を得る魔法だ。
皇女が使ったのは、その上に位置する上位魔法。人が存在すら知り得ない魔法の極地の一つ。雷帝ー光臨ーは雷や光と同じ速度へと身体機能を向上させる魔法。雷帝は所詮、雷の力を借りているだけに過ぎず、雷と同じ速度で動けるわけではない。
そして、皇女が光の速さで動くたび、そこに残った残像が残滓となり、キラキラと光の粒を見せていた。
マクルスはその魔法を知らない。だが、今自分が置かれている状況の悪さにいち早く勘付いていた。有利から劣勢。形勢逆転とはまさにこのことだ。
「土鎧、土壁!土棘!!」
すぐさま、身を守るため魔法を発動。自身には土の鎧を被せ、自分を中心に上下左右の各方向に長方形の壁を作り出し、その外側から無作為に地面を隆起させる。即席の要塞の出来上がり。
雷帝と獣化による速度のアドバンテージはすでに消えた。だから、マクルスは皇女の魔法を知るため、守りに入る。
だが、遅かった。皇女は既に土壁の中にいた。正確にはマクルスが魔法を唱える前にはもうそこにいた。
「一度試して見たかったんだ。旦那様のその鎧、どれだけ硬いのか」
皇女の呟きが小さく響いた。獣化することで聴力も向上したマクルスの耳に、その声は確実に届いていた。
そしてーーー凄まじい音と衝撃がマクルスの横腹を襲う。分かったことはただ単純に殴られたことだけ。土鎧に、自分よりもほんの少し小さな拳の跡がくっきり残っていたからだ。
本来、光の速さで殴れば身体はその速度に耐えられず崩壊する。雷帝による身体強化は、身体の強度も底上げするが、それでも耐えられない。ただこれは一般人の例であり、皇女には適応しない。
マルル・クルルと初めて遭遇した日に見せた超高速走行が良い例だ。あれは、雷帝ー光臨ーよりも早い。光速を超えた超高速。ブラックホールが光を飲み込むように、宇宙物のSFでワープするように、光を越える。だが、あれは主に移動用であり、ぼこすか殴り合う戦闘には適さない。
ーーーそれはなぜか?簡単な話だ。そんな速度で殴れば、いくら丈夫な皇女でも、怪我をしてしまうからだ。そのため、今回は、雷帝ー光臨ーを選択した。
雷による膂力の向上+光の速さの上乗せ。
今の皇女のパンチは、仮面ライダークウガのライジングアルティメット時の100tとほぼ変わらない。そんな力で殴られれば、流石の土鎧でも守りきれない。土鎧内部のマクルスまで打撃は届いていた。
「くっ…!」
脇腹に走る痛み。殴られ、浮いた身体。早く地面に着いて、と願うマクルス。だが、皇女は待ってくれなかった。
マクルスの肉球が地面に触れる寸前、二撃目が炸裂。次は反対の脇腹。そして、目にも止まらぬ速さで皇女の乱撃がマクルスを襲う。各一撃が即死の威力。殴った後、遅れて打撃音が辺りに響く。ーーー勝利が確定した。
打撃音が止み、両者共に魔法が解ける。土壁の中から、皇女が現れた。気絶したマクルスをお姫様抱っこしながら。
マクルスの姿は、人に戻っていた。余りの痛みに、気絶し意識を失い、そのおかげで獣化が解けていた。
「しょ、勝者!!バネルパーク皇国!マルファムル・ファン・バネルパークお姉様!!!」
「よって、今大会の覇者は!お姉様に決定ー!!」
「「各騎士団のみんなは、お姉様をトップとして認識を改め、騎士団総督となったことを肝に銘じるように!!」」
マルル・クルルの締めくくりの言葉とともに、歓声と拍手が巻き起こる。バネルパーク皇国の住民は誇らしげに頷き、アセナ狼国の住民は泣きながら、王の健闘を讃えた。
こうして、3日間に及ぶ、騎士団総督を決める大会が幕を閉じた。




