父、発見する
「ぬぅん、これは……」
『何というか、あからさまだな……』
若干急ぎ目でやってきたアツ・イーネン。山での探し物なら面積的な意味からも上から下が基本とばかりにとりあえず山頂まで登ったニックだったが、そこに広がっていた光景に思わず言葉を詰まらせた。
アツ・イーネン山頂の火口。煮えたぎる溶岩の海の中央に、あからさまに怪しい人工物が鎮座していた。しかもそれは青白い光をパチパチと放っており、その物体を中心に周囲の溶岩だけが冷えて固まっている。
そんな一〇〇人が見たら一〇〇人共に「あれが原因だ」と言わんばかりの光景に、ニックは思わず渋顔になった。
「なあオーゼン。儂にはあれが原因にしか思えんのだが……」
『言わずともよい。流石にここまであからさまだと、かえって怪しいと思うのは我も同じだ』
ニックの言葉に、オーゼンもまた胡散臭そうな声をあげる。どう見ても周囲を冷却しているとしか思えない稼働中の魔導具は全く隠されておらず、ここまでたどり着きさえすれば誰であっても見つけることができるだろう。
「まあそれでも、ここまで誰も来られないと高をくくっていたならこういうこともある、のか?」
『ふーむ。常識で考えればまだ一週か二週は誰も来なかったであろうから、それだけ動けば十分だと判断して隠蔽しなかった? あるいはあの丸い部分が外に出ていないと正常に稼働しないとか、そんな理由もありそうだが……』
件の魔導具はその全てが銀色の金属と思われる物質で構成されており、土台となる四角い部分がプカプカと溶岩に浮いており、その上部中央からは一本の支柱が伸び、その先端は大きく膨らんだ球形になっている。
そしてその球体からはパチパチと小さな稲妻のようなものが断続的にほとばしっており、その度に周囲の溶岩が少しずつ冷やされて岩へと変わっていっていた。
『あれは何かを放出しているのか? であれば確かに密閉して溶岩の底に埋めるというのは無理そうだが……おい貴様、もうちょっとアレに近寄れるか?』
「わかった。やってみよう」
オーゼンの要請に頷いたニックは、軽く周囲を見回して誰もいないことを確認してから、おもむろに服を脱ぎ始めた。
『待て、何故脱ぐ?』
「おかしな事を聞く奴だな。こんな普通の服で溶岩煮え立つ火口に降り立ったりしたら、あっという間に燃えてしまうではないか! それともお主、儂にまた全裸で人里に戻れと言うのか!?」
『……ああ、そう言えばそんなこともあったな』
抗議するニックの言葉に、オーゼンはかつてを思う。全裸のニックの股間に黄金の獅子頭として装備され、獣人の村に行った日の事は今でもよく覚えていた。
『というか、今更ではあるが貴様は平気なのか?』
「ん? 何がだ?」
『ああ、もうよい。聞くだけ無駄だったな』
「? 変な奴だな。では行くぞ」
布の服が燃え上がるような温度は、当然だが人間の皮膚が耐えられるようにはできていない。だがそれを意にも介さず全裸になって立っているニックに対し、オーゼンは呆れた口調でそう言った。
そんなオーゼンの態度にニックは若干首を傾げたが、すぐに気を取り伸してそっと火口の中に降りていくと、そのまま赤熱する溶岩の海に足を踏み出す。空気を蹴って跳べるニックにとって粘性のある溶岩は足場としては十分であり、ジュッと体毛の焦げる音と匂いを気にすることなく早足で移動することで、すぐに冷えて固まった岩の足場までたどり着くことができた。
「ほれ、来たぞオーゼン。どうすればいい? 前のようにお主をこれに押しつければいいのか?」
『うむ。ではその足下の四角いところに……うおっ!?』
ニックがオーゼンを魔導具に近づけたところ、一瞬大きくバチッと火花が飛んだ。単純に驚いたニックが反射的に手を引いてオーゼンを魔導具から離してしまう。
「大丈夫かオーゼン!?」
『我は問題無い。貴様は……問題無いのだろうな』
「当然だ! ちょっとパリッときてびっくりしただけだからな」
『そうか。ではもう一度我を近づけてくれ。慎重にな』
その言葉に、ニックは再びオーゼンを謎の魔導具に近づけていく。だがやはりある程度以上に近づくと火花が飛び、近づけるほどにそれが激しくなったことでオーゼンを接触させるのは諦めた。
『ふーむ、どうしたものか……無理に置けばいけるのであろうが、我の調子も万全ではない以上、これに直接魔力回路を繋げるのは避けたいしな』
魔力回路の直接接続は、人で言えば神経を繋げるようなものだ。明らかに拒絶反応を見せる相手に無理矢理試すのは、余程切羽詰まってでもいなければオーゼンとしても避けたかった。
「ではどうする? 持って帰るか、それともいっそ破壊してしまうか?」
『難しいところだな。詳しく調べられなかった以上、これをここから取り除いた時にどうなるのか見当がつかん。万が一これが冷やして固めているせい、あるいはおかげでアツ・イーネンが噴火していないなどということであったら、これを停止した瞬間ドカーン、ということも無いとは言えん』
「儂だけならばどうとでもなるが、この山には多数の冒険者がおるからな。であればこれはこのままにして、一旦報告に戻るのが妥当か?」
『だろうな。それを受けてどうするかは、あのコレッキリとかいう男の領分だ。我等の判断で勝手をするわけにはいくまい』
「うむ。では取り急ぎ戻るとしよう」
言って、ニックは足場を崩さないように来た時と同じ方法で火口の縁まで戻ると、脱いだ服をその手にしようとして……そこで固まる。
「不味いぞオーゼン」
『ん? どうした? ひょっとして何か体に不調でも起きたか?』
「儂の体が熱すぎて、このまま服を着たら燃えてしまう気がするのだ」
『知るか馬鹿者! その辺の地面でゴロゴロ転がっておくか……ああ、それとも貴様なら遙か高空まで跳べば適度に冷えるのではないか?』
「おお、その手があったか! では行くぞ!」
『おい待て貴様。我は置いて……おひょぉぉぉぉぉぉぉ!?』
オーゼンを手にしたまま、全裸のニックが遙か天空に打ち上がる。少し息苦しくなるくらいまで昇ってから降りれば、火傷しそうなほどに火照った筋肉がいい具合に冷えていた。
「ふぅ。気分爽快だ!」
『貴様……貴様という奴は……何度言ったら……』
怒りに震えるオーゼンに、しかしニックは気楽な声を返す。
「すまんすまん。しかし急いだ方がよさそうであったし、それに……」
『何だ! この後に及んでどんな言い訳をするつもりだ!』
「もはや一時たりともお主を手離すつもりはない。もう二度とお主を傷つけさせはせんよ」
『っ……本当に貴様という奴は……』
ニカッと笑うニックに、オーゼンは何も言えなくなる。その得意げな顔に腹は立つが、湧き上がる感情は先ほどまでとは別のものだ。
「さあ、それでは服を着たら、早速戻るとしよう。儂の仕事はそこまでとはいえ、むしろ忙しくなるのはその後であろうからな」
『フンッ。まあ、そうだな』
「はっはっは。そう拗ねるなオーゼンよ。悪かったと言っておろうに」
『拗ねてなどおらぬわ! ほら、さっさと服を着てその醜いモノを隠すのだ!』
「わかったわかった……これでよし」
きちんと服を着終えると、ニックはオーゼンを腰の鞄に戻して一気に山を駆け下りた。別に入山者を記録しているわけではないので、そのまま道とは少し違う位置から平地に降り立ち、加速したまま大回りに町の側まで走り抜ける。
流石に入口手前で足を止めたら手続きをして町へと入り、そのまま冒険者ギルドへと直行。受付嬢に声をかけ、現れたコレッキリがニックに笑顔を向けてくる。
「おや、ニックさん。どうされました? 忘れ物ですか?」
「いや、仕事を終えてきた。成果はバッチリだぞ!」
「……は?」
長期を見込んだ依頼を日帰りで片付けたと言う筋肉親父に、コレッキリはしばし間の抜けた表情を崩せなかった。





