父、熱狂する
「さて、戦いは終わったわけだが……どうすれば中に戻れるのだ?」
『ふーむ。とりあえずはもうしばらく様子を……っと、動いたようだな』
『戦闘終了! 挑戦者の勝利です!』
砂漠に佇むニックの耳に、どこからともなくそんな声が聞こえてくる。それと同時に地面の何カ所かに金属製の柱が立ち上り、開いた扉から小さな人影が現れる。
「おめでとうございます新王者。控え室はこちらになります」
「うむ? 着いていけばよいのか? あ、いや待て」
目の前にやってきた銀色のゴーレムに着いていこうとして、ニックは背後の鎧の男にも同じゴーレムが群がっている事に気づいて足を止める。
「彼奴をどうするつもりだ?」
「あちらの選手は魔導兵装の破損が酷く、自力での帰還が困難と判断してこちらで回収することにしました。元の格納庫へと運んだのち、最低限の修理を行う予定です」
「最低限? 完全にではないのか?」
内に宿った魂までも再生できるとは思わないが、それでも外見くらいは整えてやりたい。そんなニックの気持ちに対し、ゴーレムの言葉は世知辛い。
「そちらは有料になります」
「む、金がかかるのか……これで何とかならんか?」
大部分は背嚢に入れているが、普段から使う分の金は腰の鞄に入れている。ニックはそこから金貨を一枚取り出して見せると、ゴーレムはそれを受け取って顔の前に持っていくと、両目を怪しく光らせて調べ始める。
「簡易鑑定終了。形状や材質から推定:金貨と判断しますが……申し訳ありません。こちらの金貨は支払い可能貨幣に登録されておりません」
「そうなのか? そこはほれ、現物の価値ではどうだ?」
「申し訳ありません。当施設には物品を換金する窓口はございません」
「むぅ、そうか……わかった。ではせめて丁寧に扱ってやってくれ」
これ以上の無茶を言うわけにもいかず、ニックは僅かに肩を落としつつもゴーレムにそう告げると、その先導を受けて先ほど自分が外に出た部屋へと戻っていった。そうして部屋の壁に背を預けると、ひとつ大きく息を吐く。
「ふぅぅ……何とかしてやりたかったがなぁ」
『流石に無茶であろう。地金の価値が貨幣価値より上というのは普通あり得んし、当時のこの施設において金がどの程度価値があるのかもわからん。今のように人々の生活が安定している時代ならともかく、あの男の言う「終わった世界」であれば貴金属などそれこそ石ころ扱いの可能性も高いぞ?』
「まあ、そうだな。やむを得まい」
金や宝石に価値があるのは、それを更に他のものに交換できるからだ。腹が減ったからといって宝石を囓っても食えないし、寒いときに金貨を敷き詰めても暖を得るのは不可能だ。価値の保証された交換先がないのであれば、貴金属などガラクタ以下の存在でしかない。
「では、気を取り直して遺跡内部の探索に戻るか。次は……そうだな。赤の扉の先に行ってみるか?」
『構わんぞ。おそらくはここと同じような部屋があり、そこからあの鎧の男が出てきたのだろうが、あれがいたというのならこことは違って何か物が残っているかも知れぬからな』
「だな。よし、では行くか!」
ニックは部屋の隅に置いておいた背嚢を再び背にかけ、長い通路を戻っていく。そうして扉をくぐり広間に出たところで、ニックの周囲に猛烈な勢いで黒い波が押し寄せてきた。
「「「ギギッギギー!!!」」」
「うぉっ!? な、何だ!?」
「ギギーギギー!」
「ギーギギギー!」
「ギギー!」
「あ、そうか。もう言葉がわからんのか! おいオーゼン! これはどうすればいい?」
『我に言われてもな。言っておくが、王能百式は当分使えぬ。だが言葉なぞわからずともこの蟻達が熱狂している理由はわかるぞ?』
「な、何だ?」
『ほれ、アナウンスさんの方を見るがよい』
無数の蟻に群がられながらそれでもニックが首を動かすと、そこではアナウンスさんの熱い語りと共に先ほどまでニックが繰り広げていた激闘の映像が映し出されていた。
『ここでチャンプが必殺技! しかしきかなーい! 挑戦者、圧倒的な強さを見せつけます!』
「「「ギギギー!!!」」」
「おお、何だあれは、凄いな! 儂も見たいぞ!」
『何だ貴様、自分の戦いを見たいのか?』
「当然であろう! 自分の戦いを自分以外の視点で見るなど、生まれて初めてのことだからな」
『ああ、そうか。この時代では簡単に映像を記録、閲覧するなどというのは難しいのであったな』
興奮気味のニックに、オーゼンは一人納得する。初めて見る客観視した自分の姿があれほどの激闘ともなれば、それに夢中になるのは無理からぬ事だろう。
「な、なあオーゼン? ちょっとだけ! ちょっとだけ見ていってもよいだろうか?」
『好きにするがよい。別に急ぐこともないしな』
「流石はオーゼンだ! よし、ではちょっとだけ……」
自分を囲む蟻の波をかき分け、ニックはアナウンスさんを囲む蟻達の最後尾に立つ。多少の距離はあるが、そもそも蟻達はニックよりずっと小さな体をしているため視界は良好だ。
「おー! いけ! やれ!」
「ギギー!」
「危ない! 油断してはいかんぞ!」
「ギギーギギー!」
「そこだ! ぶん殴れ!」
「ギギギーギー!」
(まったく、本当に子供のようだな……)
己の戦いを見てはしゃぐニックに、オーゼンは思わず言葉をこぼす。アナウンスさんがいい具合に編集しているのか、見所を幾度も別角度で表示したりする度にニックは周囲の蟻と肩を組んで声をあげている。
かと思えば映像を指さして自慢げに語ってみたり、周囲の蟻達が差し出した手をギュッと握ってみたりして、最後の別れのシーンでは隣の蟻に抱きついて目に涙を浮かべていた。
(あの時あの場で泣かなかったのに、何故今は泣くのだ? 本当に不思議な男だ)
一時的にとは言え王能百式を失い、もはや言葉など理解出来ないはずの蟻達と楽しそうに盛り上がるニック。そんなニックを温かい目で見守るオーゼンだったが、不意に背後から蟻達の悲鳴が聞こえた。
「ギギーッ!?!?!?」
「何だ!?」
その声にニックが慌てて振り返ると、叫ぶ蟻達を押しのけて一人の女性がニックの方へと向かって歩いてくるのが見える。
『まさかアナウンスさんか!? 映像だけではなく実在したとは!』
「人間……ではないな。あの男と同じく命の気配が無い。お主は?」
「初めまして王者。私は当施設の案内人です。気軽にガイドさんとお呼びください」
「ガイドさん? アナウンスさんではないのか?」
「違います。私はあのような八方美人の阿婆擦れではありません」
『随分口が悪いな。人では無いというなら、どんな意図があって制作者はこんな性格にしたのであろうか? というか……』
自身が弱っていることも忘れて、オーゼンは全力で魔力探査を行う。それによれば確かに目の前の女性は魔道人形であるとわかるが、その造りの精巧さは明らかに当時のアトラガルドの最高水準を超えている。
(あの鎧の男といい、この施設は我の知るアトラガルドより先を行く技術によって作られているということか? 一体この世界に何があったというのだ?)
「それで? そのガイドさんとやらが儂に何の用だ?」
オーゼンの内心の思考を余所に、ニックはガイドさんと名乗った女性に問いかける。
「はい。新たなる王者の誕生を祝して、当施設のオーナーが貴方に是非ご挨拶を、と申しております」
「オーナー? そんな者がいるのか?」
「そうです。強制ではありませんが、どうしますか?」
『おい貴様、これは絶対に受けろ。その人物に会えれば多くの謎が解決するかも知れん』
「わかった。ではそのオーナーとやらに会わせてもらいたい」
オーゼンの言葉に小さく頷きつつニックが答える。
「畏まりました。では私の後についてきてください」