父、仲良くなる
村長からの正式な紹介を受けたことで、ニックの奇異な格好に最初は遠巻きに見ているだけだった村人とニックとの交流が始まった。
そして、始まってしまえば打ち解けるのはあっという間だった。やや大雑把だが裏表の無いニックの性格やひと目でわかる圧倒的な強さは獣人達にウケが良く、またニック自身も進んで村人達の手伝いをしたことで、滞在三日を数える頃には既にニックは村の人気者であった。
「おーい、みんなー! 今帰ったぞー!」
「お、戻ったのか。どうだった狩りの調子は?」
「フッフッフ。見てくれよアレ!」
それは七日目の午後。狩りに出ていた村人達が戻ると、話を聞きに来た者に意味深に笑って背後に視線を向ける。それに釣られてその場にいた者達がそちらに目を向ければ――
「今帰ったぞ!」
「うわぁ、凄ぇ!」
そこにあったのは、巨大な熊の魔物を軽々と片手で抱えるニックの勇姿。その場にいた全員の歓声を受けながら、ニックは悠々と獲物を村の中に運び込む。
「デッドリーベア!? いや、それにしてもこの大きさは……まさか!?」
「そう、そのまさかだよ! 森の主さ!」
「スゲーんだぜニックさん! 森の主とこう、腕を組み合って力比べしたかと思ったら、『そんなものか?』って言ってニヤッと笑ってさ!」
「片腕だけで主を圧倒したうえに、腹にパンチ一発で仕留めちまったんだ!」
「ハッハッハ! この程度軽いものだ」
興奮気味に話をする狩り組の説明に、ニックは軽い感じで笑って返す。ともすれば嫌みにも聞こえそうな発言だが、もはや疑う余地の無い確かな実力と快活な性格により、集まるのは羨望のまなざしだけだ。
「ほっほ! これはまた凄い獲物を仕留めましたのぅ、ニック殿」
「おお、オサノ殿! なかなかの土産であろう?」
「これほど見事な獲物は私の生涯でも見たことがありませんの。ほれ皆の衆! ボーッとしとらんでさっさと皮を剥ぐ準備をせんか!」
「そうだった! おいみんな! 処理場に運ぶから手伝え!」
「任せろ! それじゃニックさん、また後で!」
「おう、頑張れよ」
腕をプルプル振るわせながら、それでも満面の笑みで巨大な熊を運んでいく若者達に、ニックは激励の言葉のみを贈る。相手を信頼し出来る仕事は任せるということこそ良い関係を築くコツだ。
『そうできるのであれば、娘にもそう接すれば良かったであろうに……』
「うっ……」
股間から聞こえたツッコミに、ニックはこっそり言葉を詰まらせる。頭ではわかっていても、どうしても娘のこととなると過保護になってしまうのだ。溢れ出る親の愛は、ニックをもってしても押しとどめられないほど強烈なのである。
「そ、そう言えばあの熊は美味いのか?」
「ほ? いえ、デッドリーベアの肉は食べませんぞ。一応食べれば食べられなくもないのでしょうが、何しろ毛皮がこの辺で手に入る最上級の素材なので、肉のことなど目もくれず綺麗に毛皮を剥ぐことだけに全神経を集中しますからの」
「そうなのか。確か熊の手は珍味だと聞いたことがあったのだが……」
「ふぅむ。金持ちの道楽ならばそういうこともあるのかも知れませんのぅ」
「おじちゃーん!」
そんな事を話し込むニックとオサノ老のところに、子供の元気な声を響かせてミミルが走り寄ってくる。
「おお、ミミル! 今日も元気そうだな。母の様態はどうだ?」
「はい! 毎日ちゃんとお薬を飲んでるので、だんだん良くなってます!」
「そうかそうか。それは良かった」
「んふふー! おじちゃんのおかげです!」
ニックの腕にミミルがしがみつくと、ニックは腕をミミルごと持ち上げる。そうして宙ぶらりんになったミミルは楽しそうにニックの腕で揺れていた。
「お主達すっかり仲良くなったのぅ。この前の薬草採取も一緒に行ったのだったな?」
笑いながら言うオサノ老に、ミミルは体と尻尾を振りながら「そうです!」と応える。せっかくだからということで、もう一度ヴァイパーの巣に行って薬草を採れるだけとってきたのだ。
勿論その時は他の村の大人達も一緒でかなりの数を集めてきたが、肝心のヴァイパーの巣とその中にある卵に関してはそのままにしておくことにした。件の薬草がここにしか生えないのはヴァイパーの生態が関わっている可能性が高く、また下手にヴァイパーを殲滅してしまうと森の生態系が崩れてしまうことも懸念されたからだ。
森の恵みを享受して生活しているこの村の獣人達にとって、自分たちを脅かす魔物もまた森を保つための重要な存在なのだときちんと理解しているのだ。
「そうそう、ニック殿。ニック殿にお渡しする服のことなのですが、もうそろそろ完成するとのことですじゃ。おそらく明日にはお渡し出来るかと」
「そうか! 思ったよりも早かったが、無理はしておらんか?」
「まさかまさか! せっかくの恩人に贈る服を無理な仕事で済ませるなど、そんな無礼なことは致しませぬぞ。それに毎日これだけの恩恵を授けてくださるなら、むしろいつまででもお引き留めしたいくらいですからのぅ」
「はっは。気持ちは有り難いが、流石にずっとここにいるわけにもな。勇者の動向を知りたい故、出来ればそこそこで基人族の町に入りたいのだ」
「今代の勇者様はノケモノ人ですからのぅ」
一応ニックは自分の娘が勇者であることは隠している。この村ではともかく、基人族の町で下手にばらすと変な貴族などに絡まれる可能性がある。であれば最初から隠しておく方が矛盾が無いだろうと思ったからだ。
「おじちゃん、やっぱり旅立っちゃうんですね」
「そうだな。ここは実に居心地の良い村だが、ずっとここに留まるわけにもいかん。儂にも家族がいるからな」
「家族……」
ニックの言葉に、ミミルはぴょんとニックの腕から飛び降りると、そのまま何処かへ歩き去ってしまう。
「気を悪くなさらんでくだされ。あの子もまだ九歳。色々と思うところがあるのでしょう」
「それこそ心配する必要は無い。儂もまた娘を持つ親だからな」
産まれた時からずっと一緒だった実の娘すら、その気持ちを完全に理解できるなどとは口が裂けても言えない。いわんや出会ったばかりの他人の娘の気持ちならば尚更だ。
『親子の情か。王ともなると単に子供だからという理由で可愛がったり贔屓をしたりするのは問題になることも多いのだが……まあ貴様は王になるわけではないのだから気にすることもあるまい』
「フッ」
小さく笑うと、ニックは股間の獅子頭を軽くつま弾く。キィンという高く澄んだ音が鳴り、それを見たオサノ老が一瞬不思議そうに首を傾げたが、すぐにニックが笑って手を振ったことでそれ以上は気にしなかった。
「さて、では今夜はこの村に滞在する最後の夜か。ならば思い残すことがないように楽しまねばな」
「良いですぞ? あれだけの毛皮が手に入ったのであれば、今夜は大宴会といたしましょう。何ならこのじじいめの秘蔵の酒も出しまずぞ」
「おお、それは楽しみだ! ならば儂も……特に何ということはないが、何かこう、いい具合に盛り上げてみせよう!」
「それは楽しみですじゃ。ホッホッホ」
『おいニックよ、そんな適当な事を言っていいのか? 言っておくがそういうところで我に頼られても無理だぞ?』
「なーに、何とかなる! 娘もおらぬことだし、久しぶりに羽目を外してみるとしようか!」
『やれやれ。我はどうなっても知らぬぞ……』
呆れたように言うオーゼンをそのままに、ニックは頭の中で今夜の宴会芸についてひたすら思考を巡らせていた。