7話:騎士団総督 その5
準々決勝の末、残ったのはーーー
バネルパーク皇国
副団長 マルネ・ロマンチカ
二番隊隊長 アネモネ・ハーツ
シード枠
皇女 マルファムル・ファン・バネルパーク
国王 マクルス・オウルハイム
4人中3人がバネルパーク皇国という結果となった。
その事実は、バネルパーク皇国が武具製造だけでないことを物語っていた。
準々決勝の後、剣闘士たちの勇姿を讃え、晩餐会が開かれた。幸い、ヴァールの力で身体は元気な状態。酒を飲み交わし、食事を済ませると、マクルスと皇女を除く剣闘士たちはそそくさとその場を後にした。
身体は治っているとはいえ、精神的な疲れがどっと出ていた。それぞれが身体に湯を通し、床に就く。
一方、マクルスと皇女は晩餐会が終わるまで参加していた。剣闘士たちのことも勿論だが、新しいこと続きで疲れている住民たちへの労いの席でもあった。
夜遅くまで続いた晩餐会。終わった頃には、頭上に綺麗な満月が登っていた。今日はいつもより月が強く光っていた。マクルスと皇女はともに、仮住まいへと戻っていく。まだ緊張が抜けないマクルス。それを笑いながらたわいない話をする。
うまく目を合わせられず、下を見たり、周りを見ていたマクルスは、意を決し、横を歩く皇女へと視線を合わせる。風でなびいた髪が月明かりを受け、煌びやかに舞う。少し赤くなった頬と血色の良い唇が妖艶な雰囲気を漂わせ、流し目で遠くを見る瞳がより一層艶かしさを際立たせていた。
マクルスは様々な衝動を、唾とともに飲み込む。そして、心の底から、どうにか、勇気を振り絞った。
マクルスの手が、宙を寂しそうに揺蕩う皇女の手を、掴む。皇女は少し驚いた表情を見せ、次に、微笑んだ。
「なんじゃ?手、繋ぎたかったのか?」
少しイタズラにはにかみながら、頬をなお一層赤らめる。様々な男を食い物にしてきた皇女にとって、マクルスのようなウブな男は初めてだった。行為に至るまでの経緯を楽しむ、そんな余裕を感じていた。
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夜が明け、朝日が昇る。本日のスケジュールとして、準決勝の後、決勝まで行われ、ようやく、騎士団総督が決まる。バネルパーク皇国派は勿論皇女の優勝は当たり前だと思い、アセナ狼国派はマクルス王の優勝を願う。
早朝が過ぎ、太陽が上へ上へと昇る。朝の支度を済ませ、手が空く時間に合わせ、開催の空砲が空に上がる。その音を頼りにギャラリーが集まり始める。
30分も経たずに、観客席は満員。全住民の数、用意された椅子にそれぞれ腰掛ける。そして、昨日からお馴染みであるマルクル姉妹が登壇する。音魔法の調整を済ませ、開口一番の声を上げる。
「「盛り上がってるかー!!!!!」」
マルクル双方の怒号が飛び交う。
ざわつき、活気に満ちていた観客たちから、コールアンドレスポンスのごとく、声が返ってくる。
「本日も司会を務めるマルルとー!」
「クルルです!」
双子の姉妹も興奮しているようで、いつもよりテンションが高い。それもそのはず。本日、準決勝一回戦は、この人から始まる。
準決勝一回戦ーーー
「昇った陽光に照らされ、御身を更に輝かせる麗しの王女」
「時折吹く緩やかな風は髪を整え、煌びかせる」
「「昨日の準々決勝から目が離せないって人も多いはず!さあ!今!最も!推せる!この方の登場だー!!我らが王女!!マルファムル・ファン・バネルパークお姉様のご入場!!!」」
昨日と同じ鎧を身に纏い、皇女が登壇。
昼間の陽光を受ける鎧は、先日の夕日とはまた違った様相を見せる。どこか影のあった淡い水色は、キッパリと濃淡が分かれ、爽やかな印象を抱かせる。
皇女は昨日と同じポニーテールで登壇する。観客たちは晩餐会の時にしていたハーフアップの印象がまだ残っているようで少し残念そうだ。
手を振り、観客の声に応える。
そして、マルクルたちが対戦者の紹介を始めるーー前に
「皇女っ様ぁ〜!♪」
アネモネが現れた。ピンク髪を皇女と同じくポニーテールにまとめ、満面の笑みで皇女を呼びながら、駆け寄る。抱きつこうと腕を伸ばすアネモネの頭を、皇女の右手が押さえつける。
「やめろ、うっとおしい」
「ええ〜!いいじゃないですかぁ〜ちょっとぐらいぃ〜!」
その状況に驚く観客たち。司会進行のクルルが怪訝そうな顔で声をかける。
「はぁ…紹介前に出てこないでもらえるかな?アネモネちゃん」
「…あはは、ごめんなさーい」
満面の笑みがクルルの言葉とともに、少し歪む。苦笑いをしつつ、アネモネは皇女から離れる。
「ちっ」
どちらともとれる舌打ちが響き、マルルが進行を進める。
「えっと、バネルパーク皇国二番隊隊長 アネモネ・ハーツ!入場ー!です…」
少し困った様子のマルル。誰がどう見ても、アネモネとクルルの仲が悪いのはよく分かった。マルルはそれに振り回されている。
紹介が終わり、両者定位置に着く。そして、マルクルの合図とともに、今、戦いが始まった。
まず、アネモネが腰につけた鞘から剣を抜き取り、構えた。
「最初から本気でいくにょろ〜ん!!」
踏み込むと同時に、素早い速度で皇女との距離を詰める。両脚に風を纏わせ、速度を上げる魔法:風脚を使い、間合いに入った相手へと横なぎに剣を振り切る。
一方、皇女は既に三度手を叩き、武器を精製。宙に浮かせながら左右後方に展開。最後の一本を手で持ち、横薙ぎに襲いかかる凶刃を受け止める。
激しい音ともに、3方向全ての武器から火花が散る。
「あっはは!♪さっすが皇女さま!これに気付くなんて!」
アネモネは手で持つ剣だけではなく、透明な風の鎌:風鎌を2つ、皇女の後方を狙って飛ばしていた。皇女はそれを直感で気付き、止めてみせる。
恍惚な表情を浮かべるアネモネ。続け様に魔法を放つ。それはまるで、新しいおもちゃで遊ぶ子どものように。
「暴風鎌っ!!!」
カミーユとの準々決勝で見せた風の魔法。鎌を形成する風を自発的に暴走させる。アネモネの声で同時に、風が一気に膨れ上がり、爆ぜる。
「滝水」
皇女はそれに対し、魔法で対応する。爆ぜた致死率高めの風が当たる寸前、空から大量の水が滝のように流れ落ちた。圧倒的質量の水が、爆散する風を地面へと叩き落とす。
滝のような雨は、二人の周りだけ降っている。観客たちからは何も見えないほどの豪雨。
アネモネは風の刃で傷つかないよう、自前の風の盾を周囲に展開していた。雨がその外側に降り注ぐ。だが、その盾もそう長くはもたない。普通の雨と違い、滝のような水量が襲いかかるからだ。
アネモネは、雨が止むのも待った。だが、皇女がそれを許すはずもない。豪雨の中、傘を差せばそこに人がいるのが分かるように、アネモネの姿は皇女に丸わかりだった。
一方、アネモネは皇女の姿を確認できずにいた。辺りが見えないほどの雨と滝行をしているかのように間近で聞こえる轟音。歩きながら近づいてくる皇女に全く気付かない。
皇女はアネモネの背後に立った。そして、腕を引き、風の盾を殴る。衝撃とともに、弱くなっていた盾は解け、そよ風となって散る。それに気付いたアネモネだったが、時すでに遅し。皇女の右拳が顔面にクリーンヒット。
あまりの強さに耐えられるはずもなく、吹き飛んだ。ぬかるんだ地面に叩きつけられ、転がる。泥だらけだ。
皇女は追撃はしなかった。相手が立ち上がるのを待つ。
「きひっ、きひひひっ!」
気味の悪い笑い声が聞こえてくる。その発生源はアネモネだ。ピエロのように口角の上がった顔からは、嬉しさと興奮が滲み出ていた。
「まだ隠しとるじゃろ?もう一方の魔法、使ってくれんか?興味があってね」
まだ地面に倒れ込むアネモネを、見下すように声をかける。雨が頭に当たり、おでこを通って、顎下へと落ちていく。観客から見えないが、その姿は、まさしく、水も滴るいい男。皇女は女だが。
皇女の挑発に対し、アネモネの口角は更に上がる。きひきひと笑い声を漏らしながら、立ち上がった。
「いいんですか〜?殺しちゃうかも♪しれませんよ〜?」
「構わん。それに私が死にそうになれば、ヴァールが勝手に判断して治してくれるからの」
「んふっ♪じゃー遠慮なく」
アネモネはくねくねと身体を捻っていたが、ピタッと止まり、両腕を広げ、手を開く。
「鎌精製♪」
アネモネのもう一つの魔法。それは、鎌特化型の創造魔法。皇女の武器特化型と似ているが、鎌だけに限定している分、イメージがしやすく、姿形だけでなく、細部まで作り込むことが出来る。
極彩色の粒が集まり、現れた柄を手で掴む。アネモネは考えた。腰に携えた剣では刀身が大きすぎる。この大量の雨の中、刀身に乗る水の重さは計り知れない。そのため、鎌の刃先は出来るだけ細く、弧を描くように作り、それを支える地金の部分は蜂の巣状のハニカム柄にした。そうすることで、雨が蜂の巣状の穴を通り、落ちていく。耐久度が少し心配だが、壊れればすぐに作り直せる点でカバーすれば良い。
両手にその鎌を持ち、構える。それを見た皇女は手を叩いた。
「お?考えたな〜私もそれ真似よっと」
アネモネのアイディアを真似て、愛用する三日月刀にハニカム柄を足す。刃先だけ残し、刀身を変える。皇女も両手に一本ずつそれを持ち、自然体で構えた。
降り頻る雨。ザーザーと聞こえる音が、外にいる観客の声を吸収し、かき消す。2人の間に、緊張が走る。
一方、中の様子が見れない観客は、ざわついていた。観客は痺れを切らし、ブーイングが起こり始める。マルクルは会場の空気を察し、観客席にいるマクルスに相談。マクルスはすぐさま各部隊から光と音、風と木、氷の魔法を使える者を選抜。
木で一方向だけ長方形に穴の開いた手の平サイズの箱を作る。その穴を正面とし、側面に10mmほどの穴を複数開け、後面に少し大きめの穴を一つ開ける。箱の中に光と音を吸収する魔法を詰め込み、長方形の穴を内側から氷で閉じる。凸凹のない綺麗な氷面を作り出し、後面の穴から中が空洞の蔓を伸ばす。
次に、10倍ほどの大きさの同じ箱を4つ木で作り、中に光と音を放出する魔法を詰め込み、同じく氷で閉じて、手の平サイズの箱から出ている蔓を枝分かれさせ、それぞれの後面の穴に取り付ける。
複数人で風魔法を使い、手の平サイズの箱を浮かして、豪雨の中へ。1人だと雨で風が潰されてしまうが、何人かでやれば耐えられた。そのまま、箱は豪雨の中を進み、皇女とアネモネを見つける。箱の中に内包された魔法が氷を通し光を、側面の穴を通し音を吸収し、蔓を伝って、繋がっているもう片方の箱へと伝達。
ザザザと雨の音を拾いながら、氷の画面に映像が投影され、側面の穴から音が出始める。次第にクリアな状態に変わっていくと、画面には皇女とアネモネがクッキリと映し出された。大きい箱×4つは、東西南北に風魔法で浮かして設置され、全観客が鑑賞できるようにしていた。マルクスの作戦は大成功。観客からは拍手が送られた。現代におけるテレビで流れる中継映像である。
観客が箱を通し見守る中、一際大きな雨粒が天から落ちてくる。それが地面にぱちんと弾けたーーー瞬間、アネモネが大きく腕を振り、次に走り出した。
振った手から2本の鎌が放たれ、円を描きながら、皇女へと向かう。そして同じハニカム柄の鎌を両手に精製。空を舞う2本の鎌とアネモネが持つ鎌が皇女と接触したのはほぼ同じタイミングだった。
アネモネは、下げた両腕を広げ、交差するように振り上げる。皇女を中心にバッテンを描くように、4方向から鎌が襲いかかる。
アネモネは予想していた。皇女は両手に持つ剣を投げ、上から襲いかかる鎌に当てる。そして、手を2度叩き、精製した剣を両手で持って、下から来る自分が持つ鎌へ向け、押さえるだろうと。アネモネは、相手からは見えないよう鎌の側面に風の刃を忍ばせていた。剣で防げば、第二の風の刃が両手首の腱を切り裂く。そして、そこからは怒涛のラッシュでこの勝負を決める。
こぼれ落ちそうになる笑みをぐっと堪える。アネモネの鎌が襲いかかる中、今まさに、皇女が手に持つ剣を投げーーなかった。
皇女は突然、左脚を浮かし、そのまま右脚の方へと曲げ始める。素早く動く脚は、右脚を過ぎ、骨盤、腰まで捻れていく。常人では考えられないほどよく曲がる柔らかい身体が限界に達した時、指で押さえつけたばねが離した瞬間に一気に跳ね上がるように、右脚を軸に急回転。伸ばした腕がともに回転し、手で持つ剣がともに回る。剣はアネモネの両手に持つ鎌を弾き、上から来ていた鎌も弾き飛ばした。隠していた風の刃も相殺され、アネモネの予想は、大きく外れる形となった。
そして、その一瞬の動揺を皇女は見逃さなかった。回転は旋風のように素早く動き、アネモネを強襲。
反応の遅れたアネモネは、左腕の小さな盾を反射的に構えた。だが、小さな台風と化した剣の暴風の前には無力。小さな盾は3度も剣を受ければ、ヒビが入り、割れ、崩れ落ちた。
剣が、盾があった腕に当たる。吹き出した血は、目の前の台風へと吸い込まれ、飲み込まれる。周りの空気を巻き込みながら、大きくなる嵐を前に、アネモネは久しぶりの恐怖を感じた。
バックステップで距離を取ろうにも、吸い寄せられる。鎌を作り出し、斬りかかろうにも弾かれる。
「きひっ♪ーーー皇女様…最高ぉ…!」
アネモネの吐き出した言葉は、嵐に飲まれ、その身体も吸い込まれた。
激しい風が止む。旋風は雨雲を吹き飛ばし、晴々とした陽光がステージを照らす。その場に立っていたのは、皇女ただ一人。アネモネは、身体中切り刻まれた状態で倒れていた。嵐に巻き込まれたにしては軽傷で、5体満足、手足のちぎれもない。
皇女は、アネモネを巻き込んですぐ、首元に剣を当て、気絶させていた。痛みに強いアネモネが気絶するほどの衝撃で、少し首の骨が折れてはいるが、生きている。
「勝者ぁ〜!!お姉さまぁ〜!!!」
クルルが心底嬉しそうに勝者を宣言。皇女対アネモネの対決は、皇女の勝利で幕を閉じた。




