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父、称号を受け取る

 それには、眩いほどの光も耳をつんざく轟音もなかった。光も音も、ありとあらゆる存在を許さないと言わんばかりの「無」。黒ですらないのに黒としか表現できない迸りが男の腹から自分に向かって放たれた時、ニックは久しく忘れていた死の匂いを感じていた。


(なるほど、これが切り札か。確かにこれを食らえば、儂とてただでは済まんのだろうなぁ)


 放たれた無がニックに届くまでの刹那の時間。まるで飴細工のように引き延ばされた体感時間のなかで、ニックはのんびりとそんなことを考える。それは死を間近にした人の本能。最後の時をせめて思い出のなかでと、神が許した走馬灯の時間。


 ただし、それは只人の場合。優しい死神の抱擁を、ニックは鼻で笑い飛ばす。


「ふんっ!」


 気合いを入れた、割と本気の一撃。猛然と振るわれる拳が、ニックに迫り来るナニカを地面に向かって叩き落とした。無残に折れ曲がった黒の柱は砂の大地に突き刺さり、底が見えないほどの穴を穿っていく。


「おっと」


 開いた穴は即座に砂を飲み込み始め、その流れに足を取られそうになったニックは軽くその場を飛び退いた。その後も砂は流れ続け、大きなすり鉢状の窪地を作り出したところでようやく砂の動きが止まった。


「これほどの量の砂を消し飛ばしたということか……いや、儂が感じた驚異度から比べるとむしろ威力が低い、か?」


『馬鹿言うなよアンタ……』


 首を傾げたニックに、件の技を放った張本人である男の声が聞こえた。そちらに顔を向ければ、力なく倒れ込む鎧の男の姿がある。


「おお、お主か。どうやら無事のようだな」


『それをアンタが言うのか……ったく、まさかバラス・ディバイダーをぶん殴って止めるとはなぁ……本当にどうなってんだよ。わけわかんねーぜ……』


 バラス・ディバイダーは物体の結合力を魔法的な力で失わせる究極の破壊兵器だ。とてつもない魔力を消費するため効果範囲は狭いが、その影響下にある存在をどんなものでも・・・・・・・分解する。


 山を吹き飛ばすとか海を凍らせるような派手な見た目でこそないものの、その威力は他の兵器に比類すら許すことはなく、当たり前だが素手で殴って止められるような代物では決して無い。


『てかあれ、分類的には弾丸ブリットじゃなく光線ブレスだぜ? 何でそれが殴ってとめられるんだよ? 流れ落ちる滝を横から殴るみたいなもんだぞ? 殴った瞬間の分だけ横に逸れるならわかるが、殴った場所で屈折するとか……』


「その辺は、慣れだな。コツがあるのだ」


『コツって……はっはっは。そうか。まあ確かにそうとしか言いようのねーことってものあるよな』


 ニックの滅茶苦茶な物言いに、しかし男は笑って答えた。実際自分が身につけている技能のなかにも、他人に説明できない感覚的なものはいくつもあったからだ。


「で? 今度こそ本当に終わりか?」


『ああ、終わりだ。見ての通り、な……』


 力なく笑う男の鎧は、そこかしこにヒビが入り砕けている。ニックの拳ですら耐えきった魔導兵装マグスギアも、魔力が切れてしまえば単なる金属の塊に過ぎない。


「見ての通りか……」


 そんな男の姿を見て、ニックは呟く。それはニックがずっと男の気配を感じられなかった要因。砕けた鎧の隙間から覗くその内側には、何も無かった・・・・・・


「お主ほどの強者が、ゴーレム……いや、お主達の言葉では、魔導兵か? そんなものだったとはな」


『おいおい、あんな量産品おもちゃと一緒にするなよ。俺は歴とした人間だぜ? あー、いや、俺の元になったのが人間だったと言うべきか?』


「どういうことだ?」


『なに、簡単な話さ。この終わっちまった・・・・・・・世界で、それでも戦いを忘れられない馬鹿が沢山いて……その頂点に俺がいた。そんな最高の馬鹿が、最後の最後まで最高の戦いを求めて、特殊加工した魔導核の中にそいつの人格を書き残した……そいつが俺さ』


「ふむん? つまりお主達はここでずっと戦っていたということか?」


『そうだな。まあそいつは俺が人間だった頃で、最後にバトったのはいつだったかもうわからねーけどな。他にも色々あったんだが……駄目だな、もう思い出せねー』


 バチッと音がして、男の鎧に青い稲妻が走る。それと同時に鎧の各部が細かく弾け、その形が少しずつ崩れていく。


魔導炉マグスリアクター稼働率八.二%。魔導核に致命的なエラーが発生。魔導兵装マグスギアの機能を維持できません。カウント一八〇で全機能が停止します』


「大丈夫か? 今治療を……いや、これはどうすれば治る・・のだ?」


『無理だって。もう直ら・・ねーよ。だが……あー、糞っ! 何でだ! 何で俺は死んじまった! やっと、やっと俺を負かす奴が現れたのに! あれだけ望んだ敗北が、そこから勝利を目指す未来が! やっとこの手に届いたのに……何で、何で始まったときにはもう終わっちまってるんだよ!』


 男の腕が僅かに持ち上がり、カタンと音を立てて地に落ちる。


『チッ、情けねぇ……限界か』


「なあお主。名を教えてくれぬか?」


 ほんの僅かに首を動かし、ままならぬ体に苦笑いする男に対し、ニックは己も大地に膝をつけ、男の顔を真っ直ぐに見て言う。


『名前? 俺は……あー、いや、駄目だな。俺の名前は元の俺オリジナルが墓に持っていった。未練の絞りカスでしかない俺が名乗るなんざおこがましいぜ。


 そんな俺がアンタにやれるものは、ひとつだけだ。今となっちゃ何の価値もないかも知れんが……』


 男の腕が、再び持ち上がろうとする。それは震えては落ち、それでもなお持ち上がり――


『オペ子ちゃん。過剰駆動オーバードライブ


『警告。現状で――』


『いいから! 頼む』


 短い呟きの後、男の腕が上がる。中身のないボロボロのガントレットがギュッと拳を握りしめ、ニックの眼前に突き出された。


『持ってけ。今日からアンタが王者チャンプだ』


 その言葉を最後に、男の鎧から光が消える。物言わぬ金属塊と成り果てて、されどその手は下がらない。


「その称号おもい、確かに受け取った」


 ならばこそ、ニックは突き出された拳に己の拳をゴツンと当てる。その衝撃で兜の一部が崩れたが……その亀裂は、どこか笑っているように見えた。


「……良かったのかオーゼン? 何も聞かずに」


 この男の存在がどれほど得がたいものだったかは、ニックにも良くわかっている。だからこそニックは腰の鞄に入った相棒にそう問う。


『聞きたいことはいくらでもあった。この男の武装のこと。終わった世界という言葉の意味。我のように一から作られたのではなく、人の人格を直接書き込めるという魔導核なる存在……どれもこれも気になることばかりだ。だがなぁ……』


 それに対して、オーゼンは答える。己の目的たるアトラガルドの結末を知る機会をむざむざと逃してなお、その内によぎるのは決して後悔などではない。


『それがどのような質問であったとしても、男の最後の想いより優先されることなど無いわ』


「ふっ、そうか」


 そんな相棒の心遣いが嬉しくて、ニックは想わず小さな笑みをこぼす。そのまま立ち上がると、最後に拳を突き出したまま果てた戦士の残骸ゆめのはてを見つめる。


「さらばだ元王者ちょうせんしゃよ。向こうで再会するその日まで、誰にも負けずに王者の称号を持っていくことを約束しよう。その時は今度こそ、万全で挑んでくるがよい」


『死ぬまで無敗を貫くか……貴様なら普通に出来そうなのが怖いな』


「そうか? だがこれで意外と難しいのだぞ? 特に娘が相手だとな」


 ニックの脳裏に、妻そっくりの顔で自分を叱るフレイの姿が思い浮かぶ。そこでは自分が正座させられており、如何なる手段を用いても勝てる未来像が浮かばない。


『であればもっと常識を弁え、怒られないようにせねばな。ふむ、そう考えると実に良い約束ではないか?』


「オーゼン……儂は別に常識を弁えていないわけではないぞ? ただちょっと省略しているというか、効率化をだな……」


『それがいかんと言っておるのだこの愚か者!』


 墓標の前で、二人のたわいない会話が繰り広げられる。その笑い声は風となって、朽ちた鎧をヒュウと撫でていった。

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