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父、痛み分ける

「よし、とりあえず殴り飛ばしておこう!」


「ド!? 何でそんな結論になるド!?」


 悩んだ末に出したニックの結論に、ドーナルドは心の底からツッコミの声をあげる。


「いや、お主が誰かの庇護の下で大人しくしているなど想像できんではないか。そもそもそれができるなら既にそうしているであろうしな。


 そして、儂の拳ですら傷つけられない謎の技術を持つ貴様をきっちり拘束しておけそうな者など、儂の知る限りでもそう多くはない。少なくともコレッキリやアッタの父親などでは無理だろう。


 であればどうするか?」


 そこで一旦言葉を切ると、ゴクリと唾を飲み込むドーナルドを前に、ニックはにんまりと笑う。


「悪い事をしたらどうなるか、その体に教え込むのだ! 今後も何かあったら儂が飛んできて殴り飛ばすと理解すれば、そうそう無茶なことはできまい?」


「なんて乱暴な!? そんなの家畜の調教と変わらないド!?」


「ハッハッハ。貴様のような輩にはそのくらいが丁度良かろう? ということで……フンッ!」


「むはっ!」


 ニックが拳を振るうと、ちょっと前とは違う手応えが返ってくる。その証拠にドーナルドは煙になって消えることなく、玉のように地面に弾んで吹き飛んでいく。


「やはりな。あの時『今は』と言ったが、あのアンチ・エナジーとやらを解き放つとお主の不死身性も無くなるようだ」


「ぐほっ! べぽっ! な、なんて乱暴な奴だド。ワガハイにこんな仕打ちをした奴は初めてだド……」


『まあ、大抵の権力者なら機嫌を取るまではせずとも、己の役に立たせるために無駄なムチは打たんであろうからなぁ』


 口から盛大に涎をまき散らしつつ言うドーナルドに、オーゼンが平然と呟く。


 単純な機密と違い高度な技術は拷問で聞き出したところで有効活用できるようなものではない。余程ドーナルドが反抗的な態度を取れば別だろうが、そんな無意味なことをドーナルドはしないので、ここまで躊躇なく暴力を振るわれるのはドーナルドには初めてのことだった。


「ということで、死なない程度に殴り倒してやろう! その痛みの中で、己が実験のために犠牲にしてきた者の気持ちを僅かでも知るがよい!」


「そんなのゴメンだドォォォォォォォ!?」


 ニックの拳が綺麗にドーナルドのみぞおちに入り、ドーナルドの体が空高くに吹き飛んでいく。それは雲を突き抜け白煙を引き、あっという間にドーナルドの体が小さくなっていった。


『お、おい貴様!? それはいくら何でもやり過ぎだぞ!?』


 まさかの光景に焦るオーゼン。だが殴ったニックもまた驚愕に目を見開き、思わずドーナルドから視線を外して自分の拳に落としてしまう。


「いや、儂はそんなに力を入れておらんぞ!? そもそもあんな吹っ飛び方をするほど力を入れたら、並の人間なら胴がちぎれて即死しておるわ!」


『む、それは確かに……ではあれは……!?』


「……あー、これはやられたか」


 ペチンと自ら額を叩きつつニックがこぼす。ニックが加減を間違えたのでなければ、この結果はドーナルドがもたらしたものに他ならない。そして、ドーナルドの姿は既にニックの目でも確認できない。


『方角はわかっているのだ。貴様なら今すぐ跳んで追いかけられるのではないか?』


「それはできるだろうが、こんな状況すら想定したあの男が、今も暢気に空を飛んでいると思うか?」


『むぅ、それは……』


「やむを得まい。今回は痛み分けといったところだな」


 苦笑しつつも、ニックは周囲を見回す。するといつの間にか放り投げていた大型の方の魔導具が地面の上でひしゃげており、その上にチラチラと白いものが舞い降りてくる。


『雪、か?』


「あれを壊したからかどうかは知らんが、とりあえず環境は元に戻りそうだな」


 皮鎧に開いた穴から、ニックの肌に冷気が吹き込む。先ほどまでと比べても明らかに冷たくなったそれは、サム・イーネンの本領に比べればまだまだではあったが、急速に環境が戻りつつあることを伝えてくれた。


「とりあえず、これで仕事は完了だな。あの魔導具の残骸を持って山を下りるか」


『うむ』


 オーゼンと声をかけ合い、ニックは来た時と違ってすれ違う冒険者を驚かさない程度の速度で山を下りていく。あれほどの激闘が山頂であったというのに、中腹辺りから姿を見せ始めた冒険者達にそれに気づいた様子は無い。


「まあ、いつ魔物が襲ってくるかわからぬ状況で、意味も無く山頂を見上げたりはせぬか」


『雪は光を反射する故、下手に見続けると目をやられてしまうからな。冒険者達の合理的な判断に救われたというところだろう』


 そのままニックはサム・イーネンを下り、ついでとばかりにその足でアツ・イーネンの方にも向かった。そちらは人気が無いため全力で山頂へと駆け上がると、火口にあった魔導具は停止しており、既に山頂付近の雪は跡形もなく溶けつくしていた。


「こちらも大丈夫そうだな」


『無傷の魔導具を回収出来たのも大きい。どれ、少し調べて……いや、うーむ……』


「? どうしたオーゼン?」


 好奇心や知識欲の強いオーゼンにしては珍しい逡巡に、ニックは不思議そうに問いかける。


『いやな。あの男の研究にはかなり興味があるのだが、あれだけのことをした男だ。何かこう、調べようとした時に発動する罠のようなものが仕込まれているのではないかと思ってな』


「そうか。それに関しては儂は何も言えんし、どうにもできんな。ムーナでもいれば何かわかったかも知れんが……」


『かつての貴様の仲間だったか? まあいない人物のことを話しても仕方あるまい。これをどうするか……うーん…………やめておこう』


「いいのか?」


 迷った末のオーゼンの結論に、それでもニックは一度だけ問い返す。


『構わん。我の修復もまだ完全ではないし、それにああも見事に逃げおおせたなら、あれだけの騒ぎを起こす男だ。貴様と共に行動していればいずれまた出会う気がするしな』


「むぅ、嫌なことを言うなオーゼン。儂は出会いたくなどないぞ?」


『ハッハッハ。それはきっと無理だな。何せ貴様の「厄介ごとを呼び込む力」はもはや疑う余地の無いものだ』


「ぐぅ、儂はただ平穏無事に楽しい日々を送りたいだけなのだが……」


『どの口が言うか! ほとんどの厄介ごとは貴様が無自覚に暴れることで自ら呼び寄せたものばかりではないか!』


「そんなに大したことをしたつもりは無いのだがなぁ」


 本気でそう思っているニックの言葉に、オーゼンは思わずため息を漏らす。だがそれでもニックの側から離れたいとは思わない。この賑やかで面倒な日々こそが、オーゼンを王選のメダリオンではなく、オーゼンという一個の存在に作り上げてくれたことを、他ならぬオーゼン自身こそが一番理解していたからだ。


『全く貴様という男は! 我があれだけ言ったのに、自重という言葉を未だに理解できぬのか!』


「これ以上何を自重しろと言うのだ? 言っておくが、意図的にもの凄くのんびり山を登ったりしたら、普通に退屈だぞ?」


『……それはまあ、そういう意見もあるが』


 己の能力を自覚して慎重に行動するのと、できることをやらずに無為に時間を費やすのは違う。普通に歩けば五分で行ける場所に一時間かけてチマチマと歩いたところで劇的なことなど何も無く、ただひたすらに退屈なだけだ。


「ほれみろ! 儂はほんのちょっと無駄な時間を短縮しているだけなのだ! しかもちゃんと自重して、他人の目の無い場所だけにしているのだぞ!?」


『ぐぅぅ……何だ? これは我が悪い流れなのか!? いや、そんなはずはない。ないはずだ……』


「ハッハッハ。儂に自重を求めるなら、お主も『順応』せねばな。少なくとも儂は、お主と旅をするのは楽しいぞ?」


『……それは否定しない』


「フッ。素直に楽しいと言えばいいだろうに」


『フンッ!』


 不機嫌そうな声を出すオーゼンにニックは内心笑みをこぼすと、そっと鞄をなでつけてから無事な魔導具を背嚢にしまい込み、アツ・イーネンを下りていく。そんな二人のじゃれ合いは、チョード・イーネンにたどり着くまで続いた。

※はみだしお父さん


当初ドーナルドは赤と黄色の道化師服を着ており、固有魔法ドーナルド・マジックにて呼び出される魔物はその体色から深緑暗赤モス・バーガンディという名前でした。

そして今後も昏き赤熱の王バーガンディ・キングや怨嗟の獣ドゥーム・ドゥーム、汚されし腐れ狼ロッテン・リーヤーなどが登場する予定でしたが、自重を覚えた作者の手によって全ボツとなりました。仕込んだネタよ、安らかに眠れ……

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>はみだしお父さん オーゼンの獅子頭さん、ちゃんと隠してください! お父さんが、はみだしてますよ!
[一言] そういう名前付けると、難癖つけてくる人がいるんですかね
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