骨男、気づく
「コツ?」
自宅にて趣味のガーデニングに勤しんでいたボルボーンは、不意に生じた巨大な魔力の鳴動に思わずその方向に顔を向けた。
「何でアールか今の巨大な魔力反応は? どうも何処かで覚えがあるような気がするのでアールが……っとと」
首を傾げて考え込んだボルボーンが、手に持ったじょうろから水が流れたままだったことに気づいて慌てて手を引く。それでも若干多かったのか、様々な生き物の頭蓋骨をそのまま利用した植木鉢の底からは溢れた水が滴っていた。
「まったく、あの筋肉親父のせいでワガホネの庭は荒れ放題でアール」
それを見ながら、ボルボーンは小さく愚痴をこぼす。あの日……ニックが勇者パーティから追い出される少し前。魔王城へと直進したニックは偶然にもボルボーンの邸宅を通りかかり、そこにいて植木に水をやっていたボルボーンを笑いながら殴り飛ばしていった。
ニックとしては魔王軍の幹部がいたから殴っただけで、ここがボルボーンの家であることも、この庭がボルボーンの趣味で造られていることも知らない。だがニックが猛烈な速度で走り抜けたせいで手入れの行き届いていた庭は竜巻が過ぎ去ったかの如く荒れ果て、ボルボーン本人も一瞬で全身の骨を粉砕されるという憂き目に遭っていた。
「ワガホネがコツコツ手入れをしてきた自慢の庭……元に戻るにはまだまだ時間がかかりそうでアールなぁ……」
ため息をつきながら、ボルボーンは自宅の庭を見回す。そこには今の時期美しく咲き乱れているはずの血狂草もなければ、晩酌のお供になるはずだった死鮮豆もない。
「せめて魔葛だけでも生き残っていればよかったのでアールが。あれは品種改良を重ねたワガホネ渾身の……んー?」
自分の言葉に何か引っかかりを覚え、ボルボーンは再び頭を捻る。そのままカクカクと骨を揺らし続けると、しばらくして両手をカコンと打ち鳴らした。
「そうだ! 魔導兵装! あの魔力反応は魔導兵装のものでアール!」
やっと答えに思い至り、ボルボーンはスッキリした気分で先ほどの魔力反応の方に改めて顔を向けた。
「反応があったということは、誰かがアレを起動させたのでアールか? 今の時代にアレを動かせる人間がいるとは思えないのでアールが……これは少し調べてみる必要がありそうでアールな。おい!」
ボルボーンが声をあげると、家の方から人影がやってきた。全身骨のボルボーンと違い、普通に生きている蛙人族の男だ。
「お呼びですかボルボーン様」
「コーツコツコツ。呼んだともゲコックよ。貴様に頼みたい仕事があるのだ」
「仕事ですか? どのような内容でしょう?」
問うゲコックに、ボルボーンは己の指の一本を骨の粉に変え、地面に地図を描いていく。
「この場所まで行って、そこに何があるのか、また何があったのかを調べてきて欲しいのだ」
「わかりました。ここに何があるのか、お聞きしても?」
「構わんのでアール。先ほど巨大な魔力が動いたでアール? あれはこの場所で魔導兵装が起動し、爆発かもしくは何らかの兵器を使ったからでアール。その痕跡を調べ、可能であれば魔導兵装を回収してきて欲しいのでアール」
「魔導兵装……ですか。それは一体どのようなものなのでしょう?」
「コツ? そうでアールな。貴様にもわかるように説明するなら、本体は何だかゴツゴツトゲトゲした鎧のようなものでアール。それに付随して四角かったり細長かったりする金属の塊があるかも知れないでアールが、とにかく全部持って帰ってくればよいのでアール。
あ、それと極めて高い確率でこの場に古代遺跡があると思うのでアールが、そちらには手を出さぬように。下手にいじって爆発でもされたら台無しでアールからな」
「わかりました。では、すぐに出立致します」
「うむ。頑張るのでアール、ゲコックよ!」
ボルボーンはそう声をかけると、部下の背を見送ってから庭の手入れに戻るのだった。
『ケッ、あの骨野郎も焼きが回ったなぁ。兄貴みたいな有能な部下を使いっ走りに使うとは!』
ボルボーンから別れ、屋敷の中。命の気配の無い廊下を歩くゲコックに、その腰から触手を震わせ語りかける存在がある。
「そう言うなギン。これはチャンスかも知れないぞ?」
ゲコックの腰にへばりついた、拳ほどの大きさのうねうねした生物。そこに己のぬめりのある粘液で覆われた手を這わせながら、ゲコックはニヤリと口の端を釣り上げてみせる。
「わざわざこの俺に回収を頼むんだ。なら魔導兵装とか言うのは相当なお宝のはず。そいつを上手く利用できれば、一気にのし上がることだってできるはずだ」
『おぉ、さっすがゲコックの兄貴だぜ! いつだって上を見据えてるその姿勢、痺れちゃうぜ! 憧れちゃうぜぇ!』
水棲の魔物を祖先に持つ蛙人族のゲコックは、本来ならばギャルフリアの配下であった。そんな彼がボルボーンの配下にいるのは、やる気の無い上司に見切りをつけたためだ。
もっとも、ボルボーンを選んだのはあくまで消去法でしかない。風はヤバスチャンの一族が幹部を占めているため他種族であるゲコックには入り込む余地が無く、火はやる気はあってもノリが合わなすぎるうえ、蛙人族では環境的にも辛い。となれば必然ボルボーン以外には選択肢が無かった。
「ヘッヘッヘ。まずはしっかり調査して、役に立ちそうなものなら適当な嘘をついて俺のものに、そうでないなら献上して評価点に……俺のやることに抜け目はないのさ」
『一生着いていくぜ兄貴!』
「ゲコック……」
そんなゲコック達の前に、別の蛙人族の男がそっと近寄ってくる。
「アーム……何の用だ」
「言わずともわかっているだろう? 我等ジョー一族を引き立ててくれたボルボーン様に、お前がよからぬ事をしないかと心配しているのだ」
「余計なお世話だ。お前達に迷惑をかけるつもりは無いし、俺は俺だ」
「そうはいかないだろう! お前が何かをすれば、それは一族全員の責任になる。お前だってもう子供じゃないんだ。そんなことわかってるだろう!」
「わかってねーのはお前の方だアーム! あんなやる気の欠片も無い糞みたいな上司の下じゃ、どれだけ頑張ったって無駄だった! だからこそこっちに鞍替えして、ここから上を目指そうってんじゃねーか! それを何もするな、大人しくしてろ!? 馬鹿じゃねーのか!」
「ゲコック……」
激しく言葉を叩きつけてくるゲコックを、アームはただ悲しげに見つめる。その在りようが更にゲコックの心を刺激し、見据える視線には苛立ちと怒りが募っていく。
「とにかく、俺は上に行く。どんな手段を使ってもな。お前はそれを精々指をくわえて見ていればいいさ」
『お前は相変わらず無口なんだな、オクチ。それとも何も言えないだけか?』
『……………………』
ゲコックの腰から放たれた声に、アームの腰にへばりついたオクチは何も語らない。硬く触手を結んだまま、そよそよと風にそよがれている。
「見てろ。この俺、ゲコック・ジョーと」
『兄貴の永遠の相棒、コシギン・チャック様が!』
「『必ず成り上がってみせるぜ!」』
そう力強く断言すると、ゲコックは肩を怒らせながら廊下を歩いて行く。
「ゲコック……世の中はそんな単純じゃないんだ。もっとずっと、無慈悲で無情なものなんだよ……」
『ギン……』
そんな二人の姿を、アームとオクチの二人はただ肩を落として見送ることしかできなかった。





