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78 女神




 鳥の鳴き声がした。

 どこかから暖かい光が差し込んでいるようだ。


 俺はゆっくり目を開ける。

 眠りから目が覚めた俺は、ぼんやりと空を見つめる。


「気が付かれましたか?」


 心地よい女性の声が聞こえる。



 俺はゆっくりと体を起こして、周囲を見渡した。

 見覚えのある場所だ。



「私は女神リーナ。

 この世界の均衡を見守る者です」


 女性の声は、目の前にある石段の上から聞こえた。

 見上げると、十段ほどの石段の上に、真っ白い絹のローブを着た美しい女性が立っている。



「私は、戦いに敗れ、傷つき倒れた冒険者に癒しを与える役目も果たします」


 女神リーナはそう言った。



「あなたは死んでしまいました。

 かわいそうに、炎に焼かれて殺されてしまったのです」



 どこからか音楽が聴こえる。

 荘厳なパイプオルガンの演奏。

 この不思議な空間に厳かな雰囲気を醸している。




「リーナ様、また会いましたね」

 俺は言った。


「プッピ、ごきげんよう」

 リーナが言った。



「あなたは再び世界によみがえり、冒険を続けるのです。

 あなたにとって、この世界では、永遠の死はありません。

 力尽きれば私の元に還り、祝福を受けて再び世界に降りていくことができます。

 あなたは選ばれし者です」


「はい。そうでしたね」

 俺は言った。




「私はあなたを再び生き返らせることができます。

 しかしその前に、あなたに、あなた自身の人生について振り返ってほしいのです。

 過ちを正さなければ、再び同じ道を歩んでしまう可能性があるからです」


「振り返りね。

 ……しかし、今回ばっかりは俺に過ちがあったのかどうか。

 俺は、やるべき事をしたと思うんですよね。

 ザウロスが強すぎたんだ。

 ポンコツ看護師の俺に倒せる相手じゃないっすよ。

 皆、死んだ。

 俺だけじゃなく、オルトガも、ラモンも、マケラも……」


 俺はうなだれた。



「リーナ様、俺にはちょっと荷が重いですよ。

 ああ、そうだ。

 そもそも俺がザウロスを倒しに行こうとしたのが間違いだったと思います。

 俺が行くなんて言い出さなければ、ラモンもオルトガも巻き添えをくって死なずに済んだんだ」



 リーナは階段を下りてきて、俺の前で膝をつき、俺の手をとった。



「落ち着いてよく考えましょう。

 あなたのしたことは、途中まで何も間違っていなかったと思いますよ。

 ……よく考えてください。

 あなたは、途中まではとても良くやっていました」



「そうかなぁ。途中までって、どこまで?」


「ザウロスを倒すために、ラモンとオルトガを連れてダイケイブに入ったことは、正しい行いでしたよ」

 リーナは言った。





 いつのまにか、俺達二人は、暖かい光が降り注ぎ、小鳥がさえずる緑の庭のガーデンテーブルセットに差し向いに座っていた。

 テーブルの上にはティーセットが置かれていて、リーナが紅茶を淹れてくれている。



 リーナが二つのティーカップに、淹れた紅茶を注ぐ。

 ティーカップの一つを俺に差し出してくれた。

 そしてリーナは自分の紅茶を一口飲み、俺にも勧めた。

 俺も一口いただく。

 香りの良い、美味い紅茶だった。



「あなた達は、あと一歩のところまで来ていたんだよ」


 リーナが頬杖をついて、ちょっと首を傾げて俺を見つめている。

 魅力的な仕草だった。

 まるでデートでもしているような気分になってきた。



 俺は紅茶をもう一口すすってから言った。


「あともう一歩だったのなら、いったいどこまでが正しくて、どこからが間違ってたんだろう。

 ……分身したザウロスは、二体ともミスリルの矢が無効だったぜ」




「ザウロスの幻術はね、とても強力なの。」



「もしかして……」

 俺は言った。


「もしかして、はじめから全部まやかしだった? 

 あそこにいたザウロス自体が本物ではなかった?」



 リーナは、頬杖をつきながらニッコリ微笑んだ。


「そこまでわかったら、もう大丈夫よ。

 プッピはさすが、選ばれし者ね。」



「いやちょっと待って。

 そこまでわかっても、まだ何もわからん」



「大丈夫、あなたは次こそ、上手くやるわ」


「地下神殿にいたザウロスはまやかしだったって事は……、奴はどこにいるんだ」



「地下神殿に行く前に、あなたはもう会っていたわ」



 俺はしばらく考えた。

 気持ちを落ち着けるために、紅茶を一口飲む。


 ふと、ある事に気づかされた。




「リーナ、ありがとう。

 わかった気がするよ」


 リーナは微笑んだ。




 いつの間にか、俺達は元いた場所に戻っていた。

 すなわち、女神リーナは石段の上に立ち、俺は石段の下で跪いていた。



「プッピよ。他に聞きたいことはありますか?」



「そうですねぇ……。

 猫のにぼしが行方不明なんですけど、知りませんか?」


「ごめんなさい。知りません」



「ですよね、大丈夫です」



「さぁ。あなたは生き返るのです。

 再び私のところに還ってこないことを祈っています。

 さよなら、冒険者プッピよ!!」




 リーナの別れの言葉と同時に、俺は眩いばかりの神聖な光に包み込まれた……。


 俺の心と身体は、荘厳なパイプオルガンの音色と一体となって空高くに舞い上がっていく。





 再生。



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