父、膝を突く
「これは……」
無理矢理にこじ開けられた金庫の中。そこにはほとんど劣化した様子の無い紙の束に、同じ形をした無数の金属片、そして何より……アナウンスさんの人形が入っていた。
『何故こんな物をここに……ま、まあとりあえず他のものから調べてみようではないか。おい貴様、まずはその紙束を手に取ってゆっくりとめくっていってくれ』
「そ、そうだな」
オーゼンに言われ、ニックは金庫の中から紙の束を取り出しパラパラとめくっていく。書かれている文字は見慣れないもので、ニックにはその内容はわからない。
『ふむ。文字はアトラガルドのものと同じようだな。内容は……この施設の権利書などだな』
それは金庫に入っていて然るべき内容の書類ではあったが、一万年前の権利書など現代においては何の意味もない。
無論これほど状態のいい当時の資料となればそれだけで価値はあり、特に古代文字の解読という点においては極めて重要な意味をもつのだが、そもそも文字が読めるオーゼンがいる時点でニック達にとってはこの書類はさしたる意味を持たなかった。
『となると、この金属片は貨幣か。文字が同じということは間違いなくアトラガルドの系譜を引いているはずだが、我が知らぬということは新たに作り直されたということだ。つまり――』
「アトラガルドが滅んだ後に、新たに国家が誕生していたということか」
『うむ』
ニックの指摘に、オーゼンが同意を返す。物々交換の中間物として使うならば、既存の貨幣をそのまま使っても問題は無い。むしろ共通の価値基準があるおかげで使いやすいとすら言えるだろう。
だが、新たに貨幣を作るとなれば、その価値を周囲に認めさせ、かつそれを流通させるだけの力が必要になる。そんなことをするのは国家だけであり、オーゼンすら知らぬ高度な技術を用いて作られた魔導兵装なる存在があることを考えても、何らかの国、あるいはそれに準ずる集団が存在していたことはほぼ確定となった。
『まあそれに関しても、この場ではこれ以上の追求は不可能だな。あとは……』
「……これか」
ニックの視線が、金庫の中にあった人形に移る。
「なあオーゼン。こういうのはそっとしておいた方がよいのではないか?」
『馬鹿を言うな。これも重要な手がかりだ。まずは手に取って調べてみよ』
「むぅ……」
何となく気が進まないが、それでもオーゼンの言葉に従ってニックが人形を手に取る。その際腰の部分を掴んだため、必然指が胸の辺りに触れ――
『いやーん、えっち!』
「……なあオーゼン。やっぱりそっとしておかぬか?」
『そ、そうはいかん! ほれ、もっとよく調べるのだ!』
「調べろと言われてもなぁ……」
あからさまな渋顔になりつつも、ニックは更に人形を調べていく。
「この服は随分とスベスベした布地だな。材質に見当がつかん……肌も柔らかいというか、プニプニしているな。人肌よりも弾力性があるだろうか? 他には……」
『イタッ!? もうっ、乱暴しないで!』
「お、おぅ、すまん」
服に肌ときて、次は関節の構成でも調べようかとニックが僅かに力を入れたところ、人形から聞こえた声にニックは咄嗟に手を離して謝ってしまう。だが、それを聞いたオーゼンは頭に閃くものがあった。
『貴様よ。その人形の服を脱がすのだ』
「オーゼン……?」
『な、何だその不審そうな目は!? 違うぞ! ちゃんと考えあってのことだ!』
「むぅぅ……いやしかし、こんな小さな人形の服を脱がすといっても、儂の指ではなかなか……」
『ならばいっそ引き千切るか?』
「オーゼン…………確かにお主は無機物であるから、こういう人形に興味があるのかも知れんが、乱暴なのは良くないぞ?」
『違うと言っているであろう愚か者! どっちでもいいからさっさと服を脱がせるのだ!』
「…………まあ、うむ。わかった」
釈然としない感情を押し殺し、それでもニックが人形の衣服に指をかける。そうして軽く力を入れると――
『信じられない! 何しようとしてるのよクズ!』
「……………………服を引き千切るのは無しだ。いいな?」
『やむを得まい』
眉をへの字にしたニックに、流石のオーゼンも妥協した。その後は苦労して小さなボタンやら何やらを外していくが、その度に人形から『ケダモノ!』『変態!』『最低!』などの罵倒が飛んできて、ニックの精神をガリガリと削っていく。
「やっとここまでか……これでいいのか?」
『いや、下着も脱がせるのだ』
「オーゼンよ……」
『言うな。この先に我の求める物があるはずなのだ』
「……わかった」
オーゼンが何を求めているのか、ニックはあえて聞かなかった。そっと人形の下着に指をかけ……
『お願い。許して…………』
「ぐぅぅ……オーゼン、儂の心が折れそうなのだが……」
『頑張れ! 貴様なら出来る!』
罵倒が涙声の懇願に変わり、ニックは思わずその場に膝を突く。それでもオーゼンの言葉を受け、泣きそうになりながらニックは人形の下着を剥ぎ取った。
「……これでいいのか?」
『うむ。では我をその人形に密着させてくれ』
「……………………わかった」
死んだ魚のような目で、ニックはオーゼンを人形にくっつける。その際に目に入った人形の裸体が細部まで極めて精巧に作られていることに気づいてしまい、ニックの心が更なる闇に沈んでいく。
『おぉぉ……そうか! なるほど、こんな作りになっておったのか!』
『いや……助けて……私を汚さないで……』
(この光景を娘に見られたら、儂は死ぬんじゃないだろうか……?)
裸の人形に密着し興奮した声を上げるオーゼンと、これでもかと罪悪感を抉ってくる人形の声を聞きながら、ニックはボーッと天井を見上げる。その手の中ではオーゼンが今日最高の盛り上がった声をあげており、それを耳にする度にニックの胸は切なさで張り裂けそうになる。
『よし、わかった! これで我にも作れるぞ!』
「作る? この人形をか?」
『こんな物作ってどうするのだ馬鹿者! 魔導兵装だ! 我の見込んだとおり、この人形の中には機密が隠されておったのだ!』
「お、おお? そうなのか?」
『そうなのだ。触れることに忌避感を感じさせるような台詞から、素体を壊して中身を取り出すのと迷ったのだが、やはり最初に接触を試してみて正解であった。まさか骨格どころか神経系を模した魔力回路に情報を隠していたとは。破損させてしまえば何もわからなくなってしまうところであった』
「そ、そうか。よかった……本当によかったな」
『む? そうだな。大雑把な貴様と違い、我の慎重さがあったればこその成功だ。存分に褒めるが良いぞ!』
オーゼンが変な趣味に目覚めていないことに心底安堵したニックだったが、オーゼンはそれを微妙に勘違いして誇らしげに声をあげる。なのでわざわざ誤解を解くなどという悪手を指すことなく、ニックはその話は流すことにした。
「で、魔導兵装というのは、あれか? あの男が身に纏っていた?」
『そうだぞ。しかも、ここに秘匿されていたのはあれを更に発展させたような図面であった。通常ならば材料は勿論部品の加工手段が無い故に再現など不可能だが、我の「王能百式」であれば十分な再現が可能なはずだ』
「それは何というか……格好いいな!」
『であろう? 見た目だけでなく、能力も…………いや、能力は…………素の貴様よりも若干……大幅に落ちるかも知れんが……』
言葉が続けば続くほどにオーゼンの言葉に勢いが無くなっていく。最新式の魔導兵装はとてつもない戦闘力を秘めてはいたが、それでもニックのように空を蹴って空を飛ぶことなどできないし、ニックの一撃を耐えきれるほど硬くもなく、そしてニックの拳よりも攻撃力の高い武器など存在しなかった。
「フッ。それがどうしたというのだオーゼンよ! 格好いいのだぞ!? それ以外に優先するものなどあるまい。危なくなったら解除して戦えばよいのだしな!」
『それでいいのか!? 何というか、本末転倒という言葉しか頭に浮かばんのだが……まあそういうことも出来るようになったということだけ覚えていればよい』
「うむ。心に留めておこう!」
すっかり微妙になってしまったオーゼンの声とは裏腹に、ニックは嬉しそうな顔でそう言った。