10話:彷徨いの森①
彷徨いの森。日中夜、365日、常に霧が立ち込め、昼間であっても、霧の中に含まれる水分が、太陽の光を拡散する。薄暗く、高湿度の森。
この世界には方位磁石というものが存在しておらず、その代わりに、音属性の魔法を使い、反響を利用することで、周囲の地形、どこに生物がいるか、などを知ることができる。
ちなみに、勇者のパーティで使えるのは、マホと皇女のみ。
しかし、今、勇者一行は、散り散りに分かれていた。
立ち込める霧に視界を奪われ、一人、また一人と離れていき、気が付けば、周りに誰もいない状況に陥っていた。
「はぁーめんどくさいのぉーなんかジメジメしとるし。はぁー嫌じゃ嫌じゃ。ヴァール、この霧、全部喰えんか?」
周りに誰もいないことを確認し、ヴァールに話しかける皇女。
「この霧の発生源が解らないからなーこの森ごと全部喰うことは出来るけど、そうしたら、勇者たちも喰っちまうけど、いいのか?嬢ちゃん?」
「うーん、それは困る。勇者たちがいなくなれば、西の大国が黙っちゃいないだろうし、あの数を相手どるのは、流石のわたしでも手こずる」
皇女とヴァールが話をしている最中、彷徨いの森から少し離れた丘の上。
森全台を見下ろすことが出来る場所に、大勢の人が集まっていた。
「目標を発見。みんな、発射準備を」
「―――発射準備完了いたしました、副団長」
「ありがとう。団長、いつでも発射できますが、どういたしますか?」
「まずは、様子見だ。―――マルサ、射て!」
「はっ!」
団長と呼ばれた男が命令を下すと、円筒を構えた部下が、手元にある引き金を引いた。
『バァァン!!!』
壮絶な爆発音とともに、円筒の先から、火球が放出。
細長い円筒の中で凝縮された火が、一気に放たれる。
蛇口を強く開いた時、細い管から勢いよく水が出るように。
火球は、皇女目掛けて、一直線。
「嬢ちゃん、なんか飛んでくるぜ!?」
「なんかってなんじゃ―――って、うわっ!?」
狙いが少し外れたようで、火球は皇女に当たらず、近くに被弾。
火球の威力は凄まじく、被弾した大地は、赤く焦げ、フスフスと煙を上げている。
「狙撃じゃと!?ヴァール、近くに人の気配は!?」
「索敵範囲内にはいねぇな。それより外から、射ってるみたいだ」
「索敵範囲の外側からじゃと?こんなに濃い霧の中、こうも正確にわたしを狙えるものか?」
「わからねぇ。普通だったら無理だろうが…」
「ちっ、めんどうじゃ。空駆で森の上空に出て、確認してやるわ!」
「それはやめといた方がいいと思うぜ、嬢ちゃん。今の一撃で分かる。相手は狙撃のプロだ。森を出た瞬間、蜂の巣にされるぞ」
「…っ!」
ヴァールの真剣な忠告に、無言で答える。
事態の深刻さを理解した皇女は、周囲に視線を送る。
「着弾失敗しました。すんでのところで、軌道がズレ、地面に着弾」
「ふん、運の良いやつだ。だが、まだまだ終わらんぞ!マルサ、カルミ、アルタ、一斉に射て!!」
「「「はっ!」」」
爪を噛みながら、団長は指示を飛ばす。
部下たちは、目を瞑り、円筒を構え、引き金を引く。
火線が空を切り、皇女に向かって、3発の火球が襲い掛かる―――が、しかし、火球を視界に捉えた皇女は、華麗な身のこなしで、全てを回避。
かすることもなく、無傷のままだ。
「またも着弾失敗。しかし今回は、相手に避けられました。目標は、相当な実力のようですね?」
「当たり前でしょ?あのお方は、至高にして最高の存在―――じゃなかったわ!あの野郎!このわたしを操るなんて!なんて素敵!―――じゃないじゃない、なんてやつなの!!でも、あのお方のことだから、きっと……あなたたち、ずっと攻撃し続けなさい。そうすれば、勝機はあるわ」
中性的を履き違えた口調の男が、何か作戦を思い浮かんだようで、部下たちはそれに従い、連続して攻撃を行う。
彷徨いの森。天気予報は、濃霧ところにより火の玉。
上空から押し寄せる複数の火球を、全て避けていた皇女。
だが何度も目にしている内に、火球の威力や軌道など、大体のことが分かり、慣れ始めていた。
「そろそろ避けるのも飽きたのぉ。もういいや、威力も軌道もだいたい読めたし」
そう言うと、先ほどまで俊敏に動いていたのをやめ、森の中を歩き始めた。
押し寄せる火球。吸い込まれるように、皇女へと迫る中、皇女は表情ひとつ変えず、淡々と歩いている。
「目標に着弾!直撃しました!―――し、しかし、目標、無傷です!」
「な、なにぃ!?我が騎士団が誇る火筒を直撃して、無傷だと!?」
「そりゃそーよ。あのお方は、魔法も一級品よ?その程度の威力じゃ、傷なんてつかないわ」
「それでは、どうしろと言うのだ!?我々は、勝ち目のない無謀な戦いをしているというのか!貴様は!?」
「なによぉ。皇女様の力を見たいって言ったのはあなただちでしょ?まあ、いいわ。それより、焦っちゃだめよ?皇女様が守りに入ったってことは、火球に危険性を感じなくなったってこと。だから、そこをつくの。
マルサちゃんは、魔力を溜めて最大出力で火筒を発射。た、だ、し、火球の大きさ、速度は変えずにお願いね。カルミちゃんとアルタちゃんは、変わらず、射ち続けて。マルサちゃんの火球をあなたたちの火球に紛れ込ませるのよ」
「「「いえす!マム!」」」
「誰がマムよ!わたしは男よ!」
火球が当たる少し前に、皇女は、魔法を唱えていた。
名前は、氷守。氷属性魔法であるそれは、自分の周囲に、任意の数、氷の塊を作ることが出来る。
霧が持つ水分を、自分の魔力の補助として使用し、幾重にも重ねた氷の強度は並大抵のものではない。
皇女は前方に、大きな氷を作り出し、火球を防いでいた。
「向こうか」
火球の飛んできた軌道を読み、大まかな発射地点を割り出し、そこに向かって歩き出す。
皇女は決して走らない。そうした方が、相手に精神的恐怖を与えられると知っているからだ。
降り注ぐ火球の中、一歩一歩確実に歩を進めていく。
回避する素振りは、全く見せない。
次々と火球が氷と衝突し、掻き消されていく。
「目標、歩き出しました。こちらへ向かって歩いてきます!」
「 よぉし、そろそろねぇ〜マルサちゃん、準備はいい?」
「はっ!いつでも発射可能です!」
「よぉし!じゃ―――射て!!!!!」
マルサが放った火球は、2人の火球と同じ速度で空を切り、皇女の前方に展開している氷に当たった瞬間、急激に膨らみ―――
「なっ!?」
「嬢ちゃんあぶねぇ!!」
『ドッッッゴォォォォンンンン!!!』
凄まじい火力とそれに比例するように音が弾ける。直撃した氷は跡形もなく氷解。
それに守られていた皇女も無傷で済むはずがなく、
「あ、ありえません…」
「どうした!?何が見える!?」
戦慄する副団長と詰め寄る団長。
「も、目標、無傷です…」
「なん、だとっ!?ありえん!ありえんぞ!あの威力であれば、小さな街など粉微塵に吹き飛ぶほどだぞ!?見間違いじゃないのか!?」
「な、何度見ても、変わりません…」
「うふっ。流石は皇女様…!あぁ〜そそるぅそそるわぁ〜!!」
驚愕の事実に慌てふためく2人と興奮した様子の男。
「もうここの場所はバレてると思うから、3人ともぉ、最大出力で射ちまくってぇ!!」
「「「いえす、ボス!」」」
「んん〜ボスっていい響き!」
男は、すぐさま指示を飛ばし、迫りくる皇女へと最大出力の火球で応戦する。
一方、皇女はというと、最大出力の火球が爆発する瞬間、ヴァールが瞬時に身体に纏わり付き、皇女に当たる爆発を全て喰らい、守っていた。
「すまん、ヴァール。油断した」
「別にいいさ、気にしないでくれ。それより、向こうには、嬢ちゃんの性格をよーく知ってる奴がいるみたいだな」
「ああ、そのようじゃな。生きておったのか―――心大臣のやつ」
皇女は、一連の攻撃の流れから、自分のことをよく知っている心大臣の指揮だということを理解した。
バネルパーク皇国を飲み込んだあの日、心大臣は既に国内にはおらず、逃げ切っていたことを、今知ったわけだ。
「どうするよ、嬢ちゃん?」
「ふっ、決まっておろうが…わたしの正体を知っており、なおかつ危害を加えてくる奴は、誰一人として生かしてはおけん。喰い殺すぞ、ヴァール」
「あいよ、嬢ちゃん」
生き残りがいたことを知った皇女は、徐々に歩く速度を上げ、目標へと近づいて行く。
放たれる最大出力の火球。一度見たことにより、その爆発の規模を把握した皇女は、それを配慮し、回避することを選んだ。
もちろん、目標に向けて進んでいるわけだが、回避するたびに遅れが生じるため、なかなか、目標につかないでいた。
「ボン、そろそろ逃げる準備出来たぁ?」
「うむ、問題ない。これだけの魔力があれば、逃げ切れるだろう。ま、お前たちには、少しの間、耐えてもらわねばならんだろうが」
「大丈夫よぉ〜それぐらい!みんな、死ぬよりはマシだって思うわよぉ!」
「うむ、ならば良いのだが。副団長、膜を用意してくれるか?」
「かしこまりました。ボンボルバート様。―――水膜」
「ありがとう。では、行くぞ。吹きあらせ!風のビート!!爆風、ブースト・ウィルラム!!!」
水属性の魔法を扱う副団長は、その場にいる全員を包み込むように、水の膜を展開。
一箇所だけ穴を開け、そこから、ボンボルバートが両腕を出し、その先端に魔力を込め、魔法名を叫んだ。
風属性の魔法を扱うボンボルバートは、台風を優に超える風量の風を生み出し、腕の先端から一気に放出。
展開している水の膜が、その力で浮き、勢いよく、飛んで行った。まるで気球のように。
心大臣は、もしもの時のために、逃げる策を考えていた。
いやむしろ、皇女に勝てると思っていなかったので、それを前提に勝負を挑んでいた。
では、なぜ、無謀だと勝てないと分かっていて、勝負を選んだのか?
それは、行動を共にする騎士団が原因だった。
@@@
バネルパーク皇国、インディグル竜国が消滅する前日、魅了を解除してくれた宮廷魔道士ボンボルバートとともに、心大臣は、インティグル竜国へと向かっていた。
バネルパーク皇国にいても、皇女に殺されるだけだと判断し、右大臣、左大臣や他関係者にも内緒で、自国を出ていた。
馬車で3日。歩いて、1週間もかかる道のりを、たった2人で歩いていると、途中で、清竜騎士団と合流。
騎士団から、今から皇女を倒しに行く、ということを聞き、心大臣とボンボルバートも付いていくことにした。
皇女が倒されるのであれば、自分が殺されることもなくなり、操られていたことへの鬱憤も晴らせる。
心大臣は、皇女討伐のために騎士団に協力することを決めた。
だが、騎士団がバネルパーク皇国についた時には、もう既に、そこには何もなかった。
戦慄が走った騎士団の団員たちは、すぐさま、馬車を走らせ、2日で自国にたどり着いたが、そこにあったのは、更地のみだった。
清竜騎士団は、もっとも守るべきはずだった自国を守れず、心大臣はそれをした相手が、皇女であることを理解し、精神崩壊を起こした。
それにより、性格が変貌し、中性的を履き違えたおねえのような口調になってしまったわけだ。
その後、騎士団たちは、皇女を殺すことを目標に動き出した。
まずは、皇女の動向に探りを入れ始めたところ、勇者と呼ばれる一行の仲間になっていることが分かり、行動を監視している内に、彷徨いの森という狙撃するには恰好の場所に行くことが分かり、それを狙っていたわけだ。
騎士団は、殺すべき相手である皇女の実力を知りたかった。
近くにいた心大臣は、ヴァールの力こそ見たことはなかったが、皇女自身の実力の高さだけは、知っていた。
毎日、仕事の前後に武術と魔法の稽古を続け、よく騎士団と稽古をし、唯一負けていたのが、騎士団長だけだったからだ。
もちろん、騎士団長に勝ってしまっては色々と面倒臭いと思った皇女が、手を抜いていたわけだが。
言葉で説明するより、実際に戦ってみないと皇女との絶望的な力の差をわからないと判断した心大臣が、今回の無謀な作戦を決行した。
そして、現在、爆風により、水の膜の中で団員たちがしっちゃかめっちゃかに飛び回りながらも、必死に皇女から逃げていた。
「あばばばばばば、だ、団長…気持ち、悪いです」
「た、耐えろ…マルサ、うっぷ」
「うぇぇぇええぇぇ」
「おっ、ぼろろおろおろろろろ」
上下左右、360度全ての方向に、ランダムに、高速に動く、コーヒーカップに乗っているような気分。
想像していただければ分かるだろう…三半規管がイカれ、とてつもなく気持ちが悪くなることを。
耐えられなくなった団員たちが次々に吐き出し、水膜の中でシャッフルされる。
全員の服に、もれなくそれが付くが、今は逃げることに専念していた。
@@@
時は少し遡り、騎士団たちが水膜を展開した直後。
「あやつら、逃げるつもりじゃな!?」
「ああ、きっとそうだ。急ごうぜ、嬢ちゃん」
「絶対逃さんわ!!空駆!!」
皇女は、空駆を使い、一気に加速しようとした―――その瞬間、3つの火球が、突如として目の前に現れた。
水膜が飛び出す前に、マルサ、カルミ、アルタが、残った全ての魔力を込め、火球を放っていた。
必ず、相手は追ってくる。そう思っていた3人は、火球をまっすぐ飛ばさず、ゆっくりと森の影に隠しながら、相手に近づけ、飛び出してきたその瞬間に合わせて、三方向から避けられない攻撃をしかけた。
「ちっー!!」
攻撃が通らないことは、さっきまでの戦いで分かっていた。
だから、相手の足を少しでも止めることが出来れば、と、そう考えての行動だった。
だが、そこで、誰にも予想できなかったことが起きた。
「危ない!!!」
突如、皇女と火球の間に割って入ってきた乱入者。
皇女の空駆より早く動き、火球の前に入り込んだ男は、皇女を抱きしめ、魔法を唱える。
「全力全開!――土鎧!!」
どこかしこから大量の土が現れ、男と皇女の身体に沿って、張り付いていく。
そして、土が固まり、分厚い鎧となった。
その後、迫りくる火球が土の鎧と接触。
『ドッゴゴゴォォォオオオオオンンンン!!!!!』
先ほどの3倍近い威力となった火力が土の鎧に襲い掛かる。
空中で受けた攻撃。爆風に押され、皇女たちは地面に叩きつけられた。
どうしようもないほどのタイムロス。今更、追いかけようと、飛び去っていった相手を見つけるのは至難の技だ。
「3人とも、やるじゃない!最高よぉ!さあ、帰って、あのお方を殺す方法を考えなくっちゃ」
こうして、心大臣と清竜騎士団たちは、皇女と交戦しながらも逃げ切った。
そして、皇女たちはというと、
「だ、大丈夫、ですか?」
土鎧を解除した男は、恥ずかしそうに抱擁を解き、少し離れた場所から、声をかける。
土鎧の効果は絶大で、2人とも完全に無傷である。
「うむ、大丈夫じゃ―――が、そもそも、助けてもらわなくても、ヴァールがいるし大丈夫じゃったんだが」
「あ…/// そ、その、差し出がましいことをしてしまい、申し訳ございませんでした!こ、心からお詫び申し上げます!」
顔を赤くした男は、流れるような動作で、片膝をつき、最上位の謝罪の形を取る。
この時、皇女は思った。
こいつ、どこかで見たことがあるような―――あっ!
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