父、決断を強いられる
『この部屋で調べられることはこの程度だな。後は隣の部屋か』
一通りオーナーの部屋と思われる場所を調べ尽くしたニックとオーゼン。その言葉を機に、二人の意識は自然と部屋の奥にあるもうひとつの扉に向かう。
「ああ、やはりこれは扉なのか。しかし掴むような場所が見当たらんのだが……」
『金庫と同じで、個人の魔力波形を感知して開く扉だな。つまり――』
「引き千切ればよいということだな! 任せておけ!」
笑顔のニックが扉に指を突き立て、強引に引っ張る。するとけたたましい音と共に金属の壁がひしゃげ、その向こうに通路が姿を現した。
『いや、金庫のところで解析した魔力波形を我が真似て……まあ開いたならいいのだが』
「さあ、行くぞオーゼン!」
今までとは雰囲気の違う飾り気の無い通路に、ニックは意気揚々と歩を進める。
『関係者専用の通路といったところか。であればこの施設の根幹に関わるような部屋もこの先にありそうだ。ひとつひとつ丁寧に探していくぞ』
「うむ、わかった」
オーゼンの助言に従い、端から部屋を巡っていくニック。だが先ほどの部屋と違って行く部屋全てに掃除の手が行き届いており、必然どの部屋にもほとんど何も残っていなかった。
『くっ、ここも駄目か。見たところ資料室のようなのだが……』
「これではなぁ」
その部屋にあったのは、無数に立ち並ぶ空っぽの棚。棚自体は金属製のため綺麗に残っているが、そこに並んでいたであろう資料は跡形も無い。その全てが劣化して崩壊し、埃と一緒にゴミとして掃除されてしまったのだろう。
『やはり例外はあの部屋のみ、そしてあの金庫の中身だけが例外中の例外だったわけだ。確かに魔導兵装の情報は最上級の秘密であっただろうが……』
オーゼンの声に若干の落胆が混じる。最先端の技術ともなればその価値は計り知れないが、今のオーゼンが知りたいのは当時の歴史や一般常識だ。その時代に生きる誰もが知っている情報をこそ求めているが、そんなものを後生大事に保存するはずがないというのも理解できる。
『この手の部屋であればそういう情報も残されているかと思ったのだが、やはりそう上手くはいかんか』
「やむを得まい。それこそ王宮などでもなければ、歴史書を高度な魔法で保存したりはせんだろうからな」
『だな。とは言えその手の場所に保管されている資料は自国に都合がいいように事実をねじ曲げられていることも多く……いや、これを今ぼやいても意味があるまい。次に行こう』
「わかった」
資料室に見切りをつけ、ニック達は更に通路を奥に進む。そうしていくつもの扉を開き、何度も曲がり、登ったり降りたりした通路の最奥までたどり着くと、ニック達の前に今までとは明らかに違う扉が現れた。
「これは……随分と頑丈そうな扉だな」
『この施設の構造からして、おそらくこの奥は動力室だな。であればこの厳重さは当然と言える』
「動力室! と言うことは、この先の設備は……」
『ああ、稼働しているはずだ』
何も無い部屋ばかりで微妙に退屈していた二人の声が、にわかに盛り上がる。宙に映し出されるアナウンスさんの幻影や、未だ生産を続けている完全栄養食の存在などから、この先にある物が動いているのはほぼ確実だからだ。
『流石にここの扉をこじ開けるのはやめておけ。我を手にそこの……ほれ、そこだ。その四角い所に我を押し当てるのだ』
「こうか?」
ニックがオーゼンを扉の脇にあった四角い枠の中に押し当てると、オーゼンの体が淡く青い光を放ち、程なくしてプシューっという音と共に目の前の大きな扉がゆっくりと左右に開いていく。
「おお、これが……」
『何だこの規模は……!?』
目の前に現れた巨大な魔導具に対しニックは素直な感嘆を示したが、オーゼンはそのあまりの規模に思わず驚愕の声をあげてしまう。
「ん? これはでかいのか?」
『上空から確認した砂漠……あれがこの魔導具の影響範囲だと考えれば、明らかに大きい。ここに人を寄せ付けぬようにするための結界は中央付近にしかなかったことを考えれば尚更だ。
とは言えあの魔導兵装とかいうのを運用するなら莫大な魔力が必要であろうし、そう考えれば……すまぬニックよ。我をその手前の台座のようなところに置いてくれ』
「了解だ」
ニックが手に持ったままだったオーゼンを言われた場所に置くと、先ほどと同じようにその体から淡い光が走り、その光が台座の中へと吸い込まれていく。
『むぅ、これは……そうか、そういうことか……』
「どうだオーゼン。何かわかったか?」
『うむ。どうやらこの施設が周辺の砂漠化の原因らしいな』
「む……」
オーゼンの言葉に、ニックの表情がにわかに真剣になる。
『さっき語った推測通り、この施設の維持には莫大な魔力を必要としておる。そしてその魔力を周辺から集め、施設全体に行き渡らせているのがこの魔導具なのだ』
「つまり、コイツをそのままにした場合、周囲に砂漠が広がっていく、と?」
『いや、それは無い。当たり前だが、環境魔力とは常に補充され続けるものだからな。今の範囲で収支がピッタリ釣り合っておるから、これ以上砂漠が広がることはないだろう。
が、逆に言えばこの魔導具が稼働している限りあの砂漠が緑化することもないし、余剰魔力が無い故に新たな命が生まれることもない。命の誕生には魔力が必要だからな』
「そうなのか? そんな事聞いたこともないが……」
『まあ、普通は意識することなどないからな』
魔力とは水のようで、常に多いところから少ないところに流れ込み、その濃度を均一に保つ性質がある。故に余程特殊な理由でもない限り命が生まれないほど魔力濃度の低い場所など存在しないし、そんな場所が生活に適しているわけがないので、そこに定住し子供を……などと考える者などいるはずもないので、それを知られていないことは何ら不思議ではない。
『だが、だからこそ判明したこともある。わかるか? この施設は周囲の環境を悪化させるものではなく、あくまでも現状から回復させないという程度でしかない。つまりこの砂漠の姿こそ、この施設が出来たときから変わらぬかつての世界の姿なのだ』
「終わった世界、か……」
ニックの脳裏に、元王者の男の言葉が蘇る。
(あの男にとって、命の生まれぬ果て無き砂漠こそが世界の全てだったのか……ならばこの砂漠から連れ出してやれれば……いや、それは今更か)
緑の大地、命溢れる世界を見せたならば、あの男は何を思っただろうか? そんな思いがニックの中を駆け巡り、やがて詮無いことだと静かに首を振る。
『とは言え、わかることはこのくらいだな。流石に魔力炉……いや、これは魔導炉と言うのか? そんなものの中に歴史だの何だのの情報が入っているわけがないからな。
が、ここでひとつ選択肢が生まれた。ニックよ、この施設をどうする?』
「む? どう、とは?」
突然のオーゼンの問いに、ニックはそのまま聞き返す。
『今の我であれば、この炉心を安全に停止させることができる。そうなればこの周辺を砂漠化させている原因も消え、ゆっくりと長い時間をかけてだが、いずれこの地も他と同様緑と命に溢れる大地が蘇ることだろう。
だが、引き換えとして今稼働している魔導具は当然全て停止する。アナウンスさんもガイドさんも、何もかもだ。
ああ、食料の生産も止まる故、蟻達にも影響が出るだろうな。普通の蟻であれば他の所に移動すればいいだけだろうが、この施設に依存しすぎた奴らがどうなるかは、我にも何とも言えん』
オーゼンの提案は、ある意味究極の選択であった。目の前にいる無数の命と命持たぬ者達を犠牲に世界を癒やすのか、世界の傷をそのままに僅かな命を救うのか。
「その選択を儂にしろと?」
『無論、何も選ばず立ち去っても構わんぞ? まあその場合は現状維持を選択したに等しいが』
「つまり、どうあっても選ばねばならぬということか」
ニックはその場で瞑目し、腕を組んで考え込む。そんなニックに対し、オーゼンもまた静かにその答えを待つ。
(王とは常に選択し続けるものだ。だがそこに常に正解があるわけではない。どちらも正しく、どちらも犠牲を強いる。この問いに貴様はどう答える?)
「……決めたぞオーゼン。儂は――」