父、目から鱗が落ちる
『適当な魔物を狩るというのはわかったが、ではどうする? このまま町の外に出るのか?』
武具店を出て歩くニックに、オーゼンが話しかけてくる。その内容は当然先ほどのやりとりの事だ。
「いや、一旦冒険者ギルドに戻ろう。せっかく外に出るのであれば、適当な依頼をこなしておきたいしな」
城やら砂漠やらですっかり町から遠ざかっていたため、ニックの銅級冒険者としてのノルマはこのところ滞りがちだった。無論町から町への長距離移動などは考慮されるので資格の剥奪などということはあり得ないが、それでも真面目に依頼をこなす方が心証が良いのは当然だ。
今後の事を考えてもせめて鉄級にはあげておきたいため、ニックは足早に冒険者ギルドへととって返した。
「お帰りなさいニックさん。鍛冶屋さんの方はどうでしたか?」
「うむ。直すには相応の素材が必要と言われてな。であれば自分で魔物を狩ってくることにしたのだ。で、そのついでに何か軽い依頼を受けたいのだが、儂に受けられるようなものはあるか?」
「そうですね。銅級の冒険者でしたら、定番のキノコ採りでしょうか?」
「キノコ?」
慣れたやりとりなのかほとんど考えることも無く答えた受付嬢の言葉に、ニックはオウム返しに問い返す。
「そうです。ちょっと待ってくださいね……」
そう言って受付嬢は一旦ギルドの奥に引っ込むと、すぐにその手に二つのキノコを持って戻ってきた。
「これが実物です。赤い方がアツ・イーネンで取れるモエールキノコで、青い方がサム・イーネンで取れるヒエールキノコですね」
「ほほぅ。紛らわしいようなそうでないような、微妙なところだな」
名前も形もよく似ている二つのキノコだったが、モエールキノコは文字通り真っ赤で、ヒエールキノコは真っ青だった。
『クックッ、これだけ色が違えば流石の貴様でも間違えようがなさそうだな』
悪戯っぽく笑うオーゼンに、ニックはパスンと腰の鞄を叩く。
「ふふっ。この二つのキノコはそれぞれ耐暑ポーションと耐寒ポーションの材料になるので、いつも依頼を出しているんです。どちらも山に行くなら必須の薬ですから」
「なるほどな。それなら確かに絶えず需要があるだろう。わかった、儂もこの依頼を受けよう」
「畏まりました」
ニックの言葉に、受付嬢が愛想良く笑って書類を取り出す。ニックはそれに手早く目を通すと、すぐに受領処理は完了した。
「それで、どちらの山に登られるんですか?」
「うん? そうだな。なら最初はアツ・イーネンの方に行ってみるか」
「でしたら、これをどうぞ。最初の一本だけはサービスです」
そう言って笑顔の受付嬢が手渡してきたのは、小瓶に入った真っ赤な液体だった。先ほど話していた耐暑ポーションだと見当はついたが、だからこそその色にニックは思わず首を傾げる。
「赤? 青の方ではないのか?」
「あー、やっぱりですか。ここに初めて来た方は大体間違えるんですけど、赤い方が耐暑ポーションで、青い方が耐寒ポーションなんです」
「そうなのか!?」
苦笑する受付嬢に、ニックは驚きを込めて渡された小瓶を見た。中に八割ほど満たされた赤い液体は、どう見ても体を温めそうに思える。
「色に捕らわれず、普通に考えてみてください。燃えちゃいそうなほど暑い場所に生えているキノコに体を温めるような成分があったら、それこそ干からびちゃうと思いませんか?
暑い環境に生えているなら、暑さに対処する成分が入っていて当然です。逆に寒いところに生えているキノコだからこそ、凍ったりしないように寒さに対処する成分が入っているのも当然です。そう思いませんか?」
「それは確かに……」
目から鱗が落ちる思いで、ニックは再び手の中に収まった小瓶を見た。言われてみれば納得の理由で、感じていた驚きが軽い感動に変わる。
「説明すれば皆さんわかってくれるんですけど、人の話を聞かない冒険者さんとかは大抵間違えるんですよ。で、効果が無い! 詐欺だー! とか騒ぐんです。あれは本当に困っちゃいますよね……」
疲れた口調をする受付嬢に、ニックの脳裏にも己の不見識を棚に上げ騒ぐ冒険者の姿がありありと浮かんできた。万が一この話を聞いていなければ、自分もまた騒ぎたてはせずとも間違いなく問い合わせはしただろうと思い至って、思わず眉根を寄せる。
「一応対処は色々してみたんですよ? でも薬液の色そのものを変えるのは凄くお金がかかりますし、せめて見た目、瓶の色だけでも変えてみたら『中身が間違ってる』って苦情が殺到するようになっちゃって。
結局ギルドに出来たのは、ポーションの名前を耐寒、耐暑ポーションに変えることだけでした。それでも昔からの人はヒエールポーション、モエールポーションって呼んじゃうので、それでまた新人さんが混乱して……」
「確かに、モエールポーションなどという真っ赤な薬が耐暑効果を発揮するとは思わんだろうしなぁ。かといってキノコを名付けた者に文句を言うのも違うであろうし」
「ですよねぇ。効果もわからないうちに、燃え盛る火山で見つけた真っ赤なキノコに『ヒエール』なんて名付けないですもんねぇ」
ハァと力なくため息をついた受付嬢に、ニックは苦笑いを続けることしかできない。出来れば力になりたいとは思うが、魔法薬の名前などというものを自分がどうこうできるとは思えなかった。
「まあ、あれだ。頑張れ。無責任と言われるかも知れんが、儂には応援することと薬を間違えないことくらいしか出来ん」
「いえ、それで十分です。ありがとうございます、ニックさん」
やっと笑顔を取り戻した受付嬢に、ニックもニッと笑って答えた。その後は薬の効果時間や山での注意点などを説明され、その全てを聞き終えたニックはその日は宿に戻り、翌日早朝から山に登るべく町の外へと出た。
「おぉ、思ったよりも人の往来が多いな」
人混みというほどではないが、見えるだけでも何十人という冒険者がアツ・イーネンへの道を歩いて行く様に、ニックは軽く驚きの声をあげる。
『あの受付嬢の言葉通り、この町の冒険者の半分はこちらに来ているという感じだな』
そんなニックに、オーゼンもまた言葉を返す。ちなみに残りの半分は、当然だがサム・イーネンの方に行っていることは想像に難くない。
特に急ぐ用事もないので、ニック達は他の冒険者達に合わせてのんびりと道を歩いて行く。そのまましばらく進んでいくと、すぐに山の入口へとたどり着いた。
「ここまで来ると大分暑いな」
『ふむ。我には暑いという感覚は無いが、温度でみると確かに随分とあがっているな』
山に近づく程地面に生えた草はまばらになり、今ニックの足下には草一本生えていない。それと同時に地面の色が徐々に焦げたような茶色に変わってきており、もう少し先からはこの山特有の植物が生えだしてきている。
「植生の変化もこの辺りからか……となると目指すキノコはもっと奥だな」
『だろうな。ところで貴様、そろそろ受付嬢に手渡された薬を飲んだりしないのか?』
「おお、そう言えばそんなものもあったな!」
オーゼンに指摘され、ニックは鞄から小瓶を取り出し、中に満ちた真っ赤な液体を一息に飲み干す。すると全身に冷たい感触が走り、フッと体に感じる熱気が和らいでいく。
「ふむ、少し涼しいな」
『まあまだ山の入口だからな。もっと上に登ればまた違うのであろう』
耐暑ポーションはあくまで暑さを和らげるもので、体を冷やすものではない。故にその本領はもっと上、より暑い場所へ行かねば発揮されることはない。
「うむ。では気合いを入れて山登りとしゃれ込もうではないか!」
『気合い……ま、まあほどほどにな。うむ、人間ほどほどが一番だ』
「目指せ天辺! 行くぞオーゼン!」
『おー! などと言うと思ったか馬鹿者め! 今回は周りに他の冒険者も大勢いるのだ。しっかりと自重せよ!』
「お、おー……」
出だしからオーゼンに駄目出しをされ、天高く突き上げていた手をユルユルと下げていくニック。二人の山登りは、こうしてニックの微妙な笑顔で幕を開けた。





