父、有名になる
他の有名キャラを連想させる存在を「倒す」ということを不快に感じる方がいることをすっかり失念しておりましたので、前2話に微修正を加えさせていただきました。あからさまに「それ」を匂わせる文章を書き換えただけなので内容そのものに変更はありません。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
「ははは。本当に狩ってきたんですね……」
血濡れの雪男の死体を渡され、武具店の店主が乾いた笑い声をあげる。素材を狩りに行ってくると言った翌日に伝説の魔物の片割れを運び込み、更に次の日にはもう片方ももってこられるなど、もはや笑う以外の対応が思いつかない。
「で、どうだ? 昨日のと合わせて新たな鎧に仕立て直したいと思うのだが、いい具合にできそうか?」
「そ、そうですね。流石にこんな素材は扱ったことがないので……」
「馬鹿野郎! いつまでくだらねぇこと抜かしてやがる!」
戸惑う店主に、店の奥から別の人物が顔を出した。顔に深い皺の刻まれた白髪の老人だが、前掛けから覗く腕にははち切れそうな筋肉が張り詰めている。
「父さん!? いや、でもこんな伝説級の素材なんて――」
「だからお前はいつまでたっても半人前なんだよ! オゥお客さん。コイツは俺が責任を持って最高の鎧に仕立て上げてやるぜ」
「おお、それは頼もしいな!」
ニヤリと笑った老人に、ニックもまた笑みを返す。そんな二人のやりとりに、慌てるのは店主の男だ。
「ちょっ、いいんですかお客さん!? 予算とか……」
「あー、気にせずともよい。即金で払えるのは金貨一〇〇枚程度だが、それで足りぬなら適時稼いでくるから問題無い」
「ひゃ、ひゃくまい!? そんな大金を、そんな気軽に!?」
「ガッハッハ! 豪気な客じゃねぇか! よし、俺に任せとけ! その心意気とこれだけの魔物を倒せる腕前に見合う、最高の鎧をこしらえてやる!」
「うむ、任せた! 期待しておるぞ」
「オウよ! じゃ、コイツは持っていくぜ……おぅ、意外と重いな……」
ニックの言葉に、老人は雪男の死体を軽々と……とはいかなかったようだが、とりあえず床に引きずりながら店の奥へと運んでいった。
「あはははは……ハァ。全く父さんは。えっと、では一応確認なんですが、予算は無制限……ということで本当に宜しいのですか?」
「ああ、構わん。あの親父殿ならば無駄な装飾をつけて金額を釣り上げたり、素材を台無しにしたりするようなこともあるまい。腕に見合うだけの金は払うと約束しよう。何ならいくらか前払いするか?」
「いえ、それは大丈夫です。こう言っては何なんですが、仮にお客さんがこのままいなくなってしまったとしても、あの素材で作った鎧を売れば普通に黒字になる……なるはず……父さんが余程暴走しなければ……」
「……いくらか払うか?」
「……恥ずかしながら、お願いしても宜しいでしょうか?」
申し訳なさげに顔を伺ってくる店主を前に、ニックはそっと腰の鞄から金貨を一〇枚取り出してカウンターの上に置いた。その枚数に一瞬驚きの表情を浮かべた店主も、自ら申し出た手前大金すぎると突き返すこともできず大事そうな手つきで店の奥の金庫にしまい込む。
「それで、引き渡しはいつぐらいになりそうだ?」
「そうですね。素材も素材ですし父さんもやる気になってますから、半端な仕事はしないでしょうから……どんなに早くても二週、できれば三週くらいは見ていただければいいかと」
「そうか、わかった。ではその頃にまた顔を出すことにしよう」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
深々と頭を下げる店主の男を背に、ニックは武具店を出ていく。元々オーゼンの為にこの町にひと月ほど滞在する予定があったため、待ち時間そのものは特に問題にはならない。
「さて、ではさしあたってすることも終わったし、後はのんびりと仕事をこなしながら、久しぶりに骨休めとするか」
『そうだな。変な騒動を起こさぬためにも、貴様は休んでおくべきだな』
「言っておれ」
息の合った掛け合いと共に、ニック達の時間はゆっくりと流れていく。そうして過ごすこと二週間……ニックはいつの間にやら有名人になっていた。
「邪魔するぞ」
「あ、ニックさん! おはようございます!」
朝の冒険者ギルド。すっかり顔なじみになったニックに、受付嬢が本心からの笑顔を向けてくる。それというのもニックが「冷えて固まったマグマの片付け」という誰もやりたがらない仕事を綺麗に片付けたからだ。
そして、そんなニックに声をかけてくる人物は他にもいる。
「ニックさん! 良かった、会えた!」
「む? おお、お主は確かこの前の……モーブだったか?」
世界中のあらゆる場所にいそうな顔つきの青年の名を、ニックは何とか思い出す。すると青年冒険者は嬉しそうにニックの元に駆け寄って来た。
「そうだよ! ありがとなニックさん。アンタのおかげで命拾いしたよ!」
「ハッハッハ。気にするな。とはいえ己の身は己で守らねばならんぞ? いつでも儂が通りかかるわけではないからな」
笑いながら言うニックの脳裏に、かの青年と出会ったときのことは浮かんでくる。いつもより高く山に登りすぎたということで、一段実力の違う魔物に襲われていたところをニックが助けたのだ。
「わかってるって! でも、おかしいんだよなぁ。あのくらいの暑さの場所でドレイクが出るはずないんだけど……」
「まあ魔物の生息域というのはある程度動くものだからな。次からはもっと慎重にな」
「ああ、全くその通りだな。本当にありがとう、ニックさん!」
最後にもう一度感謝の言葉を述べてから、モーブはギルドを後にした。その背を温かい目で見つめるニックに、更に周囲からも続々と声がかかっていく。
「ニックの旦那! ちょっといい酒が手に入ったんだ。今度一緒にどうだい?」
「おお、それはいいな。是非ご相伴にあずかろう」
ニックより僅かに年下のひげ面の冒険者が誘えば、ニックは笑顔でそれを受ける。
「ニックさん! この前は相談に乗っていただいてありがとうございました」
「なに、儂ができることなど大したことではない。上手くいったならそれはお主の努力の賜物であろう」
息子のような年齢の青年が丁寧にお礼の言葉を述べれば、ニックはその肩を叩いて相手の努力を称える。
「凄ぇよなぁ。まだ銅級だってのにあんなに毎日山頂付近の魔物を狩ってきてさ」
「ああ、本当に。ちょっと強いくらいの銅級ならそんなに珍しく無いけど、あれは別格だよな」
そんなニックを眩しそうに仰ぐ冒険者。
「ケッ。調子に乗りやがって……気に入らねぇな」
「ちょっと強いからって調子に乗ってんだろ。たかが銅級のくせに……」
そして、その功績を妬む冒険者。様々な人物がいるが、そのほとんどがニックという人物に注目している。それが昨今のチョードの町の冒険者の在り方だった。
『まったく貴様という奴は。何処でどんな過ごし方をしても注目を集めずにはおられぬのだな』
苦笑する様に言うオーゼンだが、その声に非難の色は無い。人を惹きつける力というのは、偉大な王には絶対に必要なものだからだ。
そんなニックが新たな問題に巻き込まれるのは、ある意味必然であったかも知れない。ギルドの奥からやってきた人物が、不意にニックに声をかけてくる。
「失礼。貴方がニックさんですか?」
「うん? そうだが、お主は?」
「私はこのチョードの町の冒険者ギルドのギルドマスターである、コレッキリと申します。実は貴方に依頼したいことがありまして」
「依頼!? ギルマスが銅級のよそ者に!?」
「スゲー! 大出世じゃん。流石ニックさんだぜ!」
「最初からコネでもあったんだろ、糞が」
突然の申し出に、それを聞いた周囲から様々な声があがる。だがそれら全てを意に介さず、ニックは真剣にコレッキリの顔をみた。その表情の奥に、はっきりと焦りや不安というものを感じ取ったからだ。
「まずは話を聞きたい。それで構わぬかな?」
「勿論です。では、こちらへどうぞ」
ギルドマスター直々の案内の下、ニックは奥の部屋へと入っていった。





