72 遭遇
長い時間をかけてダイケイブ内を歩いている。
すでに半日は歩いているだろう。
俺達は、右へ左へ、上へ下へと、歩き続けた。
地下二階のとある道筋だった。
少しずつ低く狭くなってきていた坑道だったのが、突然ぐっと開けた広間のような場所に出た。
五十メートル四方はあるこの広間を突っ切った向こう側に、先へと進む扉がある。
その扉を開けて中に入れば、下へと降りる階段があるはずだ。
その階段を下り、地下三階に降りる。
そこまで行けば、目指す地下四階はもう目と鼻の先だ。
俺はそう説明した。
ラモンが松明をかざして前進を再開しようとした。
その時だった。
「くっくっく……」
誰かの笑い声が聞こえた。
前方に、怪しげな人影がある。
先行している冒険者のパーティとは思えない。
敵か、魔物か?
ずっと魔物と遭遇せずにこれまで過ごしていたおかげで、油断していたようだ。
ラモンが前方に松明をかざした。
一人は棒のように痩せていて、ぼろぼろの服をまとっている男だ。
目がとても大きく、顔面の半分ほどの面積を占めているのが見て取れたが、その目は閉じられていた。
ラモンが俺の肘を掴んで、小声で言った。
「レッドアイだ……」
そしてレッドアイの背後には、レッドアイよりも一回りも二回りも巨大な生き物が立っていた。
背は二メートルはあろうか、がっしりとした幅広の肩は筋肉で盛り上がっている。
足が短く、手が長い。
皮膚は緑色で、赤く充血した眼が光っている。
……あの化け物が、オークに違いない。
「客人だ」
レッドアイはしゃがれた甲高い声でつぶやいた。
「道に迷ったのかい」
レッドアイはニヤニヤしながら俺達に声かけてきた。
レッドアイの後ろにいるオークは、手に持っていた棍棒を力強く握りしめていた。
「道に迷ってなどいない。
ここを通してくれ」
ラモンがレッドアイに向けて言った。
「俺にどけと言ってるのか?」
レッドアイが言った。
オルトガが音をたてないよう静かに剣を引き抜いて、構えた。
ラモンが、自分も武器を構えるために、俺に松明を手渡した。
俺は両手で松明を持ち支えた。
ラモンは背中に担いだ弓をとった。
「戦闘が始まったら、オークの横をすり抜けて向こう側まで走れ」
ラモンが小声で俺に言った。
「この坑山の、これだけ深い所まで来たことに、拍手を送るぞ」
レッドアイが手を叩いてみせた。
「こないだも、一人ここまで迷い込んできたっけ。
トンビ村の領主だと抜かすから、生け捕りにしてザウロス様に差し出してやったよ。
……あんたらは、何者だ?
まさかあんたらも村の領主か」
レッドアイがヒッヒッヒと笑いながら言った。
レッドアイがマケラの事を言っている。
生け捕りにした……と。
マケラは生きているのか?
「俺達をしりぞけて、奥の扉を開けて先に進みたいか?」
レッドアイが俺達に訊ねた。
「そうだ。そこをどいてくれ」
オルトガが言った。
「いや……だめだね。
あんたらはここで死ぬんだ」
レッドアイはそう言って、ぎゅっと閉じていた目を開いた。
すると、レッドアイの開かれた目から、炎の柱が噴き出し、俺達の前の地面を焼き焦がした。
レッドアイの炎を合図に、背後のオークが雄たけびを上げ、俺達に襲い掛かろうと動き出した。
「プッピ! 行け! 先に行け!」
ラモンが叫んだと同時に、レッドアイに向けて素早く弓をつがえ、矢を射った。
矢は、レッドアイの右手の手の平に突き刺さった。
レッドアイが悲鳴を上げる。
オークが、その横を通り過ぎて俺達の方に走って向かってくる。
襲い掛かるオークに、オルトガが受けてたった。
「プッピ! 行け!」
オルトガも俺に叫んだ。
俺は、松明を持ったまま走り出した。
オルトガとオークが戦う横をすり抜けて、扉に向けて走った。
ラモンがレッドアイに新たな矢を放った。
またしてもレッドアイに命中した様子だった。
レッドアイは悶絶しながら、目を見開き、四方八方に炎の柱を吹き付けていた。
レッドアイの炎によって、広間の内部はもはや昼間のように明るい。
炎の熱さが伝わってくる。
「プッピ! 危ない!」
オルトガの叫び声が聞こえた。
後ろを振り向くと、オルトガの攻撃を振り切ったオークが、俺を追ってきている。
俺に向けて棍棒を振りかざそうとしているオークに、俺は持っていた松明を思い切り投げつけた。
松明はオークの顔面に当たった。
オークは苦悶の声を上げ、一瞬怯んで手で顔を覆った。
その時、追いついたオルトガがオークの背中に向けて剣を薙ぎ払った。
剣はオークの背中を斬ったが、致命傷ではなかった。
オークは顔面を片手で押さえながら、再びオルトガの方に向き直り、オルトガへの攻撃を再開した。
必死で棍棒を避けて防御するオルトガ。
「プッピ! 行けったら!」
オルトガが防戦しながら俺に叫んだ。
俺は走った。
広間の向こう側にたどり着き、扉を開けて中に転がり込んだ。
扉の向こうは、狭い踊り場があって、すぐに下に降りる長い階段があった。
俺はバランスを崩し、階段を転がり落ちていった。
長い階段を、まるで蒲田行進曲の階段落ちのように転がり落ちた。
下まで行って、床に倒れた。
目の前は数メートル四方の踊り場で、正面に扉があった。
俺はなんとか立ち上がり、扉を開けて、その向こうに入っていった。
扉の向こうは、一本道だった。
俺は座り込んだ。
さきほど松明を捨ててしまい、発光石しか手元にないので、先の方は暗くて見えない。
頭に叩き込んだ地図によれば、この通路は百メートルほど続く一本道で、突き当りに地下4階へと下る階段があるはずだ。
心臓がドキドキしている。
全力で走り、走った先で階段から落ちたため、息が切れている。
俺は呼吸を整えながら、ラモンとオルトガを待った。
しばらく待つと、階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
足音の正体はラモンだった。
オルトガの姿はない。
「プッピ! 無事だったか。
先を急ごう!」
ラモンが言った。
「オルトガは!?」
「オルトガのことは諦めろ。
とにかく急ぐんだ。
追手がくるかもしれない!」
ラモンは俺の肘をつかみ、立ちあがらせた。
そして発光石の明かりを頼りに、一本道を急いで進んだ。
突き当りに、地下四階へと降りる階段があった。
「いよいよ地下四階にたどり着くのか」
ラモンが言った。
俺達は長い階段を下りていった。




