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父、歩き出す

 見渡す限り何も無い砂漠の大地を、ニックはオーゼンと共に歩いて行く。だがここに来た時とは違い、砂漠にはほんの僅かに風が吹いていた。


『まさかあのような選択をするとはな』


「わはは。よいではないか」


 呆れた声を出すオーゼンに、ニックは笑って答える。ニックの出した結論……それは「遺跡の機能を徐々に停止に向かわせていく」というものだった。





『正気か!? そんなもの、蟻達をジワジワと滅亡に追い込むだけではないか!?』


 ニックの出した結論に、オーゼンは驚きと共に軽い失望を滲ませる。結論を未来に託すと言えば聞こえがいいが、徐々に飢えて滅んでいく蟻達の姿を思えばまだ今すぐ外に放り出した方が生き残る可能性が高そうに思えたからだ。


 だが、そんなオーゼンの声にニックは穏やかな笑みを浮かべると、天井を……その遙か先にある空を見上げて呟く。


「なあ、オーゼン。儂等がどうやってここに入ってきたのか、覚えているか?」


『何だ突然? 当たり前だ。あの時は確か、外に出ている蟻が我等を見つけたのだったな』


「そうだ。では何故あの蟻は外に出ていたと思う?」


『む?』


 予想外の質問に、オーゼンは思わず言葉に詰まる。そのまましばし考えたが、無限の食料と安全な住居の両方が揃ったこの場から出歩く合理的な理由は結局思いつかなかった。


『……わからぬ。貴様にはそれがわかるというのか?』


「ああ、わかる」


 白旗をあげたオーゼンに、ニックは力強く頷く。


「人は……命というのは、外に出ずにはおられないのだ。子がいつか親元を旅立つように、あらゆる命は外へと向かっていく。ここがどれほど安全で快適であっても、未知を求めて旅立つ冒険心は、決して止められるものではないのだ」


『冒険心……』


 その言葉を、オーゼンは噛みしめるように繰り返す。己の意思では身動きすらできないオーゼンにとって、その言葉は眩しいほどに輝いて感じられた。


「おそらく今までも、時々は外に出た蟻がいたのだ。だが誰もあの砂漠を越えられなかった。だからこそこの蟻達は今もこの遺跡だけで生活しているのだ。


 だが、砂漠が緑の大地となれば。ここでの食料調達が徐々に困難になるなか、未知に旅立つ者の先にきちんと命を繋げる環境があれば。そういう状況にしてやれれば、きっとこの者達はもっと先へと歩いて行けるはずだと、儂はそう思うのだ」


『それなら、この施設を停止させた後貴様が砂漠の外に運んでやればよいではないか。何故そうしない?』


 オーゼンの問いに、ニックはゆっくりと首を横に振って答える。


「それでは駄目だ。己の足で、己の意思で一歩を踏み出さねば変わらないのだ。


 儂が外に連れ出し、餌の採り方やら何やらを手取り足取り教える? その世代だけならば良いが、次の世代、その次の世代にはそんなもの受け継がれぬ。もし儂がこの蟻達に言葉を教えたとして、一〇年後の蟻がそのまま言葉を話せるようになっていると思うか?」


『それは……無理であろうな』


 ニックの言葉に、オーゼンはほとんど考えること無く答えた。何百年、あるいは何千年もかけたからこそ彼らはアナウンスさんの言葉を学習したのであって、たかだか数日、あるいは数年かけたとしても、その教えが後世まで伝わるとは思えなかった。


「そういうことだ。ここをこのまま留めても、冒険心を抱いた蟻はいつか必ず外に出る。その未来の可能性のために、永劫孵らぬ卵の殻にヒビを入れてやる……それが儂の選択だ」





『正直、我には決して為し得ぬ選択であった。故にこそ我には貴様の評価ができぬ。遙かな未来に結果論を語ることはできるが、そんなものは馬鹿でも出来るしな』


「儂とて、これが絶対に正しいとは言わぬよ。儂のしたこともまた、蟻達に決断を迫るものでしかない。座して滅ぶか未知へと旅立つか……もはや賽は投げられた。後は蟻達に任せればいいだろう」


 それは一見すれば責任の放棄だと思われるかも知れない。またそういう側面があることも、ニックはきちんと理解していた。それでもなおここで延々と同じ日を繰り返すより、苦難の果てに新たな未来を……そう望んだニックの決断を、オーゼンはきっちりと己の魂に刻み込んでいた。


『そうだな。評価は出来ぬが、我は貴様の選択を尊重しよう。貴様がそう言う男であったことは、未来永劫記録しておく』


「未来永劫と来たか! まあ精々いい具合に覚えておいてくれ」


『フッ。我は過去をねじ曲げたり美化したりはせぬぞ? ありのままの貴様が伝わるだけだ』


「そいつは恐ろしいな! ではご機嫌を取るために、次の目的地はオーゼンの希望に添う場所にするとしよう。何処か行きたい場所はあるか?」


『ふむ。いくつか判明した「百練の迷宮」があると思わしき場所は気になるが、それよりもまずは我の体を回復させねばならぬ。となると環境魔力の濃い場所が望ましいな』


「環境魔力か……今までの話からすると、特異な地がよいということだな?」


『まあ、そうだな。アリキタリやサイッショの様な平穏な土地よりは、過酷だったり異常だったりする場所の方が環境魔力が濃い可能性は高い』


「ならば、次はあそこにするか……よし、であればひとっ走り――」


『走るなよ!? 絶対に走るな! あ、あと跳ぶのも禁止だ! 人は人らしく人の速度で移動すべきなのだ!』


 強い口調で念押しするオーゼンに、ニックは思わず苦笑いを浮かべる。


「そう必死になるな。わかったわかった。今回はのんびり歩いていくとしよう」


『絶対だぞ! 今は我も弱っておるのだから、絶対に無茶をするでないぞ!?』


「うむうむ。善処しよう」


『善処ではなく、きっちりと約束するのだ!』


 相変わらずの掛け合いをしながら、ニックとオーゼンは歩いていく。その視線の遙か先には、雄大な山脈が広がっていた。









 それは遙かな未来。漆黒の肌鎧と四本の手を持つ種族の聖地には、今日も巡礼の者が訪れていた。


「ここが我等の始まりの地……」


『ギーギギーギー?』


「ああ、これは失礼」


 目の前の光景に圧倒され通路を塞いでいたことに気づき、その男が背後から来た人物に頭を下げて道を譲る。


『ギーギー』


「ありがとうございます。貴方にも神のご加護がありますように」


 その人物は、正しく直立する蟻そのものの姿をしていた。神に憧れ神の導きにより旅立ち、神に似た姿を得た自分達と違い、神に寄り添いあるがままの姿を貫いた原生蟻人。その尊い姿を見送ってから、男は改めて神殿に立ち入った。


『はーい、みんなー! 今日も元気にバトってるかなー! みんなのアイドル、アナウンスさんだよー!』


 神殿の中央には、地下から発掘されたご神体『アナウンスさん』の姿が今日も映し出されていた。相応の知恵を身につけた今となってはそれが会話すら成り立たぬ幻影だと理解しているが、だからといってこの神から言語と知性を授かった事実は変わらない。それに――


『さあ、それじゃ今日は特別! なーんと、あの六〇〇五四八週連続トップを守り続けた最強の王者チャンプを倒した新王者への、ヒーローインタビューでーす! さあ、どうぞ!』


『うむ! 儂が新たなる王者チャンプ、ニックだ!』


 ご神体には、若い女性に集音機マイクを向けられる中年の基人族の男が映し出されていた。その男が外に……自分達に向かって語りかける。


『これからお主達には、様々な困難が待ち受けていることだろう。その原因の一端は儂にあるわけだが……まあ頑張れ! これまでここで生き続けてきたお主達なら、きっと停滞した今日を打ち破り、新たな明日を手に入れることができるはずだ!


 外に出よ! 太陽の光を浴び、そよぐ風を感じ、溢れる命の息吹に身を浸せ! その時こそこの言葉を贈ろう……』


 幻影の中の男がそこで言葉を切ると、大きく息を吸い込んでから大声で叫ぶ。


『ようこそ世界へ! 儂は、儂等は! お主達が新たな世界に踏み出したことを、心から歓迎する!』


「……ああ、何と尊い言葉だろうか」


 ある者は言う。神は我等から永遠の楽園を奪った極悪人だと。

 ある者は言う。神は我等に世界の広さを教えてくれた恩人だと。

 そして、皆が言う。それでも神は……我等を導く父であったと。


「神よ。偉大なる肉神よ。貴方は今も我等を歓迎し続けてくれているのですね」


 太陽の如く輝く神の笑顔に、男は知らず涙する。このところ仕事が上手くいかず、自分には生きている価値がないのではないかと思い悩んでいた心が、目から溢れて綺麗に押し流されていく。


「ありがとうございます神よ。私はまだまだ頑張れそうです」


 蟻人族史上初の男の王、アリヨリノ・アリは深く頭をさげると、サッパリした顔で神殿を後にするのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニックさんの選択に感服いたしました、そのような手段があるとは。 [一言] とっても感動的な場面なのに、蟻人族王の名前が全てを台無しにしてしまったw
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