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父、交渉する

「ふぉっふぉっふぉ。ようこそおいで下さいましたお客人。私はこの村の村長むらおさをしております、オサノと申します」


「おお、長自ら歓迎とは痛み入る。儂はニックだ。よろしく頼む」


 その後微妙な表情の二人に案内されて、ニックは村で一番大きな家へと案内された。野営の天幕をひときわ大きくしたような草と木で出来た建物に入ると、そこには明らかに地位が高いであろう高齢の獣人が鎮座しており、ニックもまた草で編まれた敷物の上にどっかと腰を下ろして相対する。


「村の者が大層世話になったようで、まずは長として心より感謝を申し上げる」


「何、構わぬよ。助けたのは儂の勝手であるからな。だがまあ、恩を感じてくれるというのなら二つほど頼みがある」


「ほほぅ。それはどんな?」


 オサノ老の白くて長いまつげの下で、鋭い瞳がキラリと光る。誇り高い獣人族として脅しに屈することなどないが、先に恩を売られてしまえば突っぱねるのは難しい。如何なる無理難題を押しつけるつもりかと警戒するオサノ老に、しかしニックは全く気にすること無く言葉を続ける。


「まず一つめは、ここから一番近い基人族の町か村の場所を教えて欲しい。内地の国を目指していたのだが、どうやら道に迷ったらしくてな」


「ほっ。そういうことでしたら勿論お教えしましょう。ここからですと我らの足で一週間ほど歩くことになりますので、村の若い者に案内させましょうぞ」


「いや、有り難い申し出だが案内は必要無い。儂と貴殿等では歩く速度が違うからな」


「そうですな。であれば道の方はしっかり教えさせていただきましょうぞ」


 オサノ老は常識として獣人の速度に基人族のニックが合わせるのが辛いと考え、ニックは自分一人なら半分以下の時間でたどり着くと判断したからなのだが、そのすれ違いは今回何の問題も無い。


「で、二つめなのだが……」


 ニックの言葉に、オサノ老の中に再び警戒心が生まれる。一つめがあまりに容易い願いだっただけに、二つめこそが本命の法外な要求なのではないかという予想があったからだ。


「服が欲しい。何というか……この格好なのでな」


「……ああ、それは確かにそうでしょうなぁ」


 あぐらを掻いたまま両腕を広げてみせるニックに、オサノ老は警戒心を解き、むしろ若干哀れむような視線を向けた。何せ股間に黄金の獅子頭をつけただけのほぼ全裸である。少しでも恥を知るものであれば、これを何とかしたいと思うのは当然であろう。


「しかし、服ですか……ちと即答は出来かねますな。一旦村の者と相談してきても宜しいですかの?」


「無論だ。ああ、何か必要なものがあれば言ってくれ。生憎と金の持ち合わせは無いが、狩りや採集などなら喜んで協力しよう」


「それはそれは……ではしばらくお待ちください」


 そう言うとオサノ老はゆっくりと立ち上がり、僅かに毛の薄くなった尻尾をゆらゆら揺らしながら家の外へと出て行った。


『おい、ニックよ。何故服如きで相談などというものを必要とするのだ?』


「ん? 何を言っている? 服は高級品であろう?」


『は? たかだか布きれがか?』


 ニックの言葉に、オーゼンは驚きの声を返す。アトラガルドにおいては服、ひいてはそれに必要な布や糸は魔導具による完全自動生産が確立されており、国民が普段着にするようなものはそれこそ子供の小遣いでも買うことが出来たからだ。


「糸を紡ぎ生地を編み、それを縫って服とする。どれもこれも職人の手間を必要とする作業だ。それが何故安いと思うのだ?」


『そ、そうか。この村を見た時から思っていたのだが、ここが特別僻地というわけではなく、そもそも文明がそれ程に衰退しているのか……』


「衰退か。確かに古代文明の遺跡には高度な仕掛けがいくつも残っておるようだし、それから比較すれば今の文明は未熟なのだろうが……儂は今の時代に生まれ今を生きる者だからな。比較対象が無ければこれが当然よ」


『道理だな。我も一から今の世界の事を学ばねばならぬ。その相手が貴様というのが些か以上に不安だが……』


「ハッハッハ! そこは周囲の者達に期待するが良い! っと、戻ってきたようだな」


 家の外に人の気配を感じ、ニックはオーゼンとの会話を打ち切る。すると程なくしてオサノ老が入ってきて、元の位置へと腰を下ろした。


「お待たせしましたニック殿。それで服の件なのですが……」


「どうであった? 流石にこの格好では人前には出づらいので、何とかしてくれると有り難いのだが」


「わかっております。幸いにして今は春ですので、喫緊に布が必要になるという時期ではありません。なので出来ればすぐにお渡ししたいところなのですが……生憎とニック殿が着られる大きさの服というのは備蓄がありませんで」


「それはまあ、そうであろうな」


 ニックの身長は二メートルを超え、全身の筋肉ははち切れんばかりに膨らんでいる。虎人族ダイガンド象人族パオールの様な大柄な獣人の集落ならまだしも、猫人族(フェリシアン)だと思われる目の前の人物は平均的な基人族よりやや小柄だ。ニックの着られる服など常備しているはずもない。


「ですので、こちらで仕立てさせていただこうかと思っております」


「良いのか? 随分と手間であろう?」


「構いません。それこそ我らが勝手に・・・やることですので。それに……」


 そこまで言って、フッとオサノ老の身に纏う空気が変わる。


「ニック殿が助けた娘、ミミルなのですが、あの子は早くに父親を亡くしておりましてな。村の皆があの子を不憫に思っておったのです。それに加えて母まで病に陥ってしまい……ニック殿が助けてくださらなければ、今頃ヴァイパーの腹の中だったでしょう」


「で、あろうな」


 あの状況でミミルが助かる可能性は皆無だ。ニックの移動速度を考えれば、僅かに早くても遅くてもミミルに気づかず通り過ぎてしまっていたことだろう。


「如何に不憫であろうとも、たった一人のために村全体を危険に晒す選択はできませぬが、然りとて望んで苦汁を飲むほど悟ってもおりませぬ。故にニック殿は現れてくれたことには、本当に感謝しておるのです。特に、あの薬草」


「薬草? ミミルの母の病を治すという、あれか?」


「はい。あの病は十年に一人ほどしか罹患せず、薬草の入手も困難だったため今までは患者を見捨てることしかできなかったのですじゃ。ですが今回ミミルが採ってきた分で、おそらく十人ほどは助けることは出来るでしょう。


 つまりニック殿は今後現れるであろう十人、百年分のこの村の恩人となりますのじゃ。であれば服くらい用意せねば、我らの名折れとなりましょうぞ」


 ニヤリと笑うオサノ老に、ニックもまた思わず笑みをこぼす。


「そういうことなら、しっかりと恩を返してもらうことにしよう! まあ儂の滞在中にいつの間にか薬草が増えたり、美味い獲物が村の入り口に転がっていたりする可能性もあるがな」


「ホッホッホ。その時は盛大に宴でもしますかの。ニック殿もいかがですかな?」


「是非参加させてもらうとしよう」


 今まで幾度も見送って……見捨ててきた村人が、これからは救われる。長として背負ってきた重荷がこれから増えなくなるのだという喜びを噛みしめるオサノ老と、ただもてなされることを良しとせず適度に体を動かそうと画策するニック。互いの思惑が重なり合い、二人で顔を見合わせ笑う。


『フフ。気持ちのいい利害の一致とは良いものだな』


 そんな二人の様子を股間から見上げながら、そこに加われないオーゼンは少しだけ寂しそうにそう呟いた。

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