父、伝説に片をつける
12/14 8:00 パロディに関する直接的な描写を削除しました。不快に思われた方は申し訳ありませんでした。
「流石は濃縮耐寒ポーションだな! 全く寒さを感じぬぞ!」
『……そうか。まあ貴様がいいなら我が言うことは何もない』
明けて翌日。吐息も凍る極寒の地、サム・イーネンの山頂にて雄叫びをあげるニックに、オーゼンは冷たい言葉を返した。
如何に魔法薬とは言っても、その効果は決して無制限ではない。その証拠にアツ・イーネンの方は中腹より上には全く人影が無かったし、サム・イーネンにしてもニックとすれ違う冒険者は一人の例外も無く分厚い毛皮などでしっかりとした防寒対策をとっていた。
だが、今のニックの格好はいつもと変わらぬ穴の開いた皮鎧に、その下は普段着である。徐々に夏が近づいてきた平地の気候であれば適当だが、極寒の雪山に登る装備では絶対に無い。
事実すれ違った冒険者達はニックの姿を驚愕の目で見送っており、中には「あんな幻が見えるとか、実は寒さで死にかけてるんじゃないか?」としきりに頭を振るような人物すらいた。
そんな薄着の筋肉親父が雪山どころか氷山になっている山頂で元気に叫んでいるとなれば、オーゼンの反応も無理からぬことだと言えるだろう。
『まあ貴様が貴様なのは今更だからどうでもいい。それより件の雪男とやらはこの辺にいるのか?』
「むぅ……向こうの緑が山頂付近におったのだから、こちらもそうだと思うのだが」
自分の扱いが雑な感じがして唸るニックだったが、藪をつついて出てくるのは蛇どころかドラゴンな気がしたので、気にせず周囲の気配を探る。アツ・イーネンの時と同じく山頂付近にはニック以外の人間の存在は一切感じられないが、魔物の方はチラホラといるのがわかる。
「あちらと同じにするというなら、ここでも魔物を大量に狩ってみればよいか? だが向かってこないものを追い回すというのもな」
『なんだ、貴様らしくもない。アリキタリの周囲の森では嬉々として魔物を追い回していたではないか?』
「いや、そういうことではなくてな。ここで派手に走り回ったり、多数の箇所で儂が戦ったりすると、雪崩とかが起きそうではないか?」
『っ!?』
ニックの指摘に、オーゼンが思わず絶句する。サム・イーネンは千年単位で凍り付いた山であり、それを覆う分厚い氷は鋼鉄よりも硬い。仮に雪崩を意図的に起こそうとしても生半可な力では不可能なのだが、そんなことをオーゼンが知る由は無いし、知っていたとしてもニックのパワーの前では新雪と大差ないのもまた事実だ。
『言われてみればその通りだ。よし、今すぐゆっくり歩いて山を下りるのだ。可能であれば息もするな』
「無茶苦茶言うなオーゼン!? どうしてもと言うならできるだろうが、流石に息をしたくらいで雪崩が起きたりはせんわ!」
『できるのか……まあそれはそれとして、暴れ回るのが不味いのは間違いない。であればどうする? こちらから山中を探して歩くのか?』
「ふーむ。探して簡単に見つかるようなら伝説とまでは呼ばれまい。実際儂以外にも山頂付近に来る冒険者はいるのだしな」
両山の山頂付近に生息する魔物は、それぞれの属性の力を極めて強く宿した魔石を体内に有している。また爪や皮なども耐寒、耐暑性に優れる高級素材のため、強力な防御魔法や高価な魔導具を用いてここに踏み込んでくる冒険者は数年に一度くらいは存在している。
当然そう言う冒険者は万全の準備を整え付近を探索しているわけなので、彼らが発見できずあくまで伝説止まりとなっている以上、ここで数時間程度探索しても見つけられないだろうというニックの判断は極めて真っ当な物だった……オーゼンの言う「厄介ごとを呼び込む力」がニックに備わっていなければ。
「む?」
突然、場の気配が変わる。それと同時にいっそ痛いほどに冷たく清廉だった空気に、ふわりと鉄さびの匂いが混じるのをニックの鋭敏な鼻が嗅ぎ取った。
「ウォォォォォォォォ!!!」
『足下からだと!?』
地の底から響くような雄叫びと共に、足下の雪が盛り上がり、そこから全身を真っ赤に染めた人型の魔物がムックリと姿を現す。ニックより一回りほど小さいとはいえ重量感を感じさせるその佇まいは、ニックと同じくパワーファイターであることを予想させた。
「何故に雪の下から出てきたのだ? まさか年中そこで寝ているとかか?」
『わからん。知らぬ間に何か此奴を起こす条件を達成していたのかも知れんが……まあ出てきてくれたのは好都合であろう』
「だな」
そんな常軌を逸した登場の仕方にも、ニック達は慌てない。獲物が目の前に出てきてくれたのであれば、後は拳を交えるだけだからだ。
「ウォォォォォォォォ!!!」
「こい、伝説の雪男よ! 儂が相手をしてやろう!」
力任せの雪男の拳を、ニックの拳が迎え撃つ。激しい衝撃が互いの体を突き抜け、だが両者とも一歩も引かない。
「おお、これを受け止めるか! ならば……こうだ!」
極まった技巧を有していた緑のドレイクとは違い、隙だらけで突っ立っていた雪男の腹部にニックの拳がめり込む。それによって雪男は倒れ込んだが、すぐに何事も無かったかのように平然と立ち上がった。
「ウォォォォォォォォ!!!」
「何という手応え! なるほど、お主はそう言う輩か!」
そのまま反撃してきた雪男の大振りの拳を避けて、ニックは楽しそうに笑う。
『貴様の拳を耐えきるとは!? まさか此奴、相当な強敵か?』
「ははは。流石は雪男。鍛えた筋肉は鋼鉄よりも砕けず、衝撃をよく逃がすからな。だが如何せん動きが単調すぎる。それではせっかくの剛力も宝の持ち腐れだ」
避ける、避ける。力任せに振り回すだけの雪男の拳を、ニックは巧みな体裁きで避けていく。常人ならばかわせぬ速さ、防げぬ強さで繰り出される拳も、ニックはその全てを見切り、時にはあえて防いでみせる。
その攻防はしばらく続き……相手の正確な力量を見極めたニックは、フッと小さく笑みをこぼした。
「ふむ。おおよそ金級冒険者程度の強さか。とは言えこの極寒の地、足場は悪く空気も薄いここでは、地上で対等程度では後れを取ることもあるだろう。故にこそ伝説というわけだろうが……それも今日までだ」
言って、ニックは再び雪男の腹部に拳を叩き込む。ただし今度は打ち込む瞬間に捻りを入れ、その衝撃を筋肉の奥、内臓に届かせるような打撃だ。
「ウォォォォ……ッ!?」
「効くであろう? これは『通し』という技だ。緑の方が使っていた技だぞ? もしもお主もこれが使えれば、もう少し苦戦したであろうな」
緑の技巧と赤の力。その両方が合わさっていれば、その魔物の脅威は白金級となっていただろう。それは国家レベルで警戒すべき災厄であり、そんなものを個人で倒せる冒険者など、ニックの脳裏には数えるほどしか浮かばない。
だが、それもたらればの話。幾多の獲物の血が染み込んで赤黒く変色した雪男の毛皮に、己の口から吐き出される血の色が新たに加わる。内臓をグチャグチャにかき乱され、もはや立つことすらできない雪男に対し、ニックはギュッと拳を握った。
「さらばだ、雪山の覇者よ。お主も隣の山の緑も、なかなかの強者であったぞ」
とどめの拳骨が雪男の脳天に炸裂し、雪男の体がゆっくりと倒れていく。ズズーンという腹に響く音を立てて倒れ込んだそれは、流石にもう起き上がることはなかった。
「さあ、これで皮鎧の材料が揃ったぞ! 早速町まで戻って、新しい皮鎧を仕立ててもらわねばな!」
『そうはしゃぐな。町に素材を持ち帰るまでが狩りだぞ?』
「わかっておるわ! ふっふっふ、エルダーワイバーンの皮鎧に、伝説の竜人……ではないが、まあそんな感じのドレイクの皮と、同じく伝説の雪男の皮。これだけの素材を用いればどれほどの鎧ができるか、実に楽しみだ」
ニヤける表情を隠すことすらなく、ニックはご機嫌で雪男の死体を担ぎ、行きですれ違った冒険者達に更なる驚愕を与えながらサム・イーネンを下山するのだった。
ちなみに、赤と緑の出現条件は「それぞれの山の山頂付近にて単独で大量の魔物を倒す」ことですが、反対の山で対になる魔物を倒している場合、単独登頂のみで出現します。片方の討伐がそのまま「強さの証明」になるためですね。伝説なのは普通こんな場所に一人でやってこないからです。
じゃあ何故その存在が知られているかって? まあ世の中にはニックみたいな人も極めて希にはいますよね……





