31話:勇人の過去
「勇人、前を見て歩きな!例え、私がいなくなってもね!」
姉さんが中学に上がってから、毎日のように俺にそう言ってきた。変な口癖だと思ってたけど、その意味がある日、ようやくわかった。
姉さんが、死んだ。病気だったらしい。
俺は、一切そんな素振りを見せなかった姉さんが、死んだことが信じられなかった。タチの悪いドッキリか何かだと思った。
でも違った。それは、現実だった。
姉さんが中学に上がってすぐ、健康診断があった。どうやら、そこで、肺に影があることが分かり、大きな病院に行ったようだ。
病名は、肺腺癌。肺に出来る癌だけど、全身を通るリンパ腺に乗って、あっという間に姉さんの身体全体を蝕んでいった。
年齢が若かったからか、癌の進行は早く、健康診断から次の診察までの間に、あっという間に進行。
診断結果は、ステージ4。癌は、肺、脳、全身の骨にまで転移していた。
ちょうど夏休みだったこともあり、すぐさま入院。まずは、脳にある癌を無くすため、放射線を当てる。大きな癌を潰し、小さくなった癌を抗がん剤を投与し、更に小さくしていく。
肺や全身の骨にある癌は、抗がん剤で対処する。数が多いため、放射線では代謝しきれなかったようだ。
姉さんは、抗がん剤の副作用で髪が無くなった。綺麗な黒のロングヘアーがトレードマークだった姉さんは、泣きながら、バリカンで剃ったらしい。俺の前では、常にウィッグを被っていたから全く気付かなかった。
俺にとって姉さんは、人生の師匠のような存在。そんな存在が、急にいなくなったものだから、俺の心は支えを無くした橋のようにグラつき、倒れてしまった。
それからは何をするにも無気力で、やる気が微塵も湧かなかった。でも、姉さん譲りの美顔と母さん譲りの頭脳、父さん譲りの体格のおかげで、中学、高校は難なく卒業する事ができた。
だけど、俺には友だちが出来なかった。自分から作ろうとしないのだから、当然なのだけど、それ以外にも理由があって、俺はなぜか異性から言い寄られることが多かった。同性から反感を買うほどに。
大学に行く意味を見出せず、そのまま社会人になって、早3年が経ったある日、それは突如として起きた。特別なこともなく、嫌なこともなく、ただただ普通の日だった。
俺は、どうしようもなく死にたくなった。
なにぶん容量が良かったため、大抵のことはすぐ覚え、仕事をこなしていた。1年目で有望視され、でも、2年、3年と経つに連れ、向上心が無いのがバレ、周りから見放される始末。そんなこと、俺が望んだわけじゃないのに。勝手に期待して、勝手に失望したのはそっちじゃないか…
その後、上司は、新しいことは挑戦させず、今まで通りの業務を振ってくるようになった。俺自身それで良かったし、給料が貰えるのであれば、良いと思っていた。
ただ、1年後に中途で入った一歳上の後輩が、新しい事にどんどん挑戦していく姿を見て、胸がチクリと痛むことはあった。でも、元々の性格だから、仕方ない。自分にそう言い聞かせ、いつもと変わらない作業をする。
このまま歳をとり、死んでいくんだろうなと思っていたんだけど、その日は来た。
朝出社して、昼を過ぎ、15時を過ぎた頃だったと思う。突如、『プツンッ』と何か切れるような音が聞こえた。張っていた糸が切れるようなそんな音。
周りをキョロキョロと見るが、他の人は全く気にした様子はない。何だったんだろ?そう思いながら、仕事を進める。
その日の帰り道。定時で仕事を終え、いつもと同じ時間の電車を待つ。イヤフォンからはいつもと同じ音楽が流れている。
『〜♪〜♪〜♪』
音ともに、ホームへと入ってくる電車。最前列にいた俺は、一歩踏み出す。
電車はいつも通りの場所に止まり、自動ドアが開く。出てくる人を待っていると、その人らを押し除け入っていくおばさんがいた。ダッサ、ああいう大人にはなりたくないなーなんて内心で呟きながら、電車に入る。
席に座り、スマホでゲームかツイッター。何も考えず、ただ作業のように。50分かかる通勤時間という暇な時間を、浪費していく。
最寄駅から家までは歩いて20分ぐらい。俺は、ゆっくりと歩きながら、帰り道にあるホームセンターに寄る。
必要な物を買い込み、家へと帰宅した。家に着くやいなや、買ってきた物を準備し、夕食の支度を始める。
一人暮らしの夜。その日は満月だった。今年で21歳。酎ハイを片手に、夕食を食べる。
「姉さんが生きていたら、26歳か。アラサーとか言ったらぶん殴られるだろうなー…姉さんのパンチ、痛かったもんなぁ」
幼き日を思い返す。昔はよく殴られたものだ。ダサいこと、カッコ悪いことをするとすぐに殴ってくる。「正義の鉄拳だ!」とか意味不明な理由で。
「ふふっ、思い出すとめちゃくちゃだったな、姉さんって。―――はぁ…姉さん、俺もう疲れたよ。何でか分からないけど、ひどく疲れたんだ。上司に怒られたわけでも、嫌なことがあったわけでもない。でも………もう、そっちに行っちゃダメかな?
なんてね。そんなことしたら、父さんも母さんも困っちゃうよな、ははは、は、はは…」
必死で笑おうとするけど、空笑いしか出てこない。俺は早めに夕食を済ませ、風呂に入り、電気を消して、布団に入る。
俺は、眠る様に死んでいった。後で発見した人が見れば、だけど。
帰り道のホームセンターで買ったのは、練炭とチャッカマン、それに養生テープ。帰ってきてすぐ、窓や扉の隙間に養生テープを貼り付け、空気の逃げ道を無くす。
ワンルームの部屋の中央に練炭を置き、火をつける。練炭から出る一酸化炭素が部屋中に充満するには、それなりの時間がかかるため、その間に夕食と風呂を済ませ、濡れた髪を乾かさないまま、布団に入った。
練炭自殺は楽に死ねる。前にテレビで見たんだけど、どうなんだろ?なんて思っていたら、徐々に手が痺れてきた。
「あぁ、このまま死ねるんだ――――ぅ、ぅうううぇえぇ!!!!!」
突如来た凄まじい吐き気と強烈な頭痛。
「なんっだよ!こっれって…うぅぅうえぇぇぇええ!!!はぁはぁ、やばっ、い…気持ち悪い…はぁはぁ、でも身体が、動かな、い…」
布団に横向きで寝てる状態で、身体が動かなくなり、夕飯に食べたカレーを吐き出す。
「はぁはぁ…臭い、し、全然楽に、死ね、ない…喉も、乾く」
何度も吐いたことで、胃酸でやられて、喉がカラカラに。喉が乾いてしょうがない。でも、少しずつ死んでいくのが分かる。
「あぁ…もう―――――(あ、死んだ)」
こうして、喉がカラカラの中、俺は死んでいった。結構苦しかったけど、死が近付いてくるあの瞬間は、案外心地よかった。普通は怖くて、死ぬことを辞めようと思うんだろうけど、俺には、終わりが見えて、嬉しかった。長かったレースのゴールが見えてきた様で。
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